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Ⅷ ヴァルディア王国
7 ナザレフ王太子の見舞い
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それは、まったくの突然だった。
大国ローゼンタール王国のナザレフ王太子が、マーガレットを見舞ったのだ。
周囲は慌てに慌てた。警備はもちろん、失礼があってはならないと、至急ヴァルディア王家へ伝令が走った。
「やあ、マーガレット嬢。やっと会えたね。まったく、ひどい目にあったね、お見舞いを言うよ」
ナザレフ王太子は、周囲のざわめきを気にも留めず、穏やかな笑みで言葉をかけた。
(療護院のみんなが気の毒なほど緊張しているわ。院長先生なんて、手と足が一緒に出てて、珍妙な歩き方になってるし、シスターは今にも倒れそうだわ。大丈夫かしら.......。)
「はい、おかげさまで。身体が少々痛む以外は、日ごとに体調が回復しております」
マーガレットは小さいながらも明るい声で答えた。
「さて、さっそく本題に入ろう。――君が転移した事件の詳細を説明したいのだが、気持ちの準備はいいかい?
父君のレーヴェン伯爵と、何やらキャンキャン吠えていたニコラス殿にも許可は得てある。……無理はしないでくれ」
ナザレフ王太子は、マーガレットの後ろで番犬のように控えるニコラス殿下を見てから、気遣わしげに声を落とした。
マーガレットは力強く頷き、覚悟を示した。
「そうか。では――」
ナザレフは静かに言葉を継いだ。
「主犯は、ルナリア王国魔導院第一魔導官、シリウス・ヴァーン。彼の単独犯だ」
ナザレフはマーガレットの表情を確認しながら、淡々と続けた。
「動機は――君への嫉妬だ。尊敬する両親と、私への憧れを、君が踏みにじったと言う……実に勝手な逆恨みだ」
「えっ……どういうことですか?」
マーガレットは思わず声を上げた。
「君の気持ちはわかる。私もシリウスの心情までは理解できんが……おそらく、魔力を持たぬ君が、自分の理解を超えて魔導回路の理論を正しく解いたことが、彼にとって屈辱だったのだろう。
誰よりも優秀だった彼にとって、それは敗北に等しかったのだ」
ナザレフ王太子はあえて感情を抑え、淡々と語った。
「マーガレット嬢、君は何一つ悪くない。
他者から妬みや嫉み、勝手な恨みや憧れを向けられることは、誰にでも起こりうる。
だからと言って、君が行動や思考を制限する必要はない。
いいかい? 君は何も悪くないんだ。自分勝手な輩のために、心を痛めることはない……わかったかい?」
マーガレットの瞳から、静かに涙がこぼれた。
シリウスに向けられた嫉妬や恨みもショックだったが、それ以上に――ナザレフ王太子の心遣いに胸を打たれた。
“歩く叡智”“完璧な王太子”――そんな称号で讃えられる人物が、今こうして人間らしい温もりを持って自分に寄り添ってくれている。
マーガレットは、その優しさに救われた思いがした。同時にナザレフ王太子にも、辛いことも多いのだろう......どうか、笑っていて欲しい。
「はい。私…… 殿下が笑ってくださるなら、それだけで十分です」
その言葉に、ナザレフ王太子は目を見開いた。
頬がみるみるうちに赤く染まり、思わず視線を逸らす。
側近と護衛たちは、普段決して動じない主君の素の表情に驚き、互いに目を見合わせた。
――そして、心の底で思った。この女性こそ、王太子の傍にふさわしい、と。
そのとき、背後から勢いよく腕が回される。
「ダメだ! マーガレットは渡さない!」
ニコラスが、必死の形相でマーガレットを抱きしめた。
「ふっ、安心しろ……今は我慢するよ」
ナザレフ王太子は苦笑を浮かべ、軽く肩をすくめた。
――その瞬間、いつもは完璧で近寄りがたい“叡智の王太子”が、年相応の青年に見えた。
ナザレフにとっても、それは久しぶりに“気のおけない友との語らい”となったのだった。
つづく
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大国ローゼンタール王国のナザレフ王太子が、マーガレットを見舞ったのだ。
周囲は慌てに慌てた。警備はもちろん、失礼があってはならないと、至急ヴァルディア王家へ伝令が走った。
「やあ、マーガレット嬢。やっと会えたね。まったく、ひどい目にあったね、お見舞いを言うよ」
ナザレフ王太子は、周囲のざわめきを気にも留めず、穏やかな笑みで言葉をかけた。
(療護院のみんなが気の毒なほど緊張しているわ。院長先生なんて、手と足が一緒に出てて、珍妙な歩き方になってるし、シスターは今にも倒れそうだわ。大丈夫かしら.......。)
「はい、おかげさまで。身体が少々痛む以外は、日ごとに体調が回復しております」
マーガレットは小さいながらも明るい声で答えた。
「さて、さっそく本題に入ろう。――君が転移した事件の詳細を説明したいのだが、気持ちの準備はいいかい?
父君のレーヴェン伯爵と、何やらキャンキャン吠えていたニコラス殿にも許可は得てある。……無理はしないでくれ」
ナザレフ王太子は、マーガレットの後ろで番犬のように控えるニコラス殿下を見てから、気遣わしげに声を落とした。
マーガレットは力強く頷き、覚悟を示した。
「そうか。では――」
ナザレフは静かに言葉を継いだ。
「主犯は、ルナリア王国魔導院第一魔導官、シリウス・ヴァーン。彼の単独犯だ」
ナザレフはマーガレットの表情を確認しながら、淡々と続けた。
「動機は――君への嫉妬だ。尊敬する両親と、私への憧れを、君が踏みにじったと言う……実に勝手な逆恨みだ」
「えっ……どういうことですか?」
マーガレットは思わず声を上げた。
「君の気持ちはわかる。私もシリウスの心情までは理解できんが……おそらく、魔力を持たぬ君が、自分の理解を超えて魔導回路の理論を正しく解いたことが、彼にとって屈辱だったのだろう。
誰よりも優秀だった彼にとって、それは敗北に等しかったのだ」
ナザレフ王太子はあえて感情を抑え、淡々と語った。
「マーガレット嬢、君は何一つ悪くない。
他者から妬みや嫉み、勝手な恨みや憧れを向けられることは、誰にでも起こりうる。
だからと言って、君が行動や思考を制限する必要はない。
いいかい? 君は何も悪くないんだ。自分勝手な輩のために、心を痛めることはない……わかったかい?」
マーガレットの瞳から、静かに涙がこぼれた。
シリウスに向けられた嫉妬や恨みもショックだったが、それ以上に――ナザレフ王太子の心遣いに胸を打たれた。
“歩く叡智”“完璧な王太子”――そんな称号で讃えられる人物が、今こうして人間らしい温もりを持って自分に寄り添ってくれている。
マーガレットは、その優しさに救われた思いがした。同時にナザレフ王太子にも、辛いことも多いのだろう......どうか、笑っていて欲しい。
「はい。私…… 殿下が笑ってくださるなら、それだけで十分です」
その言葉に、ナザレフ王太子は目を見開いた。
頬がみるみるうちに赤く染まり、思わず視線を逸らす。
側近と護衛たちは、普段決して動じない主君の素の表情に驚き、互いに目を見合わせた。
――そして、心の底で思った。この女性こそ、王太子の傍にふさわしい、と。
そのとき、背後から勢いよく腕が回される。
「ダメだ! マーガレットは渡さない!」
ニコラスが、必死の形相でマーガレットを抱きしめた。
「ふっ、安心しろ……今は我慢するよ」
ナザレフ王太子は苦笑を浮かべ、軽く肩をすくめた。
――その瞬間、いつもは完璧で近寄りがたい“叡智の王太子”が、年相応の青年に見えた。
ナザレフにとっても、それは久しぶりに“気のおけない友との語らい”となったのだった。
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