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Ⅺ ノルフェリア王国の情勢
2 ノルフェリア王国の王太子
しおりを挟む「だからさあ。君はニコラス殿下を狙ってるんでしょう? 僕は、マーガレット嬢が欲しいんだよ」
栗色のくせっ毛に大きな翡翠色の瞳──可愛らしく愛嬌ある外見を持つ青年。ノルフェリア王国王太子 リチャード・ノルフェリア が、セレーネ王女に声をかけた。
「ねえ、リチャード王太子殿下。わたくしが婚約して差し上げてもよろしくてよ?」
セレーネ王女は、桃色の髪を揺らしながら、甘く囁くように微笑む。
「……(はあ) なんでそうなるのさ。僕は、“白き塔の才女”マーガレット・レーヴェン伯爵令嬢 に興味があるんだよ!」
愛らしい顔立ちに似合わず、リチャードは盛大に呆れた目を向けた。
(またマーガレット……。どうして私じゃないの……?)
内心で盛大に毒づいたセレーネは、ひとつ息を整える。
「……わかったわ。協力してあげる。でも、約束してちょうだい。我がヴァルディア王国に迷惑はかけないこと。絶対にね。」
“我儘”と評される彼女だが、
祖国への忠誠と王族としての矜持は誰よりも強い。
「……わかったよ。……まあ、約束する。」
リチャード王太子は肩をすくめつつも、しぶしぶ頷いた。
◇◇◇
ノルフェリア王国は、カルリスタ王国・ローゼンタール王国・エルネシア公国の三国に挟まれた軍事的要衝であり、
古来より 「鉄の騎士国家」 と恐れられてきた。
たいして大きくない国土に厳格な騎士制度を敷き、“戦の神”を祀る神殿が政治に深く干渉する。
王家ですら神殿の神託には逆らえず、
国境防衛に特化した軍事国家は、周囲三国に常に睨みを利かせている。
その次代を担うのがリチャード王太子(二十二歳)。
可愛らしい外見とは裏腹に、冷徹で聡明と評される青年王族である。
だがその胸の奥には、誰にも言えない 深い焦燥 があった。
──二十三年前、神殿が下した、恐るべき神託。
リチャードには、誕生の日に 双子の妹 がいた。
栗色の髪に翡翠色の瞳を持つ愛らしい姫、愛すべきティファニー王女。
しかし、神殿最高位・大神官レオニールは神託を告げた。
「双子は災いの元。
二つの魂は王国を割り、血を呼び込む。一人を“処す”ことで国は救われる」
王家は絶望しながらも逆らえず、しかし「処刑」ではなく 極秘裡の幽閉 を選んだ。
ティファニー王女は“死んだことにされた王女”として、地下離宮 に隠された。
もとより病弱だった王女は、今はもう──
「……このままでは、あと、三ヶ月」と医師は告げた。
リチャードは誓った。
どんな手段を使ってでも、妹だけは救う。
まして大神官レオニールは、王家を廃し王権を奪う野心を持っている。一度でも神託に背けば、王家は滅ぶ。
「妹ティファニーを……このまま死なせるわけにはいかない。」
だが、王太子である自分ですら、禁忌を破って堂々と治療師を呼ぶことは不可能だった。
──そんなとき、届いた一つの噂。
《カルリスタ王国の“白き塔の才女”マーガレットが、死の間際のルナリア王国カルロス第二王子を救った》
その噂はノルフェリアにも密かに伝わった。
リチャードは、それを“神の導き”だとすら思った。
「瀕死の王族を、数時間で回復させた少女がいる──」
調べれば調べるほど、それは誇張ではなかった。
ティファニー王女の命は、もはや通常の医療では救えない。
神殿に知られれば、「神託への反逆」としてティファニーは即座に排除される。
だからこそ、王太子は 公式ルートを一切使えない。
リチャードは、静かに決断した。
「……非公式に連れてくる。力ずくでも、必ず」
それは一国の王太子として絶対に許されない、いわば 国家反逆の罪 だった。
だが──
“妹を救える可能性は彼女しかいない”。
そのために、リチャードはセレーネ王女に接触した。他国をも巻き込んだ共犯者として...... 。
焦りと絶望が、リチャードをゆっくりと、しかし確実に 暗い道へと追い込んでいく のだった。
つづく
______________
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