【完結】白き塔の才女マーガレットと、婿入りした王子が帰るまでの物語

恋せよ恋

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Ⅺ ノルフェリア王国の情勢

7 妹を思う兄

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 保健室の窓からは柔らかな昼の光が差し込んでいた。
 白いベッドには左腕と左足首を固定されたシャルルが座り、包帯の上からも痛々しさが伝わる。

「シャルル、大丈夫?」
 マーガレットがそっと覗き込むと、シャルルは目を見開き──いきなり怒鳴った。

「大・丈・夫なわけあるかぁーーっ!!」

 マーガレットがびくっと肩を震わせる。

「台車にぶつかって行くのは俺たち護衛の仕事です!マーガレット様がぶつかってどうするんですか! 本当に、もう!危ないったらありゃしない!!」

 一気にまくしたて、顔を真っ赤にして怒るシャルル。
 ベッドの横では、そっくりな顔立ちの妹シャルロットが、腹を抱えて笑っていた。

「あははは! ほんっとマーガレット様は最高だよねぇ!」

「バカ! 笑い事じゃねえぞシャルロット!!」
「痛っ!? シャルル、包帯の腕で殴らないでよ!」

 双子の騒がしい怒号と笑い声で、保健室の空気が一気に賑やかになる。

 マーガレットは苦笑しつつ、そっとシャルルの右手に触れた。

「……心配してくれてありがとう。でも、無理はダメよ。左腕と左足首……ヒビが入ってるんでしょう?」

 その声音は驚くほど優しく、心配そのものだった。

 怒鳴り散らしていたシャルルの耳までが赤く染まる。
「い、いえ……その……マーガレット様さえ無事なら……」
 もごもごと目を逸らし、怒りが一瞬でしぼむ。

 シャルロットはケラケラ笑いながら、兄の背中をぱしぱし叩く。
「ほら見てシャルル~、マーガレット様に心配してもらってよかったねぇ」
「うるさい!! 黙れ!!」

 保健室に、双子の護衛たちの騒がしい掛け合いが響いた。


 保健室の扉の影。
 そこに立ち尽くす青年がひとり。

 リチャード王太子だった。

 マーガレットがシャルルの腕に触れた瞬間の優しい表情。
 心から誰かを案じるその声。

 ──その姿が、脳裏の記憶を突き刺すように呼び起こす。

(……ティファニー……)

 地下離宮の、光の届かない部屋。
 病に侵され、痩せ細りながらも、兄の名を呼んだ双子の妹。

『お兄様……また来てくれたの?』

 儚い微笑み。
 震える小さな手。

 いつかその手を温めてくれる“誰か”を、彼女は持てなかった。

 リチャードの胸が、ぎゅう……と軋む。

(マーガレット嬢……君なら……)

 目の前の少女は、護衛が怪我をしただけでこんなにも心を寄せる。
 ──もし、もしティファニーのそばにいたら。

 どれほど救われただろうか。

 喉が乾く。
 胸の奥が焦りで熱くなる。

 彼女を手に入れなければ。
 どんな手を使ってでも──。

 リチャードは己の指先が震えていることに気づき、拳を握りしめた。

(ティファニーを……助けるんだ……)

 その決意は、もはや優しさではなかった。
 一心に、必死に、そして危ういほどに追い詰められたものだった。

つづく
______________

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