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Ⅺ ノルフェリア王国の情勢
9 シリウスとの再会
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式典から数日後。
マーガレットは、ルナリア王国の郊外――小さな湖畔に立っていた。
風が草を揺らし、湖面に柔らかな波紋が広がる。
その向こうから、ゆっくりと歩いてくる人影があった。
「……来てくれたんだね、マーガレット嬢」
シリウスだった。
魔封じの腕輪を外された今、どこか表情が柔らかくなった。
けれど、胸の前で本を抱える癖は変わらないらしい。
「シリウス様の研究所、とても綺麗でした。魔力の流れを見える化した設備……あれは、あなたの発案でしょう?」
そう言うと、シリウスは照れたように目をそらす。
「……ああ。でも、どれもこれも……君が励ましてくれたおかげで、ここまで来られた」
「励ましてなんていません。背中を蹴飛ばしただけですよ」
マーガレットが意地悪く笑うと、シリウスはふっと照れ笑いを返した。
「ええ……でもその一言一言が、私には……救いでした」
シリウスの声は、わずかに震えていた。
湖面を渡る風が、二人の間をそっと吹き抜ける。
彼は一度姿勢を正し、緊張を隠しきれない面持ちのまま、真っ直ぐにマーガレットへと向き直った。
「……改めて、謝らせて欲しい」
シリウスは真っ直ぐに向き直ると、深く頭を下げた。
「君を……あんな危険に巻き込んでしまった。護符の干渉も、未熟な私のせいだった。君の命を危険にさらした罪は、一生……」
「――違います」
マーガレットは歩み寄り、そっと彼の胸に手を置いた。
「あなたは、もう十分償い続けてきました。逃げずに向き合って、立ち上がって……研究で証明した。
それは、誰にでもできることではないでしょう?」
シリウスの肩がわずかに震える。
「マーガレット嬢……」
「だから、もう『罪』の話はやめて下さい。次は、未来の話をする番でしょう?」
顔を上げたシリウスの瞳は、かつてよりずっと澄んでいた。
「未来……か?」
「そう。新しい転移魔術を、もっと安全に、もっと便利に。
それができるのは――あなたしかいません」
マーガレットは、まっすぐ言い切った。
シリウスの頬が赤く染まる。
「……そんなふうに言ってくれるの、君くらいだよ」
「じゃあ誇って下さい。私は見る目だけは確かですよ?」
しばらく二人で湖を眺めていると、シリウスがぽつりと言った。
「私は……君のように強くない。失敗するたびに、すぐ怖くなって。
研究も、本当はずっと……逃げたい日が多かった」
「確かに、再会した時のシリウス様はひどかったですものね」
マーガレットはあっさりと言った。
「……慰めては、くれないんだね?」
「ええ。だって――逃げたくても、逃げなかったんでしょう?」
シリウスは息を呑む。
「そういうのを“強さ”と言うのではないでしょうか。
あなたは自分を過小評価しすぎです。もっと胸を張って下さい。私は、あなたを誇りに思っています」
その言葉に、シリウスはぎゅっと本を抱きしめた。
「……マーガレット嬢」
「なんですか?」
シリウスは、しばらく迷った末に――少しだけ勇気を振り絞った。
「どうか……また、君に研究成果を見てもらってもいいかな?
君の言葉が……私には何よりの支えになるから」
マーガレットはふわりと微笑む。
帰り際、シリウスはふと立ち止まり、マーガレットを見た。
「……君が生きていてくれて、本当に良かった」
「シリウス様も。ちゃんと前に進めて、よかったです」
二人は互いに微笑み合い、静かな湖畔を後にした。
彼女は未来へ。
彼もまた未来へ。
交わるかどうかは、まだわからない。
でも――
マーガレットが“彼の才能と未来”を信じ許した日。
シリウスが初めて“自分の人生を取り戻した”日。
それはきっと、二人にとって同じくらい、忘れられない一日になった。
◇◇◇
それから二ヶ月後。
カルリスタ王国第三王子ニコラスの手で、ルナリア王国のシリウスへ極秘の封書が送られた。
内容は一行。
「転移門護符《ゲートリンク》の緊急開門を願う。ノルフェリア王国より、救うべき命あり」
シリウスは目を見開いた。
「……ついに、僕の研究成果を使う時が来たか!」
彼は即座に承諾の返信を書いた。
つづく
______________
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マーガレットは、ルナリア王国の郊外――小さな湖畔に立っていた。
風が草を揺らし、湖面に柔らかな波紋が広がる。
その向こうから、ゆっくりと歩いてくる人影があった。
「……来てくれたんだね、マーガレット嬢」
シリウスだった。
魔封じの腕輪を外された今、どこか表情が柔らかくなった。
けれど、胸の前で本を抱える癖は変わらないらしい。
「シリウス様の研究所、とても綺麗でした。魔力の流れを見える化した設備……あれは、あなたの発案でしょう?」
そう言うと、シリウスは照れたように目をそらす。
「……ああ。でも、どれもこれも……君が励ましてくれたおかげで、ここまで来られた」
「励ましてなんていません。背中を蹴飛ばしただけですよ」
マーガレットが意地悪く笑うと、シリウスはふっと照れ笑いを返した。
「ええ……でもその一言一言が、私には……救いでした」
シリウスの声は、わずかに震えていた。
湖面を渡る風が、二人の間をそっと吹き抜ける。
彼は一度姿勢を正し、緊張を隠しきれない面持ちのまま、真っ直ぐにマーガレットへと向き直った。
「……改めて、謝らせて欲しい」
シリウスは真っ直ぐに向き直ると、深く頭を下げた。
「君を……あんな危険に巻き込んでしまった。護符の干渉も、未熟な私のせいだった。君の命を危険にさらした罪は、一生……」
「――違います」
マーガレットは歩み寄り、そっと彼の胸に手を置いた。
「あなたは、もう十分償い続けてきました。逃げずに向き合って、立ち上がって……研究で証明した。
それは、誰にでもできることではないでしょう?」
シリウスの肩がわずかに震える。
「マーガレット嬢……」
「だから、もう『罪』の話はやめて下さい。次は、未来の話をする番でしょう?」
顔を上げたシリウスの瞳は、かつてよりずっと澄んでいた。
「未来……か?」
「そう。新しい転移魔術を、もっと安全に、もっと便利に。
それができるのは――あなたしかいません」
マーガレットは、まっすぐ言い切った。
シリウスの頬が赤く染まる。
「……そんなふうに言ってくれるの、君くらいだよ」
「じゃあ誇って下さい。私は見る目だけは確かですよ?」
しばらく二人で湖を眺めていると、シリウスがぽつりと言った。
「私は……君のように強くない。失敗するたびに、すぐ怖くなって。
研究も、本当はずっと……逃げたい日が多かった」
「確かに、再会した時のシリウス様はひどかったですものね」
マーガレットはあっさりと言った。
「……慰めては、くれないんだね?」
「ええ。だって――逃げたくても、逃げなかったんでしょう?」
シリウスは息を呑む。
「そういうのを“強さ”と言うのではないでしょうか。
あなたは自分を過小評価しすぎです。もっと胸を張って下さい。私は、あなたを誇りに思っています」
その言葉に、シリウスはぎゅっと本を抱きしめた。
「……マーガレット嬢」
「なんですか?」
シリウスは、しばらく迷った末に――少しだけ勇気を振り絞った。
「どうか……また、君に研究成果を見てもらってもいいかな?
君の言葉が……私には何よりの支えになるから」
マーガレットはふわりと微笑む。
帰り際、シリウスはふと立ち止まり、マーガレットを見た。
「……君が生きていてくれて、本当に良かった」
「シリウス様も。ちゃんと前に進めて、よかったです」
二人は互いに微笑み合い、静かな湖畔を後にした。
彼女は未来へ。
彼もまた未来へ。
交わるかどうかは、まだわからない。
でも――
マーガレットが“彼の才能と未来”を信じ許した日。
シリウスが初めて“自分の人生を取り戻した”日。
それはきっと、二人にとって同じくらい、忘れられない一日になった。
◇◇◇
それから二ヶ月後。
カルリスタ王国第三王子ニコラスの手で、ルナリア王国のシリウスへ極秘の封書が送られた。
内容は一行。
「転移門護符《ゲートリンク》の緊急開門を願う。ノルフェリア王国より、救うべき命あり」
シリウスは目を見開いた。
「……ついに、僕の研究成果を使う時が来たか!」
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つづく
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