オレの異世界に対する常識は、異世界の非常識らしい

広原琉璃

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第2章 冒険者1~2か月目

32話 負け筋と勝ち筋の衝突【前編】

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「アルム!」
「……ん? リレル?」

 古代遺跡から少し離れた場所に、その屋敷はあった。
 石碑の前に居たアルムに、リレルは声を張り上げながら駆け寄った。
 尋常ならざる様子に眉を顰め、周囲に"いない"人物に気づいたのか、真剣な表情で

「何があった?」

 そう問いかける。
 リレルは肩で息をしながら答えた。

「サディエルが……! 古代遺跡で、急に……黒い影に!」
「古代遺跡……あそこで?」
「はい。それで、サディエルが消える直前に、ヒロトを連れて貴方と合流しろと……」

 返答を聞いて、アルムはリレルの後方に目線をやり……そのまま、リレルに戻した。

「……で、そのヒロトはどこだ?」
「え?」

 彼の問いかけに、リレルはポカンとした表情を浮かべる。
 そして、首を傾げながら

「私の一緒に走っておりましたから、すぐ後ろに……」

 後方を見て……しまった、という顔になる。
 アルムは目元に右手を当てて……

「お前な……ヒロトがまだまともに"3割ぐらいの力で全力疾走を10分間出来る"体力ないの、忘れてただろ」
「迎えに行ってきます!」
「はいはい、僕は対策考えているから、連れてきたら家に入ってくれ」
「わかりました!」

 そう言いながら、リレルは慌てて来た道を戻っていく。
 それを見送ったアルムは、ため息ひとつ。

「あの馬鹿、また何やらかしたんだ……というか、"黒い影"で"消えた"ってことは、完全に……はぁぁ……リレルの奴も相当混乱しているな、その可能性に気づいてないあたり」

 一通り愚痴った後、すぐさまアルムは屋敷に入っていった。
 そのまま奥の部屋へと行き、鍵を取り出す。

「……師匠、すいません。使わせて貰います」

 鍵穴に鍵を差し込み、その部屋を開けた。

========================

「オレが……まだ……10分走れる体力が……ついてないって!……なんで……わす……げほっ!」

「ごめんなさいヒロト! でも、もう3分ぐらいは走れたじゃないですか!」
「リレル、慰めになってないから。ヒロト、とりあえず深呼吸だけは止めるなよ。酸欠も悪化したら意識飛んで痙攣した後、6分で人は死ぬ」

 必死に深呼吸をしながら、オレは息切れを整える。
 こうなると、マジで正月の駅伝選手とかどういう走り方してるんだよ!? って思う。
 いや、本当の意味で全力疾走しているわけじゃなくて、彼らの走りこそが"3割ぐらいの力で全力疾走を10分間"の模範解答になるわけだけど。

 ほら、テレビで駅伝選手が走ってる横で、一般人が全力疾走で並走しようとして、数秒後に脱落するシーンとか稀に良くあるだろ?

 この世界の人間、やっぱ全員駅伝選手ってことかよ! というツッコミを入れていないと、ちょっと精神が落ち着かない。
 だって、ここに辿り着く途中で息切れと足が上がらなくなって、膝に手をついてぼっちで体力戻るまで居たんだよ!?

 一か月程度で体力付くと思ってなかったけど、思ってなかったけど!

「……深呼吸……してるけど……えっ……酸欠って……そんなやば……」
「酸素欠乏症は風邪並みに身近で危険な症状ですよ。魔物から逃げる為って無理に走り続けた人が、酸欠状態になってその場で昏倒して死ぬことも稀にあります」

 解説ありがとう、リレル。
 身近な症状系は英語じゃないのか、とかいう場合じゃないな。
 しかし、今の話だと、漫画とかアニメとかで全力疾走で走るシーンとか、相応の走り方をしない限りは理論上無理ってことだよな。

 つまり、駅伝……いや、もういいか、このツッコミ。

「とりあえず、ヒロトはそのまま深呼吸しながら聞いてくれ」
「そう……する……けほっ」

「リレル、もう一度確認するぞ。サディエルは"急に現れた黒い影に覆われて、そのまま消えた"で間違いないな?」
「はい、間違いありません。サディエルは覆われた時点で死んでないから、すぐに死ぬことはないとも言っていましたが」
「おおむね正解だろうな……つまりは、意図があって別の場所に"転移"させられたってことだ」

 転移?
 あれ、転移の魔術ってこの世界では確か……

『転移の魔術なんて存在したのか? マジで』
『……数百年前からそれ無理って結論付けられていますし、魔族では?』

 そうだ、理由は分からないけど、人間では転移の魔術は『無理』って結論が出ているって言ってた。

「地面に魔法陣とかの類は?」
「ありませんでした」
「なら、確定だ。今回のことは"魔族"絡みだ。最低でも下級、もしくは知能が高い上位の魔物が相手になる」

 魔族……!
 けど、何で急に魔族が。

「あの古代遺跡は"観光地"だ……今回のようなことが1度でもあった場合、とっくに封鎖もしくは何かしらの調査がされているはずだ」
「そんな話題はギルドでは聞きませんでした。となると、今回が初の事例。サディエルが生きている以上は、サディエル本人に用があるか、私たちのいずれか、もしくはサディエルの関係者に用がある可能性が高くなります。もちろん、偶然の可能性も否定は出来ませんが……」

「当時の配置は? 誰がどこに立っていた」
「私とヒロトは左側から壁画を見て、サディエルは中央付近で室内全体を照らすように、ランプを少し高めに掲げてました」
「……一応、離れていたサディエルを狙った、と言う可能性も残ってはいるか」

 状況確認を続けるアルムとリレル。
 オレは、ようやく呼吸が整って落ち着きを取り戻したので、その会話に口を挟む。

「なぁ、それよりも早くサディエルを助けに行かないと……!」
「無策で突っ込んで、ミイラ取りがミイラになってどうする。今は、勝ち筋と負け筋を把握することが先決だ。それに、仮に魔族が相手の場合、あいつだって僕らが合流するまでぐらいの時間は稼げるはずだ」
「それでも、一刻も争うかもしれない!」

「"一刻を争うから"と動いて成果が出せるのは、"失敗"を絶対にしないと決まっている、お前のところのファンタジー文学だけだ」

 そこでオレの世界の話題を出されると、正直こっちは言い返せない。

「僕らの最終目標は『ヒロトを無事に元の世界に戻すこと』だ。一番安全で確実で簡単なのは、ここでサディエルを見捨てる事だ」
「反対! ぜってぇ反対! オレは嫌だ!」
「まっ、そういうとは思った」

 知ってる、オレだってこの返答でアルムが絶対に反論してくるのは先刻承知だ。
 言ってることは正しい、分かってるよそれは! アルムと喧嘩した日からずっと、ちゃんと理解してる。

 理解していても理屈じゃないってのは、こういうことなんだ。オレは今、初めてそれを実感している。

 漫画とかで、こんなシーンで『助けに行こう!』って言うパターンは多い。
 基本的には仲間の救出作戦は行われる。見捨てるのが一番リスクが少なくとも。
 見捨てることができない、主人公だから、正義の味方だから、困っている人を"見捨てるわけがない"という暗黙の了解の元、そう提案されて、実行される。
 
 オレだってそんなことは分かっている!

 だけど、実際に自分がその立場になった時、"見捨てる"という選択肢が驚くほど選べない。
 そりゃそうだよ、ここまで……いや、たった1か月ちょっとだ、まだ1か月だ。そうだ、たったそれだけだよ。
 それでも……選びたくない、と心から思う。

「どうすれば、納得するの?」

 オレはアルムを見ながら、そう告げる。
 ここで、アルムを説得しなければ、サディエルを助けに行けない。

 ―――現状の最善手を理解している相手に、最悪手を選べと、オレはその無茶振りをしなければならない。

「オレは! この異世界での旅を、嫌な思い出にはしたくない! 辛くて苦しいことがあったとしても、嫌な気持ちで、後悔を抱えたまま帰りたくない!」

 無茶でも説き伏せなきゃいけない。

「手遅れだったとしてもか」
「足掻かなかった後悔よりは」

「行ったら、僕とリレルも死ぬかもしれないが?」
「オレを生き延びらせる為にって意味でだよね。その可能性だって理解している」

「ほぉ、僕とリレルに『死ね』と言いたいわけか。なるほどな」
「不快なのはわかってる。オレがまだまだ足手まといなのも知ってる。せいぜいが、自分の身をちょっと守れる程度だってことも、全部、全部承知だ」

「何度でも言う。僕らの最終目的は『ヒロトを無事に元の世界に戻すこと』。そこに、僕らの生死は問わない」

 そんなこと、何度も言わなくても……!

 ……あれ? ちょっとまて。
 今、アルムは何て言った?

 オレは目を見開いて、アルムを見る。

 そこには、こ憎たらしいぐらいに……してやったり、という表情を浮かべるアルムの姿が。

「あああああああ!? アルム、てんめぇ! 図ったよな、図ったな、絶対図った、ふざけんな! オレの心配と決意とその他もろもろを返せ!」

 思わずテーブルに乗り上げて、アルムの胸倉をつかもうとするも……オレの右手は虚空を切った。
 そりゃもう、分かってましたと言わんばかりに、アルムがヒョイッと回避したのだ。
 その隣で、リレルは必死に笑いを堪えている始末だし。

「サディエルもお人よしだけど、アルムも大概だよね! "僕らの生死は問わない"って、ほんとさぁ!」

 くっそ、わざわざ2回言ってくれやがって!
 オレに散々『死ね』って言われてる感装っといて、なんなのこの人!?

 そうだよ! 別に、ここでサディエル助けに行く云々は全くもって関係ないんだよ!
 オレが帰るまでにどういうことがあっても、それこそ10秒後に魔物の集団や、魔族が強襲してこようが、暗殺者がいきなり襲ってこようが、オレが無事ならば"アルムたちの生死は問わない"んだから!

 何が言いたいって、初めからこの人たち『僕らは死ぬことになっても大丈夫だから、あとはオレの気持ち次第』っつーてたんだよ、言葉遊びも大概にしろー!

「あぁ、そーだな。僕らの生死は問わない、問わないとも。なんだったら表向きの目的として、『もしかしたら、あの古代遺跡に元の世界に帰る方法が眠ってるかもしれない』とか言ってやろうか?」
「ぐああああ、まーじでほんと!」

 今、緊急事態だとわかっててほんとさ!
 一方でようやくバイブレーションの如く、笑いを堪えて震えていた……いやもう、いっそ爆笑してください、まじで。
 とにかく、リレルが涙目を拭いながら

「アルム、私のお腹を筋肉痛にさせたいんですか。けど、ありがとうございます、少し落ち着きました」
「よしっ、リレルも落ち着いたな」

「ねぇ、リレルが落ち着くダシに使われた感ある会話やめてくれない? オレ、結構真剣に悩んで回答してたんですけど?」

 すると、アルムは机の上にあった本の山をポンポンと叩き。

「僕らが想像ついてないわけないだろ。最初から、サディエルを助けに行くこと前提だ。そもそも、誰が聞いても納得! 間違いない! って、太鼓判押されないといけない程度の覚悟で、お前がそれを言うわけないだろ? 聞くだけ野暮だって、いつも言ってるのに」

「ほんとじゃあ何で聞いたの」
「そりゃお前、総合テストが出来るかどうかを確認する為」

 総合テスト? ちゃんと覚悟がある云々とかじゃなくて?
 え、どういうこと、それ。

「ヒロトの世界の言葉で、こういう場合は確か……"ピンチはチャンス"で"実践に勝る訓練なし"だったか?」
「それと、総合テストと何の関係が……」

「僕が今日までお前に叩き込んだ、"勝ち筋"と"負け筋"を使って、なにを最終目標にするか、撤退ラインはどうするか、それらを全部上げろ」

 その言葉に、オレは息を飲む。
 それは、普段アルムがやっていることだ。それをオレがやる?

「僕はもう十分教え込んだつもりだが、やっぱりこういうのは卓上論よりは実践が大事だ」
「いや、こんな状況じゃなくたって……」

「こんな状況だからだ」

 そう言うと、アルムはバサリと白い紙を広げ、ペンをオレに渡してくれる。

「実践経験を積むと言うのは案外難しい。生死を問うことになるような事なら尚更だ。危険度が高ければ高いほど、先達者やその筋の専門家に任せたくなるのは人間の心理だ」

 うん、それは分かる。
 誰だってそうだ、例えるならスカイダイビングをしよう! ってなった時、今日が仕事としての初めてですと言う新人と、もう何百回もお客さんと飛んだ経験ありますという熟練さんだと、同じ値段払うなら後者を選びたくなる。

 もちろん、新人だって十分訓練をしていることは分かっているけれども。

「だが、それだと後進は育たなくなる。今は良くても、将来それがどれほどの損害になることか。どれだけ言葉で語っても、やはり実体験と言うのは大きな財産だ。危険だと分かっていても、やらせないといけない時が必ず出てくる」

 それは、オレの世界の歴史も証明している。
 かつて、多くの軍師と呼ばれる人たちが策を巡らせてぶつかりあったものの、後進を育てるのを怠った所は、偉大過ぎる先達が存命な時と同じように出来ないことにやきもきし、最終的に滅びる国すらあったのだ。

 つまり今は最悪手になっても、未来の最善手に繋げる為に、オレに実践での勝ち筋と負け筋を本当の意味で学べということだ。

「それが、今?」
「そうだ。予定より早くなったが、お前の目標達成表の項目でもある。危険は承知だが、今回の場合ならば被害が出てもサディエル1人だけに抑え込める可能性が高い」

 それもそれでどうかと。
 とは思うけど、そういう言い方をするってことは……

「アルムの中では、"全員無事になんとかなる算段"があるってこと、でいいんだよな?」
「もちろん」

「そして、それを提示せずにオレにやらせることが『オレ自身が生き残る』為に必要な経験、なんだよね」
「そうだ。もっと最悪の状況なんてこれからいくらでも起こりうるんだ。それなら、まだ失敗しても致命傷にならないことで経験した方がいい。あの馬鹿だって、同じ結論を出すはずだ」

 サディエルが最悪助からないって可能性がある時点で、十分致命傷だとは思うけど。
 だけど……よしっ、それならば後はオレがアルムの考える作戦に近いものをひねり出せばいい。
 簡単にはいかないけど、やってやる! 少なくとも、さっきまでの最悪手を飲み込ませるよりは断然楽だ。

「何分で立案すればいい?」
「制限時間30分、それ以上は待てない。いつも通り、勝ち筋と負け筋、低い可能性に対しては1つ以上の簡易対策を提示、最終的な一線の設定も忘れるな」
「了解!」
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