オレの異世界に対する常識は、異世界の非常識らしい

広原琉璃

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第3章 冒険者2~3か月目

49話 ヒーラーの心得【後編】

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 彼方、笑顔で人体のイラストが描かれた本を手に持ち、満面の笑顔を浮かべるリレル。
 此方、その表紙を見て1か月前を思い出して頬が引きつるオレ。

 第三者がこの光景を見たら、さぞ奇怪なんだろうなぁ……

「と言うわけで、改めて"治療"についてお話致しますね!」

「うわぁい、超笑顔だー……」
「もちろんです。アルムはずっと戦術論を、サディエルだって何だかんだ色々お話していらっしゃったじゃないですか。私もずーっと治療についてお話したかったんです!」

 1か月も待ちぼうけですのに。と、リレルはうきうきと荷物から本を取り出しながら言う。
 うん、確かに1か月と言うか……ごめんなさい、半分忘れてました。

「それに、1か月前では少し早すぎたのも事実でした」

 そう言いながら、リレルは目的のページに辿り着いたのか、オレに見せてくれる。
 書かれているのは、文字こそ読めないものの、科学室とかに置いてある人体模型と似たようなイラスト。

「今のヒロトであれば、あの時、"人体の構造と、内臓その他の正しい位置を把握しましょう"と言ったのか、もうお分かりですよね?」

 その言葉に、オレはゆっくりと頷く。

「うん、それは間違いなく分かる。少なくとも1か月前……ううん、アルムと喧嘩する前のオレじゃ分からなかったことは……分かっているつもりだ」

 本当にこの1か月だけで色々あった。
 旅立つ前と比べても結構大変だったけど、正直それの比じゃないぐらいだ。

「ではヒロト、問います」
「はい」

「何故、人体の構造を学ぶのか」
「最悪を少しでも回避する為、生き延びる可能性を高める為。大怪我をした人が目の前にいたとして、何もしなかったらその人は死ぬ。だけど、応急処置が出来れば助かる可能性が僅かにでも生まれる」

「何故、治癒の魔術そのものではなく、治療……ひいては応急処置から学ぶのか」
「ただ治癒の魔術を掛けても意味がない。事前に消毒など必要な処置をしてからじゃないと、後々に後遺症が残る可能性がある。破傷風がいい例だ」

「何故、"知識"から学ぶのか」
「難しい病ほど、治療するという"経験"は簡単に積めない。だけど、経験してないので出来ません、助けられません、はもっとダメだから」

「その通りです」

 オレの回答を聞いて、リレルは少し寂しそうに微笑み頷く。
 そして、普段の笑みを消し、真剣な表情を浮かべた。

「少し例え話をしますね。これは医療に限った話ではありませんが、人は何かに困った時、その筋の専門家に相談したくなります。この人なら、すぐに解決は無理でも、確実に対処できる、そんな安心感から相談に訪れるのです」

 病気になればお医者さん。
 勉強でわからない方があれば、学校の先生。
 駅で困れば駅員さん。

 オレたちが日常生活で困ったら、そうやって誰かに、何が困っているかを相談する。

「目の前に現れた人物の技力がどれだけ低くとも、等しく"専門家"とみなされます」

 オレはこくりと頷く。
 高卒で就職する予定の奴から、聞いたことがある内容だ。

 1度就職して企業に勤めると、例え社内では新人だと認識されていても、客の前に出たら等しく『プロフェッショナル』として扱われると。
 未経験だろうがなんだろうが関係ない。客はそんな事情を知らないから。

 毎日乗る地下鉄の運転手が、実は今日初めて電車を運行する新人だ、なんてオレらは知る由もない。

 たまたま乗った飛行機のパイロットが、今回が初のフライトである、なんて知りえない。

「その"専門家"が、分からないので助けません、などと言う言葉は許されないのです。分からなくても、何かしらの処置をするのとしないのとでは、雲泥の差があります」
「だからこそ、学ぶ。何故と、どうしてと、1つ1つの"ルールや理由"を学びながら」

「はい。仮に失敗したとしても、致命的な失敗にしないように。どれだけ注意しても、人である以上、失敗は必ず起きます。回避は出来ません。でしたら、何を持ってその失敗を最小限にするのか……それこそが"学び"であり"知恵"です」

 そこまで言い切って、オレたちは一度大きく深呼吸する。
 はぁぁ……かなり、きっつい。
 聞いてるだけで、凄い頭が痛い内容だよ……

「ふふっ、口が達者になりましたね」

 ようやく表情を崩して、いつもの笑顔を浮かべるリレル。
 今はその笑顔が、すごくホッとする。

「まぁね。勝ち筋と負け筋を考える上で、結果に対する過程がどれだけ重要なのかを学んだから、かな」

 以前、アルムはこういった。
 日常的に訓練出来るし、初心者なら尚の事、まず負け筋を学ぶべきだと。

 負ける、と言う言葉のネガティブな印象に隠されがちだが、つまりは失敗してはいけないこと"学ぶ"ことだ。

「先人が失敗したことを、わざわざ記録に残してくれている。それを学んで、同じ悲劇を繰り返さないこと。初めてであっても類似事象があるならば、まずは過去に実績のあることを試す」
「はい、それこそが治療……いいえ、全てに通じる"知恵"です。どんなことでもまず座学から入るのも同じ理由です。そして、ここからが本題です」

 リレルは改めて、本をオレに差し出してくる。
 とても分厚く、図鑑じゃないかと言いたいぐらいの本を、オレは受け取る。
 オレが読めないのは承知だろう。だけど、それでも渡してきたその本を見る。

「ヒロト。これからお伝えするのは、仮に私たちと離れ離れになり、貴方が1人ぼっちになった時。確実に次の街まで辿り着く為に、必要な知恵の1つとなります」

「……必要な知恵の、1つ」
「そうです。次の街まで、魔物でも、盗賊でも、貴方を狙ってくるモノが必ずいます。逃げるにしても戦うにしても、大なり小なり怪我をするでしょう。その時、貴方を助けられるのは、貴方だけです」

 リレルが、サディエルが、アルムが、誰も近くに居なかった時。
 怪我を負ったまま、その場に倒れこんだオレ自身を助けられるのは、オレだけになる。

 その時、応急処置も何も出来なければ、すぐには死ななくても、後々何かしらの後遺症が残り、最悪は死に至る。

「リレルさ……1か月前、オレが治癒の魔術を知りたいって言った時から、そのつもりで言ったんだよね」
「そうですよ。私たちが一番心配する最悪の展開は、貴方を1人残して私たちが全員死に……そのまま貴方まで死んでしまう事です」

 もう、何度も聞き飽きるぐらい聞いた言葉。
 それが再び紡がれる。

「ほんっっっと、お人よし」
「構いませんよ、お人よしで。それですべてが上手く行くのであれば」

 うん、本当に……お人よしだ。
 リレルだけじゃない、サディエルも、アルムもだ。

 オレが少しでも異世界で不安にならないように、あれこれと認識を擦り合わせながら、やらなければいけないこと、やらないと"死ぬ"ことを伝えてくれたサディエル。
 何をどうすればいいかを決め切れないオレに、明確な目標設定と過程の重要さを教えてくれたアルム。

 今、万が一の万が一に備えての治療の"知恵"を伝えようとしてくれているリレル。

「リレル、まずオレに応急処置についてを教えてくれ!」
「わかりました。では、順番にお話致しますね」

 オレの言葉を聞いて、リレルは嬉しそうにそう答えた。
 まずは何処からにいたしましょう、とリレルはウキウキで別の本を手に取って、ページを捲り始める。

 ―――っと、そういえば応急処置について学ぶ前に、聞いとかないといけないことが。

「リレル、話を始める前に1つ。さっき、医学を学ぶ上で必要だから色々な武器を使えるようにってやつ、あれは何で?」
「そういえばお伝えしておりませんでしたね」

 リレルもすっかり失念していたらしい。
 オレも人の事言えないわけだけどさ。

「理由は簡単です。武器の傷を覚える為です」
「武器の……傷?」

 え? どういうこと?
 オレが首を傾げていると、リレルは近くに置いていた自分の槍を手に取る。

「例えば槍でこう、相手を突きますでしょ? その時に出来る傷がどの位置かによって、損傷している可能性がある臓器を割り出す。そうすれば、緊急性と治療の優先順位の目明日にもなりますので」

「えーっと、リレルさん……それって……」
「剣だとこう、バスっと切った場合は意外と慌てなくていいです。見た目凄い出血しているようですが、骨がガードして大半無事ですから。逆にこう、剣を横に寝かせた状態で一突きの場合は、肋骨をすり抜けて貫通する危険があり、そうなった場合は様々な臓器にもダメージが行くので……」

「たんま! ちょっとたんま!! だいたい分かった、応急処置の話に戻ろう!」

 つまり、リレルが色々な武器を結果的に使えるようになった理由って……
 自分で相手を怪我させて、どういう怪我が出来上がるか。
 それをどう治療すればいいのかあれこれ検証するってこと!?

 その怪我させる相手って十中八九魔物だよね?……いや、盗賊とか襲ってくれば、ワンチャン彼らで検証するとかそういう……

 そこまで考えて、オレは悪寒が走る。

 理論は分かる。凄い効率がいい『覚え方』なのも分かる。
 だけど、ちょっとそれは、それはいただけないっつーか、いいのかそれが武器を色々扱える理由で!?

「ヒロト? どうされました?」
「いえ、ナンデモナイデス」

 オレはこの時、アルムが彼女をちょっと特殊、と評した理由をハッキリと理解した。
 正直、理解はしたくなかった。

 リレル、思ったより変な方向にネジぶっ飛んでたー!?

 怪我させる相手が魔物とか、敵対する相手だからいいものの、一歩間違えたらそれ完全にマッドサイエンティスト方向ー!
 しかもそれを効率がいいの一言で済ませてそうだよ!?

 あれか……やっぱり、ストレスがより多くかかる職業に従事る人たちって、多少ネジ吹っ飛ばさないと、正気を保てないのかもしれない。
 本人が至って真面目に考察してるせいで、余計に始末が悪いよな、これ。

========================

 ヒロトがリレルから、応急処置について学んでいる頃。

「…………」

 船の先端で、黄昏ているサディエルが居た。
 ふと、彼は自身の右手を見て、グーパーと何度か握りこぶしを作っては開くを繰り返した。

「……違和感は、無い。うん、感じない。間違いなくいつも通り……なんだけど……」

 サディエルは眉を顰める。
 違和感は確かに感じない、感じないが『おかしい』と……直感的に思った。

「サディエル、こんな所にいたのか」
「アルム?」

 突然声をかけられ、サディエルは驚いたように後ろを見る。
 そこには、何か言いたげな表情を浮かべたアルムがいた。
 その無言の圧に、しばしサディエルは視線を泳がせるものの、観念したのか口を開く。

「さっきの模擬戦で、ちょっと違和感……いや、正確には違和感はないんだ。だけど、"おかしい"と思った」
「おかしい、ね……今はその程度か?」
「あぁ、本当に直感レベルだ。だけど、ヒロトの言っていたことを考えると……」

 もしかしたら、と続けようとしてサディエルは言葉を止める。
 そんな彼を見て、アルムはため息を吐く。

「わかった、今はそれでいい。一瞬隠そうとしたことは、リレルやヒロトには黙っておいてやる」
「あっははは……助かるよ。特にリレルに知られたら怖すぎる」
「怖いどころじゃないだろ」
「まぁな」

 肩を落としながら、サディエルは同意する。

「はっきりと確信したら、また言うよ」
「すぐに言えよ」
「あぁ」
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