オレの異世界に対する常識は、異世界の非常識らしい

広原琉璃

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第5章 冒険者4か月目

94話 帰路に向けて【後編】

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 コンコンコンと、ドアがノックされる。
 こちらの返答を待つよりも早くドアが開き、クレインさんとレックスさんが顔を出した。

「やぁ皆さん、今日の昼食はどうかな」
「食後のデザートと、コーヒーのおかわりをお持ち致しました」

 いつもの明るいノリで、クレインさんはオレたちに声を掛けてきた。
 彼の後ろに控えて、デザート類が乗せられた荷台を押しているレックスさんは、先ほどまでのコンビネーション試験で、あれだけ動いていたというのに、その疲労を全く感じさせない雰囲気で、本当に恐れ入る。

「おや。サディエル君、そちらの青年は?」

 そう言いながら、クレインさんはカイン君に視線を向ける。
 しまった、カイン君は転移の魔術でここに来た。
 玄関からってわけじゃないから、クレインさんとレックスさんからしたら、いきなり現れた不審者だこれ。

 うわぁ、レックスさんの目が座り始めた、完全に警戒態勢。

「え、あー、えっと、その……」

「初めまして、クレイン・エーデルテイン様。突然の訪問をお許しください。バークライス将軍に召集され、この場に参りました、カインと申します」

 誰だ、この人。

 カイン君の見た目はそのままなのに、優雅な一礼と、丁寧な口調。
 急に気品あふれる貴族様みたいな雰囲気を醸し出してきたんですけど。
 あと、シレっと巻き込まれたバークライスさんは、僅かに頬を引くつかせた。
 顔が完全に『貴様、後で覚悟していろ』と訴えかけている。

「そちらにおられますレックス殿もご存じの通り、サディエルさんの薬を届けに来たのです」

 スラスラと嘘八百を並べて行く光景に、眩暈がしそうだ。
 面の皮が厚すぎる……いや、魔王なんだから、これぐらいじゃないと務まらないってか。

「ふむ、そうなのか? レックス」
「はい、間違いありませんクレイン様。ですが、屋敷内のフットマンたちからの連絡は……」

「……すまない、私が招き入れたんだ」

 観念したのか、カイン君の演技に乗ることにしたらしいバークライスさん。
 ご愁傷様です。

「そうなのですか、バークライス」
「あぁ。途中で誰かに会えたら伝えようと思っていたが、すれ違わなくてな。すまない、レックス」
「……まぁ、貴方がそう言うのであれば信じましょう。ですが、次からは……」
「分かっている」

 これが、とばっちり……と言うやつか。
 ニコニコと笑顔のカイン君に対して、オレらの心境はきっと一致している。

 ド腹黒魔王様、と。

「クレイン様、レックス殿、申し訳ありませんでした。渡す物情報も渡しましたので、私はこれにて失礼させて頂きます。それでは」
「待ちなさい。玄関まで案内しますので……誰かいないか!」

 レックスさんは慌てて部屋の外に声を掛ける。
 少しの間を置き、1人のフットマンさんがやってきて、カイン君を案内し始めた。

「つーわけで、俺はここでお暇させて貰うね。それじゃ!」

 オレらだけに聞こえる声でそう言うと、魔王カイレスティンことカイン君は、さっさと帰ってしまった。
 嵐のようにやって来て、嵐のように去っていったな、あの魔王様。
 いや、情報はとてもありがたかったので嬉しいですけど。

「本当にあいつは……!」

 忌々しそうにバークライスさんが呟く。
 気持ちは分かります、はい。

「はっはっは! 楽しい部下を持つと大変じゃの、バークライス将軍殿」
「……まったく、その通りです!!」

 カイン君とバークライスさんとの関係性が、見えてきた気がするな。
 オレらと違って、めっちゃおちょくり対象として見てるでしょ、カイン君。

 バークライスさんはかつての仲間の末裔だって話だし、オレらみたいに魔王だって知らされずに知り合って、今の関係性になっちゃったのかもな。
 いじり対象になってないだけ、オレらはマシか。
 見ると、サディエルとアークさんも同意見なのか、互いの肩を叩いて安堵しあってる。

「クレインさん、レックスさん。少しだけ、お時間宜しいですか?」

 場の雰囲気を変える為だろう、サディエルが2人に話しかける。

「どうしたんじゃ、サディエル君」
「先ほど決まったのですが、4日後にこの国を立とうと思います」

 彼の言葉を聞いて、2人は驚きの表情を浮かべた。
 クレインさんは寂しそうな表情を浮かべつつ……

「そうか……寂しくなるの。予定より早い理由は、ヒロト君の件でかね」

「レックスさんからの報告ですか?」
「ちゃんと他言無用と心得とるよ。にわかに信じられない話であることは事実じゃが、儂とて3か月間、お前たちと旅を共にしたわけだし、ヒロト君の人となりも見て来た。素直で良い子を疑う理由はないよ」

 その言葉を聞いて、オレは嬉しくなる。

 クレインさんだって、3か月間一緒に旅をした仲間であり、エルフェル・ブルグまでの時間短縮に協力して貰った人なんだ。
 さりげない気遣いに救われた事も沢山あったし、迷惑だって数えきれないほどかけてしまった。
 古代遺跡の国で、サディエルの同行を許可して欲しくて必死に説得した日も、彼はオレの言葉を否定せずに、真剣に聞いてくれている。

 純粋にオレ自身を見ての評価ってのは、格別だよな。

「ありがとうございます、クレインさん!」
「良い良い。大変じゃったな、ヒロト君。しかし、本番はここからなのだろう?」

「……はい!」

 クレインさんの問いかけに、オレは頷く。
 ただの帰路じゃない。ガランドとの決着を含めた、残り2か月と少しの旅路だ。

「旅の準備について、儂からも少しばかり援助をしようと思っておる」
「いえ、この2週間近く、屋敷をお借りしているわけですから、流石にそこまでは……」

「おや。それ関しては、儂からの "屋敷の劣化防止の依頼" だったはずじゃが? その報酬はまだ支払っておらんよ」

 うわあああああ、せっこい!?
 と言うか、オレら言質取られてたってこと!?
 アルムとリレルも『……やられた』と言う表情でクレインさんを見ている。

 ただ1人、この件を知らない、と言うかタイミング的に病院で寝ていたサディエルが、ぐぎぎぎっ、と錆びた機械のようにゆっくりとオレらに視線を向けて来た。

「3人共? 俺、この件の報告を受けていないわけだが、どういうことかな」

「悪い、サディエル。言い忘れていた」
「はい、ごめんなさい……」
「右に同じく」

 オレたちの返答を聞いて、サディエルは肩を落としてため息を吐く。
 その後ろで、アークさんがおかしそうに笑っている。

「お前ら、クレイン殿はエルフェル・ブルグきっての豪商だ。交渉術に関しては、右に出る者はいないんだから、気をつけねーと」
「アークシェイド様。クレイン様を誉めて頂くのは嬉しい限りですが、若干棘がありますよ?」
「おっと、申し訳ない」

 両手を挙げて、アークさんは謝罪をした。

「はっはっは! そう言うわけで、これは正当な報酬なんじゃ。気にせず受け取ってくれないかね」

 ここにきて、クレインさんの怖い一面を見た気がする。
 見事に彼の術中にはまったわけで……好意による術中だったことを、心底喜ばないといけない。

 逆だったら怖すぎる、絶対に敵に回したらいけないタイプの人だ。

 サディエルに突っつかれ、オレら3人は半強制的にクレインさんの前に出される。

「クレインさん、何から何までありがとうございます。感謝してもしたりません」
「エルフェル・ブルグへ戻って来た際には、改めて私たちからもお礼をさせてください」
「オレは、ここでお別れという形になりますが……クレインさんとレックスさん、それに屋敷の皆さんのことは忘れません!」

「うむ! いい返事じゃ!」

 その言葉を聞いて、クレインさんは満足げに笑う。
 後ろで控えているレックスさんも、珍しく微笑んでいた。

================================

 あれから、クレインさんたちを交えて食後のデザートを楽しみ、本日は解散。
 1日早く試験が終わったけれども、それじゃあ勿体ないからと、明日も休暇であるバークライスさんに、戦い方の指導を受けることに決定した。
 旅に必要なものの買い出しや準備は、明後日と明々後日。

 別室でアルムとリレルが、アークさんを交えてあれこれ必要なモノをリストアップしてくれているはずだ。

 で、オレは何をしているかと言うと……

「サディエル、大丈夫?」
「……大丈夫じゃない」

 薬の副作用が出て来たサディエルの傍に居る。
 不用意に動き回って欲しくないからと、アルムたちから監視役を任命されたのだ。

 最も、監視役が必要ないぐらいにサディエルはグロッキーな状態で、指一本動かしたくないと言わんばかりにベッドに沈んでいる。

「昨日もこんな感じだったの?」
「まぁな……元々、効果が強い薬だから、副作用も相応だ。帰路で使う場合は、見極めないといけないな」

「複数本あるからって油断は出来ないよ。こういう場合、だいたい薬がダメになる展開があるから」
「……うわぁ、聞きたくなかった。本当にヒロトの所は厄介ごとをポンポンと想像出来るよな」
「今回ばかりは同意するよ」

 どうせ口に出さなくても、ありそうな展開だしな。
 最初からその可能性を考慮して動いた方がいい。

「まっ、逆に考えれば、負け筋の1つを潰すチャンスだ。前に向きに行こう」
「そうだね。で、実際の所どうするの?」
「最低でも1本、対ガランド用の死守だけを徹底するさ。明日、滅多な事じゃ壊れないような強固な入れ物を探して、購入しよう」

 6本全部じゃなくて確実に1本を、ってわけか。

 確かに、その方がいいかもな。
 幸いに、虎の子の最後の1本ってわけじゃないんだし、その部分を利用してしまえば何とかなりそうだ。

「なぁ、ヒロト」
「何、サディエル」

「気持ち悪い状態をあんまり意識したくないからさ、お前の世界のファンタジー物語を語ってくれないか? 内容は任せる」
「それは良いけど、効果ある?」

「あるある。摩訶不思議びっくりどっきりファンタジーを聞いていれば、気持ち悪さも忘れるって」
「非常識な内容で笑えるから、って意味でだろ」
「大正解」

 言ってくれるよな、全く。
 けど、こういう有効活用も悪くないかもしれない。
 むしろ、正しい使い方かも。

 自分が体験出来ない事を疑似体験して、多くを学ぶことが出来ることこそ、ファンタジーなのだから。

「と言うわけで、よろしく」
「分かった。じゃあそうだな……どの話にしようかな。最初は分かりやすい奴がいいかな。よしっ、とある国に綺麗なお姫様がいました。しかしある時、邪悪な魔王がお姫様を連れ去ってしまいました。そこで国王は……」
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