オレの異世界に対する常識は、異世界の非常識らしい

広原琉璃

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最終章 冒険者5~6か月目

101話 強襲【前編】

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 登りの4日間は、予想よりも順調だった。
 険しい道のりを選んだおかげなのか、魔物の襲撃こそあったものの、盗賊は無し。

 森林限界と呼ばれる、木々が生息しにくくなる場所まで登ると、一気に視界が開けて広々とした異世界を眺めることが出来た。

 今回のルートの最高地点に到達したのは、3日目の移動終了時だった。
 そこからしばらくは歩きやすい平坦な道が続いて少し拍子抜けしたものの、見晴らしがよすぎて逆に魔物への警戒が大変だった。

 ―――そして下山ルートに入り、今日が入山から5日目の昼過ぎ。

「少しづつ、木々が戻って来たよな」

 ぽつり、ぽつりと増え始めた少し細い木々を眺めながら、下り坂になっている道を慎重に進む。

「もう少ししたら、本格的な森林になりますね。ですが、一番危険なのがここからです。盗賊にとっては、見晴らしのいい場所からノコノコと得物がやって来ている、と言うのが丸わかりでしょうからね」

 リレルの言葉に、思わず頬が引きつる。
 そうか、オレらは見晴らしのいい場所から、ゆっくり降りてきている。

 対してあちらは、森林に身を隠しながら、こちらの動向を確認出来るわけだから……

「うへぇ……盗賊、ホントずる賢い」
「あちらも脳筋の馬鹿じゃないからな。ヒロトの世界の物語に出てくる奴らは、総じて脳筋だけど」

 呆れ顔でアルムが言った。
 恐らく、オレが話したファンタジーに出てくる、半裸だったり、モヒカンだったり、明らかにモブ悪役です! みたいなのを思い浮かべているのだろう。

 やられ役だし、ピンチに対するフレーバーだし、とりあえず美人な少女か女性を襲わせとけば助けて物語進むし。

「言い方は悪いですけど、あちらも生活がかかっていますものね」
「……言い方、絶対に悪いと思う」

 都合のいい脳筋な盗賊、プリーズギブミー。
 あれだ、急にオレたちの前に出てきて『へっへっへ、命が惜しければ荷物と有り金、それから女を置いて行け』なーんてことをしないんだろうな。

 ……そこはファンタジーらしく、テンプレに乗っ取った盗賊であって欲しい。

「あっははは。どちらにしろ、ここからは最大限に警戒しよう。全員、注意するように」

 そのまま、急な場所も慎重に降りながら、ゆっくりと下山を続けること1時間。

 ついに山道らしい山道に戻って来た。
 森林に入りきる前に、オレたちは一旦休憩を取りつつ、周囲に魔物や盗賊がいないかを確認する。

「見える範囲では、大丈夫そうかな……」
「見た目上はな」

 ドライフルーツを口に運びながら、サディエルとアルムは言葉を交わす。
 正直、盗賊の襲撃も怖いけど、それに便乗してガランドが襲って来た時が一番大変そうだ。
 と言うか、テンプレ通りに動く魔族って意味なら、その確率がめっちゃ高いんだよな……

「森林に入る前に、全員荷物の最終確認しておいてくれ。信号弾、閃光弾、怪我した時用の水と消毒液などの医療セット、それからマジーア・ペンタグラムに、簡易地図と方位磁石」

 サディエルに言われて、オレはすぐさま荷物を確認する。

 信号弾良し。治療用の水と消毒液に治療セットも、ちゃんとあるな。
 事前に貰っていた地図と、方位磁石も……大丈夫。
 マジーア・ペンタグラムも首にちゃんと掛かっているし、剣とナイフも毎日整備して問題なしだ。

「オレは大丈夫」
「僕もだ」
「私も、問題ありません」

「分かった。それじゃあ、出発しよう」

 荷物を持ち直し、オレたちは森林生い茂る山道へと足を踏み入れる。

 森林地帯に入ると、先ほどまで聞こえなかった、ウグイスやメジロみたいな鳥のさえずりが聞こえ始めた。
 まさに自然の中と言った感じだが、ハイキングのようにゆったり出来ないのが残念である。

 比較的に緩やかな坂を下り続け、今日の野営地まで残り3時間の位置に差し掛かった時だった。

「……ん? あれ、人が倒れている?」

 先頭を歩いていたサディエルが、怪訝な表情で道の先を見る。
 オレたちも視線をそちらに向けると、確かに山道のど真ん中に人が倒れていた。

「リレル」
「了解です」

 アルムに声をかけられ、リレルはすぐさま魔術を使う。
 ふわりと風が流れて、倒れている人の周囲に落ちている葉っぱを取り払った。

「とりあえずは、罠らしいものはありませんね」
「……あ、一応警戒で使ったんだ」
「この標高まで登って来たのか、降りているのかはさておきまして、山道のど真ん中で行き倒れなんて、怪しいですからね」

 警戒するに越したことはありません、と答えてくれる。
 用心深い気もするけど、現状が現状だ。
 可能性は1つづつ、綺麗につぶしていくに限る。

「周囲の音は?」
「息を潜めている可能性は残っています。それを前提にお願いします」
「鳥のさえずりに遮られているのか。罠だったら随分賢い」

 サディエルは念のため、左手を剣の柄部分に移動させながら、倒れている人に近づく。

「ヒロト、お前も行ってきてくれ。僕らは周囲の警戒にあたる」
「分かった」

 アルムの指示に従って、オレはサディエルを追いかける。
 倒れている人の所に到着すると、サディエルは倒れている人を抱き起して、声を掛けた。

「大丈夫ですか?……脈は一応あるな。気絶しているだけか?」

 首筋に手を当てて、脈を計測。
 その次に口元に手をやり、呼吸があることまで確認すると、サディエルは一度その人物をゆっくりと地面に寝かせる。

「サディエル、どう見る?」
「高山病の可能性はあるかな」

「サディエル、ヒロト。この辺りの標高ですと、高地脳浮腫か、高地肺水腫のどちらかの可能性が高いはずです。皮膚や唇、爪が青くなっていないか確認して頂けますか?」

「……青く?」

 サディエルが眉をしかめた。
 オレも、違和感に気が付いた。

 倒れている人の皮膚や、唇、爪は特に青くなっていない。
 むしろ健康体と言っても相違はなく……

 そう思った瞬間、左腕に痛みが走った。

「いつっ……え?」

 いつの間に気が付いたのだろうか、倒れていた人物がオレの腕を掴んでいる。
 爪が食い込むようなほど、力強く掴まれて驚いてその人物を見た。

「たすけ……助けて、くれ……」
「気が付いたんですか? 大丈夫です、少し安静に……」

「……"サディエル" ってやつは……お前か!? それとも、そっちの……!」

 瞬間、倒れている人物の手がサディエルによって弾かれて、オレの左腕が自由になる。

「ヒロト! 右に飛べ!」
「サディエルは後ろで!」

 アルムとリレルの焦った声が響く。
 ほぼ条件反射に近い形で、オレが右に飛ぶと、そこにどこからか飛来した矢が地面に刺さった。
 同様にサディエルも後ろに飛んで回避したが、倒れていた人には多くの矢が突き刺さり、そのまま地面に沈んだ。

 先ほどまで助けようとしていた人物の変わり果てた姿に、恐怖を覚える。

 まだギリギリ生きているのか、視線がオレの方に向く。

「……た……すけ………死にた……な……」

 伸ばされようとした手が地面に落ちる。

「リレル、ヒロトのケアを頼む! アルム!」
「今探っている!」

 アルムが魔術を使って、何かを確認している。
 その間にリレルがオレの所まで来て、軽く肩を叩いてきた。

「ヒロト、まずは深呼吸を。急なことで驚いているでしょうけど、今はそれどころじゃありません」
「……分かってる。ごめん……覚悟はしていたけど、やっぱりちょっと驚いた」

 盗賊に襲われる危険がある時点で、サディエルたちからは口を酸っぱく言われていた。
 帰路では間違いなく、遺体を見ることになると。
 動揺してもいいけど、体を動かさないといけない状況の場合は、無理にでも忘れろと。

 オレは必死に頭を振って、思考を戻す。

 それとほぼ同時に、周囲の木々から数人が出てきて、オレたちの前に現れる。

 盗賊……なのだろうか。だけど、少なくとも見た目は、ファンタジーのそれとは全然違う。
 どちらかと言うと、通常の登山客もしくは冒険者のそれだが……なんだろう、全員、焦点が定まっていないと言うか、意識があるように見えない。

「盗賊の方が、まだマシだったなこれは」

 舌打ちしながら、忌々しそうにアルムが言う。

「全員、警戒しろ。こいつらから、"心音が聞こえない!"」

 心音が聞こえない!?

 オレは慌てて、今しがた現れた人物たちを見る。
 確かに焦点が定まっていないし、僅かにふらついているわけだけど……まさか……この人たち、ゾンビ状態!?

 オレが驚いていると、現れた人たちは無言で弓矢を構えて来た。

「全員、散開! 矢が飛んでくるぞ!」

 響いた声に、オレたちは同時にその場から大きく左右前後に飛ぶ。
 オレは左、リレルは右に飛び、それぞれ矢を回避する。

 だが、着地と同時に何かの影がオレを覆った。

 慌てて影の方向を見ると、そこに居たのは、先ほど事切れたはずの人だった。
 目は、進行方向に居る人たちのようにうつろで、動きは明らかに生きている人間のものじゃない。
 右手には、先ほど彼を射抜いた矢が握られている。
 アーチェリーの矢のような、先が細く、太すぎる注射針のような血塗られているやじりが太陽に反射して光った。

 それを大きく振りかぶり、一直線にオレの左肩目掛けて振り下ろされた。

「ぐあっ……!」
「ヒロト!?」

 矢が深々と左肩に突き刺さる。
 そのまま一度矢が抜かれ、再びオレに振り下ろされようとした時、周囲の植物が一斉に伸びて彼の右手を拘束した。

 これは……リレルの拘束の魔術!?

「アルム、前方の連中も同じように拘束するぞ!」
「了解!」

 サディエルとアルムが、進行方向を遮って矢を放とうとしている連中に向かって、拘束の魔術を使って動きを止める。

「ヒロト! 大丈夫ですか!?」
「大丈夫……何とか、行ける」
「少しだけ我慢してください。右腕を私の肩へ、移動を手伝います」

 リレルの肩を借りて、そのままサディエルたちと合流する。

「アルム、先陣を頼む。次にリレルとヒロト。殿は俺が行く」
「任せろ」

 アルムは腰から短剣を抜き放ちながら言う。
 さすがに弓を構えながらと言うわけにはいかないもんな。

 アルムを先頭に、オレたちは見た目は普通の人間なのに、ほぼゾンビ状態の人たちから距離を取ろうとした。

「……嘘だろ」

 だが、僅か数歩進んだところでアルムが止まる。
 その視線の先には、別の団体……今しがた回避した人たちと同じように、焦点が定まっておらず僅かにふらついている、ほぼゾンビ状態となっている人たちだった。
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