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外伝 過去と未来の断片集
外伝6-3 彼らの「きっかけ」【3】
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「…………」
リューゲンから、アルムとリレルの現状を一通りの話を聞き終え、サディエルは難しい表情で悩みこむ。
そんな彼の返答を、静かに待つリューゲンとクーリア。
時計の針が刻む音だけが、その部屋に響いた。
(やばいな……覚悟はしていたけど、無茶だ断れと思う俺と、ほぼ同じぐらいに……見捨てたらいけないって思ってる俺がいる)
アルムとリレルの事情は理解した。
何故サディエルに……全くの第三者に彼らを託すと言う選択肢を取らざる負えなかったのかも。
「……嫌になりますね、それすらも含めて人間であると言えばそうなんですけど、割り切るには難しい問題です」
「そうだな。私はこんな性格だから、全ての人間に理解して貰うと言う気持ちは疾うの昔に捨て去っている。そこの小娘だって同じだ」
「えぇ、そうね」
リューゲンの言葉に、クーリアは迷いなく頷く。
「例え話をしましょうか、サディエル君。この場に10人の重軽傷者が居たとします。助かる可能性はすぐに治療した場合、1人が5%、2人が50%、7人が80%とします。この場合、貴方ならばどうします?」
「……命のトリアージ、ですか」
「良く知っていたわね。どの命から救うかという究極の選択よ」
「そうですね……一応、お聞きします。全員を救える方法はありますか?」
「無いわね。そんな奇跡があるならば、医療も治癒の魔術も不要になるわ」
ピシャリと言い切ったクーリアに、サディエルは眉を下げて納得する。
「救う人数を優先するなら、まず真っ先に切るべきは生存率5%の人です。その状態から、まず50%の2人の治療を早急に行い、その後、比較的軽傷もしくは多少治療が遅れても危険がない80%の7名を治療する。そうすれば、10人中9人を助けられます」
「えぇ、それが最善手で最大級の結果になる。判断を間違うと、救える命が救えなくなるわ。5%のたった1人を救おうとして、残り9人を死なせては……いいえ、最悪10人全員を死なせては意味がない。あたしたちは医者、その使命は1人でも多くの人を救う事」
「……それは分かります。ただ、"諦められるのか" はまた別問題、と言う事ですよね」
命の重さは同じだが、状況によっては命に優先順位が出てしまう。
自分や、自分の大事な人間が、『助かる見込みなし』と黒をつけられる状況になった時に、潔く諦められるのか。
答えは簡単だ。
「仮に、俺の両親や姉さん、もしくは親友が……まだ生きてるのに、助かる可能性が少しでも残っているのに、目の前で救助不要の黒タグつけられたら、ハイそうですかとは納得出来ないです」
「それが正解よ、サディエル君。私たちだって、救えるなら救いたい。でも、それが出来ない場合は、決断しなければいけないわ」
そう言いながら、クーリアは悲しそうに目を閉じる。
「黒つけると、殴りかかって来たり、掴みかかって来るご家族も当然いました。けど、それはまだマシな方。黒をつけた際、その人のご家族からただ一言、『ありがとうございます』とだけ言われるのが、正直一番つらいですね」
「クーリアさんですらそうなんですから、リレルさんは」
「参っちゃったのよね、あの子は。なまじ、あたしがやっている事の意味をハッキリと理解している分」
当人たちは必死だし、1人でも多くの命を救う為に動いていたことは事実だ。
事実ではある。
全員が納得出来るのか? と問われたら、それは難しい内容だった。
助かる可能性が5%の家族に対し『その子を救う代わりに、他の9人全員に "この子の代わりに死んでくれ" と懇願して来い』と言うようなもの……これは、そう言う問題なのだ。
全員を都合よく助けられるのならば、何も問題はない。
だが、そんなことは『ありえない』し『都合のいい奇跡も転がっていない』わけだ。
ありえないと知りつつも、人間は諦めきれない、割り切れない。
そんな人たちの憎悪と嘆きと悲しみを受け止める養母の背中を見続けたリレルが、そうなったのは……ある意味必然だったのかもしれない。
「あたしにだけ、ぶつけてくれれば良いのにね。なんで、あの子にまで飛び火しちゃったのやら」
そしてそれは……
「リューゲンさん、アルムさんの方もつまりは……」
「あぁそうだ。クーリアとは真逆の意味で、"同じ" だな」
サディエルの問いかけに、リューゲンは忌々しそうに頷いた。
リューゲンとクーリアの違いは、命を救う側か、命を捨てろと命令する側か、である。
「私の場合は、逆に死地へ行けと言う立場だ。どうしても犠牲が必要な場面は多い。どれだけ注意を払っても犠牲が出てしまい、防ぎようがないことが大半だ。その都度、言われるよ。"作戦の成功はお見事、今回も多大な結果を得られた。だが、何故そんな損失を出すのだ" とな」
部隊数が大きければ大きいほど、末端までの管理はどうしても難しくなる。
ましてや、個々が意思と判断力を持つ人間である以上、必ずしも絶対は存在しなくなってしまう。
「アルムの奴は愚直に反論していた。私のことを思ってのことなのだろうが、挑む相手が悪すぎた」
自分の師匠が必死に考え、可能な限り、損失を出さないような作戦を出している。
誰よりも部隊の人たちの事を考えているのに、とアルムがいくら声高に叫んだとしても返ってくる答えは無慈悲だった。
『そんな考えになるのは、お前があいつの一番弟子だからだろう?』
『そりゃそうだ。恩師と同じ思考回路なんだ、オレらとは見ている世界が違うんだよ』
『作戦さえ成功すりゃ、末端の兵なんてどうなっても知らないんだろ』
根拠のない、言葉の刃。
どれだけ正しい言葉を綴っても、誰も聞いてくれず、気づいてくれず。
必死に歯を食いしばり、耐えるしか、今の彼には選択肢がなかった。
そこまで理解して、サディエルは深い深いため息を吐く。
「……何故、バークライスさんが俺に依頼したのか……分かった気がします」
今の2人は本当に危うい状況だ。
それを解消することが、リューゲンとクーリアにはどうしても不可能である。
何せ、アルムとリレルの現状の原因とも言うべき存在になってしまったからだ。
本人たちだって、不本意な結果なのだろう。
自分たちで何とか出来るのならば、とっくに何とかしているはずだ。
(極度の人間不信か。信頼している人間から裏切られる以外でも、こんなことがあるんだな……)
どれだけ最善を尽くして、これ以上ないベストな状態に持って行っても報われない。
当然だ、その『ベストな状態』とは、人によって定義が異なってしまう。
リューゲンとクーリアは、そんな現実を受け止め、諦め、割り切れている。
それが出来るのは、『第三者の立場にいる理解者』の存在に支えられているからだ。
(だけど、あの2人にそれが無い……そのせいで、視野が狭くなり、周囲の音が無音になっていく。このままいけば……)
そこまで考えて、ぞくりと悪寒が走る。
その先が見えてしまい、寒さがサディエルの全身を襲った。
「……感受性が高い子ね。落ち着いて、大丈夫だから」
「先を想定出来る事は良いことだが、深みにはまりすぎるのも、命取りになる」
「はい……すいません」
ゆっくりと呼吸を整えて、注文した飲み物を口に運ぶ。
すっかり冷めてしまった紅茶は、苦みが増していたものの、思考を戻す助けになった。
(アーク、ごめん。多分、またお前に怒られる選択をすることになると思う。俺、見捨てられそうにない)
無茶で無謀だ。
それは、サディエルだけじゃない、彼に依頼したバークライスも、目の前に居るリューゲンとクーリアも分かっていることだろう。
無茶でも、無謀でも、何とかしたいと言う想いがそこにある事を、サディエルは理解してしまった。
「……愛されていますね、アルムさんも、リレルさんも」
「さぁな。勝手に死なれたら寝覚めが悪いだけだ」
「相変わらず素直じゃないわねリューゲン爺様? そんなんだから、アルム君以外に弟子が出来ないのよ」
「うるさいぞ、小娘」
「はいはい。サディエル君、そんなわけだから……あたしらとしては、君にあの子たちを託したいの」
きっと、バークライスの想いも、リューゲンの想いも、クーリアの想いも、今の2人は伝わらないだろう。
仮に伝えたところで、彼らは理解を拒む。
最も身近な存在の言葉すら、届かなくなってしまっている2人を救う為に必要なモノは、それじゃないのだ。
「現実をしっかりと見て世の中の良さも悪さも理解しながら、それでも『お人よし』だ『偽善者』だと揶揄されてしまう。沢山の可能性を見据えた上で、あえてそんな選択肢を取ってしまう君に、お願いしたいの」
粗治療も良いところだ。
毒を持って毒を制すようなものである。
「まったくの第三者でありながら、馬鹿正直なぐらい真っ直ぐで、諦めず、他者を否定せずに、無条件で愛してくれるであろう、君にな。本当に、バークライスはいい人材を掘り出してきてくれたものだ」
リューゲンとクーリアの最終通告に、サディエルは情けないほど不安げな表情で笑った。
(うん、本当にごめんアーク。だいぶやばい厄介ごとを、引き受けちゃったよ)
決意を固めて、サディエルはしっかりと彼らを見る。
「リューゲンさん、クーリアさん。俺で良ければ、この依頼を引き受けます」
========================
―――それから数日後
「よし、掃除完了! とりあえず3人で住むには上出来だろう」
エルフェル・ブルグ郊外の一軒家。
バークライスの紹介で、格安で借りることが出来た借家を掃除し終えたサディエルは、ようやく一息ついた。
「個室の準備よし、台所も大丈夫、食料と日用品も購入済み。あとは……減った資金と2人分の旅道具分の金をどうやって稼ぐかだけど、とりあえず当面は、アルムさんとリレルさんのケア最優先かな。1週間ほど雰囲気みて、働きに出れそうな時間を見繕わないと」
メモ帳を取り出しながら、現時点でのやる事リストを最終確認する。
一通りの項目が達成されていることを確認したサディエルは、掃除道具を片付けた。
「旅に出るっていっても、まずは2人には冒険者として必要な体力をつけて、最低でも逃げる為の知識を頭に叩き込んで貰わないとな。運動も気分転換になるだろうし、まずは基礎体力を3か月でつけて貰って……」
少し大きめな紙を広げて、最終目標を主軸にやるべきことを1つ1つ羅列していく。
それは、5年後にヒロトが見ることになる『目標達成表』であった。
最終目標は、アルムとリレルの人間不信を可能な限り解消すること。
その上で、彼らの狭まった視野を広げ、他人からの声に耳を傾けられるようにするには……と、あれこれ考えながらサディエルは紙に書き込んでいく。
「俺が彼らの立場だったら、何が嬉しいだろう。自分たちの意見が通じない、信じて貰えないって認識だから……多分、俺からあれこれ喋るのは悪手かも。お前の話なんて聞く気ねぇ! って。あれ、そうなるとすぐに体力作りは無理じゃないか?」
話を聞いて貰えない可能性に至り、サディエルは慌てて目標内容を変更していく。
「まずは、2人に喋って貰えるようにしないといけないから……あー、何が嬉しいかな。この人なら何を話しても否定しない、聞いてくれるって思ってくれるには」
うーん、と両腕を組んで悩む。
そこに、カラランと来客を告げるベルが鳴り響いた。
「おっ、もしかして来たかな?」
紙をしまい、サディエルは玄関へと急ぐ。
今開けますと声を掛けながらドアを開けると、そこにはアルムとリレルが明らかに少なすぎる荷物を持って立っていた。
少なくとも、旅に出る荷物ではないのは明白……どちらかというと、2~3日お泊りする程度の量に、サディエルは苦笑いしてしまう。
「ようこそ、アルムさん、リレルさん。さっ、入ってくれ」
「どうも」
「お邪魔します」
サディエルは2人を引き連れて、リビングダイニングまで行く。
「2人とも、お腹空いているだろう? 今から昼食を作るからゆっくりしてくれ。あ、苦手な物とかあるか?」
「特には」
「私も」
それだけ言うと、2人は手近な椅子に座る。
床下から、事前に下ごしらえをしておいた野菜を取り出しつつ、サディエルは2人の様子を盗み見る。
目の前で静かに、私はここに存在していません、と言わんばかりの雰囲気で沈黙を保つ2人。
会話する気配は一切ないし、サディエルにあれこれ問い詰めようと言う感じもない。
(似たような境遇なわけだから、アルムさんとリレルさんの間ぐらいには会話があってもいいよな、と思っていたわけだけど……)
アルムとリレルの間ですら、会話する気配は一切なし。
予想以上の難攻不落っぷりに、サディエルは途方に暮れてしまった。
(さーて……どうしたもんか)
リューゲンから、アルムとリレルの現状を一通りの話を聞き終え、サディエルは難しい表情で悩みこむ。
そんな彼の返答を、静かに待つリューゲンとクーリア。
時計の針が刻む音だけが、その部屋に響いた。
(やばいな……覚悟はしていたけど、無茶だ断れと思う俺と、ほぼ同じぐらいに……見捨てたらいけないって思ってる俺がいる)
アルムとリレルの事情は理解した。
何故サディエルに……全くの第三者に彼らを託すと言う選択肢を取らざる負えなかったのかも。
「……嫌になりますね、それすらも含めて人間であると言えばそうなんですけど、割り切るには難しい問題です」
「そうだな。私はこんな性格だから、全ての人間に理解して貰うと言う気持ちは疾うの昔に捨て去っている。そこの小娘だって同じだ」
「えぇ、そうね」
リューゲンの言葉に、クーリアは迷いなく頷く。
「例え話をしましょうか、サディエル君。この場に10人の重軽傷者が居たとします。助かる可能性はすぐに治療した場合、1人が5%、2人が50%、7人が80%とします。この場合、貴方ならばどうします?」
「……命のトリアージ、ですか」
「良く知っていたわね。どの命から救うかという究極の選択よ」
「そうですね……一応、お聞きします。全員を救える方法はありますか?」
「無いわね。そんな奇跡があるならば、医療も治癒の魔術も不要になるわ」
ピシャリと言い切ったクーリアに、サディエルは眉を下げて納得する。
「救う人数を優先するなら、まず真っ先に切るべきは生存率5%の人です。その状態から、まず50%の2人の治療を早急に行い、その後、比較的軽傷もしくは多少治療が遅れても危険がない80%の7名を治療する。そうすれば、10人中9人を助けられます」
「えぇ、それが最善手で最大級の結果になる。判断を間違うと、救える命が救えなくなるわ。5%のたった1人を救おうとして、残り9人を死なせては……いいえ、最悪10人全員を死なせては意味がない。あたしたちは医者、その使命は1人でも多くの人を救う事」
「……それは分かります。ただ、"諦められるのか" はまた別問題、と言う事ですよね」
命の重さは同じだが、状況によっては命に優先順位が出てしまう。
自分や、自分の大事な人間が、『助かる見込みなし』と黒をつけられる状況になった時に、潔く諦められるのか。
答えは簡単だ。
「仮に、俺の両親や姉さん、もしくは親友が……まだ生きてるのに、助かる可能性が少しでも残っているのに、目の前で救助不要の黒タグつけられたら、ハイそうですかとは納得出来ないです」
「それが正解よ、サディエル君。私たちだって、救えるなら救いたい。でも、それが出来ない場合は、決断しなければいけないわ」
そう言いながら、クーリアは悲しそうに目を閉じる。
「黒つけると、殴りかかって来たり、掴みかかって来るご家族も当然いました。けど、それはまだマシな方。黒をつけた際、その人のご家族からただ一言、『ありがとうございます』とだけ言われるのが、正直一番つらいですね」
「クーリアさんですらそうなんですから、リレルさんは」
「参っちゃったのよね、あの子は。なまじ、あたしがやっている事の意味をハッキリと理解している分」
当人たちは必死だし、1人でも多くの命を救う為に動いていたことは事実だ。
事実ではある。
全員が納得出来るのか? と問われたら、それは難しい内容だった。
助かる可能性が5%の家族に対し『その子を救う代わりに、他の9人全員に "この子の代わりに死んでくれ" と懇願して来い』と言うようなもの……これは、そう言う問題なのだ。
全員を都合よく助けられるのならば、何も問題はない。
だが、そんなことは『ありえない』し『都合のいい奇跡も転がっていない』わけだ。
ありえないと知りつつも、人間は諦めきれない、割り切れない。
そんな人たちの憎悪と嘆きと悲しみを受け止める養母の背中を見続けたリレルが、そうなったのは……ある意味必然だったのかもしれない。
「あたしにだけ、ぶつけてくれれば良いのにね。なんで、あの子にまで飛び火しちゃったのやら」
そしてそれは……
「リューゲンさん、アルムさんの方もつまりは……」
「あぁそうだ。クーリアとは真逆の意味で、"同じ" だな」
サディエルの問いかけに、リューゲンは忌々しそうに頷いた。
リューゲンとクーリアの違いは、命を救う側か、命を捨てろと命令する側か、である。
「私の場合は、逆に死地へ行けと言う立場だ。どうしても犠牲が必要な場面は多い。どれだけ注意を払っても犠牲が出てしまい、防ぎようがないことが大半だ。その都度、言われるよ。"作戦の成功はお見事、今回も多大な結果を得られた。だが、何故そんな損失を出すのだ" とな」
部隊数が大きければ大きいほど、末端までの管理はどうしても難しくなる。
ましてや、個々が意思と判断力を持つ人間である以上、必ずしも絶対は存在しなくなってしまう。
「アルムの奴は愚直に反論していた。私のことを思ってのことなのだろうが、挑む相手が悪すぎた」
自分の師匠が必死に考え、可能な限り、損失を出さないような作戦を出している。
誰よりも部隊の人たちの事を考えているのに、とアルムがいくら声高に叫んだとしても返ってくる答えは無慈悲だった。
『そんな考えになるのは、お前があいつの一番弟子だからだろう?』
『そりゃそうだ。恩師と同じ思考回路なんだ、オレらとは見ている世界が違うんだよ』
『作戦さえ成功すりゃ、末端の兵なんてどうなっても知らないんだろ』
根拠のない、言葉の刃。
どれだけ正しい言葉を綴っても、誰も聞いてくれず、気づいてくれず。
必死に歯を食いしばり、耐えるしか、今の彼には選択肢がなかった。
そこまで理解して、サディエルは深い深いため息を吐く。
「……何故、バークライスさんが俺に依頼したのか……分かった気がします」
今の2人は本当に危うい状況だ。
それを解消することが、リューゲンとクーリアにはどうしても不可能である。
何せ、アルムとリレルの現状の原因とも言うべき存在になってしまったからだ。
本人たちだって、不本意な結果なのだろう。
自分たちで何とか出来るのならば、とっくに何とかしているはずだ。
(極度の人間不信か。信頼している人間から裏切られる以外でも、こんなことがあるんだな……)
どれだけ最善を尽くして、これ以上ないベストな状態に持って行っても報われない。
当然だ、その『ベストな状態』とは、人によって定義が異なってしまう。
リューゲンとクーリアは、そんな現実を受け止め、諦め、割り切れている。
それが出来るのは、『第三者の立場にいる理解者』の存在に支えられているからだ。
(だけど、あの2人にそれが無い……そのせいで、視野が狭くなり、周囲の音が無音になっていく。このままいけば……)
そこまで考えて、ぞくりと悪寒が走る。
その先が見えてしまい、寒さがサディエルの全身を襲った。
「……感受性が高い子ね。落ち着いて、大丈夫だから」
「先を想定出来る事は良いことだが、深みにはまりすぎるのも、命取りになる」
「はい……すいません」
ゆっくりと呼吸を整えて、注文した飲み物を口に運ぶ。
すっかり冷めてしまった紅茶は、苦みが増していたものの、思考を戻す助けになった。
(アーク、ごめん。多分、またお前に怒られる選択をすることになると思う。俺、見捨てられそうにない)
無茶で無謀だ。
それは、サディエルだけじゃない、彼に依頼したバークライスも、目の前に居るリューゲンとクーリアも分かっていることだろう。
無茶でも、無謀でも、何とかしたいと言う想いがそこにある事を、サディエルは理解してしまった。
「……愛されていますね、アルムさんも、リレルさんも」
「さぁな。勝手に死なれたら寝覚めが悪いだけだ」
「相変わらず素直じゃないわねリューゲン爺様? そんなんだから、アルム君以外に弟子が出来ないのよ」
「うるさいぞ、小娘」
「はいはい。サディエル君、そんなわけだから……あたしらとしては、君にあの子たちを託したいの」
きっと、バークライスの想いも、リューゲンの想いも、クーリアの想いも、今の2人は伝わらないだろう。
仮に伝えたところで、彼らは理解を拒む。
最も身近な存在の言葉すら、届かなくなってしまっている2人を救う為に必要なモノは、それじゃないのだ。
「現実をしっかりと見て世の中の良さも悪さも理解しながら、それでも『お人よし』だ『偽善者』だと揶揄されてしまう。沢山の可能性を見据えた上で、あえてそんな選択肢を取ってしまう君に、お願いしたいの」
粗治療も良いところだ。
毒を持って毒を制すようなものである。
「まったくの第三者でありながら、馬鹿正直なぐらい真っ直ぐで、諦めず、他者を否定せずに、無条件で愛してくれるであろう、君にな。本当に、バークライスはいい人材を掘り出してきてくれたものだ」
リューゲンとクーリアの最終通告に、サディエルは情けないほど不安げな表情で笑った。
(うん、本当にごめんアーク。だいぶやばい厄介ごとを、引き受けちゃったよ)
決意を固めて、サディエルはしっかりと彼らを見る。
「リューゲンさん、クーリアさん。俺で良ければ、この依頼を引き受けます」
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―――それから数日後
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「旅に出るっていっても、まずは2人には冒険者として必要な体力をつけて、最低でも逃げる為の知識を頭に叩き込んで貰わないとな。運動も気分転換になるだろうし、まずは基礎体力を3か月でつけて貰って……」
少し大きめな紙を広げて、最終目標を主軸にやるべきことを1つ1つ羅列していく。
それは、5年後にヒロトが見ることになる『目標達成表』であった。
最終目標は、アルムとリレルの人間不信を可能な限り解消すること。
その上で、彼らの狭まった視野を広げ、他人からの声に耳を傾けられるようにするには……と、あれこれ考えながらサディエルは紙に書き込んでいく。
「俺が彼らの立場だったら、何が嬉しいだろう。自分たちの意見が通じない、信じて貰えないって認識だから……多分、俺からあれこれ喋るのは悪手かも。お前の話なんて聞く気ねぇ! って。あれ、そうなるとすぐに体力作りは無理じゃないか?」
話を聞いて貰えない可能性に至り、サディエルは慌てて目標内容を変更していく。
「まずは、2人に喋って貰えるようにしないといけないから……あー、何が嬉しいかな。この人なら何を話しても否定しない、聞いてくれるって思ってくれるには」
うーん、と両腕を組んで悩む。
そこに、カラランと来客を告げるベルが鳴り響いた。
「おっ、もしかして来たかな?」
紙をしまい、サディエルは玄関へと急ぐ。
今開けますと声を掛けながらドアを開けると、そこにはアルムとリレルが明らかに少なすぎる荷物を持って立っていた。
少なくとも、旅に出る荷物ではないのは明白……どちらかというと、2~3日お泊りする程度の量に、サディエルは苦笑いしてしまう。
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「どうも」
「お邪魔します」
サディエルは2人を引き連れて、リビングダイニングまで行く。
「2人とも、お腹空いているだろう? 今から昼食を作るからゆっくりしてくれ。あ、苦手な物とかあるか?」
「特には」
「私も」
それだけ言うと、2人は手近な椅子に座る。
床下から、事前に下ごしらえをしておいた野菜を取り出しつつ、サディエルは2人の様子を盗み見る。
目の前で静かに、私はここに存在していません、と言わんばかりの雰囲気で沈黙を保つ2人。
会話する気配は一切ないし、サディエルにあれこれ問い詰めようと言う感じもない。
(似たような境遇なわけだから、アルムさんとリレルさんの間ぐらいには会話があってもいいよな、と思っていたわけだけど……)
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