オレの異世界に対する常識は、異世界の非常識らしい

広原琉璃

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外伝 過去と未来の断片集

外伝6-6 彼らの「きっかけ」【6】

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「……いっつつ。あー、そっか、階段から落ちたのか俺。やらかした」

 全身の痛みを感じながら、サディエルは起き上がろうとする。
 けれどもそれを、リレルが慌てて止めた。

「起き上がらないでください。むち打ち状態で、眩暈か吐き気のいずれかがあるはずです。早ければ、明日には全身に痛みも伴うでしょう」
「うわぁ……あの、リレルさん、申し訳ないんだけど、治癒の魔術をお願いしたいです」

「何故です? このままお休みになったらどうですか。治癒の魔術で治すことは簡単ですが、緊急性が無い限りは自然治癒に頼る方がよろしいかと」

 そう言われて、サディエルは黙り込む。
 顔を伏せた彼は気づいていなかった。

 リレルの表情が、今にも泣きだしそうだったことに。

(違う……違う……私は、そんな言葉を言いたいんじゃ……心配したって、そう言いたいのに……)

 どうしても先に出た言葉が、医者としての言葉。
 素直な言葉が出てこない。

 それは、リレルの隣に居た彼も同じだった。

(リレルさんはまだ医療の話題を出せる分いい。僕はそもそも何から切り出せばいいかすら分からない。どうしろってんだ)

 アルムも唇を噛み締めながら、どうすべきか悩んでいた。
 今の彼の雰囲気は、明らかに何が原因か言い出す雰囲気じゃない。

 それならば、彼が言い出しやすい雰囲気を作ればいい。

 いつも彼が、自分たちにしてくれたように。

(こいつが、サディエルさんが、いつも僕らにしてくれているように……)
(彼が、サディエルさんが、私たちにずっと声を掛け続けてくれたように……)

 踏み出すのは怖い。

 サディエルに否定されるかもしれない恐怖が、2人の全身を襲う。
 彼のように、安心させる言葉をさらりと伝えることが出来ないことも理解している。

(拒絶されるのが怖い、だけど……)
(否定されるのが怖いけれど……)

(ここで、彼に声を掛けなかったら)
(ここで、この人に声を掛けなかったら)

(ずっと、立ち止まったままな気がする)
(ずっと、前に進めない気がする)

 2人は互いの顔を見て、小さく頷く。

「「サディエルさん!」」

「え? あ、はい!?」

 急に名前を呼ばれて、サディエルは驚いてアルムとリレルを見る。
 真剣で、それで不安そうな表情を浮かべる2人を見て、サディエルは目をぱちくりとさせた。

「何で、寝不足なんですか!?」
「その眼の下の隈はなんだよ! 気づかなかった僕らも悪いけど、何があったんだ!」

「………」

「聞いてますか、サディエルさん!」
「聞いてるのかよ、サディエルさん!」

「あ、いや……」

 サディエルはへらりと、情けない笑顔を浮かべる。

「やっと、名前呼んでくれたなって。ごめん、ちょっと嬉しい」

「今はそういうことじゃありません!」
「そんなこと、どうでもいいだろ今! 白状しろ、とっとと何でそんな状況か白状しろ!」

「むしろ、貴方はまず、私たちが目の下の隈にすら気づかなかったことに怒るべきです!」
「ちっとは怒れよな!? 間接的に僕ら、お前の顔見ずに話してたって公言してんだぞ!?」

 ガーっと、矢継ぎ早に言葉を紡がれるものの、サディエルは笑顔のまま。
 一方で、一気に喋ったせいで、アルムとリレルは、ぜーはーと呼吸を整える羽目になった。

「いや、それは知っていたよ。いつ目を合わせてくれるかなーって、思いながら喋っていたし」

 あっけらかんと言われた言葉に、2人は驚きの表情を浮かべる。
 けれど、冷静に考えたらそれもそうだと納得する。

 自分たちはともかく、彼が相手の目を見ずに喋るはずがないのだ。

「うん、頑張って1歩踏み出してくれてよか……」

「良くない!」
「自己完結しないで、白状してください! 階段から落ちるほどの寝不足の理由!」

(……先に脱線したのは2人の方だと思うんだけど、黙っておこう)

 あっはは……と、小さく笑いながらサディエルは2人の質問に答える。

「えーっと、寝不足だったのは、バイトに行ってたからで」
「バイト?」
「なんでまた……」

「ここでの食費と生活必需品、旅に必要な品々の購入費、当面の軍資金、借家の月々の支払と、色々?」

 指折り数えながら、サディエルはあれこれと軍資金が必要な項目を挙げていく。

「……そのバイトだが、何時からだ?」
「酒場が22時~2時で、早朝配達が4時~6時かな。あ、途中で仮眠はちゃんと取っているぞ。今日はちょっと忙しくて仮眠すら取れなかったわけだけど」

「ちなみに、そのバイトはいつからでしょうか?」
「1か月ぐらい前かな」

 彼の返答を聞いて、真っ先に青筋を浮かべたのはリレルだった。

「サディエルさん、アホですか、馬鹿ですか、死に急ぎですか」
「うわぁ、いきなりボロクソ……」

「黙ってください、睡眠時間を疎かにする人は本当に嫌いです。睡眠不足の累積によって、どれだけの疾患の危険があると思っているんですか!?」
「エルフェル・ブルグの研究で、僕らぐらいの年齢で推奨される睡眠時間は7時間のはずだが?」

 アルムもここぞとばかりに、容赦なくサディエルを問い詰める。
 睡眠の大切さを師匠であるリューゲンから、常日頃、口酸っぱく教え込まれていた故だ。

「リレルさん、こいつに治癒の魔術を絶対かけるなよ。数日は問答無用でベッドの住人にさせるぞ」
「大賛成です。そうしましょう、アルムさん」

 2人の言葉を聞いて、サディエルは慌てだす。

「ちょ、ちょっとまて! それはダメだ、今日もバイトがあるし、少しでもお金を稼いでおかないと後々……」

「少しはテメェの体を心配しろ!」
「少しは自身のお体を大切にしてはいかがですか!?」

========================

「あのさ、サディエル。アルムとリレルも散々言っていたけど、馬鹿だろ」
「ヒロトまで容赦ない!?」

 アンファーグルへ向かう旅の途中。

 旅の間散々せがんでいた、3人の出会い話をようやくヒロトは聞くことが出来た。
 サディエルとアークの旅、クレインを護衛してのエルフェル・ブルグまでの旅、フットマン時代、交流会での騒動を経て、ようやく大本命の話に入り、身を乗り出さん勢いで聞いていたのだが……

 あんまりと言えばあんまりな内容に、ヒロトは思わずそう聞いてしまった。

「いやだって、そりゃそうだろ。睡眠負債を積み重ねるだけ積み重ねたら、そうなるって」
「だよな」
「ですよね」

「ここぞとばかりにヒロト側に立つなよな……」

 一瞬にして味方がいないと悟ったサディエルは、がっくりと肩を落とす。

「しっかし、アルムとリレルの人間不信もなかなかにやばかったんだね」

 ここまでだったとは、とヒロトは苦笑いしながら2人に問いかける。

「だから言っただろ。僕らの話を聞いても何も面白くないって」
「そうですよ。私とアルムにとっては、思い出したくない過去の筆頭。ヒロトの世界の美談な出会い話と一緒にしないでください」

 むっすーと、2人は不機嫌な表情を浮かべる。
 それを見たサディエルは小さく笑い。

「俺としては、やっと2人がこっちに興味を持ってくれたって事実の方が、よっぽど嬉しかったけどな。それに……」
「それに?」

「この事が、俺らにとっての "きっかけ" だったんだよ。最初の1歩目に繋がる、大切なきっかけ」

 最も、その1歩目も綺麗に踏み外したわけだが、とサディエルは何でもなかったかのように話す。
 1歩目の踏み外しに関しては、とてつもなく耳が痛い案件であるアルムとリレルは遠い目をする。

「この日以降、アルムとリレルはちょっとづつ俺のことを知りたいって態度を見せてくれるようになってな。時間を掛けてゆっくりと話していったよ。同時に、旅に出る為に必要なこともな」

「それが、例の "俺を犠牲にしてくれ" 宣言?」
「それもだな。今のまま旅に出ても、2人は体力が無いから、俺だけじゃどう頑張っても守り切れない事とか、俺がアークと旅していた時の出来事で、参考になりそうな事とか。あ、過大評価と過小評価の件も、この頃決めたかな」

 長い時間を掛けた対話だった。
 けれども、彼らの旅路の為には必要なことであり、時間を掛けないといけないことだとサディエルは考えていた。

「肝心の2人からの信頼を得るのは、ここからが本番だったわけだけどさ」
「え、この段階で2人からの信頼は……」

「ないない。信じるどうこう以前に、このアホなにやってんだ!? って気持ちの方が強かったはずだ。なっ、アルム、リレル」

 サディエルの問いかけに、否定が出来ない2人は沈黙という選択肢を取る。
 先ほどから、表情だけで分かりやすすぎる喜怒哀楽に、彼らは本当に元人間不信だったのか? と、ヒロトは首を傾げたくなった。

「いつ信頼してくれたかなんて、俺はわからないしな」
「………」

 彼の言葉を聞いて、ヒロトは5か月近く前の事を思い出す。
 今から向かうアンファーグルで、2人が語った言葉。

『まっ、なんだ。僕らだって5年もパーティ組んでるから、互いに信用も信頼もしているが……何で信用して、信頼したかなんて覚えてないしな』
『胸張って大声でこういう理由で信頼してます! なんて、滅多にありませんよ。気が付いたらしているもので、思い出しても分からないことです』

 いつ信頼したか分からない、と言い切ったアルムとリレル。

(……多分だけど、サディエルのことを心配した時には、もう信頼していたんじゃないかな)

 漠然と、ヒロトはそう思った。

(怖いって想いも、否定されるかもしれない恐れも、2人が歩き出すには相当邪魔な感情だったはずだ。それでも1歩を踏み出せたのは、サディエルへの信頼があったから。まっ、アルムとリレルがそれを自覚して認めているかは、別問題かな)

 結局の所、程度こそ違えど5か月前の自分自身のようだなと、ヒロトは笑う。
 ヒロトだって、サディエルたちへの信頼で、1歩を踏み出せたのだから。

「そうなるとさ、コンビネーションの実地試験のあれも、そのあたりでやったの?」
「もちろんやったよ。今現在の自分の体力がどれだけあるかを自覚して貰う意味も込めてな」

「出た、"3割ぐらいの力で全力疾走を10分間出来るか" 問題。前例を元にオレにあれこれアドバイスしてたってことで……どうりで色々と的確だったわけだ」

 自分自身のことを思い返して、ヒロトは納得する。

「それで、寝不足マッハ状態から、その後どうなったの?」
「アルムとリレルにガンガンに叱られて、数日はバイトを休んだよ流石に。日中の予定も大幅変更させられてさ」

 サディエルは枝を使って、地面に時計の絵を描く。
 そして、いくつかの線を引いてから、順番に説明をしていった。

 食事の準備を始めとした家事全般を2人に任せる。
 コアタイムも3時間から1時間に短縮。うち、9時~10時をリレル、20時~21時をアルム。
 空いた13時~19時までは、サディエルの就寝時間。

 等々、大幅な調整が加えられていったことが説明された。

「後は、俺の帰宅と同時に3人で運動もするようになったかな?」
「最初っからそうやればよかったのに……と言いたいけど、それが出来れば苦労しないか」

「まぁな。けど、この経験が今に繋がっているんだ。笑い話にも出来ているし、間違いじゃなかったんだよ」

 自信を持って言い切るサディエルに、ヒロトは頷く。

「きっとそうだよ。最後に笑う事が出来たなら、それでいいと思う」
「だよな」

「ったく、お前らだけで納得するなよなー……」
「本当ですよ」

 いまだに不機嫌なアルムとリレルを見て、ヒロトたちは笑う。
 そんなサディエルとヒロトに呆れながらも、釣られ笑いのように彼らも笑い始めたのだった。


◆あとがき
サディエル、アルム、リレルの過去話の一端でした。
これでも過去の話の3%程度ですが、本筋とはあまりにも関連性が無い為、本編中には入れずに外伝の形を取らせて頂きました。

最後に、4章以降の登場人物紹介+設定を公開して完結となります。
改めまして、ここまでお読み頂きありがとうございます。
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