異世界転生 剣と魔術の世界

小沢アキラ

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第一部・一章 コモレヴィの森

第二話

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 セレナは村に戻るまでの間、快活に色々な話を聞かせてくれた。コモレヴィの森には空間魔素が充満しており、同年代の子供達は休息日になると、皆こぞって魔術の鍛錬をすること、シスター・マムが村の中で二番目に偉いこと、教会には身寄りのない子供達も住んでいることなど、そんな話に熱中している間に森を抜け、景色が一変した。
 眼前は、一面の麦畑だった。まだ若く、膨らみ始めてさえいない青い穂先が風に揺れている。微かに残っている夕日の光が降り注ぎ、まるで海のようだ。
 道は、畑の間を蛇行しながら伸び、そのずっと先に小高い丘が見える。周囲を木立に囲まれたその丘をよくよく見ると、小さな建物がいくつも密集しており、中央には一際大きい建物がある。
「あれが、セレナの住んでる村?」
 近づきつつある丘を指差しながら言うと、セレナはこくりと頷き言った。
「サランの街に住んでるなら知ってると思うけど、あれがコドールの村よ」
「じ、実物を見るのは初めてだな~」
 適当に上ずった声で相づちを打ちながら、嘘を言っている罪悪感に苛まれる。
 セレナは一度歩みを止め、青白い光を放つ草の先端を、華奢な人差し指で横になぞった。青白い光は一瞬で輝きを失い、元の草穂に戻った。
「空間魔素の無駄遣いは許されないからね」
「だ、だよね。いくら便利だからって、そんなことしたら神さまに怒られちゃうよね」
 適当な相づちを打つと、セレナは一瞬両眼を見開いた。
 何かまずいことでも言ったのかと口を紡ぐと、セレナは心底驚いたように笑い、呆れながら言った。
「神さまなんて、珍しい言い方するのね」
「いや、つい土地の言い回しが……こっちではなんて言ってるの?」
「変わった言い回しね。私の村では、創世神様そうせいしんさまって呼んでるわ」
創世神そうせいしん……意味合い的には同じか」
「ん? 何か言った?」
 無意識に呟いてしまい、慌てて首を横に振る。
 セレナはため息を吐きながら肩を竦め、畑の間を蛇行している道に足を踏み入れた。俺も後を追うように歩き出す。
「ねぇセレナ……」
「なに?」
「あの一番大きい建物が、シスター・マムのいる教会なの?」
「ええ、そうよ」
 目を凝らすと、細長い塔の先端に、十字のシンボルが見て取れた。
「立派な建物だね。本当に、俺みたいなの泊めてくれるのかな?」
「大丈夫。さっきも話したけど、教会には身寄りのない子供が沢山いるんだから、一人増えてもそんなに変わらないよ。それに、シスターはいい人だから」
 少々不安ではあったが、セルカがここまで推すなら信憑性は高い。

 それからセレナと小話に夢中になっている間に、狭い水路に架かる苔むした石橋を一緒に渡り、《コドールの村》に足を踏み入れた。
「カズヤ君。悪いんだけど、ここで少しだけ待っててくれるかな?」
「別にいいけど、どうして?」
「一応、衛士えいしさんに事情を説明しなきゃいけないの。すぐ終わるから、ちょっと待ってて」
 言うとすぐに、門の隣に設けられている衛士の詰め所に向かって行った。
 片腕に抱きかかえている兎の耳を小突いたりして戯れていると、セレナが屈強な男と共に詰め所から出てきた。
 俺は屈強な男が視界に入ると、一瞬全身を強張らせた。
 魔術なんて非現実的な現象を見た後だというのに、まだ驚けることがあることに謎の感動を覚えつつ、屈強な男の格好を観察する。
 最初に目に止まるのは、上半身を覆い隠している鉄製の鎧だった。中世の騎士を思わせる鎧を身につけており、切り傷が夕焼けの光に反射し、はっきりと浮かび上がっている。
 次に、衛士と言う男が腰に下げている簡素な長剣に目がいった。
 このご時世に、堂々と長剣をぶら下げているというのに、何故セレナは平然と喋れるのか、不思議でしょうがない。
 男はこちらを胡散臭そうな目で見ていたが、俺は彼の格好だけに集中してしまい、視線など眼中になかった。
 セレナが事情を説明している間、俺は腰に下げられた長剣に釘付けで、声は右から左に抜けていた。
 屈強な男は一度頷くと詰め所に戻っていき、セレナが小走りで駆け寄ってきた。
「待たせてごめんね。許可は貰ったから行きましょ」
「……うん」
 俺は唖然とし、これ以外の言葉が出なかった。

 詰め所を出た俺とセレナは、メインストレートを控えめな奇異の視線を浴びつつ歩いた。
 隣の男は誰だ。見慣れない格好だな、と訊ねる村人が少なからずいて、その度にセルカが立ち止まって説明するので、村の中央広場に辿り着くまでに一時間近くかかった。一度、大きな籠を持った老婆が「今晩はゆっくりしていきなさい」と哀れむような目を向けながら言い、籠から取り出した林檎(みたいな果実)をくれた。
 村の中心部に位置する教会に、やっとのことで到着した時には既に太陽が沈んでいた。
 ノックに応えて現れた、手厳しそうな風貌の修道女が何度も聞くシスター・マムで、俺は一目見て「こりゃ駄目だ!」と内心呻いた。
 が、予想に反してシスターはあっさり俺を受け入れ、それどころか食事まで付けようと申し出てくれた。

 宛がわれたのは、普段は使っていないという二階の隅部屋だ。およそ六畳ほどのスペースに、木製のベッド一つ、揃いのテーブルと椅子、小さな書架と戸棚が設えてある。兎を解放すると、部屋中を跳ね回り、ベッドの上で丸まり出した。
「早速、自分の縄張りを決めたのか……」
 微笑気味に言い捨て、用意された椅子に腰掛ける。背もたれに体重を預け、灯りが灯っている天井を見上げる。
「いったい、これは……」
 どうなってんだ。という言葉を呑み込みながら、呆然と天井を見つめていると。
 扉を控えてにノックする音が部屋に響いた。椅子から立ち上がり扉を引くと、セレナが立っていた。
「カズヤ君。ご飯の時間だから降りてきて」
「あ、うん。分かったよ」
 ベットの上で丸まってる兎を抱きかかえながら階段を降りると、ロングテーブルの上に各々の料理が置かれていた。
 シスターと、セレナの言っていた身寄りのない子供達が四人ほど座っている。どうやら俺とセレナを待っていたらしく、子供達が「早く座れよー」「ご飯が冷めちゃう!」「隣のお兄さん誰ー?」とはやし立ててくる。
 俺とセレナは真正面に座り、改めてシスターと子供達に軽く自己紹介し、静かながら和やかな食卓を共にした。(供せられた料理は魚のフライに蒸したジャガイモ、野菜スープとパンというものだった)
 この理解不能な世界で初めて口にした料理は、唯一現実味のある味だった。小さい頃、母親がよく作ってくれた味に思わず涙腺が刺激されてしまったが、どうにかして涙を引っ込める。
「カズヤ君。食べ終わったらお風呂入ってきなよ。ちょうど沸いたから」
 とても充実した食事を終えると、セレナがとても有り難い申し立てをしてくれたが、流石にお世話になる身で一番風呂なんて図々しいため断ろうとした、が──。
「じゃあ俺もカズヤ兄と入るー!」
「僕も僕もー!」
 活発な男の子二人が会話に乱入し、断れずに終わってしまった。
 もしかしてセレナはこうなることを見越して言ったんじゃないか、という考察をしながら席を立ち、二人に引っ張られながら浴場に向かった。
 謎の服を乱暴に脱ぎ、二人の子供の脱衣を手伝う。二人とも脱ぎ終わると、我先にと風呂場に入って行った。
「滑ったら危ないぞー」
 まるで子供を持つ父に似た気持ちになりながら呼びかけると、風呂場から「大丈夫だよー」という声が反響して返ってきた。
 ため息を吐きながら風呂場に入ると、ここもまた中世のような風呂だった。素焼きのタイルを敷き詰めた床に大きな銅製のバスタブが埋め込まれており、外壁に設えられたカマドで薪を燃やして湯を沸かす仕組みになっている。
 汚れた体をさっと洗い、次いで二人の子供を洗髪し終えると、三人同時に湯船に浸かった。
「うああ……極楽極楽……」
 俺の口からそんな台詞が漏れた。
 非日常の連続で疲れ切った精神と身体が癒されてるのが分かる。巨大なバスタブを満たすお湯を両手ですくうと思い切り顔に浴びせ、再度ふぅ~と弛緩した声を漏らす。
 風呂に入ってる間、恐れていた質問攻めにあったが、どうにかボロを出さずに躱しきった。風呂なのに余計に疲れが溜まったと思った時、浴場からセレナの声が聞こえた。
「寝巻き置いていくね。あと、カズヤ君の服も一緒に洗濯していいんだよね?」
「うんいいよ。ありがとうね」
 浴場に向かって言うと、子供達がとんでもないことを言い出した。
「セレナ姉も一緒に入ろうよー!」
「そうだそうだ! カズヤ兄と一緒に入れー!」
 お前らは中学生か!? とツッコミたくなったがぐっと堪えて、浴場に向かって言った。
「気にしなくていいからね。多分本気じゃないから」
「分かってるわよ!」
 意外にも怒声で返されてしまい、湯船に浸かっていた三人の男は押し黙った。

「はいこれ。枕と毛布。朝のお祈りが六時で、食事は七時。一応見にくるけど、なるべく自分で起きること。消灯したら外出は禁止だけど、一日しかいないから関係ないよね」
 言葉の奔流とともに渡された簡素な枕と毛織物の上掛けを、伸ばした両手で受け止めた。
「セレナ。いろいろありがとうね」
 礼を言うと、セレナは表情を緩め頷いた。
「じゃあ、お休みなさい」
「……うん。お休み、セレナ」
 もう一度こくんと頷き、少し大きい寝巻きの裾を揺らしながら部屋を出ていった。小さな足音が完全に遠ざかってから、俺はふう、と深い息をついた。
 考えなきゃいけないことが山ほどあるが、今は寝たい。長時間歩き続けたせいで、もう足に限界がきている。
 枕を正しい位置に移して横になる。厚手の毛布を肩まで引っ張り上げると、たちまち眠気が襲ってくる。
 それでも少し肌寒く感じた時、こちらの考えを察したように毛布の隙間に兎が潜り込んできた。
 ふわふわで暖かい生き物のお陰で肌寒さは完全に消え、代わりに強烈な眠気を発生させた。
 目が覚めたら全部夢だったことに期待しながら、両眼の瞼をゆっくりと下ろす。僅か数秒で俺は深い眠りに落ちた。
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