異世界転生 剣と魔術の世界

小沢アキラ

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第二部・一章 人界の真実

第二話

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 人界内では、決闘と言う最低限の命が保証された実剣を要いた戦いが存在し、人界の民の多くは本気の命を賭けた戦いに身を投じていない。故に、多くの民は戦闘経験が疎い。
 禁書目録によって禁じられている中、天界の騎士だけは分断の壁を横断し、年中無休で魔界の民との戦闘を繰り広げている。
 人界の民は特定の職に就かない限り、剣を握らずに人生を終える存在も少なからずいる。無論、戦闘などというものを一度も味合わずに。
 そんな中、異世界とは異なる世界から訪れたカズヤは、人界内で騎士に次ぐほどの戦闘経験を積んでいると言っても過言ではなかった。
 本来は高校生という立場の彼は禁書目録に縛られておらず、自らが選んで剣を手に戦っている。コドールの村では魔界の亜人を討伐し、サランの街では空間魔素の過剰摂取で突然変異した魔獣を倒し、アースリアではマガツヒと暗黒騎士と戦い、魔術剣修道学園ではユーグと戦った。
 天界の騎士からすれば、それは少な過ぎる戦闘経験と思われてしまうが、人界内で見れば多過ぎる経験でもある。

 カズヤは今まで培ってきた経験から、眼前に立つ騎士に対する戦法を瞬時に導き出し、一歩前に踏み出した。
 全細胞が告げている。騎士相手に生半可な戦法は通じないし、一瞬でも迷えば負けると。
 彼我の距離、約十五メートル。いかに騎士の鎖鎌が長かろうと、まだ届かない。しかし。
「────
 リベラシオン……? 確かそれは、人界語で……。
 なけなしの翻訳辞典を繰る時間は与えられなかった。無造作に右手を振りかぶると、そのままこちらに向けて振り下ろしたからだ。
 キクノの鎖鎌は、宙に銀色の軌跡を閃かせ、伸縮性の素材でできているが如くその身を数倍にも伸ばした。俺は驚愕しつつも、反射的に剣を頭上に掲げた。直後、激しい衝撃が俺を襲い、青白い火花と鮮血が大量に降り注いだ。
「ぐっ……!」
 このままでは剣が切断される。そう判断した俺は、膝を曲げ、体を右に捻って鎌を受け流した。ガリっ! と激しい擦過音を響かせ、鎌は剣から離れて石畳を深々と刻んでから騎士の手許へと戻っていった。
 全身からまたしても冷や汗が吹き出すのを感じながら、剣を見た俺は低く呻いた。
「まじか……」
 結構な素材で出来ている剣には、幾つもの亀裂が走っていた。あのまま棒立ちで受けていたら、確実に粉砕されていた。
 固まる俺に向けて、騎士はわずかに笑みを収めて言った。
「中々やるわね。片腕を削ぎ落とすつもりだったけど、私の変幻自在な一撃を凌ぐなんて。単なる学園生徒と侮っていたことを謝罪させてもらうわ。ごめんなさいね、坊や」
 余裕溢れる台詞に何か言い返したくも、口が強張ったまま動こうとしない。
 やはり強敵だ。それも、超がつくほどの。
 天界の騎士キクノは、俺がこれまで一度たりとも相手にしたことのないタイプの敵なのだと、遅まきながら悟る。
 元の世界での俺は剣術などとは縁のない高校生だったのだ。そんな者が、わずか一、二年の間に鍛えたなけなしの反応速度を手札に命のやり取りをしていた。
 だが、キクノは違う。彼女は、数十年にもわたって剣の修行と術の研鑽を積み重ね、己を極限まで鍛え上げている。肉体的にも、精神的にも、本物の戦士なのだ。ファンタジーに登場する騎士の真に具現化した姿。
 洞窟で戦ったゴブリン隊長よりも遥かに洗練された技を持ち、ジュウオンジやユリを超える意思力を感じさせるキクノは、恐らく現状の俺を、あらゆる部分で凌駕している。鎖と剣一本を武器にこのまま戦えば、絶対に負ける。
 この場を切り抜けられる可能性があるとすれば、それは……
 ────こちらの武器──手数の多さだけ。
 片方は応用が効く鎖が手元にあるという利点もある。唯一勝利に近づけるのは、持ち合わせた即席の武器を巧みに使い分ける必要がある。
「どうしたのかしら、坊や。少しは私を愉しませてくれないの」
「……随分と余裕ですけど、天界の騎士様がそんな余裕かましてていいんですか?」
「無論、反逆者には厳烈なる罰を与えるのが、私達騎士の意思ではある。しかし誇りある騎士として、無抵抗の坊やを痛めつけるのは心苦しいのよ。故に君が、せめて私の鎧にかすり傷の一つもつけるくらいの矜持を見せてくれることを期待したいのよ」
「……その綺麗な顔から笑みが消えるほどの傷をつけてあげますよ」
 内心に広がる焦燥感を押し隠し、俺はうそぶいた。
 鎖を腕に巻き戻し、亀裂塗れの長剣を両手持ちに切り替える。
 俺が剣を基本の中段に構えるのを見届けると、キクノは突然、鎖鎌を元あった場所に戻した。
 そして、女騎士は滑らかに剣を抜いた。こちらの構えはやや変則、右前の半身で剣は左腕を隠すように斜めに据えられている。
「……なんのつもりですか」
「坊や相手には、剣だけで充分だと思ってね」
 余裕綽々な台詞であるが、こちらとしてはかなりありがたい。もしあのまま鎖鎌で攻められ続ければ勝てる可能性など見出せなかったが、剣の勝負ならばまだ可能性はある。
 無論、天界の騎士の剣術を侮っているわけではない。こちらの剣は劣化しているし、真正面からの正攻法ではまず勝ち目はない。
 十メートル先で構えるのを騎士の立ち姿は、相手に対して思うのも何だが、実に美しかった。
 夜風になびく長髪は、星明かりを黒光りする漆黒の鎧とよく似合っている。一見すれば華麗に見えるから不思議だが、その下の肉体が鋼のように鍛え上げられていることは容易に想像できる。
「……坊やが学園に培った剣術、披露してみせなさい」
 一寸の隙もなく構えたまま、彼女──二十一番目に召喚された天界の騎士、キクノは呟いた。
 俺──魔術剣修道学園中等修剣士にして脱獄囚人であるカズヤは、無言で頷くとわずかに腰を落とした。
 学園内では、毎日の学科授業や実技訓練が朝九時から午後三時まで行われた。その甲斐あって、異世界に転移した頃に比べて、精神的にも肉体的にも大きく成長したと自負している。
 剣術も最初は振ることすらままならなかった焔天剣を満足に振ることが出来るし、魔術だって自分専用の自作魔術オリジナルまじゅつを編み出すほどにまで成長した。
 例え相手が一騎当千の最強騎士だとしても、簡単に負けるわけにはいかない。それが単なる男の意地なのか、それとも、一年半の努力が無駄じゃなかったことを証明したいのかは、本人もはっきりと分かっていなかった。
 そんな思考を最後に、俺の意識は剣と同化する。騎士の気配も一変し、空気がぴりぴりと帯電したように張り詰めていく。
 審判がいなくとも、互いの呼吸が完璧に一致したその瞬間、カズヤは動いた。
 騎士相手に小細工は効かない。十メートルの間合いを一直線に詰め、縦切りをやや突き気味に放つ。
 剣術の実技でよく使用しており、その都度委員長に叱られた技ではあるが、この技が最も最速に打ち出せる一撃であり、最も実戦的な一撃でもある。
 俺の最速の一撃を、騎士は右手の剣で受けた。しかし衝撃はほとんど無い。騎士の手首から肩、腰までもが柔らかくしなり、俺の打ち込みを刀身で滑らせつつ受け流したからだ。
 攻撃を崩されたとなれば、次に来るのは痛烈なカウンター。俺は右前に大きく跳び、空中で前後反転しつつ、広場の噴水前に着地。
「中々の反射神経ね。まさか受け流しの勢いを利用して、私から距離を取るなんて」
 全く焦りを感じさせない物言いに、腹を立てる余裕は全くない。
 俺はすかさず、ベンチに置かれた一瓶に柄頭を叩きつけ、真紅の液体を撒き散らしながら砕け散る。
 驚いたように眉をひそめ、キクノの意識が半ば俺から離れたと感じた瞬間、俺は割れた瓶の破片を握り込んだ。
 掌にチクリと痛みが発生するが、気にする暇もなく騎士の顔めがけて放った。
 俺の投げたガラスの破片は、夜明け前の闇を貫いてる、キクノの右目めがけて飛翔した。投げる前に掌の切り傷から流れた血でコーティングしたため、星明かりはほとんど反射しないはず。
 破片が視界に入ってから命中するまでの時間は、コンマ一秒もなかっただろう。それでも、騎士は恐るべき反応速度で破片を左手で払った。破片は小さな音を立てながら闇の中へと飛び去った。
「はぁっ!!」
 キクノが左手を下げるより早く、俺はうずくまった姿勢から全力で飛び出した。
 二回地面を蹴ると、剣の間合いに入る。左肩に担ぐようなモーションで剣をいっぱいに振りかぶる。刹那の動揺から回復したキクノが左手を引き戻し、右水平斬りで迎撃される。
 左上から繰り出される俺の剣と、水平に旋回する騎士の剣が激突した。二本の剣が金属質の衝撃音を放つ。
 このまま鍔迫り合いに移行しても、崩壊寸前の剣が無残に砕け散るだろう。しかし俺は恐怖を振り払い、見開いた両眼の焦点を、キクノの背後──先程まで自分が立っていた箇所へと動かした。
 攻撃中に敵から視線を逸らすなどという行為は、実技訓練で教えられた決闘に於いて重大なタブーである。一瞬の油断が生死を分ける戦いに於いて、自殺に等しい行為。だから、この世界の剣士や騎士たちは決してそれをしない。天界の騎士とて例外ではない。
「えっ……!」
 それ故に、キクノは低く唸りながら、ほんの一瞬にせよ意識を俺から逸らした。俺が立っていた箇所に、罠でも仕掛けてあるのかも感じでしまったのだ。しかしもちろん、視線の先には何もない。罠など仕掛けていないし、助けに来てくれる人間もいない。
 意識が一瞬逸れるということは、込められていた力も一瞬だけ緩む。そして、その隙をカズヤは逃さなかった。
 激突した剣を敢えて騎士の剣の刀身に滑らせ、右下に落とす。すぐに、剣を右水平に構える。
「うおおお────ッ!!」
 全身全霊の気勢に乗せて、俺は体ごと剣を振り抜いた。
 狙ったのは、鎧の腹部。特殊な造りの鎧は、膨らんだ胸部に鎧が集中しているのか、腹部だけとても薄い造りになっている。女性の腹部を狙うのは気が進まないが、見逃すほど俺もお人好しではない。他よりも薄い箇所に直撃されれば、いくら天界の騎士でもしばらく行動は制限されるはず──。
 だが、ここでまた、キクノは俺の予想を超える能力と覚悟を見せた。
 稲妻のように右手が伸び、ガントレットに守られた手の甲側で剣を受けたのだ。
 いくら崩壊寸前とはいえ、薄手の革手袋で受け止めれば掌を切る。だから騎士の選択は正解なのだ。だが衝撃をもろに受けることになる。
「く…………!」
 斬撃を受け止めた瞬間、騎士は抑制された呻き声を漏らした。右手の骨が数本砕ける音が、はっきりと耳に届く。これでしばらく右手は使えない。
 このまま飛びかかり、格闘戦に持ち込む。学園で体術の手ほどきを受けている。打撃ではなく、極めと締めを主とする柔の技だが、装甲の敵にはむしろ効果的だ。
「まだだッ!」
 一声叫び、俺は左手を剣から離し、キクノの傷ついた右腕を掴むべく一歩踏み込んだ。
「甘いッ!」
 しかし。最新の天界の騎士は、またしても俺の予測を超える挙に出た。
 砕けたはずの右手で逆にこちらの左腕を摑み、思い切り引いたのだ。体が逆方向の回転を強いられ、ぐるりとバランスを崩してしまう。懸命に踏みとどまろうとしたが、キクノは再度、強烈な気合を迸らせ──。
「はああッ!」
 俺を体ごと振り回そうとした。このまま放り投げられたら、鎖鎌の猛攻が襲ってくる。
 反射的に左手の照準を変え、キクノの右腕ではなく、鎖鎌の鉄輪を摑んだ。摑んだ部分を腕にぐるりと巻き付け、簡単には外れないようにする。
 これで、俺と距離は取れない。むしろ、騎士の得意武器を封じ込めることが出来ただけでも充分すぎる。おまけに、右腕はまだ自由の身。至近距離で好き放題打てる。
 千載一遇の機会を無駄には出来ない。左足の踏み込みで身を翻し、俺と騎士は一メートル少々の近間に固定された。
 砕けた右手がとんでもなく痛むはずだが、まるで表情に出すことなく、騎士は尚も悠然とした口調で囁いた。
「……悪かったわね、坊や。まさか、あなた一人にこれほどの手傷を負わせられるなんて、予想外だったわ」
「……そりゃどうも」
 本当はもっと言い返したいが、わずかな時間でも与えてしまえば、歴戦の騎士は数多の戦闘経験から現状打破のアイディアが導き出される恐れがある。それを思いつかれる前に、終わりにする。
 振り抜かれた剣を素早く右肩に担ぐように振りかぶり、右足の踏み込みと同時に袈裟懸けを繰り出そうとした、直後。

 カズヤは、ある音に気付いた。
 直後、騎士の背後に存在する、ツル性の植物が巻きついた青銅製の柵の向こう側で、一瞬だけ煌めいた何かを捉えた。
「危ない──ッ!」
 咄嗟に叫び、腕に巻き付けた鎖を思い切り引っ張り、騎士の体勢を無理矢理崩し、その上に覆い被さるように自らも倒れ込む。刹那──
 ブシュンッ! と、先ほど二人の頭部が存在していた空間に、何かが空気を切り裂いて通過した。
 俺は瞬時に後ろを確認すると、背後にある噴水の中央、小さな滝を発生させている瓶を持った女神の頭部を、一本の矢が深々と貫いている。

「外れたか……騎士を仕留めるチャンスを無駄にしちまったぜ」
 
 青銅製の柵から、人間とは思えないほどの低い声が響いた。騎士とカズヤは声の方へ顔を向けると、柵を透過したように、矢を放った存在が姿を現した。
 全身を黒いローブで包んでおり、夜の闇に姿を完全に溶け込ませている。目を凝らさなければ全身を見据えることが出来ず、そこに存在しているのかさえ危ういほど、存在を認知できない。素顔も黒いフードを深くかぶっているため、視認ができない。
「まぁいい……ここの兵は皆処分した。任務の八割は完遂した」
 異質な存在は、重要な事実を軽々しく言った。
「処分したって……まさか、獄吏と衛士を変死させたのは……」
 内側から血を噴き出して死亡した二人の名を上げると、異質な存在は不気味な響きを纏った声で答えた。
「そうだ。我が闇魔術によって、人界の雑魚に惨死を与えてやった」
 奴が出した名称を聞いた瞬間、鋭く息を呑んだ。
 闇魔術は、闘争本能を植え付けられた魔界の民だけが使える、殺戮特化の魔術。
 つまり奴は──
「……魔界の民」
 わななく唇からそう呟くと、異質な存在は不快な笑い声を高らかに上げ、両腕を演技のように上に突き上げた。
「そう! 我こそは、人界の心臓部に侵入してきた偉大なる存在であり、デーモン部隊の副隊長、ザルザードだ!」
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