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第一部・三章 魔術の街・アースリア
第二十話
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様々な学園や研究施設が連なる街道を抜けると、アースリア第一学園と記された校門前に辿り着いた。
立派だ。荘厳な佇まいで城のようにそびえ立つ学園。
聞くところによると、このアースリア第一学園は、中都に存在する魔術剣修道学園との姉妹校であり、人界でも指折りの歴史を持った建物であるらしい。
流石は名門校と並ぶ姉妹校。単に古いというだけではなく、学園の建物には、歴史と伝統の重みを感じ取れる雰囲気がある。
「ここで合ってるよな?」
サヤに聞くと、学園の意匠が施された城門を確認してから、こくりと頷いた。
「じゃあさっさと入って、あの子にこれ渡すか」
渡す物──少年が落とした本を見ながら、学校に入るための坂を上がろうとすると、周囲の視線が集まるのを感じた。
「誰あの人たち?」
「隣の人、あれ獣人族じゃないか?」
声の方を振り返ると、制服を着た男女が小声で何かを言い合っている。
制服を着ている、ということは在校生だろうか。
そういえば、俺って今制服でもなんでもない格好で、この学園に入ろうとしているのか。しかも許可なく。
それは非常にマズい。許可なく私有地に入ることはよくない。禁書目録違反にはならないが、人として最低限のルールはある。
どうするべきか悩んでると、サヤがギリギリ聞こえるほどの小声で囁いた。
「どうするの? いっそ、あの子たちに渡すよう頼む?」
目線だけを後ろの生徒達に向けながら提案されるも、俺は即答した。
「それは駄目だ」
予想外の反応だったのか、一瞬両眼を見開いた。
サヤの提言は正しいが、あの二人が彼の知り合いかも分からない。それに俺たちは彼の名前も知らないから、誰に届けてくれと頼めない。
だが、今回断った理由は以上のこととは関係なかった。
俺はサヤの顔を見ながら、堂々と答えた。
「人の落とし物を拾った時は、俺が責任を持って返さなきゃいけないんだよ。どんな些細な物でも、その人にとっては大切な物かもしれないんだからな」
真剣な表情でそう告げると、サヤはしばらく黙り込み、頬を緩めながらため息を吐いた。
そのまま、やれやれと言わんばかりに首を振り、微笑みながら言った。
「ほんと、変わってるわね。昨日知り合ったばかりなのに、そこまで真剣になるなんて」
「まぁな。あの子とは、本の趣味が合うから」
悪戯に笑いながら返事をするも、状況が変わってないことに焦らずにはいられなかった。
学園に無断で侵入するのは、元学生という立場だから少し抵抗はあるし、先生方に事情を説明すれば……でも、その前に身分とか聞かれたら──などと考えていると、突然背後から肩を叩かれた。
反射的に振り返ると、そこには、一人の女性が立っていた。
綺麗だ。女性の姿を目の当たりにした俺は、思わず呟きそうになってしまった。
それくらい、綺麗な女性だった。
シルクのように艶やかな銀髪と雲のように白い肌。青空と同じ爽快な青色をした眼。
線の細い女性が現れると、周囲の生徒たちもざわめき始めた。
一体誰なんだ? そう思ったのも束の間、女性が身につけている服装と意匠が目につき、すぐに正体が解った。
この人は学園の先生だ。証拠に、他の生徒たちはつけてない意匠を胸に付けている。
まぁ、外見的に大人びてるから、意匠以外でも先生と判断できたが……。
先生ならば丁度いい。今すぐ事情を説明して、中に入れてくれるよう頼もう。そう考え、口を開こうとしたが、
「あなたたち……生徒じゃないわね。何か用かしら?」
美しい声に制されてしまい、思わず口を紡いでしまう。だが、口を閉じたのはそれだけが原因ではない。
──やべーどうしよう。めっちゃ怪しんでるよ。事情を説明しても納得してくれるか解らないぐらい警戒してるよ。
氷像のように冷たい表情に、感情が全く読み取れないほど冷め切った声をした女性は、冷徹な瞳を俺達二人に向けている。
もしここで、関係ない人です。なんて軽はずみに言えば、絶対に追い返される。だけど、ここの生徒ですって嘘をついて、学生証かなんかを見せろなんて言われたら終わる。
どうすればいいのか解らず、サヤに視線を向けるも、彼女もどうしたらいいのか分からずにいる。ただ表情だけは平静を装っているのは流石だ。……尻尾の方は、とんでもない勢いで揺れてるけど。
「なんで黙ってるの? 早く答えなさい」
圧をかけてくる女性は、疑いの色を濃くした眼を容赦なく向けて来ている。
万事休すか! そう思った矢先──。
現状を打破する、一筋の光明が降り注いだ。
ええいままよ。あとはどうにでもなれ。やけくそな思いを胸に、俺は口を開いた。
「俺達、体験入学で来ました」
発言を終えると同時に、隣から「えっ!?」と、小声で驚く声が聞こえたが、俺はそれを無視し、女性の背後──後ろにある看板を指差しながら、言葉を続けた。
「あそこにある看板に、学園への体験入学のチラシがあって、ここに来た所存でございます」
喋りながら必死に考えた言い訳に全てを賭けた発言に、隣の女性は憎悪の眼差しと「なんで私も入ってるのよ!」という思いがビンビン伝わってくる。
眼前に立つ女性は、言い訳を聞いてから数秒間考え込み、俺とサヤを交互に見て、頬を緩めた。
そして、先ほどとは声の調子を変え、教員のような物腰で言ってきた。
「体験入学で来たのね。それなら最初にそう言ってくれればよかったのに」
「い、いや~。てっきり、受付で言うものだと思ってまして……」
作り笑いを浮かべながら適当に答えると、女性はクスリと笑い、身を翻した。顔だけこちらに向けると、
「付いてきて。案内するから」
そう言い、坂を上がり始めた。
安堵の息を漏らすと、今まで黙っていたサヤが、横腹を軽く突きながら尋ねた。
「あんたどういうつもりよ!?」
「悪い……でも、他に思いつかなかったんだ」
「あのね……どうすんのよ? 私達、六日後にはここを発つのよ?」
「大丈夫だよ。さっき見たけど、体験入学は五日間だけだから」
「でも……」
「どうせここに滞在してる間は暇なんだし、少しで学園がどんなのか体験するいい機会じゃないか」
もっともらしいことを述べると、反論出来ないのか押し黙ってしまった。俺はその隙に、次々と詭弁を垂れ流した。
「お前の旅の目的は、魔術剣修道学園だけじゃなくて、今の人族の在り方を確かめることだろ? なら、ここの人たちと触れ合うのも損ではないはずだ」
饒舌に詭弁を垂れ流すと、しばらく考え込んだあとに、低い呻き声を鳴らしながら頷き、脱力気味に呟いた。
「なんか……上手く言いくるめられた気がする」
思考を読んだのか疑いたくなるほど的確な意見に一瞬ドキッとしながら、引きつった笑いを刻みながら言った。
「な、失礼な。俺は本心を言っているんだぞ」
本心を悟られないよう視線を逸らしながら、逃げるように坂を上がり始める。
学園の受付で、貫禄のある男から学園の仮学生証を発行してもらい、前を歩いている講師が担当する教室へ案内される。
白亜の円柱が連なる回廊に、三つの足音がこだましている。
先を走歩くのは、白い修道服を見に纏った小柄な講師。そのすぐ後ろを、二人の体験入学生──不似合いな剣を身につけた、異なる世界から来た異分子と獣人族がついていく。
今二人が歩いているのは、数多くの学生が行き交う、西魔術修道学園の廊下である。
学園は自分が通っていた高校よりも遥かに大きく、教室が一つの階に多く設置されている。
一クラスの人数はそれほど多くないのに対し、教室の数は異常に多いのが気になるところではある。
だが今は、そんなこと気にならないほどの大変な問題を抱えている。
目的地までの道のりが、異様に長いことだ。
校舎に入ってから五分ほど歩き続けているが、未だ目的地にはつかない。これほど巨大な校舎だと、移動教室などが大変に思える。
だがこの校舎は、アースリアで一番小さい校舎。中央魔術修道学園はこれの二倍の面積をしており、逆に巨大過ぎて不便なんじゃないかとさえ思える。
そんなことを考えると、前を歩く講師がようやく歩を止め、扉の前で立ち止まった。
「着きました。ここが、あなたたちのクラスです」
隣に並び立ち、銅貫樹で作られた扉を眺める。
中都に近いだけあって、扉の素材ですら高級素材になっている。床も全て大理石で出来上がっている。
「生徒たちにはもう説明しているので、中に入ってください」
講師は唖然と立ち尽くす二人にそれだけ言うと、そそくさとその場を後にした。
俺はサヤと顔を合わせてかは、少し躊躇いながら扉の取手に手を置いた。だが、すぐに手を離した。
サヤは怪訝そうな表情をこちらに向けて来ている。俺は首だけを向け、遠慮しながら言った。
「あの……先に入ってくんない? 緊張しちゃって」
恥ずかしくなりながら頼むと、特に深追いせずに簡単に答えた。
「いいけど」
そう言うと、俺が立っていた場所に無理矢理割り込んできた。
なんでこいつ緊張しないんだ、と不思議に思っていると、サヤは何の躊躇いもなく平然と扉を開けた。
まだこっちは心の準備も出来てないんだから、一言ぐらい断ってから開けてくれよ! 理不尽な言い草を胸の内にしまいながら、扉の向こうに足を踏み入れた。
教室内は、一定の間隔を開けて机と椅子が置かれている。既に何人か座っている子がいるし、一人の机で輪になって固まっている子もいる。
自分が通っていた高校と然程変わらない風景に、どこか懐かしさを覚える。
俺も……少し前まではこんな感じだったんだな……。クラスのみんな、元気にしてるかな。
一ヶ月前の遠い記憶を掘り返しながら、感慨深く風景を眺めていると、委員長と思える女子が俺たちの存在に気付き、騒ぎ出した。
「あ! 来たわよ!」
委員長っぽい女子生徒の騒ぎはクラス内にすぐ広まり、他の生徒もたちまち集まってきた。
「へー。お前が体験入学生か。背高いな!」
「もしかして獣人族ですか! 初めて見た!」
「あんまりこの街では見ない格好ですね……腰に剣もありますし、旅人と言う可能性が濃厚かと」
「ちゅーかこの剣カッケーな。ちょっと持たせてくれよ」
個性豊かな生徒に質問責めにあってしまい、サヤに助けを求めるように視線を送る。
だがサヤは無視した。というか、向こうも同じような状況になっている。
「何で体験入学に来たの?」
女子生徒の質問に、少し間を開けてから答えた。
「まぁ、色々と事情があって……」
「事情? 事情って何?」
魔術剣修道学園に入学するため、少しでも勉強しとかないと。なんて言えばさっきの倍以上の騒ぎになる。そうなったら他のクラスから生徒が来るかもしれない。
それだけは避けなければならない。
そんな中、意外な所から助け舟がきた。
「みんな、そろそろ講師が来ると思うから、席につきましょう」
委員長が着席するよう言い聞かせると、全員渋々戻っていった。
教会の時もそうだが、やはり質問責めは疲れる。束の間の平穏に浸りながら、騒がしいクラス内を一望する。
やはり似ている。自分が通っていた高校に。
朝のHRが始まる前は、いつもクラス内は騒音が響いていた。最初は鬱陶しく思えたが、慣れてしまったせいかなんとも思わなくなった。
でも久々に感じるこの空気、クラスで過ごした思い出が蘇ってくる。
懐かしい余韻に浸っていると、前にある扉が勝手に開いた。生徒は全員、開くと同時に一斉に黙り、姿勢良く待機している。
先生が来る時まで似てるとは、本当に似てるな……。などと考えるや、前の扉から担任が入ってきた。
綺麗で艶のある黒髪に、雲のように白い肌。モデルと言えば信じてしまいそうなほどのスタイル。
白い修道服を着込んだ女性は、教卓の前に立つと、後ろに立つ俺たちに顔を向け言った。
「あなたたちが体験入学生ね。話は聞いてるから、前に来て自己紹介して」
素っ気なく言うと、講師は教卓から離れた。俺とサヤは一度目を合わせると、ほぼ同時に前に歩み出た。
教卓の左右に立つと、先にサヤが口を開いた。
「サランの街から来た、獣人族のサヤです。五日間だけですが、よろしくお願いします」
本当に最低限なことしか紹介せずに終えるも、獣人族というだけでも珍しいのか、盛大な拍手が返ってきた。主に男子から。
こいつに期待するだけ無駄なんだけどな。と考えながら、口を開いた。
「コドールの村から来た、カズヤです。よろしく」
もっとも俺もそっけないことこの上ない挨拶だったので、あまり人のことを言えないのかもしれない。
そんなカズヤを見つめるクラスメイトの視線は様々だった。
興味津々なもの、無関心なもの、探るようなもの、警戒しているもの……。
いやでも注目されるのは体験入学生や転入生の常とはいえ、これはちょっと過剰な気がする。俺以上に注目されてるのが隣にいるが……。
「席は……サヤさんはあっちでカズヤ君はあそこね」
指差されたのは、サヤは窓側から二番目の真ん中で、俺は廊下側から二番目の最後列より一つ前だった。
そこで俺は、自分の右側に座る存在に気付いた。
その子は、なんとも複雑な表情のままカズヤに視線を向けている。その理由は簡単に理解できる。
「凄い偶然だね」
「……笑えない冗談ですけどね」
席につきそう声をかけると、隣に座る──今朝の男性が苦笑気味に答えた。
まさか、偶然にもクラスが同じ──あまつさえ隣に座るとは、偶然を通り越して奇跡だ。
「今朝は間に合ったの?」
「はい。ギリギリでしたが……」
「そっか……。そうだ、これ」
手提げの革袋から、彼が落とした本を取り出すと、最初は何か分からずにいたが、思い出したのか鞄の中身を確認しだした。
その後、全てを察したのか、小声で聞いてきた。
「もしかして……これを届けるために?」
「さぁ~。それはどうかな」
ほくそ笑みながら答えると、少年は人懐こい笑みを浮かべて、手を差し出してきた。
「ありがとう」
「どういたしまして。次から気を付けろよ」
その手を握ると、男性は嬉しそうに笑った。
「僕はワタル。分からないことがあったら、遠慮なく聞いてよ」
「ワタルくんか……。少しだけだけど、よろしくな。あと、俺のことはカズヤでいいよ」
「そう。じゃあ、僕のこともワタルでいいよ」
「なら遠慮なく。改めてよろしくな、ワタル」
立派だ。荘厳な佇まいで城のようにそびえ立つ学園。
聞くところによると、このアースリア第一学園は、中都に存在する魔術剣修道学園との姉妹校であり、人界でも指折りの歴史を持った建物であるらしい。
流石は名門校と並ぶ姉妹校。単に古いというだけではなく、学園の建物には、歴史と伝統の重みを感じ取れる雰囲気がある。
「ここで合ってるよな?」
サヤに聞くと、学園の意匠が施された城門を確認してから、こくりと頷いた。
「じゃあさっさと入って、あの子にこれ渡すか」
渡す物──少年が落とした本を見ながら、学校に入るための坂を上がろうとすると、周囲の視線が集まるのを感じた。
「誰あの人たち?」
「隣の人、あれ獣人族じゃないか?」
声の方を振り返ると、制服を着た男女が小声で何かを言い合っている。
制服を着ている、ということは在校生だろうか。
そういえば、俺って今制服でもなんでもない格好で、この学園に入ろうとしているのか。しかも許可なく。
それは非常にマズい。許可なく私有地に入ることはよくない。禁書目録違反にはならないが、人として最低限のルールはある。
どうするべきか悩んでると、サヤがギリギリ聞こえるほどの小声で囁いた。
「どうするの? いっそ、あの子たちに渡すよう頼む?」
目線だけを後ろの生徒達に向けながら提案されるも、俺は即答した。
「それは駄目だ」
予想外の反応だったのか、一瞬両眼を見開いた。
サヤの提言は正しいが、あの二人が彼の知り合いかも分からない。それに俺たちは彼の名前も知らないから、誰に届けてくれと頼めない。
だが、今回断った理由は以上のこととは関係なかった。
俺はサヤの顔を見ながら、堂々と答えた。
「人の落とし物を拾った時は、俺が責任を持って返さなきゃいけないんだよ。どんな些細な物でも、その人にとっては大切な物かもしれないんだからな」
真剣な表情でそう告げると、サヤはしばらく黙り込み、頬を緩めながらため息を吐いた。
そのまま、やれやれと言わんばかりに首を振り、微笑みながら言った。
「ほんと、変わってるわね。昨日知り合ったばかりなのに、そこまで真剣になるなんて」
「まぁな。あの子とは、本の趣味が合うから」
悪戯に笑いながら返事をするも、状況が変わってないことに焦らずにはいられなかった。
学園に無断で侵入するのは、元学生という立場だから少し抵抗はあるし、先生方に事情を説明すれば……でも、その前に身分とか聞かれたら──などと考えていると、突然背後から肩を叩かれた。
反射的に振り返ると、そこには、一人の女性が立っていた。
綺麗だ。女性の姿を目の当たりにした俺は、思わず呟きそうになってしまった。
それくらい、綺麗な女性だった。
シルクのように艶やかな銀髪と雲のように白い肌。青空と同じ爽快な青色をした眼。
線の細い女性が現れると、周囲の生徒たちもざわめき始めた。
一体誰なんだ? そう思ったのも束の間、女性が身につけている服装と意匠が目につき、すぐに正体が解った。
この人は学園の先生だ。証拠に、他の生徒たちはつけてない意匠を胸に付けている。
まぁ、外見的に大人びてるから、意匠以外でも先生と判断できたが……。
先生ならば丁度いい。今すぐ事情を説明して、中に入れてくれるよう頼もう。そう考え、口を開こうとしたが、
「あなたたち……生徒じゃないわね。何か用かしら?」
美しい声に制されてしまい、思わず口を紡いでしまう。だが、口を閉じたのはそれだけが原因ではない。
──やべーどうしよう。めっちゃ怪しんでるよ。事情を説明しても納得してくれるか解らないぐらい警戒してるよ。
氷像のように冷たい表情に、感情が全く読み取れないほど冷め切った声をした女性は、冷徹な瞳を俺達二人に向けている。
もしここで、関係ない人です。なんて軽はずみに言えば、絶対に追い返される。だけど、ここの生徒ですって嘘をついて、学生証かなんかを見せろなんて言われたら終わる。
どうすればいいのか解らず、サヤに視線を向けるも、彼女もどうしたらいいのか分からずにいる。ただ表情だけは平静を装っているのは流石だ。……尻尾の方は、とんでもない勢いで揺れてるけど。
「なんで黙ってるの? 早く答えなさい」
圧をかけてくる女性は、疑いの色を濃くした眼を容赦なく向けて来ている。
万事休すか! そう思った矢先──。
現状を打破する、一筋の光明が降り注いだ。
ええいままよ。あとはどうにでもなれ。やけくそな思いを胸に、俺は口を開いた。
「俺達、体験入学で来ました」
発言を終えると同時に、隣から「えっ!?」と、小声で驚く声が聞こえたが、俺はそれを無視し、女性の背後──後ろにある看板を指差しながら、言葉を続けた。
「あそこにある看板に、学園への体験入学のチラシがあって、ここに来た所存でございます」
喋りながら必死に考えた言い訳に全てを賭けた発言に、隣の女性は憎悪の眼差しと「なんで私も入ってるのよ!」という思いがビンビン伝わってくる。
眼前に立つ女性は、言い訳を聞いてから数秒間考え込み、俺とサヤを交互に見て、頬を緩めた。
そして、先ほどとは声の調子を変え、教員のような物腰で言ってきた。
「体験入学で来たのね。それなら最初にそう言ってくれればよかったのに」
「い、いや~。てっきり、受付で言うものだと思ってまして……」
作り笑いを浮かべながら適当に答えると、女性はクスリと笑い、身を翻した。顔だけこちらに向けると、
「付いてきて。案内するから」
そう言い、坂を上がり始めた。
安堵の息を漏らすと、今まで黙っていたサヤが、横腹を軽く突きながら尋ねた。
「あんたどういうつもりよ!?」
「悪い……でも、他に思いつかなかったんだ」
「あのね……どうすんのよ? 私達、六日後にはここを発つのよ?」
「大丈夫だよ。さっき見たけど、体験入学は五日間だけだから」
「でも……」
「どうせここに滞在してる間は暇なんだし、少しで学園がどんなのか体験するいい機会じゃないか」
もっともらしいことを述べると、反論出来ないのか押し黙ってしまった。俺はその隙に、次々と詭弁を垂れ流した。
「お前の旅の目的は、魔術剣修道学園だけじゃなくて、今の人族の在り方を確かめることだろ? なら、ここの人たちと触れ合うのも損ではないはずだ」
饒舌に詭弁を垂れ流すと、しばらく考え込んだあとに、低い呻き声を鳴らしながら頷き、脱力気味に呟いた。
「なんか……上手く言いくるめられた気がする」
思考を読んだのか疑いたくなるほど的確な意見に一瞬ドキッとしながら、引きつった笑いを刻みながら言った。
「な、失礼な。俺は本心を言っているんだぞ」
本心を悟られないよう視線を逸らしながら、逃げるように坂を上がり始める。
学園の受付で、貫禄のある男から学園の仮学生証を発行してもらい、前を歩いている講師が担当する教室へ案内される。
白亜の円柱が連なる回廊に、三つの足音がこだましている。
先を走歩くのは、白い修道服を見に纏った小柄な講師。そのすぐ後ろを、二人の体験入学生──不似合いな剣を身につけた、異なる世界から来た異分子と獣人族がついていく。
今二人が歩いているのは、数多くの学生が行き交う、西魔術修道学園の廊下である。
学園は自分が通っていた高校よりも遥かに大きく、教室が一つの階に多く設置されている。
一クラスの人数はそれほど多くないのに対し、教室の数は異常に多いのが気になるところではある。
だが今は、そんなこと気にならないほどの大変な問題を抱えている。
目的地までの道のりが、異様に長いことだ。
校舎に入ってから五分ほど歩き続けているが、未だ目的地にはつかない。これほど巨大な校舎だと、移動教室などが大変に思える。
だがこの校舎は、アースリアで一番小さい校舎。中央魔術修道学園はこれの二倍の面積をしており、逆に巨大過ぎて不便なんじゃないかとさえ思える。
そんなことを考えると、前を歩く講師がようやく歩を止め、扉の前で立ち止まった。
「着きました。ここが、あなたたちのクラスです」
隣に並び立ち、銅貫樹で作られた扉を眺める。
中都に近いだけあって、扉の素材ですら高級素材になっている。床も全て大理石で出来上がっている。
「生徒たちにはもう説明しているので、中に入ってください」
講師は唖然と立ち尽くす二人にそれだけ言うと、そそくさとその場を後にした。
俺はサヤと顔を合わせてかは、少し躊躇いながら扉の取手に手を置いた。だが、すぐに手を離した。
サヤは怪訝そうな表情をこちらに向けて来ている。俺は首だけを向け、遠慮しながら言った。
「あの……先に入ってくんない? 緊張しちゃって」
恥ずかしくなりながら頼むと、特に深追いせずに簡単に答えた。
「いいけど」
そう言うと、俺が立っていた場所に無理矢理割り込んできた。
なんでこいつ緊張しないんだ、と不思議に思っていると、サヤは何の躊躇いもなく平然と扉を開けた。
まだこっちは心の準備も出来てないんだから、一言ぐらい断ってから開けてくれよ! 理不尽な言い草を胸の内にしまいながら、扉の向こうに足を踏み入れた。
教室内は、一定の間隔を開けて机と椅子が置かれている。既に何人か座っている子がいるし、一人の机で輪になって固まっている子もいる。
自分が通っていた高校と然程変わらない風景に、どこか懐かしさを覚える。
俺も……少し前まではこんな感じだったんだな……。クラスのみんな、元気にしてるかな。
一ヶ月前の遠い記憶を掘り返しながら、感慨深く風景を眺めていると、委員長と思える女子が俺たちの存在に気付き、騒ぎ出した。
「あ! 来たわよ!」
委員長っぽい女子生徒の騒ぎはクラス内にすぐ広まり、他の生徒もたちまち集まってきた。
「へー。お前が体験入学生か。背高いな!」
「もしかして獣人族ですか! 初めて見た!」
「あんまりこの街では見ない格好ですね……腰に剣もありますし、旅人と言う可能性が濃厚かと」
「ちゅーかこの剣カッケーな。ちょっと持たせてくれよ」
個性豊かな生徒に質問責めにあってしまい、サヤに助けを求めるように視線を送る。
だがサヤは無視した。というか、向こうも同じような状況になっている。
「何で体験入学に来たの?」
女子生徒の質問に、少し間を開けてから答えた。
「まぁ、色々と事情があって……」
「事情? 事情って何?」
魔術剣修道学園に入学するため、少しでも勉強しとかないと。なんて言えばさっきの倍以上の騒ぎになる。そうなったら他のクラスから生徒が来るかもしれない。
それだけは避けなければならない。
そんな中、意外な所から助け舟がきた。
「みんな、そろそろ講師が来ると思うから、席につきましょう」
委員長が着席するよう言い聞かせると、全員渋々戻っていった。
教会の時もそうだが、やはり質問責めは疲れる。束の間の平穏に浸りながら、騒がしいクラス内を一望する。
やはり似ている。自分が通っていた高校に。
朝のHRが始まる前は、いつもクラス内は騒音が響いていた。最初は鬱陶しく思えたが、慣れてしまったせいかなんとも思わなくなった。
でも久々に感じるこの空気、クラスで過ごした思い出が蘇ってくる。
懐かしい余韻に浸っていると、前にある扉が勝手に開いた。生徒は全員、開くと同時に一斉に黙り、姿勢良く待機している。
先生が来る時まで似てるとは、本当に似てるな……。などと考えるや、前の扉から担任が入ってきた。
綺麗で艶のある黒髪に、雲のように白い肌。モデルと言えば信じてしまいそうなほどのスタイル。
白い修道服を着込んだ女性は、教卓の前に立つと、後ろに立つ俺たちに顔を向け言った。
「あなたたちが体験入学生ね。話は聞いてるから、前に来て自己紹介して」
素っ気なく言うと、講師は教卓から離れた。俺とサヤは一度目を合わせると、ほぼ同時に前に歩み出た。
教卓の左右に立つと、先にサヤが口を開いた。
「サランの街から来た、獣人族のサヤです。五日間だけですが、よろしくお願いします」
本当に最低限なことしか紹介せずに終えるも、獣人族というだけでも珍しいのか、盛大な拍手が返ってきた。主に男子から。
こいつに期待するだけ無駄なんだけどな。と考えながら、口を開いた。
「コドールの村から来た、カズヤです。よろしく」
もっとも俺もそっけないことこの上ない挨拶だったので、あまり人のことを言えないのかもしれない。
そんなカズヤを見つめるクラスメイトの視線は様々だった。
興味津々なもの、無関心なもの、探るようなもの、警戒しているもの……。
いやでも注目されるのは体験入学生や転入生の常とはいえ、これはちょっと過剰な気がする。俺以上に注目されてるのが隣にいるが……。
「席は……サヤさんはあっちでカズヤ君はあそこね」
指差されたのは、サヤは窓側から二番目の真ん中で、俺は廊下側から二番目の最後列より一つ前だった。
そこで俺は、自分の右側に座る存在に気付いた。
その子は、なんとも複雑な表情のままカズヤに視線を向けている。その理由は簡単に理解できる。
「凄い偶然だね」
「……笑えない冗談ですけどね」
席につきそう声をかけると、隣に座る──今朝の男性が苦笑気味に答えた。
まさか、偶然にもクラスが同じ──あまつさえ隣に座るとは、偶然を通り越して奇跡だ。
「今朝は間に合ったの?」
「はい。ギリギリでしたが……」
「そっか……。そうだ、これ」
手提げの革袋から、彼が落とした本を取り出すと、最初は何か分からずにいたが、思い出したのか鞄の中身を確認しだした。
その後、全てを察したのか、小声で聞いてきた。
「もしかして……これを届けるために?」
「さぁ~。それはどうかな」
ほくそ笑みながら答えると、少年は人懐こい笑みを浮かべて、手を差し出してきた。
「ありがとう」
「どういたしまして。次から気を付けろよ」
その手を握ると、男性は嬉しそうに笑った。
「僕はワタル。分からないことがあったら、遠慮なく聞いてよ」
「ワタルくんか……。少しだけだけど、よろしくな。あと、俺のことはカズヤでいいよ」
「そう。じゃあ、僕のこともワタルでいいよ」
「なら遠慮なく。改めてよろしくな、ワタル」
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横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
悪役顔のモブに転生しました。特に影響が無いようなので好きに生きます
竹桜
ファンタジー
ある部屋の中で男が画面に向かいながら、ゲームをしていた。
そのゲームは主人公の勇者が魔王を倒し、ヒロインと結ばれるというものだ。
そして、ヒロインは4人いる。
ヒロイン達は聖女、剣士、武闘家、魔法使いだ。
エンドのルートしては六種類ある。
バットエンドを抜かすと、ハッピーエンドが五種類あり、ハッピーエンドの四種類、ヒロインの中の誰か1人と結ばれる。
残りのハッピーエンドはハーレムエンドである。
大好きなゲームの十回目のエンディングを迎えた主人公はお腹が空いたので、ご飯を食べようと思い、台所に行こうとして、足を滑らせ、頭を強く打ってしまった。
そして、主人公は不幸にも死んでしまった。
次に、主人公が目覚めると大好きなゲームの中に転生していた。
だが、主人公はゲームの中で名前しか出てこない悪役顔のモブに転生してしまった。
主人公は大好きなゲームの中に転生したことを心の底から喜んだ。
そして、折角転生したから、この世界を好きに生きようと考えた。
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