異世界転生 剣と魔術の世界

小沢アキラ

文字の大きさ
28 / 98
第一部・四章 最悪なる刺客

第二十七話

しおりを挟む
 剣が振り下ろされた瞬間、全てを諦めた。
 死に直面すると、世界の時間がゆっくりに感じられた。俺の脳が、動きを細かく認識しているんだろう。
 でも、それがどうしたんだ。
 もう何もかもが終わり、俺という人間の時間は、ここで幕を閉じる。

 それなのに──。
 諦めたというのに、無駄だって理解しているのに。
 なんで俺は、剣を受け止めているんだ。

 鞘から抜き出された剣は、上段斬りを正面から受け止めている。
 騎士も驚いているのか、僅かに剣に込められた力が緩んだ。その隙に剣を上に弾き返し、ガラ空きになった腹部に思い切りタックルを繰り出す。
 流石の騎士も予想外の反撃に、わずかによろめいた。その隙にカズヤは、前方に転がり距離を取った。
 体勢を立て直し、剣を中段に構える。
「……まだ諦めぬとは、殊勝な心掛けだな」
 最早聞き飽きたと言ってもいいばかりの称賛に、俺は確固たる意志を込めて答えた。
「諦めるか……」
 柄を握る両手に、一層力を込める。
「俺は……剣士だ!!」
 口から溢れた血を拭い取り、叫んだ。
 俺は何を怯えているんだ。
 これは、命の奪い合い。殺す覚悟だけじゃ生き残れない。
 殺される覚悟を持たなければ、相手と同じ土俵に立つことすら出来ないんだ。
 剣士が死を恐れてどうする。
 一瞬の迷いなど振り切れ……策が通じぬなら別の策を講じろ……傷ついても手を止めるな。
 自分に暗示掛け、剣を右水平に構え、思念を送る。
 ──頼む……この戦いが終わったら、立派な銘を付けてあげるから……力を貸してくれ。
 剣に、炎素を宿す。
 背中に、風素を宿す。
 ──俺の身体。もう一度だけ、力を貸してくれ。
 負担を背負った身体に囁きかけ、両眼を瞑る。
 乱れる精神を落ち着かせるために、深呼吸を繰り返す。
 痛みに耐えながら、何度も繰り返していき、興奮状態にあった精神をゆっくりと、慎重に落ち着かせる。
 正常に戻ると、両眼を見開き、
「うおおおおッ!!」
 気合を叫ぶように上げ、背中の風素を暴発させる。
 一秒経過。
 カズヤは暗黒騎士の背後で、剣を振り切った体勢で静止した。
 五秒秒経過。
 暗黒騎士の漆黒の鎧が、粉々に砕け散った。
 それから三秒後、カズヤは血液を吐血し、右腕から多量の血液を放出させ、地に伏せた。

   ***

 時の流れが、遅く感じる。
 周りの景色が、ゆっくりに見える。
 風素を暴発させたことで、爆発的な超加速を得たカズヤが目にした世界は、時の流れから逸脱したように、ゆっくりと見えた。
 全身に絶大な空気抵抗が襲い掛かり、骨が打ち砕けそうな衝撃が絶え間なく、容赦なく降りかかってくる。
 カズヤは直感していた。自らの限界を──。
 これ以上負担を掛ければ、全身の骨が砕け死亡する。運が良くて重傷の怪我を負い、深い昏睡状態に陥ることを理解していた。
 それでも、諦めなかった。
 アースリアに惨劇を持ち込んだ騎士に、一矢報いる。これは理屈ではなく、単なる意地だ。
 ──絶望だろうが、恐怖だろうが、全て振り切ってやる!!
 死を超越し、覚悟を決めた時。
 剣に、呼応するような変化が現れた。
 漆黒の刀身に、真紅の輝きが灯り始める。
 輝きは徐々に強まっていき、漆黒は見る影もなく真紅に染まった。
 戴天の鉤爪に込められた、今は亡き守護者の魂が、俺の意志に応えてくれている。
 オカルトじみた考察を、一切疑わなかった。
 だってこいつは、俺の相棒なんだから。
 一秒という果てしなく長い時間が過ぎ去る。
 騎士の真横に到達した途端、右水平斬りを勢いよく繰り出す。
 漆黒の鎧に、戴天と俺の意志が込められた剣が衝突する。
 超加速発生から一秒後、カズヤは剣を振り切った姿勢で、暗黒騎士の背後で静止する。
 超加速発生から五秒後、騎士の鎧から、ピキッ、と軽快な音が鳴り、衝突した箇所から、亀裂が少しずつ広がっていく。
 超加速発生から八秒後、俺は抑えてた血液を吐き出し、右腕からも多量の血液を放出させ、地に伏す。
 全身全霊、俺と戴天の意志を込めた一撃は、暗黒騎士の強固な鎧を打ち砕くことに成功した。
 だが、代償はデカすぎた。
 吐血で出来上がった血溜まりの上に、とん、と軽い波紋を生じさせて突き立った、真紅の輝きを失った、華奢な漆黒の長剣がゆっくりと傾き、カズヤの隣に転がった。
 地に伏したカズヤは、全身を苛む激痛に耐えながら、左腕を愛剣に伸ばした。
 愛剣の柄を握ると、余力の全てを振り絞り、こちらに引き寄せ、強く抱きしめる。
 ──ありがとう。俺に応えてくれて、最後まで……一緒に戦ってくれて、本当にありがとう。
 最後に真剣一体と化した相棒に感謝と、肉体を失ってなお、守護竜の名に恥じぬ強さを示したことに敬意を表した。
 ──俺の身体も……本当にお疲れ様。わがままに付き合わせて、無理させて、ごめんね……。
 ボロボロに傷付いた身体に、労いの言葉と感謝の念を、全細胞に浸透する様に優しく行き渡らせる。
「……先に詫びておこう」
 朦朧とする意識の中でも、はっきりと聞き取れる声が聞こえた。
「我はお主を過小評価していた。お主は最後まで諦めず、絶望を乗り越える勇志を持った、一人の剣士だ」
 歴戦の騎士から放たれる、凄みを感じさせる台詞を、一語一句聴き逃さなかった。
「お主と戦い、勝利したことを、我は誇りに思うぞ」
 その時俺は、不思議な感覚に陥っていた。
 敵から送られる称賛の言葉なのに、全く嫌な気がしない。
 畏敬の念のこもった言葉は、傷付いた身体に、疲れた精神に染み渡った。
 気がつくと、自分の中にあった死への恐怖が消えていた。今は寧ろ、恐怖よりも誇らしさがある。
 騎士道精神に従順で、敵対する相手への敬意を忘れず、誇り高く気高い騎士に倒されるなら、悔いはないとさえ思う。
 唯一の気掛かりは、転移者である者が死亡した場合、どうなるのかだ。
 普通に異世界で死亡するのが妥当だろう。もしかしたら、元の世界に帰れるかもしれないが、期待しない方が自分のためだ。
 死んだ後はどうなるんだろう……。何も存在しない、無限に続く空間を彷徨い続けるのかな。何も感じず、何も考えられず、終わりの見えない時間を、一人孤独に過ごすのか。
 鮮明に感じる死亡後の恐怖だが、怯えることはなかった。
 肉体は死んでも魂は消えない。
 それは教えてくれたのは、他でもない相棒なんだ。
 生物はいつかは倒れ、敗れる存在だ。だが意志を誰かに繋げられれば、肉体が滅びようと死ぬことはない。意志を繋いだ存在と共に歩み続けられるんだ。
 死んだはずの戴天が、そうだったように。
 街を救うという意志は、他の誰かが受け継いでくれる。その時は俺も、戴天と一緒に、受け継いだ者と一緒に戦うさ。
「さらばだ。お主のことはわすれぬぞ」
 敬意を込めた一言が放たれると、背後から騎士の剣が振り下ろされるのが分かる。
 愛剣を強く抱擁し、最後の瞬間まで温もりを共有した。生命が尽きる瞬間まで、相棒と最後を共にしたいと決意した。
 直後──。
 ガキィンッ!! と、甲高い衝撃音が轟いた。
 今の音は、一体。
 緩慢な動作で首を動かし、背後に顔を向ける。
 そして、予想外な出来事に驚愕し、両眼を少しだけ見開いた。

 視界に映ったのは、陽光を幾重にも反射するほど磨かれた白銀の鎧を纏う、一人の騎士。
 騎士の持つ白銀の長剣が、振り下ろされていた長剣を受け止めていた。
「君が稼いだ時間は、決して無駄にはしない」
 慈愛に満ち溢れた声を聞いた瞬間、聞き覚えのある声だということに気付いた。
 ──この声は……洞窟で、亜人達を退けた。
「天界の……騎士」 
 人界最強にして、創世神の使い。しかもこの人は、森で俺とセレナを救ってくれた騎士だ。
「貴様……何者だ」
 鬩ぎ合う暗黒騎士の問いに、騎士は至って冷静に答えた。
「人界の民を守護する、天界の騎士だ。覚えておけ」
 気合声を放つと、剣を上に弾く。微かに生まれた隙に、地に伏せたカズヤを抱き抱え、遙か後方へと飛び退いた。
 風素を宿したわけでもないのに、一飛びで五十メートル近く離れると、騎士はカズヤを優しく地面に寝かせ、微笑みを浮かべた。
「ここで待っててくれ。すぐに終わらせるから」
 そう言うと、携帯袋から一本の霊薬を取り出し、顔の横に置いていった。
 騎士は身を翻し、剣を中段に構えた──刹那。
 雰囲気が、一変した。
 鬼神を思わせるほどの気迫。暗黒騎士に負けず劣らずの殺意。大気を震わせるほどの覇気。
 先程の優しさを微塵も残さない気迫に、全身の毛が逆立つ。俺に向けられた怒りじゃないと分かっているのに、震えが止まらない。
 これが、人界最強の剣士。亜人の時に見せた怒りは片鱗でしかなかったというのか。
「創世神が愛する人界を汚し、多くの民を殺めた報い、貴様の命を持って償え!」
 怒号が迸ると、暗黒騎士の上空に突如、巨大な魔術陣が展開された。俺が扱っていた魔術陣とは、根本的に違う。中に複雑な構文が幾重にも張り巡らせているのが分かる。
 周囲の魔素が著しく減少していく。魔術陣から半径五十圏内に存在する魔素が、あの魔術陣のために吸収されていく。
「神の怒りを、その身で味わえ!」
 騎士は、中段に構えた剣を一気に振り下ろした。すると魔術陣から、激しい轟音と共に雷撃が降り注いだ。
 あの魔術は、一体なんなのか。唖然としながら、雷撃を発生させている魔術陣に目を向ける。
 複雑な構文が施されているだけじゃなく、幾つもの素因を複合しているとは、思いもよらなかった。
 素因の複合なんて、何十年も修練した魔術師にも難しい。的確な調整が極めて困難だというのに、天界の騎士は軽々と使って見せた。俺の炎素柱よりも質の良い魔術を、短時間で。
 やはり騎士と自分では天と地ほどの差があることを痛感せざるを得ない。
 騎士は魔術陣を解除すると、白銀の剣に強力な氷素を複数宿らせた。
「消えろ! 魔界の騎士よ!」
 剣を構え、暗黒騎士に猛接近する。
 俺の超加速とは比較にならない速度で距離を詰め、暗黒の霧を斬り払うかのように剣が振られる。
 だがそこに、暗黒騎士は存在しなかった。
「な、消えた……」
 極大魔術を回避したのか? いや、たしかに直撃していたはず。
「……やはり、逃走したか」
 予想通りと言わんばかりに納得していると──
「見事だな。天界の騎士よ」
 どこからともなく、先程の声が響いた。
「守護者を名乗ってるだけのことはある」
「……そういう貴様は、邪教神の下僕なだけあって、意外と小心者だな」
 珍しく皮肉気味な言葉で返すと、暗黒騎士の声色には、焦りなどは一切ない。
「マガツヒを失い、小僧との戦闘で負傷したからな。今宵はここが退き時だ」
「待て! 逃げるつもりか!」
 霊薬のお陰で痛みが和らいだ途端、俺は姿を隠した騎士に向かって叫んだ。
「アースリアをめちゃくちゃにして……お前の目的は一体なんなんだ!」
 率直な意見を叫ぶと、数秒間の沈黙後に答えが返ってきた。
「ただの実験だ」
 不気味な雰囲気を漂わせた答えに、今度は天界の騎士か叫んだ。
「実験だと……貴様らのために、民は何人亡くなったか分かっているのか!!」
 両拳から血が滴るほど強く握られた拳を見ると、騎士の心境を察することが出来る。
 この人は、本気で怒っている。暗黒騎士に対して、抑えようのない怒りを抱いている。
 だが、気持ちが分からないわけではない。
 あいつ一人に、一体何万人の人族が亡くなった? 何軒の建物が潰され、住処を失ったのか。
「悪いが、今回はもう帰らせてもらう。縁があれば、またどこかで剣を交えようぞ」
「待て! 話はまだ終わってないぞ!」
 しかし返事が帰ってくるわけでもなく、ただ虚しく響いただけだった。
 
   ***

 暗黒騎士が撤退した後、中都から来た天界の騎士の指示の元、統率を得た魔術師達の必死な消火活が繰り広げられた。
 動揺を見せていた魔術師であったが、騎士のお陰で冷静さを取り戻したことで、事態の鎮静化は弊害なく進み、十二時の鐘が鳴る頃には、街を襲った災害は終わっていた。
 街が受けた被害は計り知れない。全地区の建物は崩落しており、アースリアの象徴と言える魔術修道学園など、見る影もないほどに崩壊していた。街道の多くは瓦礫で塞がれており、家畜は焼け死に、田園は焼け焦げていた。
 だがそれ以上に、人的被害が多過ぎた。
 魔術耐性を持つマガツヒ、諸悪の根源である暗黒騎士。これら二つの原因によって数え切れないほどの魔術師と衛士が死亡した。
 今回の災厄は、アースリアとそこに住む人々に大きな、決して癒えることのない傷跡を深く刻み込み、幕を閉じた。
 そんな壊滅的打撃を受けたアースリアを救ったのは、天界の騎士だと騒がれている。
 街の指揮を取り事態の鎮静化に最も貢献した騎士が、街の救世主と言われるのは当然だ。
 だが一部の人族と獣人族は知っている。本当の救世主を。
 単身でマガツヒを仕留め、暗黒騎士の注意を惹きつけ、街への被害を最小限に抑えようと決死盛んに戦い続けた、一人の男を──。

 マガツヒ襲撃から、二日後。
 他の地区に比べ最小限の被害で済んだ東地区。
 街の人々はそこを拠点に、他の地区の復興に営んだ。
 東地区には緊急施設扱いのテントが幾つも張られており、中には負傷した患者が眠るベッドがしつけられている。
 そして、周囲のテントよりも一回り大きいテント内で、一人の少年は目覚めた。
「…………ここは、どこだ」
 力なく呟き、上体を起こす。
 ベッドを中央に、白い天幕が四方から垂れており、人一人分の空間を開けた謎の空間が出来上がっている。
 ベッドのすぐ隣には、中瓶一杯に入った水と、血塗れの布が置かれている。
「……布?」
 何故血塗れに? 誰か怪我でもしたのか。疑問に思いながら、意味もなく布に手を伸ばそうとしたが──。
 疑問の答えが、すぐに分かった。
 右腕が、拳から腕にかけて全て、布で巻かれている。
「なんだこれ……いつこんな怪我したんだ?」
 困惑しつつ右腕をくまなく観察する。出血は治まっており、痛みなどは一切感じられない。
 よく見ると他にも、頭部にも布が巻かれているし、身体にも隈なく布が巻かれている。
 現状が把握出来ず更に困惑していると、突然正面の天幕が揺れ動いた。
 反射的に警戒するも、天幕から現れた者の姿を見て、すぐに警戒を解いた。
「……サヤか」
 またもや力なく呟き、天幕の向こうに立つ者の名を告げた。
 両手に重ねられた布を持つサヤは、信じられない表情のまま、俺の姿を数秒間無言で見詰めた。
 すると、持っていた布を手放し、泣きながら駆け寄り、抱きついてきた。
「サ! サヤさん!?」
 次から次に理解不能な事が起きるため、サヤをさん付けで呼ぶほど混乱してしまった。
 両肩をしっかりと握ったサヤは、両頬に透明な滴を流しながら、嗄れ声で言った。
「今回は……本当に駄目かと思って心配したんだよ…………良かった……本当に、良かった……」
 酷く嗄れた声で言い終えると、俺の胸に、顔を思い切り押し当てた。
 何がどうなっているのか、さっぱり理解が出来ない。何故彼女がこんなにも泣いているのか、そもそも何故、俺はベッドの上で眠っているのか、一つとして状況を理解していない。
 だが、一つだけ分かっていることがある。
 無傷の左手で、泣き噦るサヤを撫でた。
 一瞬びくりと反応を示すも、特に拒絶などは示さずに、
「……なんで、急に」
 とだけ聞いてきた。
 俺は数秒の間を開けてから、躊躇い気味に答えた。
「サヤには、泣いててもらいたくないから……」
 頰を赤らめ、恥じらいながら答えると、サヤは愛想良く笑い始めた。急に、頭の上に置かれた左手を掴み、ぷにぷにとした右頬に当てた。
 突然すぎる事態に愕然としながら、幸せな感触を感じさせる左手を引っ込めようとするも、サヤの握る力の方が上のため引っ込めることが出来ない。
「泣いてて欲しくないなら……もう少しだけ、あなたを感じさせて……。そうしたら、泣き止むと思うから……」
 唐突の大胆発言に何も言い返すことが出来ず、ただ無言で、頬から伝わってくる体温を感じていた。
 こんな場面を第三者に発見されたらまずい。そんなことばかり考えるも、彼女の幸せそうな顔を見ていると、どうでもよく思えてきた。
 とにかく、彼女が落ち着くまではこのままでいよう。俺はただ心を殺して、何も考えなければいいだけなんだ……。
 邪な思惑が浮き上がらないように、無心になりかけていた途端、自分の取った選択肢が誤りであったことに気付く。
 サヤから視線を外し顔を上げると、薄れかけた自我が急反転で戻り、小さく息を漏らす勢いで戻ってきた。
 天幕の向こう側に、二人の男が立ち尽くしていた。しかも立っていたのは、両方とも知っている人だった。
 白銀の鎧で身体を覆い、右腕で兜を抱えて立っている男は、過去に窮地から救ってくれた、命の恩人。
 もう片方は、黄金色の髪を持ち、緑色の瞳で信じられないものを見たかのような表情で固まって友人。
「き、きき騎士様!? それに、ワタル!?」
 声を乱暴に荒げながら名を呼ぶと、騎士はわざとらしく咳払いをし、明後日の方向に視線を向けながら、
「僕は何も見てないから、続きをどうぞ」
 と呟き、天幕からそそくさと退散して行った。
「入る場所、間違えちゃったかも……お邪魔してすいませんでした~」
 ワタルも同じようにこちらを見ずに、逃げるように天幕から出て行った。
「ちょっと待って!! これは誤解だから待ってー!!」
 左腕を引き伸ばしながら呼び止めるも、騎士とワタルは帰ってくることはなかった。流石に全てを察したサヤも、両頬を夕焼けのように赤らめながら、俺と天幕を交互に見遣っていた。

 サヤの助力でなんとか立ち上がり、天幕の外へ出ると、言葉を失った。
 自分と同じテントが無数に立ち並び、魔術師が何度も行き交いしている。中からは悲痛の声が漏れており、紛争後のように悲惨になっている。
 だがそれ以上なのは、街の方だった。
 瓦礫で塞がれた街道。崩落した建物。寝床がなく床で眠る者や、飢えた子供達の弱々しい泣き声。
「街の復旧は、どうなってるの」
 隣で肩を貸してくれているサヤに問いかけると、苦々しく苦悶の表情を浮かべ、申し訳なさそうに言った。
「……進んでるけど、人手や物資が足りなくて全く進んでないの。騎士さんも協力してくれているけど、終わりなんて見えない。……この様子だと、一年以上は掛かるかもしれない」
 一年以上。それだけの時間を要しなければならないなんて。
 その間、飢えた子供や怪我人はどうすればいいんだ。街が復旧する頃には、一体何万人の犠牲者が出ているというんだ。
「騎士さんが、中都や周辺の集落から救援を要請したらしいけど、救援が来るのは、早くて二週間らしいわ」
「二週間……」
 一年に比べれば短いが、二週間もの間、街の人達は苦しみに耐えなきゃいけないなんて。
「言っておくけど、手伝おうなんて言わないでよ」
 考えを察したのか、冷徹な一言を述べてきた。
「騎士さんがすぐに治癒術を施したくれたから大事には至らなかったけど、それでも一人じゃ歩けないのよ。絶対安静を言い渡されてるし、今のあなたが作業を手伝っても、邪魔にしかならないから」
 辛辣で冷酷な説教だったが、彼女の真意を理解したカズヤは、すんなりと受け入れた。
 彼女はわざと酷い言い方をしている。心配しているからこそ、あんな言い方が出来るんだ。
 変に気を遣った言葉を投げられても、俺みたいな人間はすんなり納得出来ず、無理にでも手伝おうとする。
 先程みたいに厳しい説教と現実を突きつけられれば、否定出来ずに従う他ない。
 彼女は俺の身を案じて、敢えて非道になったんだ。
 ──でも、まだまだだな。
 非道に徹したサヤの横顔を見詰めながら、思わず苦笑する。
 冷徹な言葉を言い終えた後、彼女の表情に謝罪の念が込められている。
 根は優しいサヤにとって、演技とはいえ誰かにきつく言い当たるのは初めての経験なんだろう。不慣れなことをしたばかりに、余計恥ずかしい思いをするとは。
 だが彼女の説教にも一理ある。
 一人では満足に歩けないし、剣を杖代わりにしなければ真っ直ぐ立つことさえ難しい。
 そんな男が作業場で彷徨いていれば邪魔になるに決まっている。それぐらい、理解しているつもりだ。
 それでも……。
 何も出来ずに見ているだけなんて、辛すぎる。
 被害だって、俺がもっと強ければ今以上に抑えることができたかもしれないのに。
 満身創痍だが、少しでも力になりたい。その考えを読み取ったのか、またもやサヤは言った。
「あんたには別の仕事があるから、そっちに専念しておきなさい」
 別の仕事? この状況で、復旧以外に仕事などあるのか?
「仕事って、一体何を?」
「行けば分かるわよ」

 限界に近い身体を必死に動かしながら辿り着いた場所は、他のテントよりも一際大きなテントだった。
「ここは?」
 助力してくれたサヤに尋ねると、少しの間の後に答えた。
「仮拠点みたいなところ。報告などをする場所」
 それを聞いて、俺は仕事の内容を察した。
 まさか、事務仕事を俺にさせる気なのか? 力仕事が出来ない今の俺は、机の上でただひたすら文字を書いてろと、そう言いたいのか。
「中には現最高責任者がいるから、その人から色々と聞いてね」
 現最高責任者。まさか……。
 勝手な結論を念頭に置くと、サヤは俺から離れ、身を翻した。
「それじゃ、私は行くから。五時の鐘が鳴った時に、迎えに来るから」
「ああ。気を付けろよ」
 労いの言葉を送ると、微笑みながら頷いた。
 遠のいていく背中姿を見届けてから、仮拠点の天幕前で立ち尽くし、深呼吸を何度も繰り返す。
 まるで職員室に入る前の緊張感に苦笑しながら、
「失礼します」
 と言い、覚悟を決めて天幕をめくる。
 中は意外にも質素な造りになっており、簡素な木製椅子が四つと長机が二つだけしか置かれていなかった。
 仮拠点というから、もっと仰々しいのかと思っていたため、少しだけ拍子抜けする。
 部屋の内装を見回していると、部屋の一角で書類と睨めっこしている人物を発見した。
 ──この人が、最高責任者かな?
 完全にどこかで見たことある格好だな。やっぱり、現最高責任者って……
「騎士さん、ですよね?」
 半信半疑で尋ねる。
 睨めっこしていた男は、書類を一度机に置き、素顔を晒した。
「やぁカズヤ君。御足労掛けたね」
 やはり、天界の騎士だ。
 予想通りだったためあまり衝撃を受けなかったが、多少は驚きはする。
 本来は人生で一度会えるかどうかの存在に、二度も会って話しているんだ。人界内でも俺は幸運の持ち主なのだろう。
「一体、どのようなご用件で?」
 畏まりながら尋ねると、騎士は柔らかい笑みを浮かべながら、朗らかに言った。
「緊張しなくていいよ。一度会っているんだし、君はこの街の英雄なんだからね」
「いえ……騎士さんの方が英雄ですよ。俺じゃ全く歯が立たなかった暗黒騎士を、退けたんですから……」
 躊躇い気味に素っ気なく言うと、騎士はそれ以上は何も聞かず、席から立ち上がった。
「今回君を呼んだのは、調査に協力してもらうためだ」
「調査?」
 疑問気に呟くと、騎士は机に置いた書類をこちらに手渡してきた。
 渡された書類をざっと流れ読みすると、騎士がこれからする調査の内容の大部分を理解出来た。
「確かに……これは俺にしか出来ない仕事だな」
 誰にも聞き取れないほどの小声で囁き、顔を上げる。
「疲れてる最中に悪いけど、君の力が必要なんだ。協力してくれるかい?」
 騎士の問いに俺は、無言で頷いた。
「ありがとう。君の善意に敬意を表する」
 騎士の敬礼を刮目した後、俺は再度書類に目を通した。
 書類には、マガツヒに関しての情報と、暗黒騎士に関する情報が記されている。だが不確かなことしか記されておらず、的外れな情報さえ記されていた。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

封印されていたおじさん、500年後の世界で無双する

鶴井こう
ファンタジー
「魔王を押さえつけている今のうちに、俺ごとやれ!」と自ら犠牲になり、自分ごと魔王を封印した英雄ゼノン・ウェンライト。 突然目が覚めたと思ったら五百年後の世界だった。 しかもそこには弱体化して少女になっていた魔王もいた。 魔王を監視しつつ、とりあえず生活の金を稼ごうと、冒険者協会の門を叩くゼノン。 英雄ゼノンこと冒険者トントンは、おじさんだと馬鹿にされても気にせず、時代が変わってもその強さで無双し伝説を次々と作っていく。

独身貴族の異世界転生~ゲームの能力を引き継いで俺TUEEEチート生活

髙龍
ファンタジー
MMORPGで念願のアイテムを入手した次の瞬間大量の水に押し流され無念の中生涯を終えてしまう。 しかし神は彼を見捨てていなかった。 そんなにゲームが好きならと手にしたステータスとアイテムを持ったままゲームに似た世界に転生させてやろうと。 これは俺TUEEEしながら異世界に新しい風を巻き起こす一人の男の物語。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

スキルハンター~ぼっち&ひきこもり生活を配信し続けたら、【開眼】してスキルの覚え方を習得しちゃった件~

名無し
ファンタジー
 主人公の時田カケルは、いつも同じダンジョンに一人でこもっていたため、《ひきこうもりハンター》と呼ばれていた。そんなカケルが動画の配信をしても当たり前のように登録者はほとんど集まらなかったが、彼は現状が楽だからと引きこもり続けていた。そんなある日、唯一見に来てくれていた視聴者がいなくなり、とうとう無の境地に達したカケル。そこで【開眼】という、スキルの覚え方がわかるというスキルを習得し、人生を大きく変えていくことになるのだった……。

自力で帰還した錬金術師の爛れた日常

ちょす氏
ファンタジー
「この先は分からないな」 帰れると言っても、時間まで同じかどうかわからない。 さて。 「とりあえず──妹と家族は救わないと」 あと金持ちになって、ニート三昧だな。 こっちは地球と環境が違いすぎるし。 やりたい事が多いな。 「さ、お別れの時間だ」 これは、異世界で全てを手に入れた男の爛れた日常の物語である。 ※物語に出てくる組織、人物など全てフィクションです。 ※主人公の癖が若干終わっているのは師匠のせいです。 ゆっくり投稿です。

おばちゃんダイバーは浅い層で頑張ります

きむらきむこ
ファンタジー
ダンジョンができて十年。年金の足しにダンジョンに通ってます。田中優子61歳

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

悪役顔のモブに転生しました。特に影響が無いようなので好きに生きます

竹桜
ファンタジー
 ある部屋の中で男が画面に向かいながら、ゲームをしていた。  そのゲームは主人公の勇者が魔王を倒し、ヒロインと結ばれるというものだ。  そして、ヒロインは4人いる。  ヒロイン達は聖女、剣士、武闘家、魔法使いだ。  エンドのルートしては六種類ある。  バットエンドを抜かすと、ハッピーエンドが五種類あり、ハッピーエンドの四種類、ヒロインの中の誰か1人と結ばれる。  残りのハッピーエンドはハーレムエンドである。  大好きなゲームの十回目のエンディングを迎えた主人公はお腹が空いたので、ご飯を食べようと思い、台所に行こうとして、足を滑らせ、頭を強く打ってしまった。  そして、主人公は不幸にも死んでしまった。    次に、主人公が目覚めると大好きなゲームの中に転生していた。  だが、主人公はゲームの中で名前しか出てこない悪役顔のモブに転生してしまった。  主人公は大好きなゲームの中に転生したことを心の底から喜んだ。  そして、折角転生したから、この世界を好きに生きようと考えた。  

処理中です...