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第二部・第三章 天界の騎士・セレナ
第二十話
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転送魔術で戦地に降り立った瞬間、現状況を把握するのにかかった時間は、二秒もあれば十分だった。
守護隊を囲う謎の集団、惨死した衛士の死体と、セレナに接近する生物。それだけで、大体の状況は理解できた。
着地と同時に生物の首を跳ね飛ばし、謎の集団に剣を構えているというのに、不思議と焦りや恐怖なんてない。むしろ、完璧に落ち着いている。
背後には、傷ついた衛士と、守るべき人がいる。
──何があっても守る。彼等を、セレナを。
再び決意を固め、眼前の女性を見渡す。全員が露出の激しい鎧に身を包んでおり、色黒な素肌を見せつけている。腰に剣があるということは、騎士の類か。
そして、特に露出の激しい格好をしているのが、団長というわけか。結構整った容姿に、綺麗な顔をしている。
成る程。以前の暗黒騎士はさしずめ男性専用の暗黒騎士団であり、こいつらは女性専用の暗黒騎士団ということか。
性別の違いが戦術の違いに繋がる可能性もある。事実、天界の騎士であるセレナが追い詰められたのだから、警戒するに越したことはない。
そんな思考を一瞬で巡らせていると、団長と思しき女性が腰をくねらせ、露出した胸を見せつけるような体勢を取った。
「一応、名乗っておくわね。私は女性暗黒騎士団団長のフロリダ・テン・ナーチス。貴方の名前も教えてもらえるかしら、坊や?」
「……名乗る必要、ないと言ったはずだが?」
「あら、かなり強気じゃない。坊やみたいな強気な子って、つい虐めたくなっちゃうのよね」
色気を出したいのか、やたらと腰をくねらせ胸を主張しているが、気にする様子もなく小声で解放術の術式構文を詠唱する。
よく分からんが、黙って一掃しよう。話すだけ無駄だし。
そんなことを考えながら詠唱していると、フロリダと名乗る女性が不意に笑い出した。
瞬間、カズヤは詠唱を中断し、剣を背後に回した。首を回すと、剣を振った体勢で静止した騎士がいた。
団長にだけ意識を集中させ、背後からの攻撃で仕留めるつもりだったのか。その意図を察すると同時に、こいつらの戦術を理解した。
卓越した連携により、俺に攻撃する暇を与えない気だな。
理解したと同時に、それは実行された。
突如、左右からの殺意。腰を落として左右から飛んでくる斬撃を回避するも、避けた先には既に別の兵が剣を振り下ろそうとしていた。
体を回転させ剣を弾き返すも、着地と同時に左右からまた剣が接近。今度は避けずに受け止めると、すかさず上空から斬撃が降り注いでくる。
無駄がなく隙のない怒涛の連続攻撃。避けにくい上に反撃にも出にくいともなれば、若輩のセレナではまだ対処できないのは仕方ない。
実際、カズヤも避けるのが精一杯ではある。避けた先でも間髪入れず斬撃が飛んでくる上に、それを避けてもまた攻撃が来る。永遠に避け続けなければならない負のスパイラルに囚われてしまっている。
このままでは確実に消耗してしまい、負けてしまう。かといって無理に反撃に出れば致命傷を受けてしまう。
必死に剣を避けながら、カズヤはそんな思考を余裕を持って考えていた。
本来ならば、攻撃を避けながらの考えことは油断でもあるため、絶対に避けねばならない。だが焦りすらしていないカズヤは、冷静に奴等の連続攻撃を分析していた。
──めんどくさいなぁ。奴等が先に体力切れになればいいんだけど、他の奴らと入れ替わるだけだし。敢えて攻撃を受けて反撃するのもアリだけど、剣に薬物が塗られてるかもしれないからなぁ。
どうしようか悩みながら剣を避けると、先回りしていた兵が、大鉈を振りかぶっていた。
もはや体勢を立て直すのも不可能。敵の攻撃を受け流すのも無理。
だからカズヤは、なんの躊躇いもなくそれを実行した。
大鉈を振り下ろされる前の腕を見つめ、振り向き様に右腕を閃かせた。剣を振り切った姿勢で着地すると、
「──っああああああ!?」
甲高い悲鳴を上げて、騎士は右腕を抱えながら地面に転がった。
右手を戻したカズヤの口許から、小さな吐息が漏れた。
「な…………」
仰天したセレナの眼前で、不可解な現象が起きた。敵の騎士の腕が、音もなく二つに裂けた。裂け目は前腕から肘、二の腕へと続き、肩へと抜けた。
骨や筋肉から細い血管に至るまで、潰れた部分はまったくない完璧な切断面を露わにして、敵の右腕の外半分がどさっと地面に落ちた。霧のように細かい鮮血が大量に迸ったのは、その後だった。
絶命した屍から視線を外し、前方の四人に顔を向ける。戸惑っているのか、誰一人として近づこうとせずに、動揺している。
だがやはり、団長だけは他の騎士よりも優秀なんだろう。
「坊や……何故、あの攻撃の中反撃できたの」
意外だった。味方が斬られたことを怒るか、何をしたのかを聞いてくると思っていたが、何故反撃できたのかを尋ねられるとは思いもしなかった。
「私達が編み出した連携を掻い潜って反撃に出るなんて、並大抵の実力者じゃ無理よ」
先程までと違い、かなり張り詰めた雰囲気で言ってくる辺り、相手も焦っているんだろう。
「タネが分かれば大したことはないさ」
剣についた血を拭き取りながら、何事もなく答える。
「避けてる間、ずっと考えてたんだ。あんたらはお互いの動きを何で認識してるのかをね。急に人が入れ替わっても一切乱れることなく続いていたから、ふと疑問に思ってな。口で合図を出してるわけでもないし、何を見て合わせているのか興味があったんだ」
まるで子供に教えるような口調になりながら、戦闘中に気付いたことを全員に聞こえるように伝えた。
「それで気付いたんだよね。あんたらは、お互いの目を見ながら合図してることにな。攻撃する一瞬前に横を見てる奴がいて、不自然に思ったんだ。そっから注意深く観察すると、攻撃する前に次の奴を見て合図を出してたのが分かったんだよ」
図星なのか、騎士の方から僅かなざわめきがこだまする。
「どこから来るか分かれば、避けるのも簡単だったよ。正確な分、余計にな」
「……納得いかないわね」
「えっ?」
「納得いかないって言ったのよ。天界の騎士は連続攻撃に対処できないはずなのに、なんで坊やはすぐに対応出来たの? さっきのお嬢ちゃんだって、手も足も出せずに敗れたっていうのに」
確かに、天界の騎士は連続攻撃や奇想天外な行動と直面すると途端に弱体化するのは認める。特に、若輩のキクノとセレナの場合は、まだ経験がたりてないから余計に。
しかし、それとは関係ない答えを、俺は持っている。
「お前らの連携は見事だったよ。でもこっちはな、全方位から飛んでくる斬撃をひたすら避け続けてたんだぜ? 今更、一方向からしかこない攻撃に当たるわけないだろ」
五時間ほど前、騎士長ヒサカゲとの特訓では、全方位から意思を持つ斬撃波が休む暇なく襲いかかってきた。しかも全部が軽く腕を吹き飛ばすほどの強度を持っている為、一つでも当たれば命の保証が出来ない極限の特訓だった。
目だけで捉えるのではなく、全てを使って避けなければ、今頃俺はここにはいない。反射神経すら研ぎ澄まさなきゃ避けきれないため、常に全方位からの攻撃にいつでも対応できるようにしていた。
あの地獄の特訓に比べれば、一方向の、どこから来るのかさえ分かる攻撃を避けるなど造作もない。
「ようは、あんたらじゃ俺には勝てないってこと。さっさと武器を捨てて投降すれば、苦しまずに殺してやるぞ」
「……っ! 調子に乗るのはよくないわよ、坊や。お前たち! やってやりな!」
団長の命令に従うように、捕虜を取り囲んでいた女騎士が群がってきた。全方位を囲まれると、一斉に連携攻撃を繰り出してきた。
信じられない。
眼前に広がる情景への感想が、その一言以外思いつかなかった。
一騎当千と謳われた天界の騎士が、やっとこさ葬ったのはたったの五人。対する向こうの戦力は、まだ三十近くも残っていたというのに。
援軍としてやってきた黒騎士一人の手で、三十もの敵戦力を葬ってしまった。
敵の主将も驚いているのか、ばたばたと倒れていく光景を唖然と眺めている。
「──きゃぁぁぁぁッ!!」
最後の騎士が、甲高い悲鳴を上げると同時に、左腕がズルリと切り落とされる。肉体も同様に倒れ伏すと、三十もの屍が出来上がっていた。
その向こう──血で真っ赤に染まった黒鎧を纏った者は、顔についた血を不快そうに拭き取っていた。
「あ、ありえない……騎士のくせに、これだけの強さを持ってるなんて」
「お前の言う強さの基準が分からんが、少なくとも、曲芸なんかじゃ倒せないとだけは言っておこうかな」
血塗れの剣を下ろし、フロリダに歩み寄って行く。いつしか周りの衛士も恐れており、恐怖で震えている。
いや、実際私も少しだけ震えていた。奴の鬼神の如き強さにではなく、躊躇いなく斬る彼に。
女騎士を斬り殺しているというのに、表情を一切変えずに黙々と──まるで作業かのように剣を振り続けていた。恐怖で逃げようとする者を背中から刺突し、反撃に出た者は腕を付け根から切り落としていた。
しかも、彼が斬る場所は限って鎧で保護されていない素肌だ。漆黒の長剣は吸い込まれるように食い込んでいき、一切の抵抗なく姿を現していた。せめてもの情けなのか、全員一撃で絶命させてはいたが、迷いなく殺し続ける姿は、人界の民とは思えるものではなかった。
フロリダも同じことを考えていたのか、先程までの威勢は完全に消えており、彼が近づく度に少しずつ後退している。
対して──彼の双眸は、逃げようとするフロリダをしっかりと捉えている。
「や、やめて! あんた、女相手に手加減とか出来ないわけ!?」
この期に及んで、フロリダは情けない命乞いを必死に唱えている。だが彼から放たれた返事は、無情の一言だった。
「俺が女相手に躊躇うと思ったか? だとしたら滑稽だな。人界の民を、衛士を殺したお前らは、全員等しく皆殺しにするだけだ。お前も、例外じゃない」
殺意に満ちた双眸に睨まれた瞬間、フロリダは恐怖で腰が抜けたのか尻餅をついてしまった。着々と近づきつつある死に怯えてしまい、両眼からとめどもない涙を流している。
「やめて坊や! ……そうだ! 見逃してくれたら、坊やの言うことなんでも聞いてあげるから! だから……」
胸部を保護する鎧を外しながら必死に命乞いすると、彼は剣を下ろしたまま口を開いた。
「なんでも言うことを聞く? それは本当か?」
要求を呑んでくれる、そう確信したのか、フロリダの顔に安堵の色が出てくる。
しかし、次に放たれた冷徹なる一言で一気に絶望へと染まった。
「なら、死ね」
垂直に振り上げられた剣が、轟然とフロリダに接近する。彼女の悲鳴にすら耳を傾けずに、悠然とした表情で、命を断ち切ろうとしている。
「やめて、カズヤくん!」
不意にセレナは、頭に浮かんだ台詞を叫んだ。
カズヤの剣はフロリダに直撃する寸前に止まり、両眼を見開きながら、信じられないものを見るかのように、こちらを見ていた。
自分でも、何故止めたのか分からない。奴は敵の主将であり、衛士を殺めた憎むべき敵だ。殺されても構わない存在なんだ。
頭で分かっていても、体は言うことを聞かなかった。
「もういい……もうやめて。……これ以上、命を奪わないで」
私ではない誰かが喋るように、口が勝手に動く。
「こいつは魔界の民、憎むべき敵だ。こいつらを殺さない限り、人界に真の平和は訪れない」
「それは違うよ!」
「違わない! こいつらが生きてる限り、人界に未来はないんだ! だから殺すしかないんだ!」
「そんなの間違ってるよ! 力だけじゃ、本当の平和は訪れない! 本当の平和は、お互いを理解して初めて為せるんだよ!」
「……ッ!?」
私ではない誰かの言葉が、カズヤに効いたのか、彼の眼からは殺意が少しずつ消失していき、振り下ろされそうだった剣をゆっくりと下げていく。既に気絶しているフロリダに視線を戻すと、カズヤは何も言わずその身を抱き抱え、こちらに歩み寄ってきた。
「……こいつは貴重な情報源だ。身動きと、自害できないよう拘束する」
煮え切らぬ表情でそう言うと、カズヤは我々の仮拠点がある方角へ歩いて行った。
その背中姿を眺めながら、自分に起きた理解不能な現象について頭を悩ませた。
カズヤが敵を切ろうとした時、何故私は止めたんだ? しかも、私の意思ではなく、違う者の意思が干渉したかのように、口が勝手に動いていた。
「カズヤくん……」
今度は、誰のものでもなく、自分の意思でその名を呟く。
初めて呼ぶはずなのに、口から自然と出てくる音。違和感なく、むしろ何度も口にした音、そんな感じがする。
私は、彼を知っている?
天界から召喚された私が、人界の民であり、罪人である彼を知っているなんて、ありえない。
ならば、何故。何故私は、彼の行為を中断させたのだ。
貴重な情報源を失わないため。怯える彼女に同情したから。
どれも違うと言い切れる。
あの時私は、彼──カズヤにこれ以上、命を奪って欲しくないから叫んだんだ。カズヤが今よりも己の手を汚してしまえば、どこか遠くに行ってしまうと直感したから止めた。
もう分からない。私は、一体どうしたと言うのだ。
罪人である彼がどうなろうと、騎士であるわたしには関係ない。関係ないのに──
何故彼を見ると、胸が熱くなるんだ……。
守護隊を囲う謎の集団、惨死した衛士の死体と、セレナに接近する生物。それだけで、大体の状況は理解できた。
着地と同時に生物の首を跳ね飛ばし、謎の集団に剣を構えているというのに、不思議と焦りや恐怖なんてない。むしろ、完璧に落ち着いている。
背後には、傷ついた衛士と、守るべき人がいる。
──何があっても守る。彼等を、セレナを。
再び決意を固め、眼前の女性を見渡す。全員が露出の激しい鎧に身を包んでおり、色黒な素肌を見せつけている。腰に剣があるということは、騎士の類か。
そして、特に露出の激しい格好をしているのが、団長というわけか。結構整った容姿に、綺麗な顔をしている。
成る程。以前の暗黒騎士はさしずめ男性専用の暗黒騎士団であり、こいつらは女性専用の暗黒騎士団ということか。
性別の違いが戦術の違いに繋がる可能性もある。事実、天界の騎士であるセレナが追い詰められたのだから、警戒するに越したことはない。
そんな思考を一瞬で巡らせていると、団長と思しき女性が腰をくねらせ、露出した胸を見せつけるような体勢を取った。
「一応、名乗っておくわね。私は女性暗黒騎士団団長のフロリダ・テン・ナーチス。貴方の名前も教えてもらえるかしら、坊や?」
「……名乗る必要、ないと言ったはずだが?」
「あら、かなり強気じゃない。坊やみたいな強気な子って、つい虐めたくなっちゃうのよね」
色気を出したいのか、やたらと腰をくねらせ胸を主張しているが、気にする様子もなく小声で解放術の術式構文を詠唱する。
よく分からんが、黙って一掃しよう。話すだけ無駄だし。
そんなことを考えながら詠唱していると、フロリダと名乗る女性が不意に笑い出した。
瞬間、カズヤは詠唱を中断し、剣を背後に回した。首を回すと、剣を振った体勢で静止した騎士がいた。
団長にだけ意識を集中させ、背後からの攻撃で仕留めるつもりだったのか。その意図を察すると同時に、こいつらの戦術を理解した。
卓越した連携により、俺に攻撃する暇を与えない気だな。
理解したと同時に、それは実行された。
突如、左右からの殺意。腰を落として左右から飛んでくる斬撃を回避するも、避けた先には既に別の兵が剣を振り下ろそうとしていた。
体を回転させ剣を弾き返すも、着地と同時に左右からまた剣が接近。今度は避けずに受け止めると、すかさず上空から斬撃が降り注いでくる。
無駄がなく隙のない怒涛の連続攻撃。避けにくい上に反撃にも出にくいともなれば、若輩のセレナではまだ対処できないのは仕方ない。
実際、カズヤも避けるのが精一杯ではある。避けた先でも間髪入れず斬撃が飛んでくる上に、それを避けてもまた攻撃が来る。永遠に避け続けなければならない負のスパイラルに囚われてしまっている。
このままでは確実に消耗してしまい、負けてしまう。かといって無理に反撃に出れば致命傷を受けてしまう。
必死に剣を避けながら、カズヤはそんな思考を余裕を持って考えていた。
本来ならば、攻撃を避けながらの考えことは油断でもあるため、絶対に避けねばならない。だが焦りすらしていないカズヤは、冷静に奴等の連続攻撃を分析していた。
──めんどくさいなぁ。奴等が先に体力切れになればいいんだけど、他の奴らと入れ替わるだけだし。敢えて攻撃を受けて反撃するのもアリだけど、剣に薬物が塗られてるかもしれないからなぁ。
どうしようか悩みながら剣を避けると、先回りしていた兵が、大鉈を振りかぶっていた。
もはや体勢を立て直すのも不可能。敵の攻撃を受け流すのも無理。
だからカズヤは、なんの躊躇いもなくそれを実行した。
大鉈を振り下ろされる前の腕を見つめ、振り向き様に右腕を閃かせた。剣を振り切った姿勢で着地すると、
「──っああああああ!?」
甲高い悲鳴を上げて、騎士は右腕を抱えながら地面に転がった。
右手を戻したカズヤの口許から、小さな吐息が漏れた。
「な…………」
仰天したセレナの眼前で、不可解な現象が起きた。敵の騎士の腕が、音もなく二つに裂けた。裂け目は前腕から肘、二の腕へと続き、肩へと抜けた。
骨や筋肉から細い血管に至るまで、潰れた部分はまったくない完璧な切断面を露わにして、敵の右腕の外半分がどさっと地面に落ちた。霧のように細かい鮮血が大量に迸ったのは、その後だった。
絶命した屍から視線を外し、前方の四人に顔を向ける。戸惑っているのか、誰一人として近づこうとせずに、動揺している。
だがやはり、団長だけは他の騎士よりも優秀なんだろう。
「坊や……何故、あの攻撃の中反撃できたの」
意外だった。味方が斬られたことを怒るか、何をしたのかを聞いてくると思っていたが、何故反撃できたのかを尋ねられるとは思いもしなかった。
「私達が編み出した連携を掻い潜って反撃に出るなんて、並大抵の実力者じゃ無理よ」
先程までと違い、かなり張り詰めた雰囲気で言ってくる辺り、相手も焦っているんだろう。
「タネが分かれば大したことはないさ」
剣についた血を拭き取りながら、何事もなく答える。
「避けてる間、ずっと考えてたんだ。あんたらはお互いの動きを何で認識してるのかをね。急に人が入れ替わっても一切乱れることなく続いていたから、ふと疑問に思ってな。口で合図を出してるわけでもないし、何を見て合わせているのか興味があったんだ」
まるで子供に教えるような口調になりながら、戦闘中に気付いたことを全員に聞こえるように伝えた。
「それで気付いたんだよね。あんたらは、お互いの目を見ながら合図してることにな。攻撃する一瞬前に横を見てる奴がいて、不自然に思ったんだ。そっから注意深く観察すると、攻撃する前に次の奴を見て合図を出してたのが分かったんだよ」
図星なのか、騎士の方から僅かなざわめきがこだまする。
「どこから来るか分かれば、避けるのも簡単だったよ。正確な分、余計にな」
「……納得いかないわね」
「えっ?」
「納得いかないって言ったのよ。天界の騎士は連続攻撃に対処できないはずなのに、なんで坊やはすぐに対応出来たの? さっきのお嬢ちゃんだって、手も足も出せずに敗れたっていうのに」
確かに、天界の騎士は連続攻撃や奇想天外な行動と直面すると途端に弱体化するのは認める。特に、若輩のキクノとセレナの場合は、まだ経験がたりてないから余計に。
しかし、それとは関係ない答えを、俺は持っている。
「お前らの連携は見事だったよ。でもこっちはな、全方位から飛んでくる斬撃をひたすら避け続けてたんだぜ? 今更、一方向からしかこない攻撃に当たるわけないだろ」
五時間ほど前、騎士長ヒサカゲとの特訓では、全方位から意思を持つ斬撃波が休む暇なく襲いかかってきた。しかも全部が軽く腕を吹き飛ばすほどの強度を持っている為、一つでも当たれば命の保証が出来ない極限の特訓だった。
目だけで捉えるのではなく、全てを使って避けなければ、今頃俺はここにはいない。反射神経すら研ぎ澄まさなきゃ避けきれないため、常に全方位からの攻撃にいつでも対応できるようにしていた。
あの地獄の特訓に比べれば、一方向の、どこから来るのかさえ分かる攻撃を避けるなど造作もない。
「ようは、あんたらじゃ俺には勝てないってこと。さっさと武器を捨てて投降すれば、苦しまずに殺してやるぞ」
「……っ! 調子に乗るのはよくないわよ、坊や。お前たち! やってやりな!」
団長の命令に従うように、捕虜を取り囲んでいた女騎士が群がってきた。全方位を囲まれると、一斉に連携攻撃を繰り出してきた。
信じられない。
眼前に広がる情景への感想が、その一言以外思いつかなかった。
一騎当千と謳われた天界の騎士が、やっとこさ葬ったのはたったの五人。対する向こうの戦力は、まだ三十近くも残っていたというのに。
援軍としてやってきた黒騎士一人の手で、三十もの敵戦力を葬ってしまった。
敵の主将も驚いているのか、ばたばたと倒れていく光景を唖然と眺めている。
「──きゃぁぁぁぁッ!!」
最後の騎士が、甲高い悲鳴を上げると同時に、左腕がズルリと切り落とされる。肉体も同様に倒れ伏すと、三十もの屍が出来上がっていた。
その向こう──血で真っ赤に染まった黒鎧を纏った者は、顔についた血を不快そうに拭き取っていた。
「あ、ありえない……騎士のくせに、これだけの強さを持ってるなんて」
「お前の言う強さの基準が分からんが、少なくとも、曲芸なんかじゃ倒せないとだけは言っておこうかな」
血塗れの剣を下ろし、フロリダに歩み寄って行く。いつしか周りの衛士も恐れており、恐怖で震えている。
いや、実際私も少しだけ震えていた。奴の鬼神の如き強さにではなく、躊躇いなく斬る彼に。
女騎士を斬り殺しているというのに、表情を一切変えずに黙々と──まるで作業かのように剣を振り続けていた。恐怖で逃げようとする者を背中から刺突し、反撃に出た者は腕を付け根から切り落としていた。
しかも、彼が斬る場所は限って鎧で保護されていない素肌だ。漆黒の長剣は吸い込まれるように食い込んでいき、一切の抵抗なく姿を現していた。せめてもの情けなのか、全員一撃で絶命させてはいたが、迷いなく殺し続ける姿は、人界の民とは思えるものではなかった。
フロリダも同じことを考えていたのか、先程までの威勢は完全に消えており、彼が近づく度に少しずつ後退している。
対して──彼の双眸は、逃げようとするフロリダをしっかりと捉えている。
「や、やめて! あんた、女相手に手加減とか出来ないわけ!?」
この期に及んで、フロリダは情けない命乞いを必死に唱えている。だが彼から放たれた返事は、無情の一言だった。
「俺が女相手に躊躇うと思ったか? だとしたら滑稽だな。人界の民を、衛士を殺したお前らは、全員等しく皆殺しにするだけだ。お前も、例外じゃない」
殺意に満ちた双眸に睨まれた瞬間、フロリダは恐怖で腰が抜けたのか尻餅をついてしまった。着々と近づきつつある死に怯えてしまい、両眼からとめどもない涙を流している。
「やめて坊や! ……そうだ! 見逃してくれたら、坊やの言うことなんでも聞いてあげるから! だから……」
胸部を保護する鎧を外しながら必死に命乞いすると、彼は剣を下ろしたまま口を開いた。
「なんでも言うことを聞く? それは本当か?」
要求を呑んでくれる、そう確信したのか、フロリダの顔に安堵の色が出てくる。
しかし、次に放たれた冷徹なる一言で一気に絶望へと染まった。
「なら、死ね」
垂直に振り上げられた剣が、轟然とフロリダに接近する。彼女の悲鳴にすら耳を傾けずに、悠然とした表情で、命を断ち切ろうとしている。
「やめて、カズヤくん!」
不意にセレナは、頭に浮かんだ台詞を叫んだ。
カズヤの剣はフロリダに直撃する寸前に止まり、両眼を見開きながら、信じられないものを見るかのように、こちらを見ていた。
自分でも、何故止めたのか分からない。奴は敵の主将であり、衛士を殺めた憎むべき敵だ。殺されても構わない存在なんだ。
頭で分かっていても、体は言うことを聞かなかった。
「もういい……もうやめて。……これ以上、命を奪わないで」
私ではない誰かが喋るように、口が勝手に動く。
「こいつは魔界の民、憎むべき敵だ。こいつらを殺さない限り、人界に真の平和は訪れない」
「それは違うよ!」
「違わない! こいつらが生きてる限り、人界に未来はないんだ! だから殺すしかないんだ!」
「そんなの間違ってるよ! 力だけじゃ、本当の平和は訪れない! 本当の平和は、お互いを理解して初めて為せるんだよ!」
「……ッ!?」
私ではない誰かの言葉が、カズヤに効いたのか、彼の眼からは殺意が少しずつ消失していき、振り下ろされそうだった剣をゆっくりと下げていく。既に気絶しているフロリダに視線を戻すと、カズヤは何も言わずその身を抱き抱え、こちらに歩み寄ってきた。
「……こいつは貴重な情報源だ。身動きと、自害できないよう拘束する」
煮え切らぬ表情でそう言うと、カズヤは我々の仮拠点がある方角へ歩いて行った。
その背中姿を眺めながら、自分に起きた理解不能な現象について頭を悩ませた。
カズヤが敵を切ろうとした時、何故私は止めたんだ? しかも、私の意思ではなく、違う者の意思が干渉したかのように、口が勝手に動いていた。
「カズヤくん……」
今度は、誰のものでもなく、自分の意思でその名を呟く。
初めて呼ぶはずなのに、口から自然と出てくる音。違和感なく、むしろ何度も口にした音、そんな感じがする。
私は、彼を知っている?
天界から召喚された私が、人界の民であり、罪人である彼を知っているなんて、ありえない。
ならば、何故。何故私は、彼の行為を中断させたのだ。
貴重な情報源を失わないため。怯える彼女に同情したから。
どれも違うと言い切れる。
あの時私は、彼──カズヤにこれ以上、命を奪って欲しくないから叫んだんだ。カズヤが今よりも己の手を汚してしまえば、どこか遠くに行ってしまうと直感したから止めた。
もう分からない。私は、一体どうしたと言うのだ。
罪人である彼がどうなろうと、騎士であるわたしには関係ない。関係ないのに──
何故彼を見ると、胸が熱くなるんだ……。
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バットエンドを抜かすと、ハッピーエンドが五種類あり、ハッピーエンドの四種類、ヒロインの中の誰か1人と結ばれる。
残りのハッピーエンドはハーレムエンドである。
大好きなゲームの十回目のエンディングを迎えた主人公はお腹が空いたので、ご飯を食べようと思い、台所に行こうとして、足を滑らせ、頭を強く打ってしまった。
そして、主人公は不幸にも死んでしまった。
次に、主人公が目覚めると大好きなゲームの中に転生していた。
だが、主人公はゲームの中で名前しか出てこない悪役顔のモブに転生してしまった。
主人公は大好きなゲームの中に転生したことを心の底から喜んだ。
そして、折角転生したから、この世界を好きに生きようと考えた。
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