異世界転生 剣と魔術の世界

小沢アキラ

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第三部・第四章 人の意思

第十七話

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「ア……ア、ア……」
 ジンの口から漏れたのは、人の言葉ではなかった。
「ア……アアアアァァァァァァ────!!」
 ありったけの力で握り締めた両の拳から、ぽたぽたと鮮血が垂れた。しかしその痛みを自覚することもなく、若い騎士は獣の如き咆哮を放ち続けた。
 死んでいく。死んでいく。
 命令を与えられず、戦うことすらもできない同胞たちが、滅茶苦茶に振り下ろされる刃の下に次々とたおれていく。
 なのに、残る五本の大縄を渡る兵士たちは、動きを止めることはない。対岸に渡り、しかしその直後、赤い軍勢に取り囲まれ、無残に切り刻まれる。
 なぜ皇帝は、暗黒騎士とデーモンに横断作戦の中止を、そして赤い兵士たちに魔界軍への攻撃禁止を命じてくれないのか。
 これでは、囮ですらない。
 召喚された軍勢に捧げられる生贄ではないか。
「い……行かなければ……」
 仲間たちの元へ。助けに、行かねば。
 怒りと絶望に苛まれながらも、ジンは自分の飛竜に向かおうと足を一歩動かした。君主の命令に逆らえば終身刑となるのは承知の上。それでも、皇帝の虐殺めいた命令に上告せねば。作戦を停止してくれるよう要請しなくては。
 その瞬間。
 上空を、さっと巨大な影が横切った。ジンは、反射的に空を振り仰いだ。
 ──飛竜。
 そして竜の背中に乗るのは、豪奢な毛皮のマントをまとい、長い赤髪をなびかせる、皇帝その人。
 一年前から姿を晦ましていた主君が、この時になってようやく姿を現し始めたのか。
「あ……ああ……!!」
 ジンが無意識のうちに発した叫び声が聞こえたか、飛竜の鞍上あんじょうから、皇帝がちらりと地面を見下ろした。
 その瞳に、一切の感情はなかった。無為に死んでいく魔界軍の兵たちに、ひとかけらの憐憫も、それどころか興味すらも抱いていない、氷のような一瞥だった。
 皇帝は、ジンから視線を外すと、そのまま峡谷の向こう側へと竜を飛翔させた。
 あれが、神。あれこそが、支配者。
 しかし、支配者ならば、神だというのなら。何人たりとも及ばない力を持つ絶対の強者ならば。
 それに応じた責務だって、あるはずではないか。
 統べる軍を、治める民を導き、いっそうの繁栄をもたらす。それが支配者の務めであるはずだ。何千万人の命をただ使い捨てにして、そのことに一切の感情を動かさず、涙の一つも流さない者に、皇帝を……支配者を名乗る資格など……君主を名乗る資格などない!! 
「うっ……お……おおおああああああ!!」
 ジンは、高々と右拳を突き上げた。
 愛竜《亡星》が、主人の右拳を左脚で摑み──。
 皇帝から与えられた命令に、反逆した。

 その日、魔界内で初めての反逆行為が発生した。《力による支配》と《絶対君主》である邪教神へ反逆することは即ち──右眼を握りつぶしたカズヤほどの意思力がなければ実行できない。
 あの時カズヤは、ユリを《助ける意思》と創造された肉体に備わっていた制御装置リミッターの《禁書目録の絶対遵守》というブレーキが衝突しあい、一時的に身動きが取れなくなっていた。
 それは、法を破る行為を意図的に実行しようとしたため。つまり、自分の意思で禁忌を犯そうとしたからだ。
 相反する意思。発生する激痛。思考がまとまらない。そんな中でもカズヤは、少女を《助ける意思》を強く持ち、同時に自分を縛り付ける別の意思に抗った。
 結果、激痛を発する右眼を引き抜き、相反する意思を無理矢理除去した。それによって残された意思が体を動かした。
 
 ジンの肉体にも、同じような装置が施されている。
 植え付けられた闘争本能が、邪教神の命令に背くことを許さない。
 命令に背き、峡谷を渡らうとするジンの頭には、熱しられた棒を押し当てられたような灼熱感が戒めている。
 脳に、同じ言葉が連呼される。
 ──命令を破るな。
 それが発せられる度に、頭全体を灼熱の激痛が支配する。思考がまとまらず、まるで他人の意思が関与したように、体が引き戻ろうとする。
 それでも、ジンは戻らなかった。亡星を制御する手綱を強く握り、なおも峡谷を渡ろうとする。
 峡谷に近づく度に言葉の往復は早くなり、激痛も強まる。同時に、相反する意思も強まる。
 ──これは反逆じゃない!
 皇帝は、言った。
 。そのためなら、如何なる手段も許す、と。
 赤い軍勢が何者か知らんが、特異点が奴らに殺される恐れがある。ならば、のは命令違反じゃない。
 赤い軍勢の排除は反逆などではない。任務を成功させるために必要な、過程だ。
 
 ジンはゆっくりと振り向き、唖然とした顔で見上げる仲間に、大声で命じた。
「いいか……谷に橋がかかったら、全軍で突撃してこい! 何がなんでも、向こう岸の仲間を助けるんだ」
「は……!? 橋なぞ、ど、どうやって……」
「決まってるだろ! できる奴に頼むんだ!」
 言い放ち、ジンは峡谷に向き直った。
 そこには、信じられない戦闘が繰り広げられていた。



「クソッ!! ラギルスよ、これはどういうことだ!」
 短い罵り声を上げたボルザックが、鬼神の如し戦いぶりを見せるラギルスに問うた。
「分からん! 此奴ら、一体何者なのだ」
 十何体目の赤い兵士を切り倒したラギルスが、額の汗を振り払いながら吐き捨てる。
 混乱していた暗黒騎士とデーモン部隊を密集陣を組ませるまではよかった。しかし、いかんせん、数が多すぎる。
 将軍であるラギルスとボルザックが先陣に立ち、向かってくる兵士を迎え撃つも、押し寄せる兵士たちを押し戻すことはできない。
 空から降臨した赤い軍勢が何者なのか、考える暇なんてない。
 療養中の身である邪教神様が呼び出した増援かと最初は考えた。
 しかし違った。突如同胞を斬り始めたと思えば、人界軍には目もくれず我々に襲いかかってきた。
 邪教神様が呼んだ者ではない。ならば、これは一体誰の仕業なのだ……。
「うわっ……駄目だ……うわあああ──!!」
 突然背後から響いた絶叫に、ラギルスはハッと振り向いた。
 騎士たちの戦列の一部が破られ、赤い兵士たちがなだれ込むのが見えた。
 手当たり次第に騎士たちに襲いかかり、取り囲んでは切り刻む。血が、肉片が飛び散り、悲鳴が断末魔の絶叫に変わる。
「やめろ……やめろ……!!」
 ラギルスは叫んだ。
 いまは、少数の犠牲者を無視して、ここから退くべき時だ。理性でそう解っていたのに、体が勝手に動いた。
「やめろぉぉぉぉぉぉ!!」
 喉も裂けよとばかりに叫びながら、押し寄せる赤い奔流の先端へと単身斬り込む。
 《神速剣》の二つ名の由来となった高速の連続剣技によって頭部を切断する。剣を取り落とし、無言のまま倒れ込む。
 神器級の長剣を縦横に振るい、鎧の上から突き、切り裂き、時には敵の剣ごと断ち割る。
 冷静さを欠いていたラギルスは、いつしか地面に溜まっていた血溜まりに、ずるりと右足を滑らせた。
 体勢を立て直せず、倒れ込んだラギルスの眼前に、大柄な戦士が立ちはだかった。
 猛然と振り下ろされる戦斧の刃から逃れようと、ラギルスは右に転がった。
 だが完全には回避できず、左腕を分厚い刃が捉えた。
 がつっ。
 鈍い音とともに、左腕が肘の下から切断され、宙に舞った。
「っ…………ッ!!」
 凄まじい激痛だが、それで怯むほど脆弱ではなかった。
 滝のように鮮血を振り撒く左腕を抱え込み、自分を取り囲み、武器を振り上げる五人の影を睨みつける。
 突然──。
 五人の頭部が斬り飛ばされた。
 ラギルスに止めを刺そうとしていた歩兵たちの体が次々に切り裂かれ、視界外に消える。
「はっ……隙だらけな奴等だ」
 激痛に耐えながら、どうにか体を起こしたラギルスが見たのは、異国風の服装に軽装鎧だけをつけ、年季の入った大剣を片手で肩に担ぐ偉丈夫だった。
 ──天界の騎士!
 一瞬痛みを忘れ、ラギルスは息を吸い込んだ。先刻まで剣を交えていた人界を守護する騎士だ。
 しかし、なぜ創世神の使者であるはずの者が、我々を助けたのか。
 騎士は、再び押し寄せようとする赤い兵士たちをぎろりと睨むと、大剣を高々と掲げた。
 大剣に、陽炎のような歪みが包んだ。
「恨むなよッ!!」
 一言とともに、大剣を横に轟然と振り下ろされる。
 ぐわっ、と横に壁にも似た斬撃が半円形に発生し、前方の兵士たちはひとたまりもなく吹き飛ばされた。
 ──此奴、ヒサカゲか!
 ラギルスは瞠目した。いま戦ったら、負ける……。
 しかしヒサカゲは無言で腕を伸ばし、ラギルスの鎧を摑んだ。強引に立たせると、真剣な面立ちで告げた。
「……協力してやる」
 苦悩の滲む声で発せられた言葉の意味を、ラギルスは咄嗟に理解できなかった。
「きょ……うりょく?」
「そうだ。俺たち一千の守備軍は、この赤い軍勢を一人残らずぶっ倒すまでお前らと共闘してやる」
 共闘──人界軍が!?
 そんなことが起こり得るのだろうか。いや、ヒサカゲほどの男ならばあり得なくもない。
 だが、何故人界軍全てが我々に協力するのか。人界の民には、我々魔界とは違う秩序で成り立っている。
 まさか、己の意思で選択する彼らが、我らと共闘することを選んだのか。そんなこと、ありえない。
 だが、人界の衛士たちが暗黒騎士やデーモンを守るように戦っている光景が見える。負傷者に肩を貸して後退し、治癒術を施している。
 信じていいのか──どう判断すればよいのか。
 逡巡するラギルスの耳に、この極限状態でも静かに落ち着き払った声が届いた。
「なら、取引だ」
 驚くほど速く、煌めく漆黒の剣で、赤い兵士の首を無造作に落としながらそう発言したのは、向こう岸で待機しているはずのジンだった。
 ラギルスに眼を向けた副騎士長が、にやりと不敵な──それでいてどこか安心しているような笑みをかすかに滲ませ、すぐに表情を引き締まて発する。
「古参の騎士ヒサカゲ。あの地割れを作ったのはお前か?」
「いんや、オレじゃないぜ。あれを作ったのは創世神殿さ」
「……誰でもいい。いいか、後ろの地割れに狭くていいからしっかりした橋を架けろ。そうすれば、後ろで待機する四千の騎士が、この赤い兵士どもを蹴散らすまで共闘してやる」
 副騎士長の勝手すぎる提案を、ラギルスはすぐに拒否しようとした。
 しかし、ジンの深い苦悩の滲む表情を見て、ラギルスは決断を下した。
 ──信じるか。
 あのジンが、人界軍に協力を求めることを選んだ。ならば、である俺も信じなくては。
 ヒサカゲは二人を交互に見遣ってから力強く頷き、近くの衛士に囁きかけた。

「……解りました。峡谷に橋を架けます」
 伝令兵に呼ばれたヒヅキは、魔界の民の取引に迷いなく頷いた。
 邪教神の命令に逆らえない彼らが協力し、こちらにお願いするなんて信じられなかった。
 カズヤが彼らを助ける選択をしたことで、魔界の民にも些細な変化が生まれてきたのか。
 ──いや、そんなことはいい。
 私の力が、単なる破壊ではなく何かを生み出すために使うのも悪くない。
 六本の星屑を空に向けて高々とかざす。
 荘重な天使の和声が響き渡り、多彩のオーロラが荒野に降り注いだ。
 それは一直線に北へと突き進み、峡谷の対岸にまで達した。地響きが驚き、大地が震えた。
 突如、崖の両側から岩の柱が突き出した。それらは水平に伸び、峡谷の中央で結合すると、太く、しっかりとした橋へと変化した。
「うおおおおおおっ!!」
 地形変化に伴う地響きを、数倍の音量で掻き消したのは、四千人もの暗黒騎士たちが放つ雄叫びだった。
 屈強な戦士たちが我先に橋へと疾駆し始める。
 神の力を行使する代償として襲ってきた、急激な疲労が一瞬気を失いそうになりながら、ヒヅキは剣を握り直した。
 人界守備軍の先頭に立ち、多くの命を救いために奮闘しているはずのカズヤの姿はもう見えない。いまは彼が無事でいることを……そして暗黒騎士たちが副団長の言葉どおり守備軍と共闘してくれることを信じて、闘い続けるしかない。
 
 一瞬の油断──気の緩みは危険なのだと、ヒヅキは身を持って体験した。
 地形変化の代償に意識を削がれてしまったヒヅキは、自分に起きた異常に気付くことが出来なかった。
 不意に、周りが暗くなった。
 朝日がかげったのか、と一瞬思った。
 直後、背後から凄まじい衝撃がヒヅキの背中を叩いた。急降下してきたマガツヒの足に後ろから摑まれたのだ、と気付いた時にはもう両の爪先が地面から離れていた。
 咄嗟に星屑を掲げ、マガツヒを斬ろうとした。
 しかし剣に意識を向けるより早く、視界がすうっと暗くなり、凍えるような冷気が全身を包んだ。マガツヒの騎手が闇魔術を──いや、違う。ヒヅキの意識そのものが、底無しの穴のような暗闇の中に吸い込まれていく。
 これは負の因子マイナスいんしだ。全てを消滅させようとする、グーリが操る因子。騎士長ヒサカゲの磨き抜かれた鋼のような意思とも、特異点カズヤの全てを包み込む底無しの愛ともまったく違う、あらゆるものを呑み込み、無に還す、虚無の意思……。
 その思考を最後に、ヒヅキの意識を途絶えた。

 邪教神グーリにとっても、この局面は賭けに近い。
 しかし彼は確信していた。創世神も戦場に降り立ち、人界軍と共にいることを。魔界軍を死邪に包囲攻撃させれば、は見過ごせないことを。
 そして、ヒヅキは地形変化を使うことを。
 デーモンが作ったマガツヒの背にまたがり、戦場の遥か高空でホバリングしながら、邪教神はひたすら待ち続けた。
 しかしついに、虫の群れのような包囲から多彩な光が一箇所から放たれた。
「見つけたぞ……」
 邪教神は、彼にしては珍しく、心の底からの笑みを浮かべて囁いた。
 手綱を鳴らし、マガツヒに降下を命じる。
 マガツヒは翼を畳んで矢のように急降下すると、右の鉤爪で地面に立つ創世神の背中を鷲摑みにした。
 広げた翼を大きく鳴らし、マガツヒは再び高空へと駆け上る。
 邪教神は、自分が生み出した凄惨極せいさんきわまる戦場に、一瞬たりとも意識を向けることはなかった。彼にはもう、魔界軍が、人界守備軍がどうなろうとどうでもよかったのだ。
 特異点奪取最大の障害を排除したのち、全てが終わった戦場で特異点を捕獲すればいい。
 ちらりと視線を下向け、先頭で縦横無尽に剣を振り続ける特異点を見る。
 早く触りたい。その体を、意思を、心ゆくまで堪能したい。
 鍛え抜かれた肉体。哀しみを乗り越えた意思を、世界を無に還す前に愉しむのもまた一興。
 邪教神は、背筋を甘美な衝動が這い登るのを感じ、唇を吊り上げた。

 よもや──。
 たった一人の女性を奪うという目的のために、一万の魔界軍と、新たに召喚した三万の死邪を、丸ごと使い捨てにするとは。
 天界の騎士の長にして最長命の人界の民であるヒサカゲは、邪教神の虚ろな意思を知覚したその瞬間から、敵の作戦に最大限の警戒を払ってきたつもりだった。しかしその実、邪教神の狙いがまるで見えていなかったことを、まんまと創世神を拉致されてようやく思い知らされる結果となった。
 数十メル離れた場所で、黒い人造生物のかぎ爪がヒヅキを捕らえた瞬間、ヒサカゲはいったい何十年ぶりなのか自分でも分からない行動に出ていた。
 腹の底から、本気の怒声を放ったのだ。
「貴様ッ、創世神に何しやがるッ!!」
 びりっと空気が震え、周囲に白い電光すら弾けた。
 しかし創世神を捕獲した邪教神は、振り向こうともせず、一直線に南の空へと上昇していく。
 愛刀《斬穿剣》を強く握り、ヒサカゲは飛竜を追って走ろうとしたが、深紅の歩兵たちがわらわらと押し寄せてくる。
「そこを……」
 どけっ、とヒサカゲが叫ぶより早く、頭上を眩い白銀の光が駆け抜けた。
 きりきりきり、と高く澄んだ音を響かせながら飛翔する一本の鞭。天界の騎士キクノの神器《飛翔鞭》だ。
 背後で、女性騎士の鋭い声が聞こえた。
「リベラシオン!!」
 一瞬の閃光を放ち、鞭の先端が変形する。大蛇へと変化した鞭は、自らの身をくねらせ自由自在な軌道を描いて飛翔し、行く手の敵兵たちをなぎ倒す。
「騎士長、行ってください!!」
 キクノの叫びに、ヒサカゲは背中を向けたまま応じた。
「すまん! 後は頼む!」
 すっと腰を落とし、右足で思い切り地面を蹴る。
 瞬間、東方風の着物をまとった騎士長の姿は、青い突風へと変化した。敵の大軍に再び開いた間隙かんげきを一気に突破したヒサカゲの疾駆は、人族の出せる走行速度を遥か上回っていた。
 創世神を攫ったマガツヒは、すでに高空に滲む小さな黒点でしかなくなっている。
 疾走しながら、ヒサカゲは左手を口許にあてがい、高い音を鳴らした。
 数秒後、前方の丘から、銀色の飛竜が飛び立った。ヒサカゲの騎竜、神立。
 口笛に応えた竜は、しかし一頭だけではなかった。弟子が駆る守護竜、戴天が後ろに続いている。
「お前ら……」
 ヒサカゲは、戴天に出そうとした待機命令を、ぐっと呑み込んだ。
 低空を滑るように接近してきた神立が、くるりと向きを変え、ヒサカゲに向けて脚を突き出す。
 その鉤爪に左手をかけ、騎士長は一気に竜の背中へと自分を放り上げた。鞍にまたがるや、右手の剣を鋭く振り下ろす。
「行けッ!!」
 叫ぶと、神立と戴天は同時に翼を打ち鳴らし、紫に染まる暁の空へと駆け上った。
 並行した隊列を組んで飛翔する二頭の、遙か前方を行く黒い人造生物の脚のあたりで、黄金の光が一瞬ちかっと瞬いた。

 邪教神が復活していたことも驚きだが、ヒヅキが狙われたことの方が彼にとっては意外だった。
 真っ先に俺ではなくヒヅキは狙った訳……それはきっと、大きな障害と判断したから。
 すぐに救援に行くべく、後方で待機する戴天を呼ぼうとした、が。
 駆け出していたヒサカゲが視界に入り、口笛を吹くのをやめた。
 ──頼みます、師匠。
 一瞬の思考を巡らせ、創世神の元へ向かおうとする師に念を送る。
 今の俺がやるべきことは、一人でも多く死邪から守ること。作戦を提案した俺にはその責任がある。
 師匠でも邪教神が相手では安心できない。だから俺は、今できる最大のサポートをした。
 戴天を呼び出し、師匠と行動を共にさせること。それが自分にできるせめても手助けだ。
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