【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人

文字の大きさ
1 / 14

01.婚約破棄と冤罪(1)

しおりを挟む


「モンテローサ伯爵家令嬢セリア!」

 壇上から聞き慣れた声に呼ばれ、セリア・デ・ヒメネス=アストゥーリアは声の方に顔を向けた。そこに見知った顔があるのを確認して、誰にも気付かれないほど小さくため息をこぼす。
 そこにいたのはイグナシオ・デ・グスマン=アブスブルコ。タルシュ侯爵家の一人息子で次期タルシュ侯爵。今はまだ家督を継ぐ前なのでサンルーカル子爵と名乗っている、セリアの婚約者だ。

 ここ、イヴェリアス王国では伯爵家以上の貴族の後継者およびその候補は、成人後に継爵するまでの期間は家門の保持する子爵位を名乗るのが慣例だ。
 継爵できずに一生子爵を名乗ったままで終わることもあるが、目の前の彼、イグナシオに関してはその心配は薄い。『サンルーカル子爵』はタルシュ侯爵家の後継者と認められなければ名乗れない爵位であるし、セリアが今日、王立貴族学院を卒業すれば正式に婚姻の手続きに入る。そして婚姻が成立し次第継爵の準備も始まることになっている。

 そう。今日は王立貴族学院の卒業式典があったばかりで、3年生のセリアはつい先ほど式典で卒業の証印を受け取ってきたところだ。そしてこれからの時間は学院主催の卒業記念パーティーが開かれるため、卒業生をはじめその父兄や教師陣、在校生などが学院の大広間に集まっていた。
 そこに現れたのがイグナシオだ。彼は去年の卒業生で、タルシュ侯爵家一門には今年卒業する子弟はおろか在校生もいないから彼は招待客ではあり得ない。もちろん彼は今回卒業するセリアの婚約者だから、彼女をエスコートする名目では参加資格があったが、今日彼は彼女のエスコートには立たなかった。
 ではなぜ、彼はここにいてセリアを呼びつけるのか。

「セリア、いないのか?呼ばれたらすぐに返事をいたせ!」
「はい、こちらにおりますわイグナシオ様」

 目の前のセリアをしっかりと見据えておきながら「いないのか」などと言う婚約者を無視することもできず、彼女は返事をして彼の立つ壇上に上がる。大広間は舞踏パーティーや披露宴でも用いられるため、その中央にファースト・ダンス用に円形の壇が設けられている。さほど広くはなく高さもないが、この壇から足を踏み外さないように上手く踊るのも貴族の嗜みである。

 自然、壇上のイグナシオとセリアに視線が集まる。今はまだ正式にパーティーの開始を告げられる前で、入場した人々は思い思いに談笑していた。そんな中で大声で名を呼ばれたものだから、どうしてもセリアは耳目を集めることとなった。

「本日はどうなさいましたの?イグナシオ様はわたくしの卒業パーティーにはお出にならないものとばかり思っておりましたのに」

 努めて冷静に、セリアは婚約者に声をかける。
 もっとも、何故彼が現れたのかは想像がついている。そして彼がこれから何を言い出すのかも。
 ああ、なんて莫迦ばかな人。こんな衆目の面前で言うことでもないでしょうに。

「えっ?イグナシオ先輩?」
「本当だ、サンルーカル子爵がいらっしゃるぞ」
「でもセリア様って今日おひとりでいらしたわよね?」
「というか、何故子爵の横にベリンダ嬢が立っているんだ?」

 周囲から密やかに聞こえてくる、訝しむ声。
 そう、イグナシオは目の前に婚約者を呼びつけておきながら、傍らに別の女性、2年生でメルカド男爵家令嬢のベリンダ・デ・エレロ=サステレを従えていたのだ。
 その三者の立ち位置と、それぞれの表情を伺えば、これから壇上で何が始まるのかなど言うまでもなく明らかだ。ここ最近、この西方世界の大半の国でも数多と事例の上がっている、だ。

「セリア!そなたはもはや我が妻として、タルシュ侯爵家の侯爵夫人として相応しくない!よって今日この場をもってそなたとの婚約を破棄するっ!」

 一息に言いきって、言ってやったぞと満足げなイグナシオと、彼に肩を抱き寄せられつつ不安げに目線を泳がすベリンダ。
 対するセリアの表情は硬く、ベリンダを睨みつけているようにも見える。

「お待ち下さい、一体何をお考えになってそのような⸺」
「知れたこと!そなたがこのベリンダを長年虐げ、悪辣な企みを繰り返していたこと、私が知らぬとでも思っているのか!」

(悪辣な企み?)
(セリア様が?ベリンダ嬢に?)
(まあ確かに、イグナシオ先輩とベリンダ嬢は親密だったからなあ…)

「そんな、わたくしは何も⸺」
「言い逃れなどあさましいぞ!証拠は上がっているんだ、大人しく罪を認め詫びることさえできないのか!」

 罪を認めろと言われても、セリアにはどうすることもできない。だって悪いのはベリンダだ。セリアはイグナシオの婚約者として、身分や立場を弁えないベリンダにに過ぎないのだ。

「確かに彼女には再三注意を与えましたが⸺」

 それでも従わなかったのは彼女の方だ。だから悪いのは彼女であってセリアではない。
 まあ確かにセリアの、モンテローサ伯爵家の権勢に阿る取り巻きの令嬢たちが率先してベリンダに色々当たっていたのは知っている。だがそれもであり、彼女がきちんと身を律していさえすれば何事も起こらなかったはずなのだ。
 なのに何故、自分が糾弾されなければならないのか。それも、味方のはずの婚約者に。

「注意だと?背後から階段下に突き飛ばすような暴力行為のどこが“注意”だというんだ!」
「そ、それはわたくしの取り巻きのご令嬢が勝手にしでかしたことで、その件ではベリンダ嬢にきちんと謝罪を申し上げております!」

 少々痛い目を見せて差し上げましたわ、とドヤ顔で報告されて血の気が引いて、さすがに怪我をさせるのはやり過ぎだと強く叱責したのは事実だ。その足で医務室で治療を受けているベリンダの元へ向かい、貴顕の伯爵家令嬢の立場など脇において頭を下げ恐縮させたことも憶えている。
 それだけでなく見舞金をメルカド男爵家に届け、実際に突き飛ばした令嬢の伯爵家にも男爵家に詫びに出向かせている。

「ベリンダ、彼女はああ言っているが?」
「はい、そのことでセリア様は私ごときに頭をお下げになられて、却って申し訳なく思ったものですけど…」
「えっ、じゃあ許したのか?」

 ちょっと予想外のベリンダの返答に、少しだけイグナシオが動揺した。おそらく彼はこの傷害事件をやり玉に上げて婚約破棄の理由としたかったのだろう。


しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

最後に言い残した事は

白羽鳥(扇つくも)
ファンタジー
 どうして、こんな事になったんだろう……  断頭台の上で、元王妃リテラシーは呆然と己を罵倒する民衆を見下ろしていた。世界中から尊敬を集めていた宰相である父の暗殺。全てが狂い出したのはそこから……いや、もっと前だったかもしれない。  本日、リテラシーは公開処刑される。家族ぐるみで悪魔崇拝を行っていたという謂れなき罪のために王妃の位を剥奪され、邪悪な魔女として。 「最後に、言い残した事はあるか?」  かつての夫だった若き国王の言葉に、リテラシーは父から教えられていた『呪文』を発する。 ※ファンタジーです。ややグロ表現注意。 ※「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載。

魔法のせいだからって許せるわけがない

ユウユウ
ファンタジー
 私は魅了魔法にかけられ、婚約者を裏切って、婚約破棄を宣言してしまった。同じように魔法にかけられても婚約者を強く愛していた者は魔法に抵抗したらしい。  すべてが明るみになり、魅了がとけた私は婚約者に謝罪してやり直そうと懇願したが、彼女はけして私を許さなかった。

カウントダウンは止められない

ファンタジー
2年間の「白い結婚」の後、アリスから離婚を突きつけられたアルノー。 一週間後、屋敷を後にするが……。 ※小説になろう、カクヨム、pixivにも同じものを投稿しております。

逆転した王女姉妹の復讐

碧井 汐桜香
ファンタジー
悪い噂の流れる第四王女と、 明るく美しく、使用人にまで優しい第五王女。

とある令嬢の断罪劇

古堂 素央
ファンタジー
本当に裁かれるべきだったのは誰? 時を超え、役どころを変え、それぞれの因果は巡りゆく。 とある令嬢の断罪にまつわる、嘘と真実の物語。

妹は悪役令嬢ですか?

こうやさい
ファンタジー
 卒業パーティーのさなか、殿下は婚約者に婚約破棄を突きつけた。  その傍らには震えている婚約者の妹の姿があり――。  話の内容より適当な名前考えるのが異様に楽しかった。そういうテンションの時もある。そして名前でネタバレしてしまうこともある(爆)。  本編以外はセルフパロディです。本編のイメージ及び設定を著しく損なう可能性があります。ご了承ください。  冷静考えると恋愛要素がないことに気づいたのでカテゴリを変更します。申し訳ありません。  ただいま諸事情で出すべきか否か微妙なので棚上げしてたのとか自サイトの方に上げるべきかどうか悩んでたのとか大昔のとかを放出中です。見直しもあまり出来ないのでいつも以上に誤字脱字等も多いです。ご了承下さい。  後で消すかもしれない私信。朝の冷え込みがまた強くなった今日この頃、パソコンの冷却ファンが止まらなくなりました(爆)。ファンの方の故障だと思うのですが……考えたら修理から帰ってきたときには既におかしかったからなー、その間に暑くなったせいかとスルーするんじゃなかった。なので修理とか出さずに我慢して使い続けると思うのですが、何かのときは察して下さい(おい)。ちょっとはスマホで何とかなるだろうけど、最近やっとペーストの失敗回数が減ってきたよ。

真実の愛ならこれくらいできますわよね?

かぜかおる
ファンタジー
フレデリクなら最後は正しい判断をすると信じていたの でもそれは裏切られてしまったわ・・・ 夜会でフレデリク第一王子は男爵令嬢サラとの真実の愛を見つけたとそう言ってわたくしとの婚約解消を宣言したの。 ねえ、真実の愛で結ばれたお二人、覚悟があるというのなら、これくらいできますわよね?

私ですか?

庭にハニワ
ファンタジー
うわ。 本当にやらかしたよ、あのボンクラ公子。 長年積み上げた婚約者の絆、なんてモノはひとっかけらもなかったようだ。 良く知らんけど。 この婚約、破棄するってコトは……貴族階級は騒ぎになるな。 それによって迷惑被るのは私なんだが。 あ、申し遅れました。 私、今婚約破棄された令嬢の影武者です。

処理中です...