10 / 128
第一章 三日月
訓練前、未知との遭遇
しおりを挟む
カレーとドリアとチャーハンとサラダとハンバーグを夕飯に、三つのおにぎりを日付変更直前の夜食に。昨晩コンビニで購入した商品全てを消費した翌朝、わたしは体調を崩すことなく目を覚ました。
ベッドから抜け出して伸びを一つ。今日は例の「訓練」当日だ、二度寝を決め込んで万一寝坊したら目も当てられない。
お腹が空いたな、と思いながらルームウェアを着替える。白いポロシャツと、伸びのよい黒色のクロップドパンツ。昨日よりも動きやすさを重視した服装である。
寮内の食堂で食事を済ませ、わたしは本部へと向かった。出勤だ。
「おはようございます、音島さん。昨日の疲れは残っていませんか?」
本部ビル、ロビーにて。大きなあくびをこぼすわたしに声をかけてきたのは結だった。今日もポニーテールを揺らす彼女からは眠気を微塵も感じない。
「おはよ……。結は元気そうだね」
「体調管理も仕事の内だと七彩ちゃんに教わったので。そうだ、訓練室まで一緒に行ってもいいですか?」
場所の案内も兼ねて。結のそんな提案に乗り、わたしは彼女とエレベーターに乗り込む。押されたボタンは十一階だ。
運のいいことに中には誰もいない。いい機会だと結に質問することにした。
「結って、七彩と仲いいの?」
「はい、小学生の頃からのお友達ですよ」
「そうなんだ。……勝手な印象だけど、七彩って雑談とか好きじゃなさそう」
「確かに話すのは苦手だって言ってましたね。でも人の話を聞くのは嫌いじゃないみたいですよ」
結は失礼な発言をしたわたしに怒ることなく、七彩のイメージを訂正する。勝手な偏見で話してしまった自分が恥ずかしい。
無性に気まずい思いを抱えていると、エレベーターが十一階に到着した。噂をすれば何とやら……とでも言うべきか、開いたドアの先には七彩が立っている。
「七彩ちゃんおはよう!」
「おはよう、結。音島さんもおはようございます」
「お、おはようございます……」
「……敬語?」
偏見を抱いたことへの申し訳なさから、七彩への返答がぎこちなくなってしまった。わたしの罪悪感を知る由もない彼女が不思議そうに首を傾げる。
「いや、そんな話をしてる場合じゃない。二人とも、早く訓練室に来て」
まだ訓練の開始時間ではないというのに急かしてくる七彩を訝しみながら後に続く。乳白色のプレートがついたドアを開けると、室内には無機質でゴツゴツとした黒い物体が鎮座していた。そして、物体の周辺には見覚えのないスーツ姿の男性が三人。
「誰、あの人たち」
「ここの偉い人。でも、どうして訓練室に……?」
七彩が疑問を口にしたと同時に、彼らがこちらへ視線を向けた。その視線は決して好意的なものではなく、こちらを小馬鹿にするような空気を纏っている。
三人のうちの一人、髪を後ろに撫でつけた男はこちらに接近すると「これはこれは」とわざとらしい声を上げた。
「杉崎のご令嬢と藤田のご令嬢ではありませんか。そのような得体の知れない者と行動を共にしてよいのですか?」
「……あんた誰。名乗りもしないくせによく言えるね」
明らかにわたしを侮蔑した言い草だ。人を舐めきった態度に怒りがふつふつと湧き上がる。
もう一言くらいは言ってやらないと気が済まない。一歩前に踏み出たわたしを遮ったのは、男のせせら笑う声だった。
「侵入者の分際で偉そうな口を利くものだな。大崎の庇護下にあるからと図に乗るなよ」
「大崎の……千秋たちの庇護?」
わたしの知っている「大崎」は千秋と千波だけだ。庇護という言葉の正確な意図はわからないが、わたしが彼らに助けてもらったことを指しているのだろうか。
考え込んでいると、男は他二人に命令して訓練室を出ていった。残されたわたしたちは顔を見合わせ、男たちの理解不能な行動に首を捻る。
「何でしょうね? ここに来なければならない用事があったんでしょうか……」
「わからない。けど、いい予感はしない」
「……ねぇ、あいつら何者なの」
戸惑いを露わにする結と七彩。わたしは男によって齎された不愉快さを持て余しながら二人に問いかける。
「四大幹部の一人とその側近。現場の様子に興味ないみたいで、ずっと役員室にいる」
「ふーん。ところで、その『四大幹部』って何?」
説明してくれた七彩に再び質問を重ねると、彼女は淡々とした口調で「四人の偉い人」とだけ答えた。
「それはそうだよ七彩ちゃん……」
「……さっき名前が出てた大崎さんも四大幹部の一人」
困り笑いを見せる結に気づいたのか、七彩はぼそぼそと情報を付け足す。わたしはさらっと追加された情報に目を見開いた。
「えっ、千秋ってそんなに偉い人なの?」
「名前で呼んでるのに知らなかったんだ。大崎さんは四大幹部の一人で、ここの次期代表とも言われてる人」
「本当の偉い人だ……」
七彩の「四大幹部兼次期代表候補・大崎千秋」話に戦慄していると、結がふふっと笑みを漏らす。
「二人とも、楽しいお話の途中ですがそろそろ他の三人も来ますよ」
「わかった。音島さん、さっきまでのことを玲に言わないでくれる?」
「いいけど……さっきまでって、幹部が来たことも含めて?」
確認すると、七彩だけではなく結も頷く。リーダーである玲に隠す理由はわからないものの、配属二日目のわたしに何かが言えるわけもない。わたしは了承を返した。
ベッドから抜け出して伸びを一つ。今日は例の「訓練」当日だ、二度寝を決め込んで万一寝坊したら目も当てられない。
お腹が空いたな、と思いながらルームウェアを着替える。白いポロシャツと、伸びのよい黒色のクロップドパンツ。昨日よりも動きやすさを重視した服装である。
寮内の食堂で食事を済ませ、わたしは本部へと向かった。出勤だ。
「おはようございます、音島さん。昨日の疲れは残っていませんか?」
本部ビル、ロビーにて。大きなあくびをこぼすわたしに声をかけてきたのは結だった。今日もポニーテールを揺らす彼女からは眠気を微塵も感じない。
「おはよ……。結は元気そうだね」
「体調管理も仕事の内だと七彩ちゃんに教わったので。そうだ、訓練室まで一緒に行ってもいいですか?」
場所の案内も兼ねて。結のそんな提案に乗り、わたしは彼女とエレベーターに乗り込む。押されたボタンは十一階だ。
運のいいことに中には誰もいない。いい機会だと結に質問することにした。
「結って、七彩と仲いいの?」
「はい、小学生の頃からのお友達ですよ」
「そうなんだ。……勝手な印象だけど、七彩って雑談とか好きじゃなさそう」
「確かに話すのは苦手だって言ってましたね。でも人の話を聞くのは嫌いじゃないみたいですよ」
結は失礼な発言をしたわたしに怒ることなく、七彩のイメージを訂正する。勝手な偏見で話してしまった自分が恥ずかしい。
無性に気まずい思いを抱えていると、エレベーターが十一階に到着した。噂をすれば何とやら……とでも言うべきか、開いたドアの先には七彩が立っている。
「七彩ちゃんおはよう!」
「おはよう、結。音島さんもおはようございます」
「お、おはようございます……」
「……敬語?」
偏見を抱いたことへの申し訳なさから、七彩への返答がぎこちなくなってしまった。わたしの罪悪感を知る由もない彼女が不思議そうに首を傾げる。
「いや、そんな話をしてる場合じゃない。二人とも、早く訓練室に来て」
まだ訓練の開始時間ではないというのに急かしてくる七彩を訝しみながら後に続く。乳白色のプレートがついたドアを開けると、室内には無機質でゴツゴツとした黒い物体が鎮座していた。そして、物体の周辺には見覚えのないスーツ姿の男性が三人。
「誰、あの人たち」
「ここの偉い人。でも、どうして訓練室に……?」
七彩が疑問を口にしたと同時に、彼らがこちらへ視線を向けた。その視線は決して好意的なものではなく、こちらを小馬鹿にするような空気を纏っている。
三人のうちの一人、髪を後ろに撫でつけた男はこちらに接近すると「これはこれは」とわざとらしい声を上げた。
「杉崎のご令嬢と藤田のご令嬢ではありませんか。そのような得体の知れない者と行動を共にしてよいのですか?」
「……あんた誰。名乗りもしないくせによく言えるね」
明らかにわたしを侮蔑した言い草だ。人を舐めきった態度に怒りがふつふつと湧き上がる。
もう一言くらいは言ってやらないと気が済まない。一歩前に踏み出たわたしを遮ったのは、男のせせら笑う声だった。
「侵入者の分際で偉そうな口を利くものだな。大崎の庇護下にあるからと図に乗るなよ」
「大崎の……千秋たちの庇護?」
わたしの知っている「大崎」は千秋と千波だけだ。庇護という言葉の正確な意図はわからないが、わたしが彼らに助けてもらったことを指しているのだろうか。
考え込んでいると、男は他二人に命令して訓練室を出ていった。残されたわたしたちは顔を見合わせ、男たちの理解不能な行動に首を捻る。
「何でしょうね? ここに来なければならない用事があったんでしょうか……」
「わからない。けど、いい予感はしない」
「……ねぇ、あいつら何者なの」
戸惑いを露わにする結と七彩。わたしは男によって齎された不愉快さを持て余しながら二人に問いかける。
「四大幹部の一人とその側近。現場の様子に興味ないみたいで、ずっと役員室にいる」
「ふーん。ところで、その『四大幹部』って何?」
説明してくれた七彩に再び質問を重ねると、彼女は淡々とした口調で「四人の偉い人」とだけ答えた。
「それはそうだよ七彩ちゃん……」
「……さっき名前が出てた大崎さんも四大幹部の一人」
困り笑いを見せる結に気づいたのか、七彩はぼそぼそと情報を付け足す。わたしはさらっと追加された情報に目を見開いた。
「えっ、千秋ってそんなに偉い人なの?」
「名前で呼んでるのに知らなかったんだ。大崎さんは四大幹部の一人で、ここの次期代表とも言われてる人」
「本当の偉い人だ……」
七彩の「四大幹部兼次期代表候補・大崎千秋」話に戦慄していると、結がふふっと笑みを漏らす。
「二人とも、楽しいお話の途中ですがそろそろ他の三人も来ますよ」
「わかった。音島さん、さっきまでのことを玲に言わないでくれる?」
「いいけど……さっきまでって、幹部が来たことも含めて?」
確認すると、七彩だけではなく結も頷く。リーダーである玲に隠す理由はわからないものの、配属二日目のわたしに何かが言えるわけもない。わたしは了承を返した。
2
あなたにおすすめの小説
あやかし家族 〜五人の兄と愛され末妹〜
南 鈴紀
キャラ文芸
妖狩りにより両親を奪われ、囚われの身となった半妖の少女・鈴音は浄化の狐火を利用するだけの道具のように扱われていた。呪いにより成長は止まり、容姿も思考も幼いまま、感情が消え失せてもなおただ生かされるままに生きていた。
しかし妖保護部隊本部第一部隊との出会いにより、鈴音の止まっていた時間が動き出す。
掴みどころはないが頼れる氏神・雅仁、兄には厳しいが弟妹には優しい狼の妖・千里、人間嫌いだが人当たりの良い振りが得意な人間・遥杜、可愛いもの好きで元気いっぱいの猫又・鴇羽、大人しいが思いやりに溢れる猫又・瑠璃。
五人の兄と過ごす時間の中で、無いものだらけだった鈴音にもやがて大切なものが増えていく。
妖×家族の心温まる和風ファンタジー。
何もしない公爵夫人ですが、なぜか屋敷がうまく回っています
鷹 綾
恋愛
辺境公爵カーネル・クリスの妻となったフィレ・バーナード。
けれど彼女は、屋敷を仕切ることも、改革を行うことも、声高に意見を述べることもしなかった。
指示を出さない。
判断を奪わない。
必要以上に関わらない。
「何もしない夫人」として、ただ静かにそこにいるだけ。
それなのに――
いつの間にか屋敷は落ち着き、
使用人たちは迷わなくなり、
人は出入りし、戻り、また進んでいくようになる。
誰かに依存しない。
誰かを支配しない。
それでも確かに“安心できる場所”は、彼女の周りに残っていた。
必要とされなくてもいい。
役に立たなくてもいい。
それでも、ここにいていい。
これは、
「何もしない」ことで壊れなかった関係と、
「奪わない」ことで続いていった日常を描く、
静かでやさしい結婚生活の物語。
転生皇女セラフィナ
秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。
目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。
赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。
皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。
前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。
しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。
一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。
「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」
そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。
言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。
それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。
転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。
※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛しの第一王子殿下
みつまめ つぼみ
恋愛
公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。
そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。
クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。
そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる