29 / 128
第二章 弓張月
不完全燃焼、再び説教
しおりを挟む
「はいはい、ストップストーップ! 喧嘩両成敗だよー!」
ふっと大蛇の姿がかき消える。同時にわたしの右手からもナックルが消え失せていた。目を見開くわたしの耳に、要が「来たな」と呟く声が届く。
「もう、何がどうなったら異能で喧嘩が始まるわけ? しかも要は止めようとしないし!」
「結果的に問題はなかった」
「結果論で話を進めるな!」
要と言い合いを始めたのは葵だった。やいやいと口論じみたやり取りを繰り広げる二人を止めたのは、玲ともう一人――見覚えのない男性。爽やかそうな印象を受けるその人は、麻本を見やると口を開いた。
「麻本。お前には班を率いている自覚はないのか」
見た目の印象とは正反対の、冷たく棘のある声。わたしには向けられていないはずなのに、不思議と背筋が凍るような心地がした。
男性の声を真正面から受け止めた麻本は顔面蒼白である。無理もない、彼は声だけでなく視線も鋭く冷え切っているから。
「く、黒部さん……」
「答えろ。それ以外の発言を許す気はない」
黒部と呼ばれた男性が問い詰める。麻本はガタガタ震えながら頭を下げた。
「もっ、申し訳ありません! 頭に血が上り、班の者たちに示しがつかない言動を……」
「示しがつかない、か。……まぁいい、ひとまず第一班で事情を聴取するからな」
連行しろ。黒部が言うと、玲たちのさらに後方から二人の男性が姿を見せる。彼らは麻本に声をかけ、どこかへと連れて行ってしまった。
麻本を含めた三人の姿が見えなくなると、黒部は「さて」とわたしたちに向き直る。視界の端で要が嫌そうな顔をした。
「どうして水沢君はトラブルを起こすのが好きなのかな? ちょっと俺に説明してくれない?」
先ほどまで見せていた氷のような表情はどこへやら、黒部がにっこり笑って追及する。要は肩をすくめながら「好んでトラブルを起こしているわけではありませんよ」と答えた。
「どうだか。とりあえず、この件は大崎ちゃんに報告しておくね」
「……」
はぁ。深い深いため息が落とされる。諦めたね、と葵が呟くのを聞き流しながら、わたしは「黒部」という名前へ既視感を抱いていた。
どこかで目にした気がするのだ。音声情報ではなく、文字情報として。黒部、くろべ……。
「……あ」
「音島さん?」
思い出した。それと同時にこぼれた声を、玲が訝しげに拾う。わたしはそれに構う余裕もなく、男性を指さした。
「あんた、第一班のリーダーだ。名前は黒部晶」
棗によって叩き込まれたデータの中に彼の名前があったのだ。ファイルの一番上に保存され、わたしが最初にインプットした情報。
名前を思い出したことで、紐付けられていた情報が脳内を駆け巡る。異能はランクⅢの物体操作、植物が対象……。
押し寄せる波のような情報――それを覚えさせられた記憶も――をかき消したのは、黒部の笑い声だった。
「驚いたな、まさか初対面なのに指さされた挙げ句『あんた』呼ばわりされるとは」
からっとした笑みに皮肉の気配はない。それなのに、どこか薄ら寒いものを感じるのはなぜだろうか。
警戒を強めるわたしの肩を誰かが叩いた。振り向いた先には、困ったように笑う玲の姿が。
「音島さん、さすがに初対面の人を呼び捨てしたら駄目だよ。……まぁ指さすのも『あんた』呼ばわりもどうかと思うけど」
「失礼の欲張りセット?」
「おい葵」
要が咎める。わたしは「聞こえてるよ」と葵を一睨みし、黒部に軽く頭を下げた。
「ごめん、悪意は全くない。考え事してて、思い出したまま衝動的に口が動いた」
「いいよいいよ、君が白浜さんを呼び捨てしたって話は聞いてるからさ」
「……音島さんって本当に怖いもの知らずだよね……」
呆れたような玲の声が届く。要と葵は口々に「失礼のオンパレード」だの「失礼カードデッキ」だのと堂々とした罵倒を披露してくれた。後者の二人には後で言いたいことがある。
「だから俺のことも呼び捨てで構わないよ。……えーっと、音島ちゃん?」
「そう。わたしは音島律月、りっちゃんって呼んでくれてもいいよ」
「それは遠慮しておこうかな」
黒部は苦笑すると、わたしたちにも事情聴取を行う旨を明かした。要が文句を言わずに頷いたので、わたしも同意する。
「麻本の言動が大元の原因だってことはわかってるけど、みだりに異能を発動させるのは規律違反だから。平たく言えばお説教さ」
「わかった」
騒ぎを起こしてしまったことへの叱責なら甘んじて受けよう。こくりと頷くわたしとは対象的に、要はどことなく不満そうだ。
「まさかとは思いますが、私も対象ですか?」
「当然。むしろなんで自分だけ怒られないと思ったのか知りたいくらいなんだけど」
「要、わたしを切り捨てて逃げようとしてるでしょ。わたしから千波に告げ口してもいいんだよ?」
軽く睨むと、要は小さく息をついた。抵抗を諦めたらしい。
黒部は玲と葵に何かを言付け、わたしたちを別室へと案内――という名の連行――した。
ふっと大蛇の姿がかき消える。同時にわたしの右手からもナックルが消え失せていた。目を見開くわたしの耳に、要が「来たな」と呟く声が届く。
「もう、何がどうなったら異能で喧嘩が始まるわけ? しかも要は止めようとしないし!」
「結果的に問題はなかった」
「結果論で話を進めるな!」
要と言い合いを始めたのは葵だった。やいやいと口論じみたやり取りを繰り広げる二人を止めたのは、玲ともう一人――見覚えのない男性。爽やかそうな印象を受けるその人は、麻本を見やると口を開いた。
「麻本。お前には班を率いている自覚はないのか」
見た目の印象とは正反対の、冷たく棘のある声。わたしには向けられていないはずなのに、不思議と背筋が凍るような心地がした。
男性の声を真正面から受け止めた麻本は顔面蒼白である。無理もない、彼は声だけでなく視線も鋭く冷え切っているから。
「く、黒部さん……」
「答えろ。それ以外の発言を許す気はない」
黒部と呼ばれた男性が問い詰める。麻本はガタガタ震えながら頭を下げた。
「もっ、申し訳ありません! 頭に血が上り、班の者たちに示しがつかない言動を……」
「示しがつかない、か。……まぁいい、ひとまず第一班で事情を聴取するからな」
連行しろ。黒部が言うと、玲たちのさらに後方から二人の男性が姿を見せる。彼らは麻本に声をかけ、どこかへと連れて行ってしまった。
麻本を含めた三人の姿が見えなくなると、黒部は「さて」とわたしたちに向き直る。視界の端で要が嫌そうな顔をした。
「どうして水沢君はトラブルを起こすのが好きなのかな? ちょっと俺に説明してくれない?」
先ほどまで見せていた氷のような表情はどこへやら、黒部がにっこり笑って追及する。要は肩をすくめながら「好んでトラブルを起こしているわけではありませんよ」と答えた。
「どうだか。とりあえず、この件は大崎ちゃんに報告しておくね」
「……」
はぁ。深い深いため息が落とされる。諦めたね、と葵が呟くのを聞き流しながら、わたしは「黒部」という名前へ既視感を抱いていた。
どこかで目にした気がするのだ。音声情報ではなく、文字情報として。黒部、くろべ……。
「……あ」
「音島さん?」
思い出した。それと同時にこぼれた声を、玲が訝しげに拾う。わたしはそれに構う余裕もなく、男性を指さした。
「あんた、第一班のリーダーだ。名前は黒部晶」
棗によって叩き込まれたデータの中に彼の名前があったのだ。ファイルの一番上に保存され、わたしが最初にインプットした情報。
名前を思い出したことで、紐付けられていた情報が脳内を駆け巡る。異能はランクⅢの物体操作、植物が対象……。
押し寄せる波のような情報――それを覚えさせられた記憶も――をかき消したのは、黒部の笑い声だった。
「驚いたな、まさか初対面なのに指さされた挙げ句『あんた』呼ばわりされるとは」
からっとした笑みに皮肉の気配はない。それなのに、どこか薄ら寒いものを感じるのはなぜだろうか。
警戒を強めるわたしの肩を誰かが叩いた。振り向いた先には、困ったように笑う玲の姿が。
「音島さん、さすがに初対面の人を呼び捨てしたら駄目だよ。……まぁ指さすのも『あんた』呼ばわりもどうかと思うけど」
「失礼の欲張りセット?」
「おい葵」
要が咎める。わたしは「聞こえてるよ」と葵を一睨みし、黒部に軽く頭を下げた。
「ごめん、悪意は全くない。考え事してて、思い出したまま衝動的に口が動いた」
「いいよいいよ、君が白浜さんを呼び捨てしたって話は聞いてるからさ」
「……音島さんって本当に怖いもの知らずだよね……」
呆れたような玲の声が届く。要と葵は口々に「失礼のオンパレード」だの「失礼カードデッキ」だのと堂々とした罵倒を披露してくれた。後者の二人には後で言いたいことがある。
「だから俺のことも呼び捨てで構わないよ。……えーっと、音島ちゃん?」
「そう。わたしは音島律月、りっちゃんって呼んでくれてもいいよ」
「それは遠慮しておこうかな」
黒部は苦笑すると、わたしたちにも事情聴取を行う旨を明かした。要が文句を言わずに頷いたので、わたしも同意する。
「麻本の言動が大元の原因だってことはわかってるけど、みだりに異能を発動させるのは規律違反だから。平たく言えばお説教さ」
「わかった」
騒ぎを起こしてしまったことへの叱責なら甘んじて受けよう。こくりと頷くわたしとは対象的に、要はどことなく不満そうだ。
「まさかとは思いますが、私も対象ですか?」
「当然。むしろなんで自分だけ怒られないと思ったのか知りたいくらいなんだけど」
「要、わたしを切り捨てて逃げようとしてるでしょ。わたしから千波に告げ口してもいいんだよ?」
軽く睨むと、要は小さく息をついた。抵抗を諦めたらしい。
黒部は玲と葵に何かを言付け、わたしたちを別室へと案内――という名の連行――した。
2
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
あやかし家族 〜五人の兄と愛され末妹〜
南 鈴紀
キャラ文芸
妖狩りにより両親を奪われ、囚われの身となった半妖の少女・鈴音は浄化の狐火を利用するだけの道具のように扱われていた。呪いにより成長は止まり、容姿も思考も幼いまま、感情が消え失せてもなおただ生かされるままに生きていた。
しかし妖保護部隊本部第一部隊との出会いにより、鈴音の止まっていた時間が動き出す。
掴みどころはないが頼れる氏神・雅仁、兄には厳しいが弟妹には優しい狼の妖・千里、人間嫌いだが人当たりの良い振りが得意な人間・遥杜、可愛いもの好きで元気いっぱいの猫又・鴇羽、大人しいが思いやりに溢れる猫又・瑠璃。
五人の兄と過ごす時間の中で、無いものだらけだった鈴音にもやがて大切なものが増えていく。
妖×家族の心温まる和風ファンタジー。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。
カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。
転生皇女セラフィナ
秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。
目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。
赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。
皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。
前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。
しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。
一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。
「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」
そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。
言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。
それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。
転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。
※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる