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第三章 望月
散会、奇譚は続く
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「律月さん、少しいいかしら」
第四班の面々も幹部たちも去っていき、それに続いて退室しようとしたわたしを、月子が呼び止める。足を止めて振り返ると、彼女は思いの外真剣な顔をしていた。
「……緊急の用事?」
「えぇ。あなたの今後に関わる、とても大事なお話よ」
何だろうか。わたしの今後と言われても想像がつかない。黙ったまま続く言葉を待っていると、彼女は「警戒しなくてもいいのよ」と笑う。
「ちょっとした『お使い』を頼もうと思ったの。ここから電車で三駅のところにある喫茶店に、ね」
「それのどこが大事な話なの」
まさか小間使いとしてこき使うつもりか。警戒を強めたわたしに、月子がくすくす笑いながら「ごめんなさい」と口にした。
「説明不足ね。……あなたに頼みたいのは、そのお店の観察――言ってしまえば密偵よ」
「……月子、カフェでも開くつもりなの?」
ありえないとは思いつつ尋ねる。案の定、月子は「まさか!」ところころ笑い声を上げた。ならばなぜ。
「その喫茶店はね、大崎くんの隠れ家なのよ」
「千秋の隠れ家……隠れ家? 千秋の?」
二つの言葉がうまく結びついてくれず、わたしは何度目かのオウム返しをした。あの千秋が「隠れ家」なる居場所を作るとは思えなかったのだ。そして、そこへの偵察を月子が指示する理由も。
わたしが訝しむことを予想していたのか、彼女はすぐさま言葉を続ける。
「きちんと説明しないといけないわね。……正直に告白すると、私は大崎くんを疑ってるの。この組織――ひいては〈五家〉を壊すつもりじゃないか、って」
「そんなこと……ない、と思うけど」
否定できる根拠は何一つない。それでも、わたしはあの兄妹を信じたいのだ。
弱々しい反論に頷いた月子は「律月さんの気持ちも理解できるわ」と返してきた。わたしの感情を理解しつつも、彼女が意見を曲げることはないのだろうな。そう悟った。
「水沢くんが言っていた通り、大崎くんは術者と繋がりを持っている。協会を追い出された野良の術者とはいえ、大崎くんがその人と結託している可能性は否めないわ」
「……もし結託してたとしたら、千秋は何かを企んでるってこと?」
「わからない。証拠はないから、あくまでも私が疑いを向けているだけなの」
月子は小さく嘆息する。空気に紛れ込ませるように、彼は異能を憎んでいるから、と囁いた。わたしに届けるつもりはなかっただろうが、わたしの耳はそんなささやかな声を拾う。
「異能を憎んでる……?」
聞き流すには重量のありすぎる言葉だ。呟くわたしに、月子は「……聞こえてしまったのね」と苦笑した。
「大崎くんは、ある意味での異能排斥論者よ。それもかなり過激な思想を持った」
「そうは見えない。だって千秋本人も異能者でしょ? どうしてそんなこと考える必要があるの」
幼子がするように「なぜ」や「どうして」を繰り返しても、月子は柔らかに返答してくれる。だが、彼女が千秋へ向ける疑いは揺るぎないようだ。
「さっきの話にもあったけれど、彼は辻宮の前当主が起こした事件によって両親を失っているわ。事件の発端は、当時〈五家〉に蔓延していた思想――異能至上主義。異能の種類や強さによって当人の格が決まるという悪しき思想よ」
「……その考え方、聞いたことある。この組織でもそんな考え方の人がいるって」
要と対峙した男、麻本がそんな考えの持ち主だった。わたしもその思想に忌避感を抱いたが、もしかしたら千秋はそれ以上の嫌悪感――あるいは殺意――を抱いているのかもしれない。
だとしたら、月子の疑念も真砂の忠告も的外れではないのだろうか。……それでも、わたしには千秋を信じたい気持ちが残っていた。
「……」
何も答えられずにいるわたしの感情も理解しているのか、月子は返答を急かすようなことを口にしない。しかし、指示を撤回するつもりは皆無のようだ。
「無理強いはしたくないけれど、私は律月さんに偵察をお願いしたいわ。私は彼を疑っているからこんなことをお願いしている。でも、あなたが信じたいものを信じられるように、できるだけ多くの情報を集めてきてほしいの」
柔らかくも芯の強さを感じる声がわたしへ語りかける。千秋を疑うためではなく、信じるためにも偵察してきてほしいのだ、と。
「……わかった」
こくり。わたしは小さく頷く。これ以上拒むこともできそうにないし、何より――信じたいものを信じるために、わたしは千秋を調べなければならないと思ったのだ。
「その喫茶店を調べてくる。もし変な動きがあれば、ちゃんと月子に報告するよ」
「受けてくれてよかったわ。偵察してもらうのは喫茶店〈オアシス〉。名前の通り喫茶店として営業しているけれど、後ろ暗い噂もある店よ」
密偵だと気取られないように、くれぐれも気をつけて。最後に不穏な忠告をして、月子は話を切り上げた。
「店の場所は日を改めて連絡するわ。今日は帰って、ゆっくり休んでちょうだい」
第四班の面々も幹部たちも去っていき、それに続いて退室しようとしたわたしを、月子が呼び止める。足を止めて振り返ると、彼女は思いの外真剣な顔をしていた。
「……緊急の用事?」
「えぇ。あなたの今後に関わる、とても大事なお話よ」
何だろうか。わたしの今後と言われても想像がつかない。黙ったまま続く言葉を待っていると、彼女は「警戒しなくてもいいのよ」と笑う。
「ちょっとした『お使い』を頼もうと思ったの。ここから電車で三駅のところにある喫茶店に、ね」
「それのどこが大事な話なの」
まさか小間使いとしてこき使うつもりか。警戒を強めたわたしに、月子がくすくす笑いながら「ごめんなさい」と口にした。
「説明不足ね。……あなたに頼みたいのは、そのお店の観察――言ってしまえば密偵よ」
「……月子、カフェでも開くつもりなの?」
ありえないとは思いつつ尋ねる。案の定、月子は「まさか!」ところころ笑い声を上げた。ならばなぜ。
「その喫茶店はね、大崎くんの隠れ家なのよ」
「千秋の隠れ家……隠れ家? 千秋の?」
二つの言葉がうまく結びついてくれず、わたしは何度目かのオウム返しをした。あの千秋が「隠れ家」なる居場所を作るとは思えなかったのだ。そして、そこへの偵察を月子が指示する理由も。
わたしが訝しむことを予想していたのか、彼女はすぐさま言葉を続ける。
「きちんと説明しないといけないわね。……正直に告白すると、私は大崎くんを疑ってるの。この組織――ひいては〈五家〉を壊すつもりじゃないか、って」
「そんなこと……ない、と思うけど」
否定できる根拠は何一つない。それでも、わたしはあの兄妹を信じたいのだ。
弱々しい反論に頷いた月子は「律月さんの気持ちも理解できるわ」と返してきた。わたしの感情を理解しつつも、彼女が意見を曲げることはないのだろうな。そう悟った。
「水沢くんが言っていた通り、大崎くんは術者と繋がりを持っている。協会を追い出された野良の術者とはいえ、大崎くんがその人と結託している可能性は否めないわ」
「……もし結託してたとしたら、千秋は何かを企んでるってこと?」
「わからない。証拠はないから、あくまでも私が疑いを向けているだけなの」
月子は小さく嘆息する。空気に紛れ込ませるように、彼は異能を憎んでいるから、と囁いた。わたしに届けるつもりはなかっただろうが、わたしの耳はそんなささやかな声を拾う。
「異能を憎んでる……?」
聞き流すには重量のありすぎる言葉だ。呟くわたしに、月子は「……聞こえてしまったのね」と苦笑した。
「大崎くんは、ある意味での異能排斥論者よ。それもかなり過激な思想を持った」
「そうは見えない。だって千秋本人も異能者でしょ? どうしてそんなこと考える必要があるの」
幼子がするように「なぜ」や「どうして」を繰り返しても、月子は柔らかに返答してくれる。だが、彼女が千秋へ向ける疑いは揺るぎないようだ。
「さっきの話にもあったけれど、彼は辻宮の前当主が起こした事件によって両親を失っているわ。事件の発端は、当時〈五家〉に蔓延していた思想――異能至上主義。異能の種類や強さによって当人の格が決まるという悪しき思想よ」
「……その考え方、聞いたことある。この組織でもそんな考え方の人がいるって」
要と対峙した男、麻本がそんな考えの持ち主だった。わたしもその思想に忌避感を抱いたが、もしかしたら千秋はそれ以上の嫌悪感――あるいは殺意――を抱いているのかもしれない。
だとしたら、月子の疑念も真砂の忠告も的外れではないのだろうか。……それでも、わたしには千秋を信じたい気持ちが残っていた。
「……」
何も答えられずにいるわたしの感情も理解しているのか、月子は返答を急かすようなことを口にしない。しかし、指示を撤回するつもりは皆無のようだ。
「無理強いはしたくないけれど、私は律月さんに偵察をお願いしたいわ。私は彼を疑っているからこんなことをお願いしている。でも、あなたが信じたいものを信じられるように、できるだけ多くの情報を集めてきてほしいの」
柔らかくも芯の強さを感じる声がわたしへ語りかける。千秋を疑うためではなく、信じるためにも偵察してきてほしいのだ、と。
「……わかった」
こくり。わたしは小さく頷く。これ以上拒むこともできそうにないし、何より――信じたいものを信じるために、わたしは千秋を調べなければならないと思ったのだ。
「その喫茶店を調べてくる。もし変な動きがあれば、ちゃんと月子に報告するよ」
「受けてくれてよかったわ。偵察してもらうのは喫茶店〈オアシス〉。名前の通り喫茶店として営業しているけれど、後ろ暗い噂もある店よ」
密偵だと気取られないように、くれぐれも気をつけて。最後に不穏な忠告をして、月子は話を切り上げた。
「店の場所は日を改めて連絡するわ。今日は帰って、ゆっくり休んでちょうだい」
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