観月異能奇譚

千歳叶

文字の大きさ
47 / 128
第三章 望月

望月、憩いへの誘い

しおりを挟む
 月子と別れ、わたしは寮への道を進む。日没の時間なのか、橙色と深い青色が綺麗なグラデーションを作っていた。

「……あ、満月」

 欠けた部分のない円形の月が人々を照らす。周囲のビルや街灯で輝く電球には劣るが、柔らかく、優しい光だ。
 ここは観月――人々が「月光の国」と呼ぶ地。月の形は無数にあるが、どれも同じ「月」なのだ。あの月が、この国の人々にとっての希望ならいいのに。とりとめなくそんなことを考えた。

「これ、落としましたよ」

 不意に、背後から声をかけられる。よく言えば落ち着いた、悪く言えばぼそぼそとした男性の声。

「すみません、ありがとうございま――」

 振り向きながら告げていた感謝の言葉が途中で途切れる。玲と同じくらい長身の、やけにきっちりした服装の男。異質なのは右目につけた眼帯と、顔の右半分を覆うように伸ばされた前髪だ。前髪に関してはわたしの言えたことではないが。
 硬直したわたしが不審だったのか、彼は訝しげな顔をする。どうしましたか、そんな言葉も聞き取りづらい。

「……いえ」

 曖昧に誤魔化しつつ、落としたらしき物を拾い上げる。しかし、それは見覚えのない名刺だった。

「……これ、わたしのじゃない」

 ぼそりと呟いた声は男の耳には届かなかったのか、きょとんと目を瞬かせている。わたしは改めて「自分のものではない」と告げた。

「はい、存じております」
「は?」

 悪びれもせず宣う男に、思わず低い声が漏れる。全くもって意味がわからない。もしや新手の詐欺なのか?
 不審な目を向けると、男は小さく笑ってわたしの手から名刺を取り上げた。自分のものではないが、つい手を伸ばしてしまう。

「ちょっと……!」
「こちらは私の名刺です。お渡ししたかったので――音島律月さん、あなたに」

 地面に落ちた名刺を懐にしまった男は、ケースから新たな名刺を取り出す。そして、それをわたしに差し出した。

「いらない。何かの営業や勧誘ならよそでやって」
「そうおっしゃらずに。……きっと、後々必要になりますから」

 拒んでも押しつけてくる男に苛立つ。いっそ受け取った場で破り捨ててやろうか。不快感を悪意に変換し、わたしは名刺をひったくった。

「はい、受け取った。これでいいんでしょ」
「感謝いたします。私は篠条しのじょう昭人あきひと、喫茶店〈オアシス〉の店長をしております」

 男――篠条の自己紹介を右から左へ聞き流していた耳が、覚えのある単語を拾う。喫茶店〈オアシス〉といえば、先ほど月子に偵察を命じられたばかりの場所ではなかったか。
 偵察に向かう店の人間がこのタイミングで現れるなんて、何か作為のようなものを感じてならない。……例えば、月子との会話を千秋に聞かれていて、この男にわたしと接触するよう指示を出した、とか。

「……そう。喫茶店の店長とやらが、わたしに何の用?」

 敵意は感じないが、警戒を緩められるはずもない。眉間に皺を寄せて問いかけると、男は「説明させていただきます」と微笑んだ。

「その前に、場所を移しても構いませんか? こんなところで立ち話というのも迷惑になるでしょうし」
「わたしへの迷惑は考えないんだ」
「それはそれ、これはこれです」

 どうぞこちらへ。男が颯爽と歩き始める。しかし、数メートル歩いた先で誰かとぶつかっていた。眼帯のせいで半分見えていないからだろう。
 ぶつかった相手に頭を下げた男は、頭を上げた直後にうずくまった。尋常ではない様子に、わたしは急いで駆け寄る。不審な奴であろうと、具合が悪そうであれば手を差し伸べなくては。――わたしが、大崎兄妹に助けられたように。

「あんた、体調悪いの?」

 手を伸ばして尋ねると、男は首を振る。立ちくらみです、と呟く声は諦めのような色を纏っていた。本当だろうか。

「……すみません。もう回復しましたので、ご案内いたしますね」

 やや顔色が怪しい男に連れられて、到着したのはファミレスだ。やや高級志向――詩音曰く――のその店に入ると、男が「さっそくですが」と切り出してきた。

「音島さん、あなたに私たちの店へ来ていただきたいのです。疑わしく思う気持ちも理解できますが、私はあなたの味方になりたい」

 わたしの返事を待たず、男はぼそぼそと事情を語り出す。――異端の術者と、畏怖される異能者が店員として集う店の話を。

「あなたのことは三雲さんから伺いました。特殊な異能を持ち、〈九十九月〉では微妙な立場にいる……と」

 なので。言葉を続ける男は、赤みの少ない顔に微笑みを浮かべてわたしに手を伸ばした。

「私たちの店で働きませんか? あなたが何も知らぬまま他者に利用され、争いの矢面に立たされるなどあってはなりませんから」
「……わたしを利用しようとしてるのが、もし千秋だったら? そのときあんたは――」
「彼と対立するでしょうね。当然、彼もそのつもりだと思いますよ」

 即答だ。事前に用意された答えなのか、違うのか。わたしに判断する術はない。……月子の指示もあるし、これは「乗りかかった舟」だろう。

「わかった。あんたの店に行かせてよ、葵と知り合いなら悪い奴じゃないでしょ」
「恐らく、悪人ではないはずですよ。よろしくお願いいたします」

 この決断がどう転がるのかもわからない。だが、今までだって行き当たりばったりだったのだ。今更考えるだけ無駄だろう。
 わたしは手を差し出し、男――昭人と握手を交わした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あやかし家族 〜五人の兄と愛され末妹〜

南 鈴紀
キャラ文芸
 妖狩りにより両親を奪われ、囚われの身となった半妖の少女・鈴音は浄化の狐火を利用するだけの道具のように扱われていた。呪いにより成長は止まり、容姿も思考も幼いまま、感情が消え失せてもなおただ生かされるままに生きていた。  しかし妖保護部隊本部第一部隊との出会いにより、鈴音の止まっていた時間が動き出す。  掴みどころはないが頼れる氏神・雅仁、兄には厳しいが弟妹には優しい狼の妖・千里、人間嫌いだが人当たりの良い振りが得意な人間・遥杜、可愛いもの好きで元気いっぱいの猫又・鴇羽、大人しいが思いやりに溢れる猫又・瑠璃。  五人の兄と過ごす時間の中で、無いものだらけだった鈴音にもやがて大切なものが増えていく。  妖×家族の心温まる和風ファンタジー。

転生皇女セラフィナ

秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。 目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。 赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。 皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。 前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。 しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。 一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。 「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」 そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。 言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。 それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。 転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

何もしない公爵夫人ですが、なぜか屋敷がうまく回っています

鷹 綾
恋愛
辺境公爵カーネル・クリスの妻となったフィレ・バーナード。 けれど彼女は、屋敷を仕切ることも、改革を行うことも、声高に意見を述べることもしなかった。 指示を出さない。 判断を奪わない。 必要以上に関わらない。 「何もしない夫人」として、ただ静かにそこにいるだけ。 それなのに―― いつの間にか屋敷は落ち着き、 使用人たちは迷わなくなり、 人は出入りし、戻り、また進んでいくようになる。 誰かに依存しない。 誰かを支配しない。 それでも確かに“安心できる場所”は、彼女の周りに残っていた。 必要とされなくてもいい。 役に立たなくてもいい。 それでも、ここにいていい。 これは、 「何もしない」ことで壊れなかった関係と、 「奪わない」ことで続いていった日常を描く、 静かでやさしい結婚生活の物語。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

付喪神狩

やまだごんた
キャラ文芸
古い道具には年月と共に人の情念が蓄積され、それが意思を持ったものが付喪神と呼ばれる。 容姿端麗だが口も性格も女癖も悪い大和御門は日本で唯一の付喪神狩として、付喪神を祓う能力者。 自分に取り憑いた大口真神を引き連れ、同居中の相方・棚橋亨と繰り広げる現代異能バトル

処理中です...