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第四章 星月夜
楽園か、はたまた
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「ここが我々の店、喫茶〈オアシス〉です。どうぞ中へ」
昭人に促され、わたしは木製のドアを開ける。カランコロン、ドアベルが鳴り響いた。
「いらっしゃいませ……あ、師匠! おかえりなさい!」
明るく跳ねるような声で迎えてくれたのは、わたしより若干小柄な女性だ。漣辺りと同年代の雰囲気がある。
昭人を「師匠」と呼んだ彼女は、わたしを見てきょとんと目を瞬かせた。
「こちらは……お客さん? ですか?」
「いえ。彼女は音島律月さん、これからうちで働くことになる方ですよ」
「そうなんですね。音島さん、あたしは風岡麻里奈です。これからよろしくお願いします!」
「よろしく。……わたしに敬語は使わなくていいし、何なら名前で呼んでくれても構わないよ」
わたしもそうする。そう言いながら手を差し出すと、麻里奈はぱぁっと華やぐような笑顔で握手してくれた。
「あ、今日はもう一人いるんだった。その子も紹介しないと」
麻里奈はパタパタと奥へ引っ込む。直後、同年代に見える女性を連れて戻ってきた。麻里奈よりは落ち着いた性格のように見える。
「律月さん、この子は那津。あたしの親友だよ!」
「ちょっと麻里奈、急に引っ張らないで……。あ、えっと。紹介された通り、私は神永那津です。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げた彼女に挨拶を返し、わたしは改めて昭人の方を見た。詳しい説明をしてほしい、と意図を込めて。
その意図を正確に把握したのか、昭人は「説明が不足していましたね」と苦笑した。
「麻里奈さん、神永さん。店じまいは私がやっておくので、今日はもう上がっていいですよ」
「そうですか? あたしこの後予定ないから残れますよ?」
「長話になると思いますし、帰りが遅くなるのも危険でしょう。ただでさえ麻里奈さんの自宅近辺は治安が悪いのですから」
「うーん……。わかりました、それじゃあ師匠のお言葉に甘えちゃいますね」
お疲れ様です。麻里奈と那津は身支度を済ませて帰宅していった。それを見送るなり、昭人はわたしをカウンター席へ座らせる。
「さて、コーヒーでもお出ししましょうか。お好みの産地は?」
「そういうのいいから、さっさと説明して」
「失礼いたしました。それではさっそく」
コトリ、水の入ったグラスが置かれた。わたしはそれに口をつけることなく言葉を待つ。昭人が、わたしに何をさせたいのかを知るために。
「とはいえ、特に人手不足なわけでもありません。私の目的はあなたを保護することですので」
「本当に? いっそ明確な目的があった方が納得するんだけど」
わたしを利用しなければならないような目的があれば、信用はできずとも納得がいく。だが、昭人にはその「目的」がないらしい。そんな相手を、どう信用すればいいと言うのだろう。
「あなたがすべきことは、私を信じることではありません。その目で、耳で、与えられる情報全てを判断し――何を信じるかを定めることです」
違いますか? 諭すように問われ、わたしはうつむいた。……確かにそうかもしれないが、指針くらい示してくれてもいいだろうに。
不満げなわたしに気づいたのか、昭人は苦笑しながら続ける。
「……大仰な言い回しになってしまいましたね。つまり、無理に私を信用する必要はない、と言いたかったのです」
男の視線が、ちらりとグラスに向けられた。口をつけるどころか手を伸ばしてすらいないそれに。
「警戒するのはよいことです。……ただ、私以外の店員は信用していただきたいものですが」
骨の目立つ手がグラスを取り、そのまま彼の口元へ運ばれる。一息に水が飲み込まれていくのをぼんやり見送った。まるで「毒なんて入っていない」と主張するかのような仕草はわざとらしく思える。
「ともかく、あなたがここにいる限り私が何かを命令することはありません。店員として働いてもらうことにはなりますが、あなたには自由がある」
「自由……?」
意味がわからず復唱した。どこから来たのかもわからない、謎の異能を持った侵入者。わたしの〈九十九月〉での立場はそんなものだ。当然、自由は保証されない。
それなのに、昭人はわたしに「自由がある」と言う。身元不明の、彼からすれば敵かもしれないわたしに。
「簡単にそんなこと言っていいの? ずいぶんとあっさり人を信用するんだね」
「まさか」
口をついて出た疑問を、昭人はくすりと笑って否定する。そしてぼそぼそと呪文――意味のある言葉なのかもしれないが、わたしには理解できなかった――を唱えると、彼の手に水の球が現れた。
「私に異能はありません。ですが、異能に頼らずとも水を操ることができます。これを大きくして閉じ込めれば――あなたはなす術もなく無力化されてしまうでしょうね」
恐ろしいことを言いながらも、昭人はあっさりと水の球を消し去る。敵意はない、ということだろう。……今はまだ。
「あなたが明確に誰かを害さなければ、私はあなたの自由を保障します。これで納得できますか?」
「……納得はしないけど、まぁ理解した」
こくり、頷きを返す。少なくともわたしに誰かを傷つける気はない。それならば、この男の庇護下に入っておくのも手だろう。真実を、信じたいものを見つけるためにも。
「あんたの世話になる。これからよろしく、昭人」
わたしはやや深めに頭を下げ、新たな出会いを受け入れた。
昭人に促され、わたしは木製のドアを開ける。カランコロン、ドアベルが鳴り響いた。
「いらっしゃいませ……あ、師匠! おかえりなさい!」
明るく跳ねるような声で迎えてくれたのは、わたしより若干小柄な女性だ。漣辺りと同年代の雰囲気がある。
昭人を「師匠」と呼んだ彼女は、わたしを見てきょとんと目を瞬かせた。
「こちらは……お客さん? ですか?」
「いえ。彼女は音島律月さん、これからうちで働くことになる方ですよ」
「そうなんですね。音島さん、あたしは風岡麻里奈です。これからよろしくお願いします!」
「よろしく。……わたしに敬語は使わなくていいし、何なら名前で呼んでくれても構わないよ」
わたしもそうする。そう言いながら手を差し出すと、麻里奈はぱぁっと華やぐような笑顔で握手してくれた。
「あ、今日はもう一人いるんだった。その子も紹介しないと」
麻里奈はパタパタと奥へ引っ込む。直後、同年代に見える女性を連れて戻ってきた。麻里奈よりは落ち着いた性格のように見える。
「律月さん、この子は那津。あたしの親友だよ!」
「ちょっと麻里奈、急に引っ張らないで……。あ、えっと。紹介された通り、私は神永那津です。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げた彼女に挨拶を返し、わたしは改めて昭人の方を見た。詳しい説明をしてほしい、と意図を込めて。
その意図を正確に把握したのか、昭人は「説明が不足していましたね」と苦笑した。
「麻里奈さん、神永さん。店じまいは私がやっておくので、今日はもう上がっていいですよ」
「そうですか? あたしこの後予定ないから残れますよ?」
「長話になると思いますし、帰りが遅くなるのも危険でしょう。ただでさえ麻里奈さんの自宅近辺は治安が悪いのですから」
「うーん……。わかりました、それじゃあ師匠のお言葉に甘えちゃいますね」
お疲れ様です。麻里奈と那津は身支度を済ませて帰宅していった。それを見送るなり、昭人はわたしをカウンター席へ座らせる。
「さて、コーヒーでもお出ししましょうか。お好みの産地は?」
「そういうのいいから、さっさと説明して」
「失礼いたしました。それではさっそく」
コトリ、水の入ったグラスが置かれた。わたしはそれに口をつけることなく言葉を待つ。昭人が、わたしに何をさせたいのかを知るために。
「とはいえ、特に人手不足なわけでもありません。私の目的はあなたを保護することですので」
「本当に? いっそ明確な目的があった方が納得するんだけど」
わたしを利用しなければならないような目的があれば、信用はできずとも納得がいく。だが、昭人にはその「目的」がないらしい。そんな相手を、どう信用すればいいと言うのだろう。
「あなたがすべきことは、私を信じることではありません。その目で、耳で、与えられる情報全てを判断し――何を信じるかを定めることです」
違いますか? 諭すように問われ、わたしはうつむいた。……確かにそうかもしれないが、指針くらい示してくれてもいいだろうに。
不満げなわたしに気づいたのか、昭人は苦笑しながら続ける。
「……大仰な言い回しになってしまいましたね。つまり、無理に私を信用する必要はない、と言いたかったのです」
男の視線が、ちらりとグラスに向けられた。口をつけるどころか手を伸ばしてすらいないそれに。
「警戒するのはよいことです。……ただ、私以外の店員は信用していただきたいものですが」
骨の目立つ手がグラスを取り、そのまま彼の口元へ運ばれる。一息に水が飲み込まれていくのをぼんやり見送った。まるで「毒なんて入っていない」と主張するかのような仕草はわざとらしく思える。
「ともかく、あなたがここにいる限り私が何かを命令することはありません。店員として働いてもらうことにはなりますが、あなたには自由がある」
「自由……?」
意味がわからず復唱した。どこから来たのかもわからない、謎の異能を持った侵入者。わたしの〈九十九月〉での立場はそんなものだ。当然、自由は保証されない。
それなのに、昭人はわたしに「自由がある」と言う。身元不明の、彼からすれば敵かもしれないわたしに。
「簡単にそんなこと言っていいの? ずいぶんとあっさり人を信用するんだね」
「まさか」
口をついて出た疑問を、昭人はくすりと笑って否定する。そしてぼそぼそと呪文――意味のある言葉なのかもしれないが、わたしには理解できなかった――を唱えると、彼の手に水の球が現れた。
「私に異能はありません。ですが、異能に頼らずとも水を操ることができます。これを大きくして閉じ込めれば――あなたはなす術もなく無力化されてしまうでしょうね」
恐ろしいことを言いながらも、昭人はあっさりと水の球を消し去る。敵意はない、ということだろう。……今はまだ。
「あなたが明確に誰かを害さなければ、私はあなたの自由を保障します。これで納得できますか?」
「……納得はしないけど、まぁ理解した」
こくり、頷きを返す。少なくともわたしに誰かを傷つける気はない。それならば、この男の庇護下に入っておくのも手だろう。真実を、信じたいものを見つけるためにも。
「あんたの世話になる。これからよろしく、昭人」
わたしはやや深めに頭を下げ、新たな出会いを受け入れた。
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