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第四章 星月夜
藤原恭介の忘却
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「音島さんが、僕の代わりに?」
「うん」
蒼の疑問に大きく首肯する。この案は、流れで思いついたものにしては妙案のように思えた。
「りっちゃん、今は冗談言ってる場合じゃ――」
「冗談なんて言ってない。わたしなら、わたしの異能ならできる」
わたしが持つ、他者の異能を模倣する異能。これで蒼の異能を模倣し、店内に突撃する。そんな考えを披露していると、不意に涼歌が「あぁ」と呟いた。
「前に会ったとき、お前が水の異能を使っていたのを思い出した。あれは、私の異能をコピーしたんだな」
「そういうこと」
改めて「任せてほしい」と告げる。四人は顔を見合わせていたものの、やがて「わたしに任せる」という結論に至ったようだ。
「どうすれば異能を模倣できるのです?」
「どうにかする。気づいたらその人の異能が使えるようになってるから、使う」
「……少し、いえかなり不安ですが、今は音島さんに頼むしかないでしょうね」
聞かれたまま答えただけなのに、牡丹は心底呆れたような顔をする。失礼な、わたしは真面目に答えたというのに。
とはいえ、今は牡丹の態度を気にしている場合ではない。わたしは蒼に声をかけ、少しの間制止しているように頼んだ。彼の異能に意識を向ける。春の陽だまりにも似たぬくもりが全身を巡った。
「――よし。これで模倣できた、と思う」
「本当ですか?」
「多分。試しに使ってみてもいい?」
蒼が頷く。説明に従い、わたしは彼に手を伸ばし――指先に意識を集中させた。指の先端で、思考を読み取るように。
伝わってきたのは不安と疑念。本当にわたしが異能を模倣できているのか、自分の教え方は正しく伝わっているのか。そんな感情がぐるぐるととぐろを巻いている。
「……大丈夫、ちゃんと考えは読めてるから」
わたしは手を下ろし、蒼に笑いかけた。そして他の面々に向けて力強くピースサインを向ける。これならいける、そんな気持ちを込めて。
「それじゃあ、行ってくるね」
「言っとくけど、目的は戦闘を止めることだからね? 乱入して場をかき乱すことじゃないから!」
「わかってるよ。あいつに涼歌のことを思い出させればいいんでしょ」
「危険だとは思うが……頼む。恭介が何を考えてここを襲撃したのか、私はそれが知りたいんだ」
任せてほしい。涼歌が気負わないようにわざと軽い口調で返し、わたしは店内へと戻った。
息を詰めながらキッチンまで戻る。小康状態とでも言えばいいのか、二人が戦闘をしている気配はしない。カウンターの陰から青年――恭介の姿を確認し、そちらへ手を伸ばした。直後伝わってきたのは、彼の奥底に眠っていた記憶だ。
川遊びをしていた友人が転び、それを助けようとした少年は流され、暗転。場面が変わると、目の前にいたのは見知らぬ男だった。家族や友人の無事を確認したいなら従え。そう脅された少年が連れて行かれた先は、どこぞの文化財にでもなっていそうな城だ。術者協会の本部らしきそこで少年は戸惑いながら働き続け――いつしか親しい人々の存在は記憶の奥底に埋もれていた。
意識を集中させ、少しずつ指先を上へ反らしていく。埋もれた記憶を浮上させるように、恭介が涼歌を思い出せるように。
「……あ」
風の音が、止んだ。それ以降風の音が聞こえないことを確認してキッチンを離れ、ホールへと向かう。
「音島さん? なぜ戻ってきたのですか」
昭人の咎める声は無視して、わたしは恭介に問いかける。主語は告げず、思い出したか、とだけ。
「……うん、全部思い出したよ」
むしろなんで今まで忘れてたんだろう。自嘲するような笑みを浮かべながら、恭介はわたしに感謝の言葉を述べた。
「ありがとう、涼歌姉のことを思い出させてくれて」
「どういたしまして。もうここで戦おうとはしないよね」
「もちろん」
すっきりした表情になった恭介が、昭人に頭を下げる。憑き物が落ちた、とでも形容できそうな雰囲気で。
「いくら上からの命令でも、俺の行いはしちゃいけないことだった。ごめんなさい」
「……はい。それが理解できたのであれば、これ以上戦う必要もありませんね」
昭人も剣を下ろす。次の瞬間には、あれほど冷え切っていた室温も普段通りに戻っていた。彼が手にしていた剣もどこへやら。
「音島さんは避難した方々に声をかけてきてください。私は彼と共にここを片付けておきます」
「わかった」
この様子なら、わたしが場を離れても問題ないだろう。再び裏口から外へ出て、待っていた人たちに「もう大丈夫」と告げる。
「無事になんとかなったよ。今は二人で店の中を片付けてる」
「本当ですか」
牡丹の確認に大きく頷くと、安堵の空気が広がった。涼歌から「ありがとう」と伝えられるが、わたしは小さく首を振って蒼を手で示す。
「お礼ならわたしじゃなくて、蒼に言って。蒼が協力してくれなかったら、わたしは何もできなかった」
「え、いや、僕は――」
「それもそうだな。ありがとう、私の無理難題に協力してくれて」
涼歌が頭を下げた。蒼はしばらく慌てていたが、とうとうこくりと頷いて感謝を受け入れる。
「んじゃ、一件落着ってことで! お店戻って何か飲ませてもらおっか」
富多の一声で、わたしたちは店内へと戻った。
「うん」
蒼の疑問に大きく首肯する。この案は、流れで思いついたものにしては妙案のように思えた。
「りっちゃん、今は冗談言ってる場合じゃ――」
「冗談なんて言ってない。わたしなら、わたしの異能ならできる」
わたしが持つ、他者の異能を模倣する異能。これで蒼の異能を模倣し、店内に突撃する。そんな考えを披露していると、不意に涼歌が「あぁ」と呟いた。
「前に会ったとき、お前が水の異能を使っていたのを思い出した。あれは、私の異能をコピーしたんだな」
「そういうこと」
改めて「任せてほしい」と告げる。四人は顔を見合わせていたものの、やがて「わたしに任せる」という結論に至ったようだ。
「どうすれば異能を模倣できるのです?」
「どうにかする。気づいたらその人の異能が使えるようになってるから、使う」
「……少し、いえかなり不安ですが、今は音島さんに頼むしかないでしょうね」
聞かれたまま答えただけなのに、牡丹は心底呆れたような顔をする。失礼な、わたしは真面目に答えたというのに。
とはいえ、今は牡丹の態度を気にしている場合ではない。わたしは蒼に声をかけ、少しの間制止しているように頼んだ。彼の異能に意識を向ける。春の陽だまりにも似たぬくもりが全身を巡った。
「――よし。これで模倣できた、と思う」
「本当ですか?」
「多分。試しに使ってみてもいい?」
蒼が頷く。説明に従い、わたしは彼に手を伸ばし――指先に意識を集中させた。指の先端で、思考を読み取るように。
伝わってきたのは不安と疑念。本当にわたしが異能を模倣できているのか、自分の教え方は正しく伝わっているのか。そんな感情がぐるぐるととぐろを巻いている。
「……大丈夫、ちゃんと考えは読めてるから」
わたしは手を下ろし、蒼に笑いかけた。そして他の面々に向けて力強くピースサインを向ける。これならいける、そんな気持ちを込めて。
「それじゃあ、行ってくるね」
「言っとくけど、目的は戦闘を止めることだからね? 乱入して場をかき乱すことじゃないから!」
「わかってるよ。あいつに涼歌のことを思い出させればいいんでしょ」
「危険だとは思うが……頼む。恭介が何を考えてここを襲撃したのか、私はそれが知りたいんだ」
任せてほしい。涼歌が気負わないようにわざと軽い口調で返し、わたしは店内へと戻った。
息を詰めながらキッチンまで戻る。小康状態とでも言えばいいのか、二人が戦闘をしている気配はしない。カウンターの陰から青年――恭介の姿を確認し、そちらへ手を伸ばした。直後伝わってきたのは、彼の奥底に眠っていた記憶だ。
川遊びをしていた友人が転び、それを助けようとした少年は流され、暗転。場面が変わると、目の前にいたのは見知らぬ男だった。家族や友人の無事を確認したいなら従え。そう脅された少年が連れて行かれた先は、どこぞの文化財にでもなっていそうな城だ。術者協会の本部らしきそこで少年は戸惑いながら働き続け――いつしか親しい人々の存在は記憶の奥底に埋もれていた。
意識を集中させ、少しずつ指先を上へ反らしていく。埋もれた記憶を浮上させるように、恭介が涼歌を思い出せるように。
「……あ」
風の音が、止んだ。それ以降風の音が聞こえないことを確認してキッチンを離れ、ホールへと向かう。
「音島さん? なぜ戻ってきたのですか」
昭人の咎める声は無視して、わたしは恭介に問いかける。主語は告げず、思い出したか、とだけ。
「……うん、全部思い出したよ」
むしろなんで今まで忘れてたんだろう。自嘲するような笑みを浮かべながら、恭介はわたしに感謝の言葉を述べた。
「ありがとう、涼歌姉のことを思い出させてくれて」
「どういたしまして。もうここで戦おうとはしないよね」
「もちろん」
すっきりした表情になった恭介が、昭人に頭を下げる。憑き物が落ちた、とでも形容できそうな雰囲気で。
「いくら上からの命令でも、俺の行いはしちゃいけないことだった。ごめんなさい」
「……はい。それが理解できたのであれば、これ以上戦う必要もありませんね」
昭人も剣を下ろす。次の瞬間には、あれほど冷え切っていた室温も普段通りに戻っていた。彼が手にしていた剣もどこへやら。
「音島さんは避難した方々に声をかけてきてください。私は彼と共にここを片付けておきます」
「わかった」
この様子なら、わたしが場を離れても問題ないだろう。再び裏口から外へ出て、待っていた人たちに「もう大丈夫」と告げる。
「無事になんとかなったよ。今は二人で店の中を片付けてる」
「本当ですか」
牡丹の確認に大きく頷くと、安堵の空気が広がった。涼歌から「ありがとう」と伝えられるが、わたしは小さく首を振って蒼を手で示す。
「お礼ならわたしじゃなくて、蒼に言って。蒼が協力してくれなかったら、わたしは何もできなかった」
「え、いや、僕は――」
「それもそうだな。ありがとう、私の無理難題に協力してくれて」
涼歌が頭を下げた。蒼はしばらく慌てていたが、とうとうこくりと頷いて感謝を受け入れる。
「んじゃ、一件落着ってことで! お店戻って何か飲ませてもらおっか」
富多の一声で、わたしたちは店内へと戻った。
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