観月異能奇譚

千歳叶

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第五章 朧月

協力者、沈む感情

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 無事に不知火の協力を得たわたしたちは、意気揚々と研究所の中心部――不知火曰く――にある実験棟へ足を踏み入れる。不気味なほど人の気配がしない通路を渡りながら、落ち着きなく周囲を見回した。

「……静かですね」

 那津が小さく呟いた声すらよく響く。遠くにいるかもしれない研究所の人間に声が届くことを恐れ、わたしたちは揃って口をつぐんだ。
 カツ、カツ。硬質な床を叩くように歩を進め、わたしたちはとある扉の前で立ち止まる。ここは不知火に協力する人間が利用している研究室だとか。

「ここ、だよね」
「そのはずです。確か――生駒いこまはやてさん、という方のはずですが」

 躊躇いながらも扉を押し開ける。すると、わたしたちの来訪を予期していたかのように室内の人物が立ち上がった。

「不知火さんの客人ですね。お待ちしてました」

 恭しく一礼してきた男は、わたしと那津をそれぞれフルネームで呼んだ。自分の持っている情報と照らし合わせるような口調で、いくつかの質問が飛んでくる。一つずつ答えていくと、男が大きく頷いた。

「……はい。神永那津さん、音島律月さんご本人ですね。これで安心して話が進められます」
「信用してくれたのはいいけど、あんたは誰なの?」

 名前は不知火から聞いているものの、この男が「協力者」である確証はない。警戒を解かずに問いかける。すると、男は満足そうに笑った。

「あぁよかった。すぐに警戒を解くような方だったらどうしようかと思いましたよ」
「いいから早く答えて。こんなところで時間使ってられないんだから」

 わたしが催促すると、男もすぐさま同意してくる。そして「生駒颯」であると名乗った。不知火の言っていた協力者だろう。

「不知火さんに頼まれていたデータは全てこの端末に入れてあります。研究所の端末監視システムも解除済みですので、ご安心ください」
「あ、ありがとう……?」

 なんとなくお礼を言いながら端末を受け取ろうと手を伸ばす。しかし、指先が端末に触れかけた瞬間――那津が突然「待ってください」と声を発した。

「那津? 何か気になる?」
「生駒さん、あなたが不知火さんに協力する理由は何ですか。私たちの作戦が上手くいけば、ここにいられなくなる……職を失うんですよ」

 そこまでのものを賭ける価値が、彼女にあると思いますか。那津の言葉からは節々に棘を感じる。
 彼女が今までこんな口調だったことは一度たりともない。ならば、この言葉選びも意図してのものだろうか。訝しみながらも、わたしは口を挟まないことにした。那津に何らかの意図があるとしたら、それを邪魔するわけにはいかない。

 静かに那津の追及を聞いていた生駒は、やがて小さな笑い声を漏らした。鼻で笑うような、感じの悪い笑い方だ。

「僕の人生なんて、不知火さんと比べたら取るに足らないものですよ。あの方が望むなら全てをなげうったって構わない」

 狂信者じゃないか。そう吐き出さずにいられたのが奇跡に思えた。底知れない不快感を抱えながら、わたしは那津を見つめる。これは彼女が求める返答なのか。

「……なるほど。そういうことにしておきますね」
「助かります」

 那津は普段通りの穏やかさで生駒に頷き返した。そして不愉快に顔を顰めるわたしを見つめ返すなり「大丈夫ですよ」と笑いかけてくる。

「音島さんが不安に思うのもわかりますが、人には本音と建前がありますから」
「……那津がそう言うなら、信じておく」

 わたしは言いたいことをぐっと飲み込んだ。
 もしかしたら那津は、精神操作の異能で何かわかったのかもしれない。それこそ生駒の発言が「建前」であるとわかる何かが。今のわたしには信じることしかできないし、あちこちに疑いをかけ続けている時間もない。

「それで、この後わたしたちはどこに向かえばいいの?」

 改めて端末を受け取り、データを確認しながら問いかける。生駒は大きなモニターに施設案内図を表示して、とある一点を指し示した。

「現在地はこちらです。ここを出てすぐの階段を上って、第八文書室へと向かってください」
「第八文書室ね、わかった」
「右側の一番奥に金庫があるので、この番号で解錠してください。中の書類は研究所を潰す証拠なので、くれぐれも紛失しないように」
「気をつけます」

 金庫の番号が書かれた紙を受け取った那津は、じっくりと紙面を見つめる。番号を覚えようとしているのだろうか。わたしもちらりと見てみたが、八桁ほどある数列を記憶するのは諦めた。これぞ適材適所、わたしの役割は肉体労働だ。

「よし。……行こうか」
「そうですね」

 那津が紙を畳んでポケットにしまう。先へ進むことに同意した割に、彼女の足が動く気配はない。

「……那津、どうしたの?」

 わたしの問いには答えを返さず、那津が振り返る。生駒さん、そう呼びかけた声はひどく沈んでいた。

「あなたのそれは、単なる推測ですか? それとも――実際に起きたこと、ですか」
「……黙秘します。さあ、行きなさい」

 とん、と軽く背中を押される。二人の間だけで共有されている何かを予想することもできないまま、わたしは第八文書室へと向かった。
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