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第六章 新月
転属、月神祭へ
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三日後。いつものように〈九十九月〉へやってきたわたしに辞令が下った。
「今度はどこに異動すればいいの?」
組織内での異動も三回目になれば慣れたもの。指示してきた〈新月〉の人間に尋ねると、彼の方が戸惑ったような顔をしていた。
「あ、あぁ……。音島律月、お前には〈十三夜〉へ異動してもらう。正式名称は総合管理隊だ」
「わかった。もう今日から動いた方がいい?」
「……いや、新田さんが詳細を説明してくださるそうだ」
説明役の同僚に了承の意を返し、わたしは〈新月〉の隊長室へと向かう。隊長は、新田栄治という五十代程度の男だ。
到着を告げると、室内から入室を促す声が聞こえた。小さく息をつき、ぐっと扉を押し開ける。すると、隊長である男の他に、二人の姿があった。片方は真砂亜理紗、もう片方は見覚えのない男だ。首をひねりながら説明を待つ。
「今回の転属について説明する」
口を開いたのは隊長ではなく、見知らぬ男。言葉の端々から偉そうな雰囲気を感じ取り、思わず眉を寄せてしまう。
わたしのそんな様子に気づくそぶりもなく、男は口を動かし続ける。今度行われる〈月神祭〉の準備に人員を割くのが目的、らしい。
「指示はわかった。わたしが知る必要はないのかもしれないけど、護衛は足りるの?」
幸花が〈九十九月〉を離れ、わたしも護衛担当ではなくなる。短い期間で二人いなくなっている状態だが大丈夫なのだろうか。
この疑問に答えたのは真砂だ。わかりにくい微笑を浮かべ、大丈夫ですよ、と返してくる。
「私を含め、他部署へ出向している〈新月〉の面々が戻りますので」
「ふーん」
そういうものか、と頷いた。これ以上質問を重ねてしまえば、面倒な派閥争いに巻き込まれかねない。そんなリスクも視野に入れての反応だ。
「それと、もう一つ。お前が配属される〈十三夜〉には雉羽家の方がいらっしゃるから、失礼のないようにな」
今まで黙っていた隊長からの言葉は、なんとも〈五家〉の護衛らしいものだった。あえて逆らう必要もないので承諾を口にする。
「……短い間だったけど、お世話になりました」
この部屋の奴らに世話をされた覚えはないが。内心で吐き捨てながら、わたしは頭を下げた。
「音島さん」
退室したわたしを、真砂が呼び止める。振り向くと手を差し出すように言われ、言われるがまま右手を伸ばす。
「これは何?」
「後ほど確認してください。それでは」
わたしの手に小さな紙片をねじ込むだけねじ込み、真砂は何の説明もせずに去っていった。
「……は?」
思わず困惑に満ちた声が漏れる。誰にも聞かれていないことを急いで確認し、紙片をポケットにしまった。
紙に何が書かれているのかを気にしつつ〈新月〉の部屋へ戻る。この後は自分の荷物をまとめて〈十三夜〉のフロアまで運ぶのだ。空き箱に放り込んだ荷物がゴトゴトと音を鳴らす。
一通り片付けられただろうか。休憩がてら水分を補給していると、横から武文がやってくる。
「異動だってな。あっちでは敬語使えよ」
「いきなり何。わたしは相手が幹部でもこんな感じなんだけど」
そう答えるなり武文が頭を抱えた。面倒事になる、だのと呟いているが、ここの代表である雄一郎が文句を言わないのだ。今更口調を変えるのも不自然だろう。
決して言葉には出さずにいたが、武文はわたしの考えに気づいていたらしい。呆れたような顔で、「……何を言っても無駄だろうが」と続けた。
「行村派は〈五家〉を崇拝しがちな派閥で、雉羽の護衛だ。見つかったら本気で厄介だからな」
「忠告ありがとう」
本心からの言葉なのだが、男は嫌そうな顔で「嘘くせぇな」と吐き捨てる。失礼な奴だ。
「じゃあ、またどこかで」
一応の礼儀として挨拶だけはしておく。武文は無言だったが、小さく頷くのは見えた。
荷物を詰めた箱を持ち、エレベーターに乗る。二階で降りる人々に紛れ、わたしは〈十三夜〉の部屋へ足を踏み入れた。
「久しぶりだね、音島さん!」
入室早々聞こえてきたのは、どこか懐かしくもある快活な声。その主は元〈弓張月〉第四班所属、浜村詩音だ。
「詩音? ……あぁ、そういえばここに配属されたんだっけ」
解体された第四班のメンバーと再会できるとは思っていなかった。ほっと安堵する。知り合いがいると仕事もしやすいし、悩みも相談できるかもしれない。
わたしのために用意された席に向かい、箱の荷物を収納していく。人目がなくなった瞬間、ポケットから紙を取り出した。
『説明の大部分を担った男は行村派のトップです。彼は雉羽雄一郎を崇拝し、〈十三夜〉にいる雉羽の子を快く思っていません。残念ながら〈月神祭〉の準備を邪魔される可能性も否定できないので、警戒は怠らないように』
読むのにやや苦労する文字だが、悪筆というよりは意図的に崩されたように思える。
真砂は、常に何かを警戒しながら過ごしているのだろうか。もしそうなら、どれだけ疲弊することだろう。
「……どうにかしないと」
口の中で言葉を転がす。この組織で繰り広げられる見えない戦いを、早く終わらせなければならない。そんな気がした。
「今度はどこに異動すればいいの?」
組織内での異動も三回目になれば慣れたもの。指示してきた〈新月〉の人間に尋ねると、彼の方が戸惑ったような顔をしていた。
「あ、あぁ……。音島律月、お前には〈十三夜〉へ異動してもらう。正式名称は総合管理隊だ」
「わかった。もう今日から動いた方がいい?」
「……いや、新田さんが詳細を説明してくださるそうだ」
説明役の同僚に了承の意を返し、わたしは〈新月〉の隊長室へと向かう。隊長は、新田栄治という五十代程度の男だ。
到着を告げると、室内から入室を促す声が聞こえた。小さく息をつき、ぐっと扉を押し開ける。すると、隊長である男の他に、二人の姿があった。片方は真砂亜理紗、もう片方は見覚えのない男だ。首をひねりながら説明を待つ。
「今回の転属について説明する」
口を開いたのは隊長ではなく、見知らぬ男。言葉の端々から偉そうな雰囲気を感じ取り、思わず眉を寄せてしまう。
わたしのそんな様子に気づくそぶりもなく、男は口を動かし続ける。今度行われる〈月神祭〉の準備に人員を割くのが目的、らしい。
「指示はわかった。わたしが知る必要はないのかもしれないけど、護衛は足りるの?」
幸花が〈九十九月〉を離れ、わたしも護衛担当ではなくなる。短い期間で二人いなくなっている状態だが大丈夫なのだろうか。
この疑問に答えたのは真砂だ。わかりにくい微笑を浮かべ、大丈夫ですよ、と返してくる。
「私を含め、他部署へ出向している〈新月〉の面々が戻りますので」
「ふーん」
そういうものか、と頷いた。これ以上質問を重ねてしまえば、面倒な派閥争いに巻き込まれかねない。そんなリスクも視野に入れての反応だ。
「それと、もう一つ。お前が配属される〈十三夜〉には雉羽家の方がいらっしゃるから、失礼のないようにな」
今まで黙っていた隊長からの言葉は、なんとも〈五家〉の護衛らしいものだった。あえて逆らう必要もないので承諾を口にする。
「……短い間だったけど、お世話になりました」
この部屋の奴らに世話をされた覚えはないが。内心で吐き捨てながら、わたしは頭を下げた。
「音島さん」
退室したわたしを、真砂が呼び止める。振り向くと手を差し出すように言われ、言われるがまま右手を伸ばす。
「これは何?」
「後ほど確認してください。それでは」
わたしの手に小さな紙片をねじ込むだけねじ込み、真砂は何の説明もせずに去っていった。
「……は?」
思わず困惑に満ちた声が漏れる。誰にも聞かれていないことを急いで確認し、紙片をポケットにしまった。
紙に何が書かれているのかを気にしつつ〈新月〉の部屋へ戻る。この後は自分の荷物をまとめて〈十三夜〉のフロアまで運ぶのだ。空き箱に放り込んだ荷物がゴトゴトと音を鳴らす。
一通り片付けられただろうか。休憩がてら水分を補給していると、横から武文がやってくる。
「異動だってな。あっちでは敬語使えよ」
「いきなり何。わたしは相手が幹部でもこんな感じなんだけど」
そう答えるなり武文が頭を抱えた。面倒事になる、だのと呟いているが、ここの代表である雄一郎が文句を言わないのだ。今更口調を変えるのも不自然だろう。
決して言葉には出さずにいたが、武文はわたしの考えに気づいていたらしい。呆れたような顔で、「……何を言っても無駄だろうが」と続けた。
「行村派は〈五家〉を崇拝しがちな派閥で、雉羽の護衛だ。見つかったら本気で厄介だからな」
「忠告ありがとう」
本心からの言葉なのだが、男は嫌そうな顔で「嘘くせぇな」と吐き捨てる。失礼な奴だ。
「じゃあ、またどこかで」
一応の礼儀として挨拶だけはしておく。武文は無言だったが、小さく頷くのは見えた。
荷物を詰めた箱を持ち、エレベーターに乗る。二階で降りる人々に紛れ、わたしは〈十三夜〉の部屋へ足を踏み入れた。
「久しぶりだね、音島さん!」
入室早々聞こえてきたのは、どこか懐かしくもある快活な声。その主は元〈弓張月〉第四班所属、浜村詩音だ。
「詩音? ……あぁ、そういえばここに配属されたんだっけ」
解体された第四班のメンバーと再会できるとは思っていなかった。ほっと安堵する。知り合いがいると仕事もしやすいし、悩みも相談できるかもしれない。
わたしのために用意された席に向かい、箱の荷物を収納していく。人目がなくなった瞬間、ポケットから紙を取り出した。
『説明の大部分を担った男は行村派のトップです。彼は雉羽雄一郎を崇拝し、〈十三夜〉にいる雉羽の子を快く思っていません。残念ながら〈月神祭〉の準備を邪魔される可能性も否定できないので、警戒は怠らないように』
読むのにやや苦労する文字だが、悪筆というよりは意図的に崩されたように思える。
真砂は、常に何かを警戒しながら過ごしているのだろうか。もしそうなら、どれだけ疲弊することだろう。
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