あなたのいちばんすきなひと

名衛 澄

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16話

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「じゃあ付き合うか?」

 ゲームをしてアイスを食べて、駄弁って。いつものように僕の部屋でくつろいでいたときだった。

 有誠が何も考えずにその発言をしたことはわかりきっていた。だけど、またとないチャンスだと思った。



 何事にも興味を示さない子どもだったと思う。

 幼いながらにこの容姿は受けがいいらしいことをなんとなく理解していたし、運動も勉強も頑張らずともそこそこできた。

 退屈だった。

 家族にも友人にも恵まれ、笑っていればうまくいく。けれど、何かひとつ、夢中になれるものが欲しかった。すぐそばに、一生懸命でお人好しな幼なじみがいたからかもしれない。

 あるかもわからない何かを探しながら、周りが習っていたから、と言う理由で始めたサッカーも、毎日高得点をとったら表彰される小テストも、いまいち本気になれず、途中でやめた。


 曇り空が太陽を隠していて、暗くて寒い冬の日だった。

 放課後、教室後方にある棚の上に並べられた作品を、袋に入れる人たちの中で、自分も同じように袋を片手に立っていた。

「……ない」

 図工の時間に、架空の生き物を作りましょうというお題で、チラシや新聞紙で形を作り、紙を貼ってその上から着色した作品。僕が作ったのは真っ黒なペガサスだ。確かに棚の中央に置かれていたはずである。誰かが移動させたのかと思って左右を探してみるも、見つからない。

 ないものは仕方がない。心当たりがないでもなかったが、わざわざ騒ぎ立てるのも面倒だ。なくても困らないし、とあきらめて帰ろうとしたときだった。

「実晴? 図工で作ったやつどうしたんだよ。今日持って帰れって言われただろ」

 ランドセルを背負い、ブーケが描かれた白い紙袋を手にした有誠が不思議そうに、僕の手にある折りたたまれた紙袋を見る。

「なくなっちゃった」
「なくなったって……誰かが盗ったのか!?」
「たぶんね」
「先生に言わないと……」
「いいよ、めんどくさそうだし」

 作品が飾られていたであろう棚の上をしばらく見据えていた有誠だったが、ランドセルをおろし、手にしていた紙袋とともに自分の机に置いた。

「……探すぞ」

 もはや自分の作った作品はどうでもよかったが、一生懸命に僕の手を引いて進む有誠の熱量に押され、後をついて回る形で捜索する。ランドセルを置いておく棚の中をひとつひとつ見て回り、先生の机の裏、教室前の廊下、果てはゴミ箱の中まで探したものの、目当てのものは出てこなかった。

 荷物を持って、正方形の穴がずらりと並んだ靴箱まで移動する。金属製のそれはさび付いて赤黒く、元の色がわからないまでに変色している。

 ちらりと有誠の横顔を盗み見る。唇を真横に引き結び、自分のことでもないのに本気で悔しそうにしているのがおかしかった。しかし、いつまでもそんな顔をされていては居心地が悪い。笑顔をつくって話しかける。

「別に大事なものじゃなかったし、大丈夫だよ」

 有誠の目線だけが僕を捉え、すぐにそらされる。

「それでも、がんばって作ったものだろ。持って帰ったら実晴のお母さんもお父さんもよろこぶ」

 そう言って脱いだ上靴を持ち上げようとかがんだとき、有誠の動きが止まった。視線がある一点に釘付けになっている。

 視線の先をたどってみると、誰も使わない空の靴箱の中に、足のないペガサスが入っていた。無理に靴箱へ押し込んだためか、全体的に少し歪んでいる。もがれたらしい前脚も行方知れずだ。作品が見つかりはしたものの、これを持って帰る意味はないように思えた。これで有誠もあきらめがつくだろう。

「あー、見つかったね。よかった――」

 有誠がおもむろに自分の作品を紙袋から出し、靴箱の上にのせた。まるまると大きな胴体に細長い脚が四本、ヒレのような長い尻尾が付いている。クマとキリンとイルカが合体したみたいな生き物だ。その隣に僕の作品を並べる。そして、あろうことかキリンのような細長い脚を引きちぎった。

 目の前の光景が信じられず、絶句する。

 有誠は脚をペガサスのもがれた部分にくっつけ、テープで巻きつけた。

「俺のやつ、袋にいれるときに脚が取れかかってたんだ。胴体をでかくしすぎたから弱ってたんだろうな。でも、なくても海の生き物っぽくてかっこいいから問題ない」

 実晴のは脚があったほうがかっこいい、と言ってもう一方の脚も付けてしまうと、前脚と後ろ脚の長さが不揃いのペガサスが完成する。前脚が長くなったことで、お尻の重心が下がり後ろに傾いているが、二本足で立ち上がろうとしているみたいで、以前と比べ勇ましく見えた。

「ほら」

 ペガサスを差し出す有誠の手は真っ赤だった。長時間ストーブのついていない教室や廊下にいたせいだろう。その手に添えるようにして自分の手を重ねる。自分が今、感じているぬくもりが有誠にも伝わればいいと願いながら。


 中学を卒業するころになっても、熱中できるような物事は見つからなかった。それに比べ有誠に対する想いは最初に感じていたような、あたたかなものだけではなくなっていた。

 有誠は自分の感情をあまり表に出さない。出せない、が正しいかもしれない。両親がなかなか家にいない環境で育った有誠は、人に甘えるのが苦手なようだった。

 その有誠が、いつからか僕の前では涙を見せたり怒りを表したりしてくれるようになった。僕はそれに、愛おしさと、優越感を感じていた。僕だけに全部見せて、僕だけに甘えてくれたなら。

 ほの暗い想いが育っていくにつれ、不安も大きくなる。僕の中にあるこれが、どんどん質量を増し、いつか有誠を傷つけるのではないか、と。


 地域ごとでくくられる小中学校とは違い、高校では見知った顔はほとんどいなくなる。新たな場所で、僕のことも有誠のことも知らない人がたくさんいる環境でなら、このどうしようもない重さをはらんだ想いを、少しづつ捨てていけるだろうと思った。

 そうして初めて、入学してから告白してきた人と付き合った。この人を好きになれたら、自分の想いなんて忘れてこれからも幼なじみとして、有誠の隣で笑っていられるはずだと。

 それなのに、彼女との関係は二カ月ももたなかった。その後、何人も恋人が変わったが、結果は同じ。俺が振られて終わる。振られる理由も同じだった。

『はるくんって私のこと好きじゃないよね』

 まったくもってその通りだった。

 好きになろうという気持ちはある。だから、最初は彼女といる時間を作っていたが、その時間が長ければ長いほど、有誠と離れている時間も長くなる。わかりきったことだったが、想像以上に堪えた。

 彼女と過ごしていても、有誠が何しているのか気になってそれどころじゃなくなる。付き合う人が変わってもそのくり返し。

 想いを捨てるための行動だったはずが、離れれば余計に不安や心配が頭を占めて、鉛を飲んだみたいに胸が苦しくなった。

 そんな日々に嫌気がさし、告白されても付き合うのはやめることにした。ちょうど呼び出しを食らったのが、元カノの一島さんだったからかもしれない。一周回ってきたような気がしたのだ。これを機に、むやみやたらに付き合うのはやめよう。そう決めた途端に、信じられないようなチャンスが降ってきた。神を信じる主義ではないが、何かに今を逃すなとでも言われているみたいだった。

 有誠が気がつかないうちに囲って逃げられないようにする。

 僕が付き合うことに了承すると思わなかったのだろう。目を丸くして驚く有誠を見て、自然と口角が上がっていた。
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