俺の悪役チートは獣人殿下には通じない

空飛ぶひよこ

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恋に落ちました

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 数メートル先も見えない激しい吹雪を、それこそモーセのように割って現れたのは小さな白銀の子犬。
 ピンと立った三角の耳に、ふさふさのしっぽ。つぶらな金色の瞳。
 堂々と歩いてくる姿はどこか不遜だったが、前世で特に犬が好きだったわけでもない俺からしても、ひどくかわいらしく見える。かわいらしく見える……はずなのに。

「……あなたは……この山に住まうとされる神獣様ですか」

 気がつけば俺は、膝をついていた。
 ……何がチートだ。人類最強だ。
 俺は、勝てない。
こんな小さな子犬に自分は勝てないのだと、なぜか戦う前から俺は確信してしまった。

「……勝手にあなたのお住まいに侵入したことをお許しください。食糧難に喘ぐ民を救える植物を探して、この山まで参りました。必要以上にあなたの土地を荒らしたり致しません。どうか、私がこの地に滞在する許可をいただけないでしょうか」

 金色の瞳が、まっすぐに俺を射抜く。それだけで勝手に体が震えた。

「っ」

 限界まで強化した結界を物ともせずに、子犬が自分に飛び掛かってきた瞬間、終わったと思った。
 自分はここで神獣に殺されて、今世を終えるのだと。それこそがチートだなんだと調子に乗った自分への罰なのだと、本気で思った。
 スローモーションのように背中から雪の上に倒れながら、子犬の牙が自分の喉を食い破るのを覚悟して目をつぶった。
 ……だが。

「…………え?」

 俺の胸の上でくんくんと俺の臭いを嗅いだ子犬は、ふんふんうなずくように首を振って、ぺろりと俺の頬を舐めた。尻尾は左右に勢いよく振られ、ひどく機嫌が良さそうだ。
 俺が呆気に取られているうちに軽やかに胸から降りた子犬は、俺に尻を向けて尻尾をふりふり数メートル先まで進むと、立ち止まってこちらを振り返り、一声吠えた。

「……着いて来いって?」

 俺の問いかけに、まるで「そう言ってるのがわからないのか?」と馬鹿にしたような仕草で子犬が首を傾げた。……あ、かわいくて怖いのに、なんかすげえムカついた。このお犬様め。
 一度は死を覚悟したからには、もうどうにでもなれという気分でお犬様の後を追う。途中何度も立ち止まっては、ちゃんと俺がついてきてる姿に、不覚にもきゅんときた。……お犬様に会ってから、感情の起伏激しすぎだろ。俺。
 どれだけ歩いたのだろう。気がつけば、俺とお犬様は雲の中にいた。真っ白な吹雪が突然真っ白な霧みたいなのに変わったから、境目が全然わからなかった。
 そして、雲を抜けた先には。

「……うわっ……」

 一瞬、自分は天国に来たのかと思った。
 雲を抜けた先に広がるのは、色鮮やかな花畑。
 太陽の陽は暖かく降り注ぎ、頭上にはどこまでも澄み切った青空が広がっている。
 鳥が歌い、蝶が舞い踊る。その光景は、まさに「春」の景色。
 さきほどまで極寒の吹雪の中にいただけに、その暖かさがひどくしみた。

「……てか、この山の物理法則どうなってんだ……?」

 ……深く考えてはいけない。ここはファンタジーの世界。魔力の影響とかなんちゃらが関係してんだろう。多分。
 それよりもこんな天国みたいな場所に、荒れた土地に向いている植物があるのかの方が問題だ。いや、きっと物理法則無視な場所だから大丈夫……なはず。まさか冬エリアの方にあるとか言わないよな。あんな吹雪の中で雪に埋もれた植物の探索とか嫌だぞ。俺は。

「……わんっ」

「あ、わり……じゃなかった。申し訳ありません。ここまで連れて来ていただいたのに、お礼もしていませんでした」

 不満げにこちらを見上げるお犬様の前に、膝をつく。

「お犬さ……神獣様。ありがとうございました。おかげで目的の地に辿り着くことができました」

「…………」

 じーっと黙って金色の瞳で俺を見つめるお犬様。……え、これなんか見返り求められるパターン? 俺、お犬様が欲しがりそうなもの何も持ってないよ。
 俺ができることはえーっと……前世知識を生かして、今すぐドッグフードもどきを開発しないといけないとか? いや、ドッグフードの作り方とか知らんし。肉じゃダメ?

「え。ええとその……私が神獣様に捧げられるものは、魔物の肉くらいなんですが……」

「………」

「? 神獣様?」

 じと目でこちらを見上げた後に、なぜか膝の上に置いてた俺の手を肉球のついた手で、ちょいちょいとしだすお犬様。……わお。お犬様の肉球、意外と硬ぇ。
 よくわからないながら手を差し出すと、お犬様はそこに自分の頭を擦り付けて来て。

「……もしかして、俺に撫でろとおっしゃってるんですか?」

 何故わからないのかと、馬鹿にしたように鼻を鳴らして俺を睨み、ぐりぐり頭を手のひらにこすりつけるお犬様。……え、何これ。何これ。何これえ!

「――可愛すぎかぁ、くそっ!!」

「!?」

「あー、もうたまらん!!! 好きぃぃぃ!!!」

 思わず恐怖も、礼節も忘れ、小さなお犬様を抱き上げ、衝動のままにもふってしまった俺は悪くないと思う。
 ……言い訳をさせてもらうなら、俺は疲れてたんだ。一人での山登りはもちろん、八歳という年齢を一切考慮してくれない大人たちに囲まれたスパルタ生活に。そして、思い出した瞬間、振り回されるのが決定しているかのような、前世の記憶の数々に。
 そんな中突如現れたお犬様。姿はめちゃくちゃ可愛いのに、見ただけでわかるくらいめちゃくちゃ強くて、その癖やることはめちゃくちゃ不遜可愛い。そう、まさにお犬様は乾ききって砂漠のようになってしまった俺の心に、突如現れたオアシス。来月生まれる予定の弟か妹よりも、さらに早くやって来てくれた俺の癒し。
 そんなお犬様がデレて来たんだ……たとえ特別犬好きじゃなくても、堕ちるだろ! フォーリンラブですよ。フォーリンラブ。俺はもう今日から、完全に犬派です。
神獣だからか、野生とは思えないほどふわっふわな白銀の毛に顔を埋めて、両手でその毛を思う存分撫でまわす。もうこれ俺、激怒したお犬様に次の瞬間、ぷちっと殺されても後悔ないです。さっきから、やっちまったなーとは切実に思っているのに、手が止まらないです。……ちょっと、ほっぺにちゅーしてもいいですか。それは嫌ですか。硬い肉球による顔面スタンプで拒否……ご褒美です。好き。
 意外と大人しくもふらせてくれたお犬様は、途中から嫌になったのか尻尾で手をぺちぺちしてやめるように指示をしてきたけど、魔法でぶっ飛ばすのはもちろん、爪を立てる攻撃すらしてこなかった。え、優しい。愛してる。

「ありがとうございます……ありがとうございます……」

「…………」

「ああ! その冷たいお目目も、ソウ・キュート!」

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