世界の十字路

時雨青葉

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第2章 平和の崩壊

自分を苦しめる術

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「うわっ!」


 勢いが余って、実と拓也は二人揃って道路に倒れ込む。
 その後すぐに、拓也だけが身を起こした。


「実、大丈夫か!?」
「あ…つ…」


 実は頭を押さえてうめいた。


 頭痛がなかなか治まらない。
 日光のまぶしさが目を焼いてくる。


 外はこんなにも明るかったのか。
 そんなことを思った。


 頭痛と戦うことおよそ五分。
 ようやく、痛みが耐えられるほどに落ち着いた。


「ふう……ひどい目に遭った。」
「まったくだな。」


 実のぼやきに、拓也が苦笑を漏らす。
 どことなく平和な空気に、自然と体から緊張感が抜けた。


 助かったのだと。
 今さらながらに実感が湧いてくる。


「なんだったの……あれ。」
「あれは……」


 拓也が呟く。


 何かしらの答えが得られるのだろうかと思って顔を上げた実は、全く想像していなかった拓也の姿に目をいた。


「拓也! それ…っ」


 それ以上の言葉が続かない。
 血の気が引いていく気分だった。


 拓也の制服のそでが、大きく破けていたのだ。
 そこから流れた血で制服はどす黒い色に染まり、拓也の手は赤く汚れている。


 周囲を見ると、地面に点々と血が飛び散っているのが分かった。


 拓也は青い顔をする実にきょとんとしたが、実の視線が腕に注がれていることに気付いて破顔する。


「ああ、これなら大丈夫だ。四大芯柱しんちゅうに盾突いてこの程度で済んだんだから、十分ラッキーだよ。」


 肩をすくめた拓也が腕を押さえる。
 その手から、淡い光が漏れ出した。
 数十秒ほど経つと、拓也は腕から手を離す。


 その時には、破れた制服から覗く腕には傷一つなかった。
 制服や手についていたはずの血まで、綺麗さっぱりなくなっている。


 実は軽く目をみはった。


 最初に比べれば、魔法を見てもそこまで取り乱すことはなくなった。
 自分で言うのもなんだが、大きな進歩だと思う。


 拓也は実の様子を見て、大丈夫だと判断したのだろう。
 その表情を真剣なものにして口を開いた。


「実。さっきので、術の種類と術者が分かった。」


 拓也の声につられて背筋が伸びる。
 拓也は険しい口調のまま続けた。


「あの術はたませっていって、相手の魂に呼びかける術だ。それに相手が応えれば、相手がどこにいようと自分の元へ呼び寄せることができる。相手の居場所が分からない場合、最初は広い範囲に作用させて、反応が得られた地域に徐々に範囲を狭めていくのが常道だ。相手の場所を特定するのにかなりの時間がかかるんだけど、多分この前実が大きく抵抗したことで、この辺りに本格的に狙いが絞られたんだろうな。本来は夢を媒介にする術なのに、こんな無茶な術のかけ方をするなんて……奴ら、相当切羽詰ってるみたいだ。」


「……奴ら?」


 実は拓也に、それだけを訊き返す。


 術の仕組みを理解するのは放棄した。
 分かろうとしても、分からないものは分からない。


「術者は、セリシア・ルーン・アズバドル。国家魔法精鋭部の中で、四大芯柱と称されるトップの一人だ。四大芯柱は精霊統括者とも呼ばれていてな。精霊たちに認められて、一つの精霊の力を統治しているんだ。ちなみに精霊には火、水、風、土の四属性があるんだけど、通称〝セイリン〟と呼ばれるセリシアの統治領域は風だ。そして、セリシアはおれがいた国、アズバドル王国の第三王女でもある。」


 全く知らない名前だった。
 首をひねる実の前で、拓也は不可解そうに眉を寄せる。


「ただ……一つ、分からないんだよな。」
「何が?」


「いや……実にこう言うのも、酷な話かもしれないんだけど……」


 拓也は独り言のように続ける。


「どうして実は、今までセリシアの声に応えずにいられたんだ? 実なら、確実に彼女の声を知っているはずだ。正直に言うが、実が彼女の声を無視するとは到底思えなくて……」


 拓也の言葉は、途中から実の耳に入っていなかった。


 彼女の声を、自分が確実に知っている?
 心のどこかで知っているような気がしていたあの声を?


 もしかして、やっぱり―――


「拓也……」


 かすれた声で呼びかける実に、拓也は問うように小首を傾げた。


 彼に、このことを話してもいいのだろうか…?


 多少の躊躇ためらいはあったが、実は意を決して拓也に話すことにした。


 ―――自分には、ある時点から前の記憶がないのだと。


 拓也は最初こそ驚いていたが、こちらの話を聞いているうちに落ち着きを取り戻していった。


「なるほど。」


 話を聞き終えた拓也は、何故か合点がいったというような顔をした。


 彼はあごに手をやって、何かを考え込む。
 そして―――


「実、状況が状況だ。本当はもっと待ってやりたかったが、そうも言ってられない。―――現実を、受け入れに行くぞ。」


 顔を上げると同時に、拓也は実の顔の前にぬっと手のひらを突きつけた。


「な、何?」
「きっと、見れば分かる。」


 拓也は静かに実の両目を塞いだ。
 瞬間、実の体が糸の切れた人形のようにくずおれる。


 倒れた実を支える拓也。
 その口が微かに動く。


 二人の体が、その場から消えた。

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