世界の十字路

時雨青葉

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第5章 迷い

浮き彫りになる犯人

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 自分を襲った相手が死んでいた。
 それは、にわかには信じがたい事実。


「なっ…!?」


 あまりの衝撃に、拓也はそれ以上何も言えない。
 そんな拓也に対し、サリアムは次の言葉を淡々と告げるだけだ。


「あの状況で、部下を殺すことができたのは君だけだ。」
「じょっ……冗談じゃない! 濡れ衣もいいところだ!! おれは、何もしてな―――」




『じゃあ、死ぬ?』




 ふと脳裏に響く、あの子供の不吉な言葉。


(まさか……)


 嫌な想像が爆発的に膨らむ。


 そんなはずがない。


 すぐさま推測を否定するけれど、あの子供の表情や言動が、とっさの否定をさらに否定した。


 意識に引っ掛かるのは、子供が放ったシャボン玉だ。


 ふわふわと頼りなく浮き沈みを繰り返しながら青い世界の果てへと消えていった、本当に小さな球体。


 まさか、あれに人一人をあやめるほどの力が宿っていたとでも?


 あの時の子供からは不愉快そうな香りこそ漂っていたけれど、その刺々とげとげしさは殺気に至るほどではなかったのに?


 あんなに平然とした涼しい顔で……―――彼は、人を殺したというのか。


(そんなわけがない。ありえない。でも……あいつ以外に、誰が殺せた?)


 疑念がぐるぐると渦巻く。


 子供がシャボン玉を放った後、水のむちはいつの間にか消えていた。
 あの時は気にする余裕もなかったが、今考えれば明らかにおかしい。


 様々な状況証拠が犯人を浮き彫りにする。
 考えれば考えるほど、一つの結論に辿り着いてしまう。


「嘘……だろ…?」


 茫然と呟いた拓也の蒼白な顔を、サリアムの視線が射すくめる。


「なるほど。やはり、そういうことか。」
「……え?」


 思わず顔を上げる拓也。
 サリアムはそんな拓也の反応から、何かを得ているようだった。


「いくら危険人物だといっても、実践経験のない君には、まだ人を殺せないだろう。それに、君一人くらいなら、部下は造作もなく殺せたはずだった。魔力の差はともかく、経験は彼の方が豊富だ。失敗はしないだろう。そのくらい信用できる部下を連れてきたんだ。本来なら、君はあの時に死んでいたはずだ。」


「………」


 断定的なサリアムの言葉に、拓也は押し黙るしかない。


 悔しいことだが、それは事実だ。
 あの時に誰の助けも入らなかったら、自分は確かに殺されていただろう。


「それなのに、君はキースの元に駆けつけてこられた。ということは、誰かが君を助けて部下を殺したんだろう。私に限界まで力を削られていたキースには、まず不可能。おそらく、私が認知していない協力者がいる。そう思って揺すってみたんだけど……その顔だと、私の推測は間違っていないようだね。」


「!!」


 拓也は思わず、自分の口に手を当てていた。


 しまった。
 驚愕のせいで、完全に油断していた。


「さて、本題だ。君を助けたのは誰だい? 犯人を捜そうにも、部下の周りには魔力の痕跡が全く残っていなくてね。部下が君を殺すために作り上げた世界も、かんなきまでに壊されていた。君を助けたその誰かは、自分のわざだという証拠を見事に全部消し去ったんだよ。」


「はあっ!?」


 拓也は声を裏返してしまっていた。


 魔法を使えば当然、そこには魔力のカスが残る。


 その濃度を極力低くすることはできても、完璧に消し去るなんて、数えるほどの人間しかできやしない。


 それを、彼がやってのけただと?


 あの子供に逆らってはいけない。
 そう思った自分の本能は間違っていなかったらしい。


「村田君。」


 名前を呼ばれて、拓也はようやく回想から戻ってくる。


「さあ、教えてもらおうか。優秀な部下を殺したんだ。それ相応の報いは受けてもらわねばならない。君を助けたのは、誰だ?」


「………分からない。」


 そう答えるので精一杯だった。


 彼の正体が分からないのは嘘じゃない。
 ある程度の推測は立っているものの、確証がないのが現実だ。


 しかし、ここで馬鹿正直にこの推測を言ってしまうと、激昂げきこうしたサリアムがどんな行動に出るか。


「やっぱり、簡単に教えてくれるわけないよね……」


 サリアムが呟いたせつ、ヒュンッと何かが風を切った音が耳に入った。
 拓也は、頭で考えるよりも先に地面を蹴る。


 とっさにテーブルに飛び乗って床を見ると、さっきまで自分がいた場所で、黒い触手のようなものがうぞうぞとうごめいていた。


 思わず顔を歪めていると、手に何かが触れるおぞましい感触が走った。
 目で確認するより早く、それを反射的に振り払う。


 かい見えた自分の手には、あの黒い触手が絡みついていた。


「くっ…」


 テーブルごと自分を絡め取ろうとする触手からのがれ、拓也はまだ触手が届いていない床へ飛び降りた。


「おい! 何するんだっ!!」


 拓也はサリアムに怒鳴る。
 自分を捕らえようとする触手は、サリアムの足元から発生していたからだ。


「決まっている。君の記憶を覗かせてもらうんだよ。君が分からないと言うなら、そうするしかないだろう。ついでに、さっきから君が私に隠していることも全て見せてもらおうか。」


(くそっ……ばれてたか。)


 ささやかな後悔を噛み締める間にも、触手はこちらを目指して一直線に向かってくる。


 拓也は舌を打ちつつ、手を横にぎ払った。
 魔力のこもった拓也の手に触れた瞬間、触手は切れ切れに散っていく。


「そんなこと、素直にさせると思うなよ?」
「ほう、面白い。」


 サリアムは不敵に笑って、余裕をたたえた目で拓也を見据みすえる。


「君ものちの四大芯柱として、魔法技術には高い評価を受けていたね。その力、当代の〝ティートゥリー〟である私にどこまで通用するのか、とくと見せてもらおう。」


 次の瞬間、サリアムの足元からこれまでの倍以上の密度で触手が爆発した。

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