世界の十字路

時雨青葉

文字の大きさ
45 / 714
第5章 迷い

踏み出す一歩

しおりを挟む

「あれ? 消えた…?」


 階段の陰から顔を覗かせていた実は、目をしばたたかせた。


 ろくに眠ることもできずに早く登校したら、昇降口に入りかけたところで、拓也とサリアムの話し声が耳朶じだを打った。


 思わずその場で足を止めて、聞き耳を立てた。


 そして、二人が移動し始めたのを見計らって昇降口に駆け込み、なるべく気配を殺しながら彼らの後を追って、ずっと二人の様子を見ていた。


 そしたら、二人は消えてしまったのだ。
 あるはずもない、壁の先へ―――


 実は拓也たちの後を追いかけようとして、出しかけた足を止めた。


 今自分があそこに行っても、足手まといになるだけだ。
 すぐにそのことに思い至る。


 ぐっとこぶしを握り締め、実は階段を右に曲がった。
 教室に向かって自分の席に座り、回らない頭で色々と考えながら一人で過ごす。


「みーのるっ」


 どれくらい経った頃だろう。
 登校してきた梨央が目の前に立った。


「あ、梨央…。おはよう。」


 いつもそうするように、気だるげに挨拶をする。


「おはよう。珍しいね、実が一人なの。最近はずっと村田と一緒にいるのに。村田は?」


「まだ来てないよ。もうしばらく……来ないんじゃないかな。」


「ふーん、そう。ねえ実、聞いて聞いて! 昨日さぁ……」


 梨央が、他愛もない話を嬉々としながらしてくる。
 実はそれを、浮かない気持ちで聞いていた。


 これまでと同じ、平凡だけど平和な世界。
 ここ最近の自分が、取り戻したくて仕方なかったものだ。


 それが目の前に広がっているのに、嬉しいともなんとも思わないのは何故だろう。
 拓也もいないし、少しくらい日常に逃げて息抜きしてもいいはずだ。


 だけど、気分は一向に晴れない。
 壁の向こうに消えていった拓也の姿が、どうしても頭から離れないのだ。


 本当に、自分はこんな所にいていいのか。
 そんな気さえしてくる。


 実は、ものげに溜め息をついた。


 拓也と共にいたサリアム。
 彼の存在が、自分の行動に制限をかけていた。


 さすがに、昨日の今日でサリアムに会いたくない。
 まだなんの結論も出していないのに、サリアムを前にするなんて無理だ。


 次に彼と顔を見合わせれば、当然のように昨日の答えを求められるだろう。
 それが分かるから、こうして身動きが取れないのだ。


「実!!」


 急に、高めの澄んだ声が鼓膜を叩く。


 それに驚いてまばたきを繰り返していると、机に腕とあごを乗せた梨央が、こちらを上目遣いで見つめていた。


 実が梨央と目を合わせると、途端にその頬が機嫌を損ねたように膨らむ。


「もう、さっきから暗い顔して…。私の話、全然聞いてないでしょ?」
「いや、そんなことは……」


「じゃあ今、私が何を話してたか分かる?」
「………ごめん。」


「やっぱりね。」


 梨央は息をつくと、次に首を傾げた。


「どうしたの? 顔色悪いよ。体調悪い? それとも悩み事?」
「いや、大したことじゃないよ。」


 実は曖昧あいまいな笑顔で首を振る。


 言えるわけがないじゃないか。
 こんな話をしたところで、梨央が信じるとも思えないし。


 自分だって、嫌というほど現実を見せられるまでは、こんなことを信じるつもりなどなかったのだ。


 信じろという方が無理な話なのは、誰よりも分かっているつもり。


 それに、下手にこのことを話してしまって、梨央や周りの友人をこんな世界に巻き込みたくはなかった。


「本当?」
「本当だって。本当に大丈夫……―――っ!?」
「きゃっ…」


 言葉の途中でいきなり立ち上がった実に、梨央が瞠目する。


「実? どうしたの?」


 梨央が声をかけるが、その声は実に届いていなかった。
 実はくうを見上げたまま、その場に立ち尽くしている。


 何が起こったのだろう。
 何故かは分からないけど、ひどく不吉な予感がする。


 心臓が暴れ出して、息が上がる。
 肺は必死に空気を取り入れているのに、呼吸をしている心地が全くしない。


 聴覚いっぱいに響く、鼓動と呼吸の音。
 それにつられてか、首筋があわ立って背中に冷や汗が伝う。


 無意識に、シャツの胸元をぐしゃぐしゃに握っていた。


 体中が危険を訴えている。
 嫌な予感が頭を揺さぶる。




 考えうる限り、今一番危険なのは―――




 思い至った瞬間、無意識に走り出していた。


「ちょ……ちょっと、実!?」


 梨央の声を遠くに聞いたような気がしたが、それどころではなかった。


 実は廊下に飛び出し、一直線に廊下を駆け抜ける。
 あっという間に拓也たちが消えた行き止まりまで来て、実はようやく足を止めた。


 それに遅れること数秒、実を追いかけてきた梨央がやってくる。


「み、実……どうしたのよ。ものすごいスピード……」


 実は梨央に答えない。
 というより、この時の実には周囲の音が全く聞こえていなかった。


「………」


 実はじっと壁を睨む。


 見える。
 壁に重なる形で、引き戸がある。


 きっと、拓也たちはこの中にいるのだろう。


 実は深い呼吸を一つ。


 この扉をくぐれば、かつての日常は絶対に取り戻せない。
 もしかしたら、この先に待ち受けているのは最悪のシナリオなのかもしれない。


 けれど……


 そっと、引き戸に手をかける。


 ―――なんとなく分かる。


 どんなに拒絶したくとも……自分はきっと、意味の分からないあの世界と嫌でも向き合わなければならないのだ。


 そんな確信をいだきながら、実はゆっくりと扉を開けた。


「実、何してるの…?」


 梨央が不審がって訊ねる。


 無理もない。
 引き戸が見えていない梨央からすれば、実の行動は確かに怪しいだろう。


「………」


 実は顔をしかめた。


 開いた扉の先は真っ暗だった。


 暗闇が広がっているのかと思ったら違った。
 闇の表面で、何かがざわざわとうごめいている。


 一瞬躊躇ためらいつつも、それに触れてみる。
 すると、そこから黒い触手のようなものが伸びて、手に絡んできた。
 反射的に手を引くと、触手は蜘蛛くもの糸みたいにあっさりと切れる。


 どうやら、自分に危害を加えるものではないようだ。


 実は、目を閉じて覚悟を決める。
 次に目を開き、ぐっとけんに力を込める。


 そして、うごめく闇の中へ手首まで差し込んだ。


「―――っ!!」


 そこから全身に駆け抜けていく悪寒。
 とっさに逃げたくなる衝動をなんとか抑え、闇の中へ足を踏み出す。


 そんな実の腕に、突然の行動に驚愕した梨央が抱きついた。


「実!? そこ、壁だって……って、なんで実消えてくの!? きゃあっ!?」


 壁は、何事もなかったかのように二人を飲み込んだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
コミカライズ企画進行中です!! 2巻2月9日電子版解禁です!! 紙は9日に配送開始、12日発売! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&2巻出版!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、コミカライズ決定いたしました!現在企画進行中!!そしてオリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 12日には、楽天koboにおいてファンタジー5位となりました!皆様のおかげです! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 オリコンランキングライトノベル 週間BOOKランキング 18位(2025年9月29日付)

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話

ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。 異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。 「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」 異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…

処理中です...