世界の十字路

時雨青葉

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第6章 古からの暗示

背後から襲う衝撃

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「実……おい、実!!」


 何度も肩を揺さぶられて、実は開きたがらないまぶたをどうにかしてこじ開ける。


 目の前に飛び込んできたのは、拓也の心配そうな顔。


 その後ろには、拓也と同じような表情をしている尚希と、意外なことにエーリリテの姿もあった。


(どいつもこいつも……)


 疲れすぎてもやがかかる思考の中、なかば無意識で思う。


 どうして皆、そんな顔ができるのだろう。


 一歩間違えば暴走して過ちを犯してしまいそうになるこんな自分など、いっそのこと捨て置けばいいものを。


 実は目を閉じると、鬱陶うっとうしそうに拓也の顔の前で手を振った。


「なんだよもう……こっちはへとへとなんだから、ちょっとくらい寝かしてよ。」


 言い放った途端に拓也の顔から瞬く間に心配の色が消えて、代わりに呆れ顔が広がった。


 それを見て、実は内心で満足感を得る。


 これくらい軽く流されるのが一番楽だ。


「それだけ減らず口が叩けるなら大丈夫だな。」


「うわぁ…。へとへとだって言ってるのに。」


「何言ってんだよ。―――これくらいが、ちょうどいいんだろ?」


 後ろには聞こえない小声で、そんなことを言われる。
 それに目を丸くした実に、拓也は言葉を重ねた。


「馬鹿にするなよ。実がこの方が気楽に助けを求められるって言うなら、おれはいくらでも自分を抑えてやるよ。お前をひとりにしないためにな。ま、完璧に抑えきれるとは断言できねぇけど。」


 拓也の表情は真剣だ。
 実は、きょとんとして目をしばたたかせる。


ひとりにしないために〟


 拓也も尚希も、ハエルだって同じことを言う。
 それを嬉しく思う一方、それと同じくらい悲しくもなる。


 この言葉にすがりついてしまいたい。
 でも、それはできない。


 自分の中で、相対する気持ちが同等の威力でぶつかり合う。


 今までの自分を保つためには、素直に伸ばされる手を取るべきなのだと分かっている。
 しかし、今の不安定な自分はいつ昔の気持ちを暴走させてしまうかも分からない。


 我を失って拓也たちを傷つけてしまうのなら、そうなる前に自分が離れた方がいい。
 拓也たちを傷つけてしまった後では、きっと自分が耐えられない。




 を味わうくらいなら、いっそのこと―――




「実?」


 拓也の呼びかけが、暗い思考の海から実をすくい出す。
 一瞬で現実に戻った実は、拓也に淡く微笑んだ。


「……なんでもない。ありがとう、拓也。」


 己の中に渦巻く複雑な気持ちを、胸の中にしまい込む。


 こんなことを拓也たちに言えば、なんと言われるかは想像がつく。
 そして、優しい二人が気に病むことも想像にかたくはない。


 だから静かに、そっと、厳重に。
 この気持ちは、自分の奥に隠しておくのだ。


「あーあ、とりあえず眠い。」


 口調をガラリと変え、実は木にもたれかかって肩の力を抜く。
 そのあっけらかんとした態度に、尚希とエーリリテがほっと息をついた。


「家に帰ったら、気が済むまで寝かせてあげるわよ。……って言っても、今は父さんと兄さんが避難勧告の事後処理にてんやわんやしてて、かなり騒がしいんだけどね。二人とも、かなり心配してたわよ?」


「うへー…。めんどくさいなぁ。あの二人、揃いも揃ってベタベタしてくるんだもーん……」


 これは、帰ったら面倒なことになりそうだ。


 ぼやきながら拓也の手を借りて立ち上がると、微笑んだ尚希とエーリリテが先を歩き始める。


 並んで歩く二人は仲睦まじげで、すでに長年連れ添った夫婦のような雰囲気をかもし出していた。


 立ち上がると、忘れていた体の重たさを改めて実感させられる。


 軽い眩暈めまいを覚えたが、これ以上拓也たちの心配を煽るわけにもいかないので、なんとか我慢して拓也の後ろについて歩く。


 しかし……思えば、この時に素直に拓也の肩を借りておくべきだったのだろう。


 眩暈をこらえるのに気力を割いていた自分は、気付くことができなかった。




 後ろの木陰から、息を殺して姿を現した人物に。




 突然として受けた、背後から突き上げられるような衝撃。
 ドンッとにぶい音がして、腰辺りで熱を帯びた痛みが爆発する。


 ふとした拍子にこちらを振り向いた拓也たちが、時を止めてしまったかのように茫然とした顔でこちらを凝視している。


 実はゆっくりと、ぎこちない動きで後ろに目をやった。


「グラン……」


 そこには、険しい目つきでこちらを睨むグランがいた。


 腰で火を噴く灼熱がグランの手に握られている包丁で刺された痛みだと認識できたのは、包丁とグランの両手を染めていく自分の血に気付いてからのことだった。


「そうか……お前が―――〝鍵〟だったんだな。」
「!?」


 彼の言葉に、心底動揺した。


 心臓の音が一際大きくなり、爆発的な冷気が体の芯から鼓動のリズムに乗って広がっていく。




 逆らうだけの力は―――残っていなかった。



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