世界の十字路

時雨青葉

文字の大きさ
162 / 714
第4章 桜をまとう少女

笑えるようになったのは……

しおりを挟む

「桜理。」


 優しく呼びかけると、桜理が顔を上げて間近からこちらを見上げてくる。
 目の赤い桜理の頬に触れて、実は柔らかく微笑んだ。


「本当に、もう大丈夫だから。」


 自分としては、桜理を安心させるために言っただけだった。
 しかし何故か、それを聞いた桜理はひどく驚いたように目を丸くしてしまった。


「……実。」
「な、何?」


 何か変なことでも言っただろうか。
 予想外の桜理の反応に対応できず、戸惑いがそのまま声に表れてしまった。


 桜理はじろじろとこちらを見つめ、やがて嬉しそうな笑顔を浮かべた。


「ちゃんと、笑えるようになったんだね。」
「………」


 固まった。
 数秒後。


「……ぷっ」


 思わず、盛大に噴き出していた。
 そのまま腹を抱えて笑い始めた実に、桜理が目を白黒させる。


「何!? 私、何か変なこと言った!?」
「い、いや……なんでも…っ。あはははは!」
「もう! 実!!」


 桜理の抗議を無視して笑い続ける実の目尻には、すでに涙が浮かんでいる。
 状況についていけない桜理は、眉をハの字にしておろおろとし始めた。


「ご、ごめん…。桜理が何かしたとか、そういうんじゃなくて……」
「え?」
「いや、だからさ。……はぁ。」


 大きく息を吐き出して、実は口調を落ち着かせる。


「そうだよね。あの時の俺って、全然笑わなかったもんね。」


 言うと、きょとんとしていた桜理が遅れて何度も頷いた。


「そ、そうだよ! あの時は苦労したんだから。どうやったら実が笑ってくれるのかって、いろいろ試行錯誤したのよ?」


「え、そうだったの?」


 首を傾げた実に、桜理が大きく目を見開いた。


「嘘でしょ!? 気付いてなかったの!? 私の努力って何!? あーあ……どうりで、ほとんどが空振りだったわけだわ。」


「ごめん…。あの時は、周りの全部に関心がなかったから……」


「なおさら悪いよ。関心すら持ってもらえてなかったなら、話にならないじゃないの。」


「……ごめん。」


 がっくりとうなだれる桜理。


 もっと桜理の気持ちをんでやれよ、昔の自分。


 そう突っ込みたくなったけど、過去の事実は変えようもなく、今考えても何が悪かったのか見当もつかない。


 さすがに、少し罪悪感を覚えた。


「いいわよ、別に。」


 こちらの心情を聞いた桜理は、ねたようにそっぽを向いてしまう。


「ちゃんと笑えるようになったなら、多少は私の努力も報われるわ。でも……」


 ふと、桜理の表情が曇った。


「すごいな…。実を笑わせることができた人。」


 本当は自分が笑わせたかった、と。
 桜理は小さくぼそぼそと呟いている。


 実は何度も目をまたたかせた。
 そして―――


「何言ってんの? そんなの、桜理だけだって。」


 つい反射的に、そう言い放ってしまっていた。


「え?」
「……あ。」


 桜理に訊き返されたことで自分の発言を自覚した実は、思わず口を押さえた。


 自分らしくもない率直な発言に、言ってしまってから異常なまでの恥ずかしさが湧いてくる。


 頬がとんでもなく熱くなった。


「実、今なんて?」
「いや、あの……わ、忘れて! なんでもないから!」
「なんでもなくない。」


 軽く一蹴されてしまった。
 これ以上の失言はすまいと口を塞ぐ実に、桜理は無言の圧力をかける。


「………」
「お、桜理?」
「………」


 返ってくるのは沈黙だけだ。


「……う…っ」


 退路がどんどんと絶たれていく。
 桜理はただ黙って、こちらを見つめてくるのみ。


「―――だ、だから……」


 折れるしかなかった。


「俺が笑えるようになったきっかけを作ったのは、桜理だったと思うって言ったの。桜理と会ってなかったら、今頃笑ってなんかいない……と、思う。」


 桜理と目を合わせないままに、ぎこちない口調で白状する。


 顔だけじゃなく、もはや全身が熱い。
 恥ずかしくて、桜理の顔などまともに見られない。


 ただそんな中でも、桜理が何やらよからぬ笑顔を浮かべたことだけは気配で分かった。


「実。なんか、素直になった?」
「―――っ。そりゃあ、桜理の前だから…っ」
「ふうん?」


 桜理がにやっと笑う。


「うっ…」


 実は言葉につまる。


 どうやら、さらなる墓穴を掘ってしまったらしい。
 その穴に入って、永久に出てこなくてもいいだろうか。


「桜理、性格変わったね……」
「まあね。私だって成長してるもの。」
「あっそ……」


 実は目を閉じて肩を落とす。


 なんだか、悪足掻きをするのも情けなくなってきた。
 どうせ、自分が発した言葉は帰ってこないのだ。


「実も、変わったよね。」


 桜理がぽつりと呟く。
 その言葉に、心臓がどきりと跳ねた。


「そう、だね……色々、あったから。」


 差しさわりのない返答をしつつ、桜理の見えないところで手をぐっと握り締めた。


 言えなかった。


 今まで平和に過ごしていられたのは、桜理のことを忘れていたからだ。


 難なく笑えるようになったのも、過去の記憶と魔力を封印したことで、一時的にでも普通の人として暮らしていたからという面が大きいだろう。


 でも、そんなことを桜理本人に言えるはずがない。


 桜理は淡く微笑んでいる。


 何者かに連れ去られてもなお、桜理から消えなかったこの笑顔。


 離れていた時間を自分がどう過ごしていたか知ってしまったら、この笑顔が今度こそ消えてしまうのではないか。


 それが、どうしようもなく怖かった。


「………」


 次の言葉が思い浮かばない。


 必死に話題を探していた時、ちょうどよくドアがノックされた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
コミカライズ企画進行中です!! 2巻2月9日電子版解禁です!! 紙は9日に配送開始、12日発売! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&2巻出版!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、コミカライズ決定いたしました!現在企画進行中!!そしてオリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 12日には、楽天koboにおいてファンタジー5位となりました!皆様のおかげです! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 オリコンランキングライトノベル 週間BOOKランキング 18位(2025年9月29日付)

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話

ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。 異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。 「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」 異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

処理中です...