世界の十字路

時雨青葉

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第5章 残された時間

写真の人?

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 桜並木の中に、実は片膝をついて着地した。
 その腕に、一人の少女を抱えて。


「この馬鹿!!」


 実は殺気すらにじませて、少女に容赦ない罵声を浴びせる。
 そのあまりの気迫に、少女の肩が大きく震えた。


「何、危ないことしてんだ! 俺がとっさに抱え込んでなかったら、どうなっても文句言えなかったんだぞ!? 分かって―――」


「嫌だからね!!」


 怒鳴る実をさえぎる勢いで、梨央は叫ぶ。
 予期せぬ反論に、実は言葉を飲み込んでしまう。


「は…?」


「実を支える方法が離れるしかないなんて、そんなの絶対に嫌! 私は、そんな悲しい支え方はしたくない!!」


 梨央の言葉に実は目を見開き、次に奥歯を噛む。


 梨央が必死なのは、その様子からありありと感じられた。
 なのに……


 そんな梨央の必死さをぶつけられるほどに、スッと感情が引いていく。


 胸腔から冷たい何かがあふれてきて、意識が別の何かに塗り替えられていくような気分だ。


「梨央……分かってないな。」


 ぽつりと零れた、空虚な声。


 刹那、実のまとう雰囲気が変わる。
 その変化に体を強張らせる梨央を、実はまっすぐ見据みすえた。


 果てしなく虚無の広がる、何も含まない空っぽの瞳で。


「分かってないよ、何も。」


 それは、梨央への絶対的な否定。
 その言葉に、えていた梨央の強気が一瞬で舞い戻った。


「わ、分かってるもん。どのくらい危ないかも、私なんてここにいても役に立たないってことも。だけど―――」


「甘い!!」


 実が一喝する。
 それは、今まで梨央が聞いたことのないほどの激情を伴っていた。


 怯んで息を飲む梨央。
 そんな彼女を、実は冷たい目で見下ろす。


 感情は、完全に消え失せていた。
 自分に萎縮している梨央を見ても、心が全く反応しないくらいに。


「認識が甘すぎる。ここがどんなに危険か、俺がどれだけ危険か……それが分かっているなら、こんなことはできないはずだ。お前は、心のどこかでピンチになった時には誰かが助けてくれると思ってる。自分は傷つかないはずだって、楽観的に安心してるんだ。」


 手厳しい指摘を、梨央は否定も肯定もしない。
 実としても、彼女の反応を待つつもりなどなかった。


 依然として身動きが取れない様子の梨央に、実はゆっくりと手を伸ばす。


「甘すぎて……吐き気がする。お前はこの世界の危なさを、身をもって知ったはずなのにな。」


 梨央の額に手をつける実。
 その顔には、不気味な笑みがたたえられていた。


「それとも……あの程度じゃ、理解には及ばなかったかな?」
「―――っ」


 恐怖のあまり、梨央が目を固く閉じる。


「………?」


 その時、ふと実の表情が変わった。
 それと同時に、実からほとばしっていた異常な力が霧散する。


「ちっ、こんな時に。」


 梨央にしか聞こえない声で、実はそう毒づく。


 それを境に雰囲気を再び一変させた実は、梨央からすたすたと離れていく。
 堂々としながらも、全く気配を感じさせない動きだ。


 近くの大木の前で立ち止まる実。
 そこから先は、水が流れるように一瞬で過ぎ去った展開だった。


 実があっという間に木の裏側に回り込んだかと思うと、反対側からまた姿を現す。
 その時には、実に片腕をひねり上げられている女性が一緒だった。


「うーん……六十点。」


 実が口にしたのは、そんな辛口評価。


「気配の消し方がまだまだ。それに俺が回り込んだ時、びっくりして硬直したでしょ? あれは致命的だよ。敵に気付かれたと認識したら、まず逃げることを考えた方がいい。相手が自分よりも格上ならなおさらだ。判断が遅れて顔を見られたら対策の幅が一気に狭まるし、捕まったら一巻の終わりだからね。以上。」


 口早に言った実は、あっさりと女性を解放する。
 女性は抵抗の一つもせずに、実の言葉を真剣に聞き取っていた。


「……でも。」


 ふっと、実は口元をやわらげる。


「この数日で、すごい腕を上げたと思うよ。リリィ。」


 その言葉を聞くと、リリィと呼ばれた女性がぱあっと表情を輝かせた。
 それはまるで、尊敬している師に褒められた弟子のような反応だ。


「そ、そうか! 一生懸命特訓したかいがあった。」


 嬉しそうな笑顔のまま、リリィは実の腕を取る。


「早くこっちに来い。また色々と教えてくれ。」


「んな無茶な…。大体、俺は他人に何かを教えられるほど立派じゃないんだって。どうしてもって言うから、こうして付き合ってるけどさ。」


 実が困惑した表情を浮かべるが、リリィはそれを全く気にしていない様子。


「こちらの護衛をみーんな倒しておいて、よく言うな。」


「だって、ほとんど女の人だったじゃん。」


「ここに送り込まれる奴らはみんな、男の一人や二人くらいは余裕で倒せる奴だぞ。見くびらないでほしい。」


「で、でも……俺は、魔法以外に関してはあくまでも平均レベルで……」


「実で平凡なら、世の中の大多数はクズだ。」


 実の抗議を全て打ち消して、リリィは問答無用で実の腕を引きずる。


 その視線がごく自然な流れで梨央の姿をとらえた瞬間、彼女の顔から笑顔が瞬く間に消えた。


「……実。誰だ、そいつ。」
「え? あー…」


 リリィに訊ねられて実も梨央のことを思い出し、説明に困ったように頬を掻く。


「まあ、なんて言うの? ちょっとした事故で、巻き込んじゃったんだよ。俺の知り合いだから、怪しい奴ではないよ。」


 実が梨央をフォローするが、リリィが梨央を見る目は冷め切っている。


「こいつは、こちら側の人間なのか?」
「いや、純粋に向こうの人間。」
「そうか。」


 その言葉を最後に興味が失せたのか、リリィは梨央から目をらした。


「実、行こう。」
「ちょ、ちょっと…。さすがに、こんな所に置いていけないから。」


 リリィに腕を引かれて困った実は、空いている方の手を梨央へと差し出す。
 その時―――


「何をしているのですか?」


 新たな声が割って入った。


 実の手が、びくりと痙攣けいれんする。
 リリィの表情も、露骨に引きつった。


 声の主である桜理は、まずリリィをたしなめた。


「リリィ…。あなたが外に出るのは危険だって言うから実を捜しに行くのを頼んだのに……実と遊んできてもいいなんて、私は一言も言ってませんよ? 確かに、リリィが実を尊敬して教えを乞いたいっていう気持ちは分かるけど、優先順位を考えましょうね?」


「も、申し訳ありません。」


 しゅん、とうなだれるリリィ。


「実!」


 桜理は次に、実へと標的を移す。


 その口調はリリィに対するような落ち着いたものではなく、もっと感情をき出しにしたような、見た目の年齢相応のものだった。


「もう、どこに行ってたの? すぐに戻るっていうから、美味しいお茶を用意して待ってたのに。」


「あ、いや……ごめん。」


 実が言葉をにごす。
 そんな実に近付いた桜理は、途端に表情を暗くした。


「ただでさえ、ずっと一緒にいられるわけじゃないのに……」
「だから、ごめんってば。」


 どこか慌てた様子の実。
 そんな実の後ろで、梨央は驚愕に目を見開いていた。


 実の態度の豹変ぶりにもそうだが、何よりも実に寄り添う少女から目を離せなかったのだ。


 梨央は茫然と呟く。
 その瞬間、実の表情が強張ったことには気付かずに。


 梨央は桜理を見て、こう言ったのだ。




「え…? ?」



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