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第5章 残された時間
突きつけられた現実
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建物の中でも、自分たちが立ち入りを禁じられていた数少ない場所。
そこに入った桜理は、ひたすらに奥へ奥へと進んでいった。
歩いているうちに、騒がしかった人の気配がだんだんと遠退く。
今や、周囲は深夜かと思えるほどの静寂に満ちていた。
なんだか、不思議な気分だった。
この建物はこんなに広かっただろうか。
桜理は、自分をどこに連れていこうとしているのだろう。
そうは思ったものの、ただそれだけ。
疑問は不信感まで発展はしない。
こちらの手をしっかりと握る桜理の手。
それを見ているだけで、甘い安堵の中に何もかもが溶けていく。
それほどまでに桜理を信じきっている自分がいた。
「桜理。そういえば、梨央は?」
ふと気になったので訊ねてみる。
こちらを振り返った桜理は、悪戯っぽく舌を出して微笑んだ。
「お茶に薬を混ぜて、眠ってもらっちゃった。実と二人きりで話したかったの。最初は待っててもらおうかとも思ったんだけど、梨央ちゃんって実が絡むとどこまでもついてきそうな感じだったから。」
「ああ、なるほど。」
桜理からの答えを聞いた実も苦笑。
今朝の梨央の行動を思い返すと、桜理が言うことは間違っていないような気がしたのだ。
桜理はまた前を向くと、歩を進めることを再開した。
先に進むにつれて徐々に明かりが少なくなっていき、周囲が薄暗くなる。
ここが建物のどこに当たるのか、もはや検討もつかなかった。
「ねえ、桜理。一体、どこに向かってるの?」
「もう着くよ。」
一言だけ言うと、桜理が立ち止まる。
実も歩みを止めて、目の前のものを見上げた。
そこには、自分たちの身長を遥かに超えるほどに大きな扉が。
桜理が扉に手をかざすと、扉は音も立てずに動き出した。
開いた扉の隙間から夕日が差し込み、風が吹き込んでくる。
「うわ……」
それ以外、言葉が出なかった。
扉を抜けた先には、この建物を後ろから覆っている桜の大木があったのだ。
幹や枝が太く立派なその木は、天まで高くそびえ立っているようにも見える。
遠目に見ていた時もものすごい迫力だったが、こうして真下から見ると圧巻である。
しかし―――
「………」
実は眉をひそめる。
おかしい。
この違和感はなんだろう。
この桜から、生命力を感じないのだ。
ここまで立派な枝や花をつけているのに、この木からは枯れ木のように寂れた雰囲気しか感じられなかった。
「ここはね、私にしか来ることができない場所なの。」
桜理が桜に触れて笑う。
そんな桜理を見て、実は瞠目した。
桜理から、あの桜と同じ雰囲気を感じたのだ。
桜理が桜と一体化して―――消えてしまう。
そんな危機感が頭の中を埋め尽くす。
漠然とした恐怖に頭が真っ白になった実は、たまらずそこに駆け寄って桜理を抱き寄せていた。
桜理は抵抗しない。
まるで、実がこういう行動に出ると分かっていたかのように落ち着いていた。
桜理は、実の腕の中から桜を見上げる。
「やっぱり、実には分かるんだね。この桜には、もう終わりが近いってこと……」
桜理の声は空っぽだった。
先ほどまでの明るい声が嘘のようだ。
今の桜理は―――笑っていない。
桜理の表情を見るまでもなく、それは分かっていた。
「実。今まで、私のことに関しては何も教えなかったよね。ようやく、話す覚悟ができたの。だから、今日は教えてあげてもいいよ。私の秘密……聞く?」
桜理が淡々と訊ねてくる。
それで、急に目を覚まされたような気がした。
―――そうだ。
あの時に救えなかった桜理が、あの時と何も変わらないまま幸せに暮らしているわけがない。
そんな夢みたいな現実、ありえない。
嫌だ。
聞きたくない。
心がそんな悲鳴をあげていた。
でも……
実はぐっと目を閉じる。
聞かなければならないと思った。
夢ではなく、現実を見なければならない。
それが、桜理に対する義務だ。
実は一つ、ゆっくりと頷く。
それを了承と受け取った桜理が、静かに語り始めた。
「この桜と私の魂は繋がっているの。私がここで目を覚ました時には、もうこうなってた。この桜を見た時、すぐにそうだって理解できたの。それからはここで大切に、本当に大切に守られて育ってきた。」
訥々と、桜理は自身のことを語る。
「この桜って、世界中に伸びた根を通してたくさんの物事を見通せるんだって。この桜と意志疎通ができる私の役割は、桜を通して得られた情報を訪れた人に伝えること。私がこの世界に早く適応できたのも、桜がたくさんのことを教えてくれたからね。でも……」
そこで、桜理の瞼が悲しげに伏せられる。
「だからこそつらいって、桜は言ってた。知りすぎることは、とても悲しいって…。そして……桜の能力の一部を共有している私には、その気持ちも分かってしまうの。なに不自由なく暮らしてるけど、それだけがちょっぴり不便かな。」
「……そっか。」
実は、桜理を抱き締める腕に力を込めた。
これ以上の説明はいらない。
話の途中から、どんな現実が待ち受けているのかは察してしまった。
それは、何よりも厳しく残酷で―――……
「この桜は、あとどのくらいもつ?」
「多分……一ヶ月くらいかな。」
桜理が淡々と答える。
「じゃあ……」
胸に広がる絶望。
ともすれば叫びたい衝動をこらえながら、実は自身の推測をゆっくりと口にした。
「桜理も―――あと一ヶ月で、死ぬんだね……」
二人の間に沈黙が降りた。
周りで桜の花びらが舞う。
柔らかい風が白い渦を作る。
どうか、このまま時が止まってくれ。
祈るような心地で、そう思っていた。
長い長い沈黙の末、桜理が静かに目を閉じた。
「―――うん。」
ざあっと。
桜の花びらが一斉に舞った。
そこに入った桜理は、ひたすらに奥へ奥へと進んでいった。
歩いているうちに、騒がしかった人の気配がだんだんと遠退く。
今や、周囲は深夜かと思えるほどの静寂に満ちていた。
なんだか、不思議な気分だった。
この建物はこんなに広かっただろうか。
桜理は、自分をどこに連れていこうとしているのだろう。
そうは思ったものの、ただそれだけ。
疑問は不信感まで発展はしない。
こちらの手をしっかりと握る桜理の手。
それを見ているだけで、甘い安堵の中に何もかもが溶けていく。
それほどまでに桜理を信じきっている自分がいた。
「桜理。そういえば、梨央は?」
ふと気になったので訊ねてみる。
こちらを振り返った桜理は、悪戯っぽく舌を出して微笑んだ。
「お茶に薬を混ぜて、眠ってもらっちゃった。実と二人きりで話したかったの。最初は待っててもらおうかとも思ったんだけど、梨央ちゃんって実が絡むとどこまでもついてきそうな感じだったから。」
「ああ、なるほど。」
桜理からの答えを聞いた実も苦笑。
今朝の梨央の行動を思い返すと、桜理が言うことは間違っていないような気がしたのだ。
桜理はまた前を向くと、歩を進めることを再開した。
先に進むにつれて徐々に明かりが少なくなっていき、周囲が薄暗くなる。
ここが建物のどこに当たるのか、もはや検討もつかなかった。
「ねえ、桜理。一体、どこに向かってるの?」
「もう着くよ。」
一言だけ言うと、桜理が立ち止まる。
実も歩みを止めて、目の前のものを見上げた。
そこには、自分たちの身長を遥かに超えるほどに大きな扉が。
桜理が扉に手をかざすと、扉は音も立てずに動き出した。
開いた扉の隙間から夕日が差し込み、風が吹き込んでくる。
「うわ……」
それ以外、言葉が出なかった。
扉を抜けた先には、この建物を後ろから覆っている桜の大木があったのだ。
幹や枝が太く立派なその木は、天まで高くそびえ立っているようにも見える。
遠目に見ていた時もものすごい迫力だったが、こうして真下から見ると圧巻である。
しかし―――
「………」
実は眉をひそめる。
おかしい。
この違和感はなんだろう。
この桜から、生命力を感じないのだ。
ここまで立派な枝や花をつけているのに、この木からは枯れ木のように寂れた雰囲気しか感じられなかった。
「ここはね、私にしか来ることができない場所なの。」
桜理が桜に触れて笑う。
そんな桜理を見て、実は瞠目した。
桜理から、あの桜と同じ雰囲気を感じたのだ。
桜理が桜と一体化して―――消えてしまう。
そんな危機感が頭の中を埋め尽くす。
漠然とした恐怖に頭が真っ白になった実は、たまらずそこに駆け寄って桜理を抱き寄せていた。
桜理は抵抗しない。
まるで、実がこういう行動に出ると分かっていたかのように落ち着いていた。
桜理は、実の腕の中から桜を見上げる。
「やっぱり、実には分かるんだね。この桜には、もう終わりが近いってこと……」
桜理の声は空っぽだった。
先ほどまでの明るい声が嘘のようだ。
今の桜理は―――笑っていない。
桜理の表情を見るまでもなく、それは分かっていた。
「実。今まで、私のことに関しては何も教えなかったよね。ようやく、話す覚悟ができたの。だから、今日は教えてあげてもいいよ。私の秘密……聞く?」
桜理が淡々と訊ねてくる。
それで、急に目を覚まされたような気がした。
―――そうだ。
あの時に救えなかった桜理が、あの時と何も変わらないまま幸せに暮らしているわけがない。
そんな夢みたいな現実、ありえない。
嫌だ。
聞きたくない。
心がそんな悲鳴をあげていた。
でも……
実はぐっと目を閉じる。
聞かなければならないと思った。
夢ではなく、現実を見なければならない。
それが、桜理に対する義務だ。
実は一つ、ゆっくりと頷く。
それを了承と受け取った桜理が、静かに語り始めた。
「この桜と私の魂は繋がっているの。私がここで目を覚ました時には、もうこうなってた。この桜を見た時、すぐにそうだって理解できたの。それからはここで大切に、本当に大切に守られて育ってきた。」
訥々と、桜理は自身のことを語る。
「この桜って、世界中に伸びた根を通してたくさんの物事を見通せるんだって。この桜と意志疎通ができる私の役割は、桜を通して得られた情報を訪れた人に伝えること。私がこの世界に早く適応できたのも、桜がたくさんのことを教えてくれたからね。でも……」
そこで、桜理の瞼が悲しげに伏せられる。
「だからこそつらいって、桜は言ってた。知りすぎることは、とても悲しいって…。そして……桜の能力の一部を共有している私には、その気持ちも分かってしまうの。なに不自由なく暮らしてるけど、それだけがちょっぴり不便かな。」
「……そっか。」
実は、桜理を抱き締める腕に力を込めた。
これ以上の説明はいらない。
話の途中から、どんな現実が待ち受けているのかは察してしまった。
それは、何よりも厳しく残酷で―――……
「この桜は、あとどのくらいもつ?」
「多分……一ヶ月くらいかな。」
桜理が淡々と答える。
「じゃあ……」
胸に広がる絶望。
ともすれば叫びたい衝動をこらえながら、実は自身の推測をゆっくりと口にした。
「桜理も―――あと一ヶ月で、死ぬんだね……」
二人の間に沈黙が降りた。
周りで桜の花びらが舞う。
柔らかい風が白い渦を作る。
どうか、このまま時が止まってくれ。
祈るような心地で、そう思っていた。
長い長い沈黙の末、桜理が静かに目を閉じた。
「―――うん。」
ざあっと。
桜の花びらが一斉に舞った。
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