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第7章 本当の気持ち
特別な笑顔
しおりを挟む―――実…
微睡みの中で、桜理の泣き声が木霊している。
その声に反応して、意識が浮上し始めた。
行かなきゃ。
桜理が泣いている。
もう、泣かせるのは嫌なんだ。
そんな気持ちに反応したのか―――ドクン、と。
胸の奥がざわめいた。
なんだろうと思った瞬間、脳内で何かが爆発する。
真っ暗な視界に、新たな色彩が現れては消えていく。
ああ……これは―――
◆ ◆ ◆
「……桜…理…」
ふと、実が口を開く。
刹那、その全身から尋常ではないほどの異質な力が噴き出した。
その現象に、拓也は顔をしかめる。
こんなにも危険な状況にありながらあそこまでの魔力を放出しているということは、彼が解放された証拠。
しかし……何故だろう。
いつもは禍々しい気と恐怖を誘う威圧感を放っているのに、今の彼からはそんなものを一切感じない。
今の彼は、雰囲気も香りも穏やかで柔らかい。
(あいつが、こんなに穏やかになるなんて……)
目を疑う拓也が見守る中、実が動きにくい手に力を込めて桜理の目頭に浮かぶ涙を拭う。
桜理を見つめた実は、ふわりと笑った。
それは、今まで誰も見たことがないくらいに優しい笑みだった。
「泣くなよ。桜理に泣かれるのが、一番こたえるんだから。」
かすれた声で、実はそう言う。
(……ああ、懐かしいな。)
何かあって自分が泣きそうになると、時に困りながら、時に慌てながら、実にこう言われたものだ。
今目の前にいる実が、幼い頃の実に重なった。
「実……なの?」
桜理の問いの意味は、正確に実に通じたらしい。
実は静かに頷いた。
「ごめん、桜理。俺があの時、ちゃんと守れていればよかったんだ。忘れるなんてことも、しなければよかった。そうすれば、桜理を歪めなくても済んだ。他のみんなにも、つらい思いをさせることもなかった。全部、俺の愚かな逃げが生み出したことだ。本当は、絶対に逃げちゃいけなかったのにな。これは、当然の報いだ。……本当に、ごめん。」
実は、桜理の肩に顔をうずめた。
桜理も実の肩に顔をうずめ、実の頭をそっと両手で包む。
ずっと、互いに縛られていたのだろう。
幼かったからこそ、自分の中には相手の存在しかなくて。
幼い頃の特別は成長しても薄れることなく、互いの中に鎮座し続けていたのだ。
それだけ、互いの存在が大事だったから。
ずっと互いの存在に依存して、間違った方向に感情を膨らませていった。
会えなかった時間が長すぎたせいで、その間違いにこうなるまで気付けなかった。
長い年月をかけて複雑に絡み合い、瀬戸際になるまで解けなかった糸。
その糸を、あるべき姿に戻さなければ。
二人で。
一緒に。
「実、私のお願いを聞いてくれる?」
「何? 言って?」
実は微かに首を傾げた。
「死ぬなんてことはしないで。戻ってきて。」
「それは、本当に桜理が望むこと?」
優しく微笑んで、桜理の答えを待っている実。
そんな実をまっすぐに見つめて、桜理は首を縦に振った。
「うん。私は、実が死ぬのは嫌。」
しばらく黙って桜理の様子を観察していた実は、桜理の言葉に嘘がないと判断したようだ。
「……そう。分かった。」
柔らかく、実が笑みを深めた。
それは、思わず見惚れるほどに綺麗な笑みだった。
実は太ももに刺さる根に手をかける。
そして、息を止めると一気にそれを引き抜いた。
豪快な血飛沫をあげて根が抜ける。
実がすかさずもう片方の手で傷口を押さえると、その手が淡く発光した。
「いっ…つ…」
実は声を抑えて呻く。
未だに根が刺さっている部分は全く痛くないが、根を引き抜くと同時に痛覚が戻ってくるらしい。
これでは、治癒魔法が追いつくかどうか。
また新たな根を抜こうとした実の手を、誰かのそれが取った。
「手伝う。」
拓也だった。
いつの間にか、近くに来ていたらしい。
「ありがとう。」
さすがに、これだけの傷を一人で治癒させるのは骨が折れる。
実は、拓也の申し出に素直に甘えることにした。
「まったく……楠木から話を聞いた時は驚いたぞ。なんでもっと早く教えないんだって、怒鳴っちまったじゃねぇか。」
ぼやく拓也に、実は苦笑を漏らす。
二人がかりで次々に根を抜いて、傷口を塞いでいく。
その最中。
「なあ…」
拓也が、ふと口を開く。
「今のお前って、一体―――」
(拓也。)
拓也の言葉は、頭に直接響いた声に遮られる。
(それ以上は、声に出さないで。)
拓也は、眉をひそめて実を見る。
頭に響く実の声。
不思議なことに、その声は今の実のものと幼い実のものが重なっているように聞こえてきていたのだ。
それを裏付けるような言葉が、このすぐ後に実から発せられる。
(桜理に対してだけは、俺は俺であって、同時にあいつでもあるんだよ。)
絶句する拓也に微笑みかけ、実は次に桜理を見た。
桜理は、不安そうにこちらの傷を見つめている。
心配に揺れる瞳には、涙が浮かんでいた。
実は根が抜けて自由になった腕を伸ばし、桜理の手を握ってやった。
桜理の不安を打ち消すように、強く、強く。
「大丈夫。」
笑いかけると、桜理が大きく目を見開いた。
彼女は何かを言おうと口を必死に動かすが、零れる涙と喉をせりあがる嗚咽に邪魔されて上手く声を出せない様子。
最終的に言葉を振り絞るのを諦めた彼女は、代わりにこちらの手を躊躇いがちに握り返してきた。
そして、泣きながらもゆっくりと表情をほころばせる。
それを見た実は、幸せそうに目元を和ませた。
―――この笑顔があれば、それだけでいい。
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