世界の十字路

時雨青葉

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第3章 ゲーム

死神

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 どこからか、水が滴る音が聞こえる。
 その音は様々なところで反響し、不思議な余韻を残して消えていく。

 
 ふと滴る水の一滴が頬に落ちて、実はうっすらと目を開けた。


 見えたのは冷たく光る地面と、近くに転がっている金色の鳥かごのようなもの。


「………?」


 なんでこんなものがあるのか疑問に思いながら、実はとりあえず身を起こす。


 確か、学校の昼休みに拓也にいていた影に接触しようとして……


 そこで、実はハッとする。


「どこだ……ここ……」


 影に触れて、不快感や危機感に体が支配されてしまったことは覚えている。
 そして、影が急に襲ってきて―――そこから、記憶はぷっつりと途絶えていた。


 今分かるのは、ここが学校ではないことだけ。


 地面はガラスのように硬質なものでできており、自分の顔が映るくらい綺麗に磨き上げられていた。


 上方は真っ暗で、天井がどのくらいの高さにあるのか分からない。
 水の反響音からかんがみると、かなりの高さがありそうだ。


 空間内に大した明かりはなく、夜目がくはずの自分でも、周囲いちメートルくらいがようやく見える程度だった。 


 何か、夜目が利かないように細工でもしてあるのだろうか。
 あまり直面しない事態に、実は首をひねる。


 ある程度の状況を分析して心が落ち着いてきたところで―――ふと、自分の背後に何者かの気配があることに気がついた。


「―――っ!?」


 瞬く間に全身を緊張が走る。
 考えるよりも先に、そちらを振り向いていた。


 その刹那に確認できたのは、暗闇の中でも分かる、何もかもを包み込んでしまいそうな漆黒。


「く…っ」


 実はなんとか踏ん張って、後退しかけた足をその場に縫い止めた。
 反射的に攻撃しようと動いた右手を、間一髪のところで左手を使って押さえる。


 呼吸を整え、その漆黒に意識を集中させることに。


 徐々に見えてくるその正体。
 そこにいたのは、全身を漆黒のローブで包み、フードを目深に被った人物だった。


 その人物は、実を頭から足までをじろじろと眺めて……


「ほう…」


 と、感嘆が混じった息をついた。


 声の低さから、この人物が男性であることが知れる。


 すっと。
 彼は、音を立てずに実に近寄った。


 まるで床を滑るような速さで近付いてきた彼に実は驚き、その一拍の間に、彼は実との距離をほとんどなくしていた。


「!?」


 今度こそ退きかけた実の頬に、彼はそっと手を添える。


 思わず固まった実の瞳を、彼は間近から見つめた。
 フードの中から覗く深いすい色の瞳が、驚愕で絶句している実の顔を映す。
 

 ひと通りの観察を終えたのか、彼はしばらくすると、あっさりと実の顔から手を離した。


 何をされても抵抗できるようにずっと警戒していた実は、意外な彼の態度に拍子抜けしてしまう。


 彼はまた実のことをしげしげと見つめ、今まで横に引き結んでいた口元をやわらげた。


「いい魂の色をしている。」
「……は?」


 突然、彼は何を言い出すのか。


 一瞬ポカンとした実は、次に不審そうに彼の様子をうかがった。


 こちらの視線に気付いていないのか。
 はたまた、あえて無視をしているのか。


 彼は、一人語りのように先を続ける。


「見方によって変化する色といい、見えそうで見えない薄ぼんやりとした光なのに、痛烈な存在感を放つ不思議な幻影を思わせる輝きといい、二度とは見られない逸品だ。……それとも、お主のいた世界の人間は、皆がこのような不思議な魂をしているのか? 異世界の人間よ。」


「なっ…!?」


 実は息をつまらせた。


 見破られた。
 何も言わずとも、彼には自分がこの世界の人間ではないと分かっているのだ。


 答えあぐねる実を見据みすえていた彼は、ふとその唇を笑みの形に歪めた。 


「驚かせてしまったか。まあ、仕方あるまい。」


 彼は実から少し離れて、舞うようにその両腕を広げた。


「ようこそ、人の子よ。ここは、地球という世界のどこにも属さぬ私だけの空間だ。私は古来より、厄病神あるいは死神と呼ばれ、人々に恐れられてきた。お主も、私のことは好きなように呼ぶがいい。」


 彼は愉快そうに、そしてうたうように語る。


「お主は賢く、また勇敢だ。友人を一目見ただけで私の存在に気がつき、一度目は偶然を装って、二度目は確固たる意志を持って私に接触を試みた。私の正体に勘づいているにもかかわらずだ。それを評価して、たびは私との面会を許すことにした。さあ、お主は私に何を訊きたい? 私に何を求める? 私もお主に興味がある。なんでも申してみよ。」


 なるほど。
 どうやら、自分は影を介してこの空間に連れてこられたらしい。


 驚愕や戸惑いが瞬く間に引いていき、なかば呆けていた思考がすぐにえ渡っていく。


 相手にどんな目的があるにしろ、接触が成功したのは大きな進歩だ。
 この機会を無駄にはできない。


「俺があんたに言うことは一つだけだ。」


 実は、眼前の敵を睨みつける。


「何が目的かは知らないけど、とにかく拓也から手を引いてほしい。」


 単刀直入に告げる。


 何故拓也に目をつけたのか、何が目的なのか、そんな事の経緯はどうでもいい。


 神は常に気まぐれなのだ。
 その時の気分と状況で、簡単に人間の人生を狂わせる。


 気まぐれ故に平等で、そして無慈悲。


 レティルといい彼といい、神とはこうも面倒な生き物なのだろうか。


「ふむ、やはりそういうことか。私に接触を図るくらいなのだから、そうであろうな。」


 こちらの要求は、予想のはんちゅうだったようだ。
 どこかつまらなさそうに呟いた彼は手を掲げると、細い指先をパチリと弾いた。


 すると、今まで暗くて存在が分からなかった壁が、ふわりと柔らかい光を灯した。
 光は実たちの周りを大きく円形に囲み、一瞬強く光ってまた淡い光に戻った。


「………っ!!」


 何が起こるのかと身構えていた実は、周囲に広がった光景を見て瞠目した。


 光が灯ったことで、この空間の全貌を明らかになる。


 巨大なホールのような空間だ。


 綺麗な曲面を描く壁は棚のようになっていて、そこには金色のかごがぎっしりと並んでいる。


 そして―――実が絶句した大きな原因は、そのかごの中にあった。


 壁の棚に並んだかごの中では、淡く発光する球体が揺れていた。


 全てのかごに一つずつ納められた球体は、それぞれが違う色合い、違う輝きを放っている。


 これは、言うまでもなく―――

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