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第4章 急転
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通されたのは社務所ではなく、神社のさらに奥にあった純和風の家屋だった。
厳しい文字で〈九条〉と書かれた表札が掛かった木製の引き戸をくぐり抜け、神社の参道と同じ石畳の道の終点にある玄関を入って家の中へ。
客間と思われる部屋に通されて、ここで待つように言われた。
「………」
広い和室の中で、実と尚希は立ち尽くす。
部屋の中央には大きな机。
それ以外に家具らしい家具もなく、部屋の奥にある床の間に飾られた掛け軸が、何もない部屋の中で大きな存在感を放っている。
実たちのすぐ側では、ヒーターが部屋を温めるためにフル稼働。
足元にその温風を感じながら、蓮たちがいない状況で勝手に座るのも気まずく、二人は所在なげに立っているしかなかった。
そんな気まずい沈黙が満ちる部屋の中でしばし。
ふと、遠くから床を踏む軋んだ音がした。
足音が徐々に近付いてきて、客間の襖が静かに開く。
「座っていてくれて構わなかったのに。」
急須と湯飲みが乗ったお盆を持った蓮は、未だに立っている実たちを見るとわずかに目を見開いた。
その後ろから、紫苑も続いて部屋に入ってくる。
二人はもう、袴姿ではなかった。
蓮はパーカーにジーンズ、紫苑は薄手のTシャツにカーゴパンツというラフな格好だ。
蓮は机にお盆を置くと、実たちに向き合った。
「先ほどは失礼しました。僕は九条蓮。父が仕事の間、この神社を預かっています。こちらは僕の従兄弟の九条紫苑。僕より三つ下で、今は高校二年生です。」
「……どうも。さっきは……すみませんでした。」
蓮に促されて、紫苑は深々と頭を下げる。
どうやら、奥にいる間に蓮に叱られたらしい。
この話は終わりにしたはずだったが、蓮としてはどうしても許せなかったのだろう。
突っ込むのも今さらなので、実は何も言わずに会釈を返した。
従兄弟ということは、親戚に向こう側の人間がいるのだろうか。
簡単な魔法ならまだしも、あのレベルの攻撃魔法を扱うにはある程度の鍛錬が必要だけど……
実の観察するような表情から何かを感じ取ったのか、紫苑が口を開いた。
「おれの母さんが、どうやら異世界の人間らしい。おれがここを手伝うようになって、護身術の一環ってことで魔法は習った。詳しいことは、母さんも教えてくれなかったけど。」
「ああ、なるほど……」
すっきり納得。
彼の母親が向こう側のことについて教えないのも当然だろう。
向こうに関わったところでいいことはない、と。
向こう側に嫌気が差した人間なら、きっとそう思っているはずだから。
紫苑はそれ以上、口を開かない。
言うべきことは言ったと、顔に思い切りそう書いてある。
実は思わず、微笑を浮かべた。
「もう気にしないでください。俺は宮崎実です。こちらこそ、急に訪問してきてすみません。」
「植松尚希です。」
こちらも名乗り、丁寧に礼をする。
「今回は、俺の友達に気になることがあって、死神の話を聞くためにここに来ました。尚希さんはその友達の保護者代わりをしていて、事情を話して一緒に来てもらったんです。」
「そうですか。死神については、僕でもある程度のお話ができます。詳しくは、座ってから話しましょう。どうぞ、上着を脱いで座ってください。」
蓮は、机を示しながらそう言ってくる。
ヒーターのおかけで部屋はもう温まっていて、コートを着た状態では少し蒸し暑さを感じる頃だった。
実と尚希は一つ頷いて、素直にコートを脱いだ。
黒いコートは、土埃のせいで若干茶色くなっている。
これは母さんに叱られるだろうなと、頭の隅でどうでもいいことを思った。
その時、湯呑みにお茶を淹れていた蓮がふと顔を上げた。
「この辺りの制服じゃないですね。」
指摘されて、実は「ああ…」と呟く。
「そうですね。隣の市から来たんで。」
「紫苑と歳が近そうだけど、高校生ですか?」
「いや、中三です。」
「うげ!? 中学生かよ!?」
蓮との何気ない話をしていると、紫苑が意外そうな声をあげる。
そんな紫苑を空気のように無視して、お茶を淹れ終えた蓮が立ち上がる。
「少し、そのブレザーを脱いでくれませんか?」
唐突に、蓮はそんなことを言った。
「え?」
思わず蓮を見上げるが、蓮は真面目な表情でこちらをじっと見ている。
どうやら、冗談ではないようだ。
その前に、どう見ても蓮が冗談を言う性格だとは思えないけど……
不審に思いながらも、実はブレザーを脱いだ。
何か、変なものでもついているのだろうか。
脱いだブレザーをひっくり返したりしながら生地を確認するが、特にこれといった異常もない。
「あの……どうして……」
言いかけて、実はぎょっとする。
いつの間にか、目の前に蓮がいたのだ。
何やら険しい目つきをした彼は、思案げにこちらを凝視している。
「ちょっと……失礼しますよ。」
「え? ……わっ!?」
素っ頓狂な声をあげる実。
その足元に、ばさりとブレザーが落ちた。
無理もない。
突然、蓮が実のネクタイに手をかけたのだ。
蓮の突拍子もない行為に、実だけではなく、尚希と紫苑も目を剥いて固まってしまう。
蓮は素早く実のネクタイを解くと、実が驚愕で動けないのをいいことに、カーディガンのボタンも外してしまう。
その手がワイシャツのボタンにまで触れた時、実は本能的にその手を掴んでいた。
「ちょ……ちょっとちょっと!! 何するんだよ!?」
敬語も何もかもすっ飛んでしまい、パニック状態で怒鳴る実。
そんな実に対し、眉間にしわを寄せた蓮は、ものすごい剣幕で実を睨んだ。
それまで静謐だった瞳に宿った正反対の苛烈な光に、一瞬意識を奪われる。
その瞬間、わずかだが手の力が緩んだ。
蓮はその隙を逃さず、ワイシャツのボタンを四つほど外した。
抵抗する間もなく、ワイシャツを広げられる。
白いワイシャツの下から素肌が見えて……
そして―――
「……やっぱり。」
微かに表情を歪めて、蓮は呻いた。
蓮を止めようと寄ってきた紫苑と尚希が実を見て、その表情にさらに驚愕の色をたたえる。
実自身も、己の状態に顔色をなくしていた。
全員、時を止めてしまったかのように動きを止める。
部屋の空気が、緊張と戦慄を伴った異質な沈黙で満ちる。
誰も何も言わない。
その場の全員の瞳は、実に―――実の胸に注がれていた。
実の胸には、まるで焼印を捺したかのような傷で、円形の幾何学的な紋様がくっきりと刻み込まれていたのだ。
「…………」
重苦しい無言の時。
それに終わりをもたらしたのは、実のシャツを震えるほどの力で握り締める蓮だった。
「教えてください。これがつくまでの経緯を、できるだけ詳しく。」
厳しい文字で〈九条〉と書かれた表札が掛かった木製の引き戸をくぐり抜け、神社の参道と同じ石畳の道の終点にある玄関を入って家の中へ。
客間と思われる部屋に通されて、ここで待つように言われた。
「………」
広い和室の中で、実と尚希は立ち尽くす。
部屋の中央には大きな机。
それ以外に家具らしい家具もなく、部屋の奥にある床の間に飾られた掛け軸が、何もない部屋の中で大きな存在感を放っている。
実たちのすぐ側では、ヒーターが部屋を温めるためにフル稼働。
足元にその温風を感じながら、蓮たちがいない状況で勝手に座るのも気まずく、二人は所在なげに立っているしかなかった。
そんな気まずい沈黙が満ちる部屋の中でしばし。
ふと、遠くから床を踏む軋んだ音がした。
足音が徐々に近付いてきて、客間の襖が静かに開く。
「座っていてくれて構わなかったのに。」
急須と湯飲みが乗ったお盆を持った蓮は、未だに立っている実たちを見るとわずかに目を見開いた。
その後ろから、紫苑も続いて部屋に入ってくる。
二人はもう、袴姿ではなかった。
蓮はパーカーにジーンズ、紫苑は薄手のTシャツにカーゴパンツというラフな格好だ。
蓮は机にお盆を置くと、実たちに向き合った。
「先ほどは失礼しました。僕は九条蓮。父が仕事の間、この神社を預かっています。こちらは僕の従兄弟の九条紫苑。僕より三つ下で、今は高校二年生です。」
「……どうも。さっきは……すみませんでした。」
蓮に促されて、紫苑は深々と頭を下げる。
どうやら、奥にいる間に蓮に叱られたらしい。
この話は終わりにしたはずだったが、蓮としてはどうしても許せなかったのだろう。
突っ込むのも今さらなので、実は何も言わずに会釈を返した。
従兄弟ということは、親戚に向こう側の人間がいるのだろうか。
簡単な魔法ならまだしも、あのレベルの攻撃魔法を扱うにはある程度の鍛錬が必要だけど……
実の観察するような表情から何かを感じ取ったのか、紫苑が口を開いた。
「おれの母さんが、どうやら異世界の人間らしい。おれがここを手伝うようになって、護身術の一環ってことで魔法は習った。詳しいことは、母さんも教えてくれなかったけど。」
「ああ、なるほど……」
すっきり納得。
彼の母親が向こう側のことについて教えないのも当然だろう。
向こうに関わったところでいいことはない、と。
向こう側に嫌気が差した人間なら、きっとそう思っているはずだから。
紫苑はそれ以上、口を開かない。
言うべきことは言ったと、顔に思い切りそう書いてある。
実は思わず、微笑を浮かべた。
「もう気にしないでください。俺は宮崎実です。こちらこそ、急に訪問してきてすみません。」
「植松尚希です。」
こちらも名乗り、丁寧に礼をする。
「今回は、俺の友達に気になることがあって、死神の話を聞くためにここに来ました。尚希さんはその友達の保護者代わりをしていて、事情を話して一緒に来てもらったんです。」
「そうですか。死神については、僕でもある程度のお話ができます。詳しくは、座ってから話しましょう。どうぞ、上着を脱いで座ってください。」
蓮は、机を示しながらそう言ってくる。
ヒーターのおかけで部屋はもう温まっていて、コートを着た状態では少し蒸し暑さを感じる頃だった。
実と尚希は一つ頷いて、素直にコートを脱いだ。
黒いコートは、土埃のせいで若干茶色くなっている。
これは母さんに叱られるだろうなと、頭の隅でどうでもいいことを思った。
その時、湯呑みにお茶を淹れていた蓮がふと顔を上げた。
「この辺りの制服じゃないですね。」
指摘されて、実は「ああ…」と呟く。
「そうですね。隣の市から来たんで。」
「紫苑と歳が近そうだけど、高校生ですか?」
「いや、中三です。」
「うげ!? 中学生かよ!?」
蓮との何気ない話をしていると、紫苑が意外そうな声をあげる。
そんな紫苑を空気のように無視して、お茶を淹れ終えた蓮が立ち上がる。
「少し、そのブレザーを脱いでくれませんか?」
唐突に、蓮はそんなことを言った。
「え?」
思わず蓮を見上げるが、蓮は真面目な表情でこちらをじっと見ている。
どうやら、冗談ではないようだ。
その前に、どう見ても蓮が冗談を言う性格だとは思えないけど……
不審に思いながらも、実はブレザーを脱いだ。
何か、変なものでもついているのだろうか。
脱いだブレザーをひっくり返したりしながら生地を確認するが、特にこれといった異常もない。
「あの……どうして……」
言いかけて、実はぎょっとする。
いつの間にか、目の前に蓮がいたのだ。
何やら険しい目つきをした彼は、思案げにこちらを凝視している。
「ちょっと……失礼しますよ。」
「え? ……わっ!?」
素っ頓狂な声をあげる実。
その足元に、ばさりとブレザーが落ちた。
無理もない。
突然、蓮が実のネクタイに手をかけたのだ。
蓮の突拍子もない行為に、実だけではなく、尚希と紫苑も目を剥いて固まってしまう。
蓮は素早く実のネクタイを解くと、実が驚愕で動けないのをいいことに、カーディガンのボタンも外してしまう。
その手がワイシャツのボタンにまで触れた時、実は本能的にその手を掴んでいた。
「ちょ……ちょっとちょっと!! 何するんだよ!?」
敬語も何もかもすっ飛んでしまい、パニック状態で怒鳴る実。
そんな実に対し、眉間にしわを寄せた蓮は、ものすごい剣幕で実を睨んだ。
それまで静謐だった瞳に宿った正反対の苛烈な光に、一瞬意識を奪われる。
その瞬間、わずかだが手の力が緩んだ。
蓮はその隙を逃さず、ワイシャツのボタンを四つほど外した。
抵抗する間もなく、ワイシャツを広げられる。
白いワイシャツの下から素肌が見えて……
そして―――
「……やっぱり。」
微かに表情を歪めて、蓮は呻いた。
蓮を止めようと寄ってきた紫苑と尚希が実を見て、その表情にさらに驚愕の色をたたえる。
実自身も、己の状態に顔色をなくしていた。
全員、時を止めてしまったかのように動きを止める。
部屋の空気が、緊張と戦慄を伴った異質な沈黙で満ちる。
誰も何も言わない。
その場の全員の瞳は、実に―――実の胸に注がれていた。
実の胸には、まるで焼印を捺したかのような傷で、円形の幾何学的な紋様がくっきりと刻み込まれていたのだ。
「…………」
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