世界の十字路

時雨青葉

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第4章 急転

全てのきっかけは―――

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「……なんとか、落ち着きました。」


 拓也の胸に両手を乗せてずっと動かずにいた実は、その声と共に疲労困憊こんぱいの息をついた。


 側の椅子では、尚希が祈るような仕草でうつむいている。


「とりあえず、術の反作用が拓也を荒らすスピードを真正面から食い止めています。でも、消すことはできません。もって三日です。それ以降は……正直、いつ死んでもおかしくないです。きんを犯して願いを叶えようとするなら、それだけの対価がりますから。……拓也が術を解かない限り、事態は収まらないと思います。」


「そうか……」


 尚希は、静かにそうとだけ返す。
 とはいえ、こちらも色々と限界だったせいか、気のいた言葉は返せなかった。


 さすがに、魔力を乱用しすぎたかもしれない。
 全身がなまりのように重たい。


 別に自分の魔力を過信しているつもりはないのだが、必要だと思えば後先考えずに魔法を行使してしまうので、こうして疲れがひどくなってから限界に気付いてばかり。


 普通の人間なら、とっくに死んでいるだろう。
 それは、なんとなく分かる。


 こういう無理が通用するのも、自分の生まれ故のことかもしれない。


 体の重さに負けて、実はずるずるとベッドの脇に座り込んだ。
 まだコートも着たままだが、脱ぐ気力はない。


 暖房器具の一切ついていないこの部屋では、特にわずらわしくも感じなかった。


 ただ、厚手のコートは体の重さをさらに強調してくれて、目を開いている億劫おっくうさを増長させるのが難点。


 実は、部屋の時計を見る。


 時刻は、午後十時を回っていた。
 家には電話を入れたので大丈夫だが、問題はそこではない。


 今日は、アズバドルの方で野暮用があるのだ。


 休みたいのは山々だが、そうもいかないのが現実。
 そう思っただけで、またずしりと体が重くなってしまった。


「尚希さん。」


 疲弊しきった声で、実は平坦に言う。


「なんだ。」


 それに答える声も、また平坦だった。


 二人とも、それに関して言及しない。
 そんな些細なことを気にしていられるほど、二人の疲弊は軽いものではなかった。


「拓也の母親についてなんですけどね。」
「………っ」


 ピクリと、体を一瞬震わせる尚希。
 それを視界の端に見ながら、実は床をぼうっと眺めて先を続ける。


「全てのきっかけは、どうやらそこにあるみたいなんですよね……」


「………」


「尚希さん、ずっと拓也と一緒に過ごしてましたよね? だから、何か知ってるんじゃないかと思ったんですよ。―――その様子だと、知ってるんですね。」


「………」


「教えてくれませんか?」


 落ちる沈黙。
 実はそれ以上は何も言わず、静かに尚希の答えを待った。


 拓也の母親のことを聞いたところで、何ができるというわけでもない。
 聞いても意味がないと言われればそれまでだ。


 それでも、何もしないよりはマシ。


 拓也を死なせるわけにもいかないし、自分の独断で受けたゲームに巻き込まれて、桜理まで命を落とすはめになるのはごめんだ。


 結局のところ、自分はどうにかして、この背水の陣を切り抜けなければならなかった。


 そのためには、どんなに下らなくても情報が必要だ。


 疲労に侵食されてぼんやりとした頭でも、危機感と切羽詰まった焦りは一応あった。


 耳を満たす静寂。
 その静寂は妙に心地よくて、心と体を二度と引き返せない眠りへといざなうようだった。


 思わずそれに流されてまぶたを伏せた時、まるでそこから先には行かせないというように、尚希が口を開いた。


「そうだな……こうなった以上、話しておくべきか。」


 軽く息を吐き、顔を上げる尚希。


 その表情は感情が欠落し、あまりにも機械然としていたが、目には弱いながらも光が宿っていた。


 無理をしているな、と。
 彼の様子を見てそう思う。


 生憎あいにく、それを労わってあげられるほど気が回る状態ではないし、現状もそれを許さないのだけど。




「かなり昔の話になる。オレたちが、まだ知恵のそのにいた頃の話だ。」




 淡々と、尚希は語り出した。

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