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第5章 トラウマ
平和を壊す者
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遠くで犬の鳴き声が聞こえて、家のすぐ側に広がる草原を見渡した。
森の中にぽっかりと開けた空間。
背の低い草に覆われた原っぱの真ん中で、白い大きな犬が何度も飛び跳ねながら、虚空に前足を伸ばしている。
その様子に、くすりと笑みを零して外に出た。
草原を駆け足で進み、相変わらずぴょんぴょんと飛び跳ねている犬に近付く。
「だめだよ、ベス。」
そう言うと、ベスは一つ吠えて、今度はこちらに飛びかってきた。
「わっ!?」
柔らかな草の中に押し倒されて、顔中を舐め回される。
「こら! ベス、やめてよー。」
なんとかベスを押し退けて、虚空に目をやる。
「ごめんね、みんな。大丈夫?」
訊くと、虚空で飛んでいる小さな人たちは、にこにこと笑いながら頷いてくれた。
キラキラと太陽の光に輝く羽をパタパタと動かして、その人たちは自分の周りを飛び回る。
この人たちが見えるのは、みんなには秘密。
他の人には見えないものなんだと、この人たちから教わったのだ。
お父さんもお母さんも知らない、自分だけの秘密。
時々言いたくなるけれど、この人たちと秘密にすると約束したから、やっぱり秘密。
この人たちは、自分が一人の時にだけ、どこからともなく現れる。
よく分からないけれど、その方がいいのだそうだ。
みんなでお話していると、ふと隣で寝そべっていたベスが首をもたげた。
なんだろうと思ってベスが見つめる先を見ると、草原の向こうにある木々の奥から誰かが出てきて、こちらに向かってくるところだった。
「誰か来た。みんな、もう帰る?」
上を見上げると、小さな人たちは何故か固い表情をして、ベスと同じ方向を見つめていた。
それに首を捻っていると、自分の近くで草を踏む音がする。
自然とそちらに目をやると、優しそうな男の人が自分を見下ろしていた。
その人は、にこりと笑いかけてくる。
「こんにちは。」
そう言われたので、自分も笑って挨拶を返した。
「こんにちは。おじさん、だあれ?」
首を傾げて問うと、男の人は笑顔のまま目を逸らして虚空を見つめた。
その人が自分にしか見えないはずの小さな人たちを見ているのだと気付いて、驚いてしまった。
「おじさんも見えるの?」
目を丸くして訊くと、その人はこちらを見てにたりと笑った。
さっきの挨拶とは違う種類の笑み。
何故か、その笑みにぞっとした。
それは理性ではなく本能で感じ取れるもので、理由も分からないまま、ただこの人を怖いと思った。
思わずベスにすがりつこうとして、ベスの様子がおかしいことに気付く。
ベスは男の人に向けて牙を剥き出しにして、低く唸りながらその人を威嚇していたのだ。
「ベス? どうしたの?」
そっと背に触れて問いかける。
次に小さな人たちを見ると、みんなもまた、男の人に厳しい目を向けていた。
「え…? みんな……どうしたの?」
急に不安になって確認してみるけど、みんなは一切答えない。
ただ、自分の前に立つ人を静かに威嚇するだけだ。
そんな中、男の人がゆっくりとしゃがんだ。
目線を合わされて、恐怖で身動きができなくなる。
ただただひたすらに怖くて、思わずベスの体に両手を回した。
「おじさんはね、君を迎えに来たんだよ。」
「………?」
「だからね、おじさんと一緒に来てくれないかな? 簡単だよ。おじさんの手を握ってくれればいいんだ。」
男の人が、手を出してくる。
やだ。
怖い。
手が強張ってしまって、ベスの毛を強く掴むことしかできなかった。
自分が動けないことに察したのか、男の人がその手をこちらに伸ばしてくる。
「………っ!!」
びくりと体が震えて、ベスに身を寄せてきつく目を閉じた。
バウッと、ベスが激しく吠え出す。
周りにいた小さな人たちも、自分の前に立ちはだかって激しく飛び回った。
「……小物が。自分の力量を弁えろ。」
男の人が、こちらに伸ばしていた手を一閃させる。
瞬間、小さな人たちが微かな悲鳴をあげて消えてしまった。
「え…?」
理解できない状況に、思考回路がショートする。
男の人は次に、吠え続けるベスの額をがっと鷲掴みにした。
一度痙攣したベスは、そのままくたりと力を抜く。
男の人が手を離すと、べスの頭が力なく芝生に落ちた。
「……ベス?」
おそるおそる体を揺さぶるけど、ベスは微動だにしない。
「ベス……ベスッ! ベスってば!!」
「ティル!!」
ベスの鳴き声を聞きつけてか、甲高い女の人の声が自分を呼んだ。
それに応えて、後ろにある家を振り返る。
ゆるく波打った黒髪を後ろでまとめ、まとめきれない分の髪を耳の前に下ろした女の人。
―――お母さんだ。
藍色にも紺色にも見える深い色の目をめいいっぱいに見開いて、お母さんはこちらに走ってきた。
その少し後ろから、お父さんも急いで駆けつけてくる。
「お母さん、お父さん! ベスが…っ」
二人の登場に安心して、お母さんに向かって走った。
後ろで何かがぞわりと蠢いた気がしたのは、その時のことで―――
森の中にぽっかりと開けた空間。
背の低い草に覆われた原っぱの真ん中で、白い大きな犬が何度も飛び跳ねながら、虚空に前足を伸ばしている。
その様子に、くすりと笑みを零して外に出た。
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「だめだよ、ベス。」
そう言うと、ベスは一つ吠えて、今度はこちらに飛びかってきた。
「わっ!?」
柔らかな草の中に押し倒されて、顔中を舐め回される。
「こら! ベス、やめてよー。」
なんとかベスを押し退けて、虚空に目をやる。
「ごめんね、みんな。大丈夫?」
訊くと、虚空で飛んでいる小さな人たちは、にこにこと笑いながら頷いてくれた。
キラキラと太陽の光に輝く羽をパタパタと動かして、その人たちは自分の周りを飛び回る。
この人たちが見えるのは、みんなには秘密。
他の人には見えないものなんだと、この人たちから教わったのだ。
お父さんもお母さんも知らない、自分だけの秘密。
時々言いたくなるけれど、この人たちと秘密にすると約束したから、やっぱり秘密。
この人たちは、自分が一人の時にだけ、どこからともなく現れる。
よく分からないけれど、その方がいいのだそうだ。
みんなでお話していると、ふと隣で寝そべっていたベスが首をもたげた。
なんだろうと思ってベスが見つめる先を見ると、草原の向こうにある木々の奥から誰かが出てきて、こちらに向かってくるところだった。
「誰か来た。みんな、もう帰る?」
上を見上げると、小さな人たちは何故か固い表情をして、ベスと同じ方向を見つめていた。
それに首を捻っていると、自分の近くで草を踏む音がする。
自然とそちらに目をやると、優しそうな男の人が自分を見下ろしていた。
その人は、にこりと笑いかけてくる。
「こんにちは。」
そう言われたので、自分も笑って挨拶を返した。
「こんにちは。おじさん、だあれ?」
首を傾げて問うと、男の人は笑顔のまま目を逸らして虚空を見つめた。
その人が自分にしか見えないはずの小さな人たちを見ているのだと気付いて、驚いてしまった。
「おじさんも見えるの?」
目を丸くして訊くと、その人はこちらを見てにたりと笑った。
さっきの挨拶とは違う種類の笑み。
何故か、その笑みにぞっとした。
それは理性ではなく本能で感じ取れるもので、理由も分からないまま、ただこの人を怖いと思った。
思わずベスにすがりつこうとして、ベスの様子がおかしいことに気付く。
ベスは男の人に向けて牙を剥き出しにして、低く唸りながらその人を威嚇していたのだ。
「ベス? どうしたの?」
そっと背に触れて問いかける。
次に小さな人たちを見ると、みんなもまた、男の人に厳しい目を向けていた。
「え…? みんな……どうしたの?」
急に不安になって確認してみるけど、みんなは一切答えない。
ただ、自分の前に立つ人を静かに威嚇するだけだ。
そんな中、男の人がゆっくりとしゃがんだ。
目線を合わされて、恐怖で身動きができなくなる。
ただただひたすらに怖くて、思わずベスの体に両手を回した。
「おじさんはね、君を迎えに来たんだよ。」
「………?」
「だからね、おじさんと一緒に来てくれないかな? 簡単だよ。おじさんの手を握ってくれればいいんだ。」
男の人が、手を出してくる。
やだ。
怖い。
手が強張ってしまって、ベスの毛を強く掴むことしかできなかった。
自分が動けないことに察したのか、男の人がその手をこちらに伸ばしてくる。
「………っ!!」
びくりと体が震えて、ベスに身を寄せてきつく目を閉じた。
バウッと、ベスが激しく吠え出す。
周りにいた小さな人たちも、自分の前に立ちはだかって激しく飛び回った。
「……小物が。自分の力量を弁えろ。」
男の人が、こちらに伸ばしていた手を一閃させる。
瞬間、小さな人たちが微かな悲鳴をあげて消えてしまった。
「え…?」
理解できない状況に、思考回路がショートする。
男の人は次に、吠え続けるベスの額をがっと鷲掴みにした。
一度痙攣したベスは、そのままくたりと力を抜く。
男の人が手を離すと、べスの頭が力なく芝生に落ちた。
「……ベス?」
おそるおそる体を揺さぶるけど、ベスは微動だにしない。
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「ティル!!」
ベスの鳴き声を聞きつけてか、甲高い女の人の声が自分を呼んだ。
それに応えて、後ろにある家を振り返る。
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―――お母さんだ。
藍色にも紺色にも見える深い色の目をめいいっぱいに見開いて、お母さんはこちらに走ってきた。
その少し後ろから、お父さんも急いで駆けつけてくる。
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