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第6章 別れの時
懺悔
しおりを挟む「まあ…っ」
ポカンと開いた口を片手で押さえ、久美子はその訪問者を見つめた。
そこから現れたのは他でもない、今まさに考えていた拓也だったのだ。
しかし、その様子が少しおかしい。
青い顔色のとおり体調がよくないのか、拓也は若い男性に体を支えられながらこちらに近付いてきた。
「具合悪いの?」
椅子に座った拓也に訊くと、彼は疲れた笑みを浮かべて微かに頷いた。
「じゃあ、どうしてここに……」
「連城さんに、聞いてほしいことがあったんです。」
その声はとても静かで、覚悟を決めたかのように穏やかなものだった。
「おれ、連城さんに謝らなきゃいけないことがあります。」
拓也の言葉に首を捻る久美子。
きょとんとした久美子とは対照的に、拓也は蒼白な顔で震える手を握り締めた。
全てを終わらせるつもりでここに来たのに、やはり久美子を目の前にすると、その覚悟が怖気づきそうになる。
怖いに決まっている。
全てを終わらせるということは、久美子が死んでしまうことを意味するのだ。
許されるなら、逃げ出してしまいたい。
しかし、これ以上逃げることは許されないから……
拓也は息を一度吐くと、意を決して顔を上げた。
「おれは、小さい時に母さんを亡くしました。」
「!!」
突然の告白に、久美子が息を飲む。
喉の奥に何かがつまっているようだ。
そんな閉塞感を必死に押し殺し、拓也は続ける。
「おれにはどうしても行かなきゃいけない所があって、家族を守りたい一心でそこに行きました。でも……そこに行ったら、家族には会えなくなります。母さんはおれがいなくなった後に倒れて、一年後ようやく会いに行ったおれの前で死にました。」
久美子は何も言わない。
あまりの衝撃に絶句しているのは、見るまでもなく分かった。
「子供を失ったショックで死んだんだろうって、近所の人がそう話しているのを聞いて……おれは、自分のせいで母さんが死んだんだと、そう思ってきました。悔やんでも、過去には戻れない。それは分かっているのに悔やまずにはいられなくて、ずっとその気持ちを抱えたまま、ここまで生きてきました。そんな時、ここで連城さんと会ったんです。」
久美子の姿が、母の姿に重なる。
その瞬間、押し込めてきた過去が一気にあふれ出して脳内を駆け巡り、久美子の死に対する恐怖が爆発しそうになった。
母が死んでしまう。
自分の手によって。
そんな幻影を必死に振り払いながら、拓也は言葉を紡ぎ続ける。
「蓮城さんは、おれの母さんにとてもそっくりでした。初めて会った時、母さんと見間違えるくらいに。」
「え…」
目をまんまるにしてこちらを見てくる久美子に、拓也は微笑で頷いた。
「似てるんですよ、本当に。だから正直……もう、連城さんに会いたくないと思ったんです。連城さんを見ると、母さんを思い出してしまうから。でも……連城さんと話して、連城さんが息子さんを亡くしていると聞いた時、余計に母さんと似てるなって思ったんです。そしたら、逃げるに逃げられなくなっちゃって…。それに、嫌だと思っていた割には楽しかったんです。」
「楽しい?」
久美子の言葉に、もう一つ頷く拓也。
「連城さんと他愛もない話をして過ごすのが、まるで母さんと話してるみたいで楽しかったんです。おれと過ごす時間に、連城さんが息子さんとの時間を重ねているのは知っていました。でも、おれも連城さんと変わりません。おれも、連城さんに母さんを重ねてましたから。だから、連城さんが死にそうになった時……どうしても、耐えられなかったんです。」
ぐっと、拳に力がこもる。
「連城さんが死にそうになってるところが……母さんが死ぬところに重なって………見ていられなかったんです。だから……やってはいけないことをしました。すみません。」
とうとう久美子の顔を見ていられなくなって、拓也は深くうつむいた。
振り払っても振り払っても襲いかかる恐怖に、吐き気すら覚えた。
胸を引き絞るような思いで、言葉を無理やり吐き出すことに集中する。
「怖かったんです。本当は運命に逆らわずに、見送るべきだったのに……おれには、それができませんでした。母さんが死んでいくみたいで、怖かったんです。」
目をきつく閉じる。
喉の閉塞感は増す一方で、もう一言も声を出せそうにもない。
それでも、必死に言葉を押し出す。
「すみません……おれの弱さが、連城さんの運命を曲げてしまった。本当に……すみません。」
なんとか絞り出した声は、情けないほどかすれていた。
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