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第1章 悔恨
抜け道
しおりを挟む「!?」
尚希は慌てて顔を上げ、実を凝視する。
(嘘だろ…?)
半信半疑で目をしばたたかせた。
微かな呼吸。
一瞬だが確かに感じた生に、期待と願いが膨らむ。
石のように動きを止めた尚希が見つめる中、実の瞼が小さく震えた。
「!!」
それに、拓也も身を乗り出してくる。
「う…」
虫が鳴くようなものだったが、薄く開いた唇から呻き声が漏れる。
その小さな動きを、二人して食い入るように見つめた。
「く………う……」
呻き声とともに、苦しそうにその顔が歪んで―――
「ぶ、はーっ!!」
実が一気に尚希の腕の中から飛び起きた。
その勢いに呆気に取られる二人を後目に、実は狂ったように咳混じりの呼吸を繰り返す。
「く、苦しいーっ。……やっぱ、一度息が止まるとシャレにならないなぁ……あー、しんど―――」
「実!!」
尚希は、実の両肩を掴んで揺さぶる。
「実なんだな!? 本当に実だな!?」
大慌てで詰め寄られ、実はぱちくりとその薄茶色の目をしばたたかせた。
「え……ええ、そうですけど? なんですか、そのおばけでも見たような顔。」
「だって……お前、あいつにやられて……」
尚希は信じられないという思いで実を見る。
実が死神の鎌に胸を貫かれた後、引き抜かれた鎌の先にまばゆく輝くものがあったのを尚希と拓也は見ていた。
そしてそれが実の魂であると、確認するまでもなく分かっていたのだ。
魂を奪われてしまえば、生きていられるわけがない。
それなのに、実が生きている。
幽霊を見ている気分にもなろうというものだ。
尚希たちがポカンとして見つめてくるので、実もその気持ちを汲み取ったようだ。
実は尚希の目の前で、ずいっと人差し指を立てる。
「喜ぶのは早いですよ。魂はまだ、あいつの手の中です。」
それを聞いた尚希の表情が、まるで水を浴びせかけられたかのように色を失くす。
「じゃあ……お前、どうして!?」
「あわわ、落ち着いて。ちゃんと説明しますから。」
再度詰め寄ってきた尚希を押さえ、実は一つ咳払いをした。
「実は、あいつにとどめを刺される寸前、ダメ元で魂と力の核を切り離したんです。」
「…………は?」
拓也と尚希が、間抜けた声を出す。
実はさも当然という口調だが、そんな芸当が存在するなんて話は聞いたことがない。
それ以前に、そんな発想自体そうそう出てくるものではないと思うのだが……
理解に苦しんでいる尚希たち。
実は構わず先を続けた。
「二人とも、タリオンでの一件を覚えていますか?」
タリオンとは、エーリリテたちが住む街。
そこでの一件とは、シェイラたちとのいざこざや、レティルからの厄介な贈り物やらがあったあの一件のことだ。
尚希と拓也はお互いに顔を見合わせて、一つ頷く。
「その時、拓也が力の核を取られたでしょう? あの時、拓也は力の核を取られても生きていました。つまり、魂はその身に宿したまま、力の核だけが切り離された状態だったわけです。俺たちは、魂を失っても力の核を失っても生きていけません。基本的に魂と力の核は同じ場所に寄り添って存在しているので、どうしてもこの二つの要素は同一視されがちですけどね。」
難解な実の説明。
それを簡単に飲み込む二人は、真剣な眼差しで続きに耳を傾ける。
「だけど、あのことを思い出して思ったんです。魂と力の核―――このどちらかが一つでも逃げられれば、多少は時間を稼ぐことも可能なんじゃないかって。あいつの狙いは俺の魂だったから、逃げられる可能性があるのは力の核だけ。それで一か八かで切り離してみたら、これが大成功ってわけですね。」
そこまで語った実は、雰囲気を一変させて険しく目を細める。
「でも、これは時間稼ぎに過ぎません。どれくらい持つか分からないので、早急に手を考えないと。……ってなわけで、俺を九条家に連れていってほしいんです。」
「九条家に?」
尚希が怪訝そうに首を捻ると、実はこくりと頷いた。
「俺は完全に死んでない、と。あいつなら、すぐにそう気付くと思います。俺の魂は力の核も揃わないと完全体とは言えませんから、力の核を手に入れようと襲ってくるのは確実です。だけど現実問題として、地球の人間じゃない俺たちには手の打ちようがありません。ここのしがらみは、ここの人間に任せるのが賢明だろうと思います。蓮さんや紫苑さんも協力すると言ってくれましたから、素直にそこに助けを求めるべきかと。」
「なるほどな……」
尚希は思案顔で呟く。
確かに、あの死神は九条家の護符にダメージを受けていた。
今回の件に関して、九条家ほど頼りになる存在はいないだろう。
闇雲に動くよりは確実と言えた。
「ちょっと……」
ふと声をかけられて、実はそちらを振り返る。
そこでは、全く話が見えないらしい拓也が難しそうな顔をしている。
「ああ…。拓也は何も知らなかったもんなぁ……」
拓也の表情の意味を理解して、実は困惑したように頬を掻いた。
「ごめん、拓也。もう少し我慢してくれる? 詳しい話は、後で尚希さんから聞いてくれると助かる。」
「……分かった。」
「ありがと。」
一応といった様子で頷いた拓也に実は微笑みを返し、尚希に向き直る。
「……と、ここまでの対策はいいとして。このまま肉体に力の核を宿らせておくと、あいつに取られる可能性が否めない。俺はこの体を一時的に仮死状態にして、力の核は別のところに隠しておこうと思います。」
「なんだって!?」
とんでもない実の発言に、尚希が思案深い表情を崩した。
「そんなことをしたら、お前が―――」
「大丈夫です。仮死状態にするって言ったでしょう? 力の核から体に魔力を供給するので、限界まで死ぬことはありませんよ。とりあえず、俺たちで今すぐに取れる対策はこれくらいでしょう。」
実はそう締めくくる。
それに対し、尚希は唸るしかない。
色々意見したいことはあるが、実が言うことの他にいい策も思い浮かばないのが現実であった。
「……分かった。オレたちも、できる限り善処するよ。」
「助かります。」
「それはそうと……」
尚希の声に懐疑的な雰囲気が滲んだので、実は小首を傾げる。
「なんですか?」
「その……力の核は、どこに隠すつもりなんだ?」
尚希が訊くと、実は悪戯っぽく笑った。
自分がかなり危険な状態にあるというのに、余裕をたっぷりとたたえたその笑顔。
それに、尚希と拓也は言葉を失った。
なんという精神力だろう。
この度胸は、脱帽するに値する。
「あいつに取られる心配が、一切ないところです。」
そう言って、実は片目をつぶってみせた。
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