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第3章 始動
もう一つの疑問
しおりを挟む―――ズキンッ
「いって…っ」
突然、激しい頭痛が自分を襲う。
「う…」
視界がぐるぐると回る。
上下感覚や平衡感覚がおかしくなって、甲高い耳鳴りが頭を貫く。
「……あ…つ…っ」
脳の髄が熱い。
そこから何かが染み出して、頭部全体を熱くする。
ザ……ザザザッ……
脳裏に映像が流れ込んでくる。
しかし、ノイズが激しくてほとんど見えない上に途切れ途切れで、何の映像なのかは分からない。
あまりの不快感に頭を抱えていると、ふいにレティルが額に手を置いてきた。
その瞬間、頭で荒れ狂っていた何かがすっと消えていく。
「このままでは、精神が焼き切れてしまうな。」
「うっ……今のは、一体……」
「気にするな。」
「そんな―――」
実の言葉を遮るように、レティルは実の目を塞いだ。
「おい!!」
「―――本当は。」
その時、こちらの腕を掴むレティルの手に、ほんの少しだけ力が込められた気がした。
「本当は……さっさと思い出してくれた方が、私には都合がいいのだよ。だが、それで余計なことまで思い出されても困るし、それを受け止めきれなかったお前が消えてしまっては意味がないからな……」
「―――……」
その瞬間、レティルの中にぽっかりと口を開けた暗い深淵を垣間見た気がした。
慌てて手を引き剥がすと、レティルはいつもの不気味な笑顔をたたえている。
「私は、お前にとって答えを求めるべき相手ではない。分かっているだろう?」
「てめっ……都合が悪い時だけ―――」
「別に教えてもいいが、代償は高くつくぞ?」
くすりと笑い声を漏らすレティルの反応から、自分が彼に頼ろうとしていたことを自覚。
その瞬間、頭にカッと血が上った。
「―――っ、誰が! お前なんかに、意地でも頼るかよ!!」
「今の状況で、そう言える立場か?」
「お前が俺に死なれたら困るっていう理由が分かったからな。お互い様だ。」
とっさにレティルの手を振り払う。
再び反抗的な態度を取り出した自分に、レティルはどこか満足そうだ。
その表情を見て、もう一つ疑問が浮かんだ。
「なあ、ついでにもう一つ訊きたい。」
ここまで話しておいて疑問を引っ込めるのもどうかと思ったので、実はすぐにそれを口にした。
「ん?」
先ほどとは違う話題だと察しているからか、レティルは首を傾げて続きを促してきた。
「お前はどうして、人間を犠牲にしてここに留まるんだ? お前は、今の境遇に退屈してるんだろ? だったら、元いた場所にでも帰ればいいじゃん。」
レティルが自分の妄信者ばかりのこの国に退屈しているのは明らか。
だからこそ、真っ向から反抗する自分を見て面白く感じるのだろう。
自分がこの国に染まりきった人間だったら、レティルはこんな風に相手をしないし、今回みたく助けたりもしない。
それは、これまでレティルと接してきて得た一つの事実だ。
しかし、どうしても解せないのは、そんなレティルが自分が生まれるよりも遥かに前からこの国に留まっているということ。
人間の命という犠牲を払ってまで留まる価値を、レティルがこの国に見出だしているとは思えない。
だとするなら、彼は何故この国に留まっているのだろうか。
「そうだな。お前の言うとおりだ。」
レティルは、あっさりと実の言葉を認めた。
「ふむ…。有り体に言えば、訳あって帰れないのだよ。」
「帰れない?」
「まあ、人間の世界に留まってやるべきことがあるのだ。とはいえ、人間の中に混ざっていればいいだけで、別にこの国に執着する理由はないがな。」
「じゃあ、なんでここに……」
「私がいたくてここにいるわけじゃない。私をここに引き留めているのは、この国の人間だ。」
「確かに、そうなのかもしれないけど……」
実は言葉を濁す。
彼の言い分も、もっともだとは思う。
だが、その安直な理由は些か無責任ではないだろうか。
湧き上がったのは、不快感と不信感。
「執着する理由がないなら、断ればよかったじゃん。お前が不用意に人間に応えたから、この国の奴らは馬鹿みたいな犠牲を出し続けてんだぞ。このままじゃ、この国の人間は腐っていくだけなんじゃないのか?」
全ては、この国を守る神のために。
そんな盲目的な信念を掲げる彼らは、その末に生じる犠牲をなんとも思っていない。
民の大事なものを奪っているのに、それを当然だと思って民を顧みることもしないのだ。
そのせいで、拓也のように大切な人を失って嘆く子供もいるというのに……
そんなの、愚かで滑稽で救いようもないじゃないか。
「………」
つい最近聞いた拓也の過去を思い出してしまい、愁いを帯びた表情で目を伏せる実。
レティルは、そんな実をじっと見つめて……
―――にやり、と。
嬉しそうな笑みをたたえた。
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