世界の十字路

時雨青葉

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第3章 始動

魂への問いかけ

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「その視線から人間をかんできるか。いい傾向だ。」


 レティルがそんなことを言った、その瞬間―――


「―――っ!?」


 突如レティルの体からすさまじい魔力が噴き出したので、実は全身を強張らせた。


 背筋を悪寒が走っていく。
 間近から感じる純粋なレティルの力に、視界がぐにゃりと歪んだ。


(や…ば……)


 実は顔を歪め、薄れそうになる意識を繋ぐことに集中した。


 魔力の塊である今の体は、周囲の魔力の影響を大きく受けてしまう。


 そのせいで、レティルが発するあまりにも強すぎる力に自分の存在が掻き消されそうになっていた。


 こうして意識を保っているのも、かなりつらい。


「別に、腐っていくならそれも一興。人間がどこまで堕ちていけるものなのか、それを見るのも面白そうだとは思わぬか?」


「何……言って…っ」


「遥か昔の話だ。」


 ふいに、レティルは語り始める。


「神とは言わば、世界の調律者だ。遥か昔、私はその仕事の一環で人間の世界に降り、戦乱を治めた。その後、すでに用もなくなった私をここにとどめたのは、他でもない人間たちだ。」


「だから…っ。それ、が……分かんないんだって……」


 とにかく今は、どうにかして現実にしがみつかなければ。
 実は、必死に言葉をつむぎ続けた。


「この世界の神は……人間の願いを聞く生き物なのか…? そんな……価値……特に、お前になんか……ある、のか…?」


「さあな。私の仕事は、ただ玉座のさらに上であがめられ、世界中を私の脅威で抑えることだけだ。政治はあくまでも王族の仕事。私は戦乱の世以降、ほとんど手助けはしておらん。それでも人間は私にここを離れてほしくないと訴え、愚かにも同胞を差し出してきた。だから私は、人間が愚かな犠牲を払い続ける限り、ここにとどまってやろうと思っただけだ。人間とは、かくも愚かだな。自分の価値を自分で下げているのに、それを正しいことだと思えるのだから。」


 レティルは笑みを深める。


「私は正直、こんな世界など終わらせてもいいと思っているよ。そろそろ、いい頃合いかもしれんな。この国から神の加護がなくなったとなれば、人間たちはどのように互いを傷つけ合い始めるのだろう。それとも、案外悪くない姿を見せてくれるのだろうか。……あまり期待はしていないがな。」


 体中が寒くてたまらない。


 なんとなく分かった。
 レティルはきっと、これまでずっと人間たちを試していたのだ。




 そして―――愛想を尽かしかけている。




 先ほどかい見た深淵は、それに起因するものだったのかもしれない。


「私は、人間に望まれてここにいる。だが、無条件にここにいるのもつまらない。だから、私は人間の愚かな行為を利用してきた。お前という存在に出会うために。」


「どういう、ことだ?」


「お前だって、私に共感できるところがあるだろう?」


「何…?」


 かち割れそうな頭を片手で抱え、実はどうにか顔を上げてレティルを見る。
 そんな実の髪を、レティルの指がさらりといた。


 その仕草は、どこか優しくて愛しげだ。


「人間は己を守るために、簡単に同じ人間を犠牲にする。お前は、その最たる被害者だろう? 〝鍵〟の運命を背負う者よ。」


「―――っ!?」


 ドクン、と。
 全身の血という血がざわめき出した。


 この言葉は自分に向けられているものだが、自分だけに向けられたものではない。


 自分のもっと奥深く、今まで殺されてきた代々の〝鍵〟に向けて、彼の言葉は投げかけられているのだ。


「人間は愚かだ。お前もそう思うだろう? 何もしていないのに、人間の物差しで勝手に測られ、生まれてきたことを罪とされ、延々と報われない命を繰り返す。お前は昔、その命をていして世界を守ったというのに、その結果がこれだ。讃えられるどころか、恐れられ、うとまれ、殺される。……なあ、お前はどう思う? 人間は愚かだろう? こんな腐敗した世界など、守る価値があるだろうか? この世界に縛られながら生き抜く価値が、本当にあるだろうか?」


「お、俺は……」


 鼓動の音がうるさい。


 何か言わなきゃ。
 そんなことはないと言わなきゃ。


 そう思うのに、胸の中で様々な思考や感情が錯綜さくそうして互いに絡み合う。
 それが気道を塞いで、声が出ない。




 ―――否定したい自分の中に、間違いなく否定しきれない自分がいるのだ。




「否定できないだろう?」


 レティルは嬉しそうに声を弾ませると、実の頭を両手で包んで自分の額をつけた。


「そんなお前を、私は心から愛しているよ。お前ならきっと、私の望みを叶えてくれる。そう期待しているのだ。」


「何……訳の分からないことを言って……―――うっ!」


 レティルの額が触れた場所から、何の前触れもなしに電流のような衝撃が走った。


 衝撃からのがれようとした体が、無意識にレティルを突き飛ばす。
 反射的にレティルを睨んで、全身の苦痛が綺麗になくなっていることに気付いた。


「あ……あれ…?」


 実は自分の両手を見つめる。


「いや、すまない。お前が精神体だということをすっかり忘れて、力の制御をしていなかった。よく消えずに持ったな。」


「よく持ったなって……馬鹿野郎! もう、消える寸前だったんだぞ!?」


 忘れていたと言われると腹が立つ。
 一体、人のことを助ける気があるのかないのか。


「……って、そうじゃなくて! 今のはどういう意味だよ!?」


 自分がレティルの望みを叶える?
 そんなこと、どう考えたってありえない。


「………」


 レティルはじっと、こちらを見据みすえている。
 少しの沈黙の末、彼が告げたのはたった一言だけだった。




「いずれ、嫌でも分かる。」



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