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第4章 1日目
隆文の見解
しおりを挟む「あなた、蓮? ここにいるの? ちょっといいかしら?」
板戸の外から聞こえてきたのは、琴美の声だった。
「いいよ。何かな?」
隆文が穏やかな口調で答える。
それと同時に、彼はさりげなく本を文机の下に隠した。
どうやら、秘術のことはたとえ当主の嫁といえども知る権利はないようだ。
立てつけの悪い板戸を開いて顔を覗かせた琴美は、二人を見て目を丸くする。
「あらあら……二人揃って着替えてるなんて、行事以外では何年ぶりかしら。朝ごはんの時間になっても来ないと思ったら、こんなところにいたのね。あなた、お仕事は大丈夫なの?」
琴美は優雅な仕草で首を傾げる。
「ああ、今日はいいんだ。本職の方で忙しくなるから休むと、昨日のうちに社長に伝えてある。」
隆文は琴美に優しく笑いかけ、蓮に目を向けた。
「今回は、蓮にも手伝ってもらおうと思ってね。友達伝手に大学を休むと連絡を入れてもらったから、心配はいらないよ。」
「そうなの。じゃあ、心配することはないわね。」
にっこりと笑う琴美は、昨日のことなど全く覚えていない風だった。
―――事実、覚えていないのだ。
昨日の事態を受けて、その後の琴美は激しく動揺していた。
蓮が怪我をしたことに混乱し、蓮の怪我を拓也が治療した光景が自分の常識を大きく逸脱していたことも相まって、半狂乱で手がつけられなかったのだ。
『すみません。余計な揉め事は避けたいので、眠っていてもらえませんか。』
そう言って琴美を静めたのは、あの場で一番冷静さを保っていた尚希だったという。
その場にいなかった自分には分からないが、一切の隙を見せない見事な動きだったそうだ。
そして琴美を眠らせたと同時に、死神が実の体を乗っ取って暴れ出したところからの記憶を消し去った、ということらしい。
しばらくして目を覚ました琴美は、急に倒れたという隆文の説明に「貧血かしら?」と首を傾げたものの、それを疑う素振りは見せなかった。
一応、九条家にも記憶を操作する術はある。
しかし、そのためには符などの前準備が必要なので、おいそれと使える術ではない。
しかし、尚希はそれをなんの準備もなしにやってみせたというのだから、生まれ持つ力の差を感じる。
そんな力を秘めた人間が自分たちの周りを行き交う人々の中に紛れていると思うと、正直少しぞっとするが。
きっと紫苑も、そんな力の持ち主なのだろう。
「母さん、紫苑は……」
思わずそんな言葉が口をついてしまって、蓮はハッと口元を押さえた。
琴美は、それを大して気も留めずに答える。
「紫苑君? 紫苑君なら、昨日の夜遅くに家に帰ったわよ。なんでも、部活の朝練があるから家に帰って準備しなきゃならないんですって。」
「あ……そう。」
その回答に、少し拍子抜けしてしまった。
思わずほっとした自分が急に恥ずかしくなって、蓮は顔を下に向ける。
その前で、隆文が複雑そうに顔をしかめた。
「母さん。蓮と大事な打ち合わせがあるから、少し席を外してもらえるかな? 時間はあまりかからないから。」
「あらそう。」
琴美はあっさりと頷く。
「じゃあ、ご飯が冷めないうちに来てね。」
最後ににっこりと笑って、琴美は板戸を閉めた。
ぱたぱたと廊下を歩く音が遠退いていき、次第に聞こえなくなる。
再び静かになった部屋で、隆文は一息ついた。
「さて、蓮。」
気を取り直して先を続けようと思った隆文だったが、肝心の蓮からの返事がない。
そちらを見ると、蓮はうつむいたまま考えに耽っているようだった。
隆文はもう一つ溜め息をつく。
「蓮……蓮!」
「―――っ!!」
我に返った蓮が、ようやく顔を上げる。
「話の続きをしてもいいかな? 母さんを待たせてしまう。」
「あ……ごめん。」
隆文に諌めるような口調で言われ、蓮は慌てて頭を振った。
こんな時に、あれこれとくだらないことを考えている場合ではない。
自分は、今やるべきことを精一杯やらなくては。
ぐっと唇を噛み締め、蓮は隆文をまっすぐに見る。
「父さんが言いたいことは分かったよ。僕がその秘術を会得すればいいわけでしょ。」
「そういうことだ。」
肯定しながら、先ほど文机の下に忍ばせた本を取り出す隆文。
「先代たちが残した資料を読む限り、秘術は全て失敗に終わっている。しかも、全く同じ失敗で。最初は効果があったのに、これから仕上げというところで逃げられてしまうんだ。」
別の本を広げながら、隆文は思案げに語った。
「これはおそらく、術者一人の力なら死神もギリギリで抵抗できるということなんだと思う。資料には、秘術を複数人でやったという記録はないからね。私一人で秘術を行ったとしても、先代の失敗を繰り返すだけだろう。ならば、今回は二人でやってみようと思ったわけなんだ。二人でやれば、単純に考えて効果は倍。蓮は他よりも力が強いから、それ以上の効果を望めるかもしれない。そうすれば、あの死神を滅ぼすことも―――」
「あー…。それは、まずいかもな……」
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