世界の十字路

時雨青葉

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第6章 3日目――決着

とある少女との触れ合い

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 久しぶりに、昔の夢を見た。


 苦くなる表情を噛み殺し、死神はフードの奥で額に手をやった。


 懐かしいというには、もう昔すぎる記憶。


 ―――そして、本当はあまり思い返したくない記憶。


 こんなことを、今さらになって思い出すことになるとは。


『〝―――の者のために。〟』


 微かに笑みを含んだ実の声が脳裏をよぎる。


 こんなことを思い出すはめになったのは、十中八九彼のせいだろう。
 思わず、溜め息が漏れた。


 油断も隙もない。
 まさか、あんな一人の人間ごときに見抜かれるなんて。


 あの時に実が見上げていた方向を見つめ、死神は地を蹴る。


 ぐるりと空間を囲む魂の、さらに上。
 そこに、普通なら見えないはずのくぼみがある。


 そこに手を入れて、中にあるものを取り出す。
 それは、他のものより何倍も豪奢ごうしゃな造りをした金のかごだ。


 その中には、今にも消え入りそうな光を放つ魂があった。


「………」


 黙り込んで、過去に浸る。


 少女は、あれから毎日のようにそこへ来た。
 それに付き合ったのは、ただの気まぐれでしかなかった。


 少女はいつも、他愛もない話をして帰っていくだけ。
 ただそれだけだったのに、少女は嬉しそうに、そして幸せそうに笑っていた。


 そうして月日が流れて幼い少女が成長した頃、自分は〝仕事〟で人里まで下りた。


 人が死ぬと、肉体から離れた魂は自動的に自分の元にやってくる。


 しかし、中には肉体から離れたがらない魂や、迷ってここに辿り着けない魂も少なからずいる。


 ここへ来た魂の行き先を振り分けながら、そんな風にここに来られない魂を回収するのも〝仕事〟だった。


 その日回収する魂は、とある夫婦のものだった。


 夫婦の家に行くと彼らはすでに絶命した後で、現世への未練のあまり肉体から離れられないようだった。


 それを回収しようとした時だ。


「どうしてあなたが…?」


 よく聞き馴染んだ声が聞こえたのは。


 驚いて声のした方を見ると、あの少女が夫婦の傍で倒れていた。
 少女は青白い顔でしばしこちらを見つめ、やがて何かを悟ったかのように息を吐いた。


「そう…。やっぱり、あなたは人間じゃなかったんだ。」


 そして、彼女はこう続ける。


「お願い、一緒に連れていって? もう……人と暮らすのは、疲れたの。」


 血を流す少女には、明らかな死相が出ていた。
 もう、そう長くはあるまい。


 そう分かっていたのに―――いや、分かっていたからか、自分は少女をここまで連れてきてしまった。


 少女は語った。


 自分たちが、他人から差別されて生きてきたこと。
 そして、自分がみ物きだと言われ、両親共々皆殺しにされたのだと。


「でも、私はあなたを忌み物だとは思わないわ。忌むべきは、人を人とも思わない人間の方よ。」


 今までに見たことがない、恨みや憎しみが込められた表情。


 それに気圧されていた自分は、何も相づちを打てないまま、彼女の話を聞くしかなかった。


「人間なんて大嫌い。みんな、みんな死んでしまえばいい。」


 消えていく命の全てを怨嗟に変えるように、少女は呪いの言葉をつむぎ続けた。


 しかし、ある時を境に少女の目に涙が浮かぶ。


 少女は急に手を伸ばすと、こちらの手から両親の魂をひったくるように奪い取ったのだ。


 完全に油断していた自分は、それにどうすることもできなかった。


「こ、こら!」
「嫌!!」


 返してもらおうと伸ばした手は、少女の金切り声にはばまれてしまった。


「私、ずっと一人だったの。私から、父様や母様まで取り上げないで!」


 ぽろぽろと涙を流して両親の魂を抱え込み、少女はしゃくり上げた。


「嫌……一人は嫌。ずっと一人だったの。ずっと寂しかった。このまま……私はずっと一人なの…? どうして? 私、何も悪いことなんかしてないのに、どうして? ……神様は、私のことなんか嫌いなんだわ。」


「そんなことあるか!」


 思わず、渾身の力で叫んでいた。
 それに驚いた少女が、ぱちくりと目をしばたたかせる。


「誰がお主を嫌うだと? 他の神など知らぬ。だが、少なくとも私はお主を嫌ってはおらん。そうでなくては、お主が来る時にわざわざあそこで待っていたりなどせぬ。」


 言ってから、こんなことを口にした自分に驚いた。
 同時に、納得もした。


 自分はいつの間にか、この少女を特別に思っていたらしい。


 それは、親が子に持つものなのか、あるいは異性に持つものなのか、いまいち判断がつかない不思議な感情だった。


 どちらにせよ、ただ一つ言えるのは―――


「私は、お主を愛している。」


 その一言だった。


 少女はしばらくきょとんとしてこちらを見ていたが、遅れて両の目から涙を零すと、その顔を隠すように抱きついてきた。


「ふふ…。神様は神様でも死神に愛されるなんて、私もすごいわね。でも……今、ものすごく嬉しい。両親以外の人に愛してるって言われたの、初めて……」


 泣いているのか笑っているのか分からない声音で、少女は言った。
 そして―――


「じゃあ……いいよね?」


 突然、そんなことを呟いた。
 その瞬間、少女がまとう雰囲気が豹変する。


 こちらを抱き締める腕に、彼女は痛いほどの力をこめた。
 まるで、もう二度と離さないというように。


「もう一人は嫌。だから、離れなくてもいいでしょう? ずっと傍にいてもいいでしょう? 父様も母様もみんな、ずっとずっと一緒でいいでしょう?」


 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥から絶望が込み上げてくるようだった。


 仕事上、人間の最期を数多く見てきた。
 その中で、壊れながら死んでいく人間がいて捨てるくらいいたのも事実だ。




 ―――この少女は、もう壊れている。




「離れない。絶対に離れないよ。あなたは、私を裏切らないよね? 優しい優しい、私の死神さん?」


「……もちろんだ。」


 壊れていると分かっていた。
 それなのに、少女の手を離すことなどできなかった。


 ……寂しいのは、自分も同じことだったから。


 果てしなく続いてきた一人の時。
 それはとても寂しくて、とても悲しくて、とてもつらい。


 孤独とは、生きるものを一番狂わせるのだ。


 この少女に触れて、自分の中にも間違いなくそんな狂気の芽があったことを知ってしまった。


 だから、この小さな手を振り払うなんて、できやしなかった。


「嬉しい。大好きよ、あなたのこと。」


 少女の声が、言葉が、香りが、温もりが。
 呪いのように心を縛っていく。


 それを感じながら、自分もまた少女を抱き締めていた。


「これで、もう二度と一人にならないよね?」
「ああ。絶対に一人にしない。」


 ずっと長い時間、そんなやり取りばかりをしていた。

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