世界の十字路

時雨青葉

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第2章 失踪

午後六時の出来事

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 西日が、教室にまぶしく差し込んでいる。
 人がいない教室にあるのは、夕日のオレンジと影の黒が織り成す芸術だけ。


 感慨深い情景だが、生憎あいにくとそれに浸れるほど平和な気分ではない。


「………」


 実は教室の窓際に腰かけ、沈みゆく太陽をものげに見つめていた。


「ねえ、本当にやるの?」


 どこからともなく、声がした。


「やるよ。」


 驚きもせずに答えると、肩に何かが舞い降りる感触が。
 実は肩に乗ってきた精霊を一瞥いちべつしただけで、また窓の外へ視線を戻す。


「やめた方がいいよ。危ないって。」


 心配そうな表情で、精霊は実の髪をくいくいと引っ張る。
 だが、実はゆっくりと首を横に振った。


「心配してくれてありがとう。だけど、もうこれに賭けるしかないからさ。」


 柔らかく笑い、精霊の頭を優しくなでる。


「でも……やっぱり、乗り込むなんて危ないよ! 帰れなくなったらどうするの?」
「まあ……その時はその時だよね。」


 苦笑する実。


 そう。
 今ここにいる理由は、一つしかない。


 実は、晴人や華奈美が消えていった場所へ自分も行こうとしていた。


 必ず辿り着けるという保証はないが、条件があるならそれを満たせば、そこへ行ける確率はぐっと上がるはずだ。


 そういうわけで、実は生徒が消えた学校に一人残っていた。


 今日は急きょ、授業は午前中で打ち切りになった。
 他の生徒たちは、一人残らず帰っているはずだ。


 実は携帯電話に目を落とす。


 五時四十分。
 チャイムが鳴るまで、あと二十分だ。


「うおっ!? ……お前、何してるんだ?」


 その時、ひどく驚いたような声が教室に響いた。


 ……見つかった。


 舌打ちしたい気分を抑え、実はそちらを見やる。
 教室の入り口で、一人の教師が棒立ちになっていた。


 彼は、このクラスの副担任である後藤雅幸だ。
 雅幸は実を見て、意外そうに目をみはっていた。


「教室から声がすると思って覗いてみれば……宮崎、まさかお前が残ってるとは思わなかったぞ。」


 実は思わず、肩に乗る精霊を横目に睨んだ。
 精霊は知らん顔をして、逃げるように消えていく。


 それに小さい溜め息をつく実だったが、その溜め息は実以上に深い雅幸の溜め息に掻き消された。


「今日はふざけて残ろうとする連中を追っ払うので大変だったのに……お前まで野次馬か?」


 優等生と評判だったのに……と。


 嘆かわしげに呟いた雅幸だったが、実が何も言わずに窓の外を見ているのを見て、そこから何かを感じ取ったらしい。


 微かに浮かんでいた呆れの色が、瞬く間に消えていく。


「宮崎……もしかして、三村のことで?」


 ずばり、核心をついた雅幸の言葉。


 実は静かに雅幸を見る。
 雅幸はそれで、自分の予想が間違っていないと判断したようだった。


「無茶なことはやめろ。そりゃ、お前らは中学から一緒で仲がいいことは知ってるが……それでもだな……」


 口ごもる雅幸。


 お前の気持ちはよく分かる。
 彼の態度がそう語っていた。


 実はそんな雅幸をしばらく見つめた後、諦めたように息を吐いた。


「分かりました。見つかったんじゃ仕方ないから、大人しく帰りますよ。」
「宮崎……」


 雅幸の顔が、ほっと安心したように緩んだ。
 実は肩にかばんをかけ、教室を出るために扉へ向かう。


 もうこの時間だ。
 今見つかったところで、大した不都合はない。


 どうせ、被害が出るのは校舎の外。
 このまま大人しく帰るふりをして、学校の東側をうろついていれば問題ないだろう。


 だが……


「待て、宮崎。」


 何故かそこで、雅幸が実を呼び止めた。


「え?」


 振り向いた途端、腕に何かが落ちてくる。
 反射的に持ち上げたそれは、大量の書類だった。


「あの……これは?」
「いやー、助かった。」


 自分も同じくらいの書類を持ち、雅幸は笑う。


「今度、全校生徒に郵送することになったプリントなんだが、何も考えずに持ってきたら、これが重すぎてなぁ。しかも五往復目だから、疲れて余計に重いっていう負のスパイラルにはまり込んでて…。ちょうどいい。これ運ぶの手伝ってくれ。」


「ええっ!?」


「さあ行くぞー。」


「ちょっと…っ」


 聞く耳持たずといった様子で、雅幸はずんずんと歩いていく。


 とても、疲れているようには見えないのだけど……


「何なんだよ……」


 雅幸に聞こえないように呟きながら、実は渋々彼の後ろについていった。


 雅幸の目的地は職員室。


 職員室に残っていた教師たちが実の姿を見て驚いたが、実はそれを空気のように無視した。


 余計な用事はさっさと済ませるに限る。
 実は書類を雅幸の机に置き、すぐに職員室の引き戸に戻った。


「じゃあ、俺は帰りますよ。」


 教頭に頭を下げる雅幸に言い置いて、そそくさと職員室を出る。


「こら! 待て、宮崎!」


 軽く息を切らしながら雅幸が追いついてきたのは、実が昇降口に差し掛かった時だった。


 靴を履いていた実は、自身も靴を履いて昇降口に仁王立ちになった雅幸に、顔をしかめるしかない。


「……なんですか?」


 話を聞かないことにはここを通してもらえそうにないので、一応そう訊ねてみる。


「時間も時間だからな。この辺りは物騒だし、途中までオレが一緒についていく。」
「えっ…!?」


 意識とは関係なく、頬がひきつるのを感じた。


「い、いいですよ。小さい子供じゃあるまいし…。俺、家近いし……」


「認識が甘いぞ、宮崎。いいか? 今騒ぎになってる事件は、男も女も、ましてや大人も子供も関係なしに被害が出てる。これ以上被害者を増やさないためにも、オレは教師として、生徒であるお前を安全に家に帰す義務があるんだ。反論は許さん。」


「………」


 まさか、わざと事件に巻き込まれに来ましたとは言えず、実は口を閉ざす。


「分かったなら、早いとこ行こう。オレにも、まだ仕事が残ってるからな。」


 先を進み出した雅幸に続きながら、実はポケットから取り出した携帯電話の画面に目を落とした。


 ―――五時五十八分。


 画面に表示された時刻を確認し、険しく眉を寄せる実。


 まずい展開になってしまった。


 このままでは、事件の核心に触れられないか、触れられたとしても雅幸を巻き込んでしまう。


 実は携帯電話をしまって、雅幸の背中を見つめる。


(実力行使しかないか……)


 念のために魔力の消費は抑えておきたかったのだが、そうも言っていられないようだ。


 実は、前を歩く雅幸に手を伸ばす。


 ―――ぞわっ


「!?」


 ちょうど、三つあるつた植物のアーチの最後をくぐり抜けた瞬間だった。
 背中をいやに生ぬるい風が吹き抜け、それと共に悪寒が全身を駆け抜けた。


 反射的な速さで背後を振り返る。


 後ろにあるのは、今しがたくぐった三つのアーチと、その向こうに大きくそびえる校舎。


 ―――カチリ


 校舎の外壁に取りつけられている時計が、六時を示した。
 それと同時に流れる、落ち着いた曲調のメロディー。


(な……なんだ、今の…っ)


 実は制服の胸辺りを握り締める。


 体中が強張り、心臓が早鐘を打っている。
 背中を冷や汗が伝い落ちていく感触が気持ち悪い。


 ―――これ以上、ここにいてはいけない。


 脳内でそんな風に警鐘が激しく打ち鳴らされるが、背筋を走った戦慄せんりつに、実はしばらく動くことができなかった。


「宮崎ー?」


 ふいに聞こえた声に、実はハッと我に返る。
 声の方を向くと、雅幸が校門に手をかけた状態でこちらを見ていた。


「何やってるんだ? 行くぞー。」
「―――っ!!」


 実は地を蹴る。


 どうしてそう思ったのかは分からない。
 だが、本能が危険を訴えていた。




「だめだ! ―――!!」



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