世界の十字路

時雨青葉

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第4章 異世界の仕組み

こんな時に限って……

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 隣で、小さな音がした。
 それをきっかけに、世界が戻ってくる。


 目を開けて最初に見えたのは、テーブルの上でほかほかと湯気を上げるティーカップだった。


「………?」


 なんでこんなものがあるのか分からずに、ぼうっとそれを見つめていると……


「おはよう。」


 不機嫌そうな調子の声が聞こえた。


 隣に顔を向けると、自分と同じくらいの少年が、ティーカップの飲み物に口をつけながら横目でこちらを見ていた。


「………」


 少年をぼうっと見つめる。
 しばらくして―――


「うわっ!? 実!?」


 一気に意識が覚醒した。


「遅いよ。もうちょっとで一発殴るところだった。」
「え? えっ!? なんで実が? オレ……オレ……えっと…?」


 混乱する晴人に、実は大きな溜め息をついた。


「簡潔に言うなら、俺たちは捕まったよ。」


「ええっ!? な……なんで!?」


「なんでって……お前、自分がいつ気絶したのか覚えてないわけ? 無抵抗のお前を人質に取られちゃ、俺だって何もできないよ。」


「ひっ、人質!?」


 晴人はますます混乱してしまう。


 全く状況が飲み込めないようだ。
 まあ、それも致し方ないことだと思うけど。


 実の言葉を反芻はんすうしているうちに、捕まった原因が自分にあることに思い至ったのだろう。


 晴人の表情に、瞬く間に影が差した。
 実はその様子を見て、やれやれと肩を落とす。


「まあ、気にするなよ。捕まったって言っても、この状況だ。ひどい目には遭わないだろうさ。」


 連れてこられたのは、牢屋ではなく応接室。


 今自分たちが腰かけているのも柔らかいソファーだし、目の前には温かい紅茶の入ったカップが。


 とても、脱走者に対する待遇ではない。


「大丈夫だよ。」


 なぐさめになるかは分からないが、実は自信に満ちた表情で断言した。
 それで、少しだが晴人の表情から影が引く。


「……晴人の方は、大丈夫なの?」
「え? 何が?」


 急に問われ、晴人はきょとんとする。


「夢。さっきまで、うなされてたから。」


 また悪夢を見ていたのか、晴人は自分の隣でずっとうなされていた。


 魔法でどうにかしようとしたのだが、一度悪夢を見始めると手の出しようがないらしく、まるで効果がなかったのだ。


「あ……あれね…。うん、大丈夫……」
「本当に? 顔色悪いけど?」
「大丈夫だって…。何? そんなに、オレのことを心配してちゃったわけ?」


 晴人はわざと、ふざけるような口調で明るく笑い飛ばす。
 いつもの実なら、からかいが含まれたこの口調に顔をらすはずだ。


 しかし―――


「当たり前だろ。隣でずっとうなされてたんだぞ? 心配にならない奴なんかいるかよ。」


 晴人の予想に反して、実は大真面目に晴人の言葉を肯定した。
 目をらすどころか、そのまなしはしっかりと晴人に注がれている。


 うなされている晴人を、ただ見ていることしかできなかった。


 それだけでもかなり居心地が悪かったのに、目を開けた晴人がしばらくなんの反応も示さなかった時、自分の中には嫌な予感があふれ返っていたのだ。


 ぼうっとした目は、今日へいの先へ消えていった生徒を彷彿とさせて……


 晴人が自分の名を呼んだ時、思わず泣きたくなるくらいに安心した。


「頼むから、負けるなよ…?」


 そう口にした瞬間、警戒と緊張で強張っていた体から力が抜けた。
 大きく息を吐き出しながら、実はソファーに全身をうずめる。


「何はともあれ、晴人が無事に起きてくれて安心した。」


 ほっとする実を、晴人はしばらく瞠目して見つめていた。


「……なんだよ。」
「ん?」


 晴人が呟いたので実がそちらを見ると、晴人は顔を前髪で隠すようにうつむいていた。


「こっちはふざけて終わらそうしてるのに……こういう時に限って、素直になっちゃってさぁ。ずるいよ。そんな風に言われたら、強がりもできないじゃんか。」


 今でも、夢を思い出すと足が震えそうになる。


 ともすればくずおれそうになる自分を支えるには、強がってでも自分を奮い立たせなければならない。


 それなのに、こんな時に限って、実は照れたりせずに心配してくれる。
 まるで自分のことを全て把握しているかのように、実の態度の変化は的確だ。


「何を言い出すのかと思ったら……」


 実は呆れたように言いながら、紅茶をすする。
 そしてカップを戻し、その表情に淡い微笑みを浮かべた。


「まあ、いいんじゃない? いつもなら甘えるなって言うけど、今は状況が状況だしね。いきなり全く知らない世界に飛ばされても、晴人は自分を支えて立ってるんだ。それだけで十分褒められることなんだから、弱音の一つくらい吐いたってばちは当たらないよ。俺くらいは、晴人の弱音を受け止めてやるからさ。」


 ぽん、と。
 実は晴人の頭を叩く。


「………っ」


 晴人は言葉につまった。


 実は優しい。
 不器用なくせに、まっすぐな優しさをいつも注いでくれる。


 実は気付いているだろうか。
 その不器用な優しさが、どれだけ自分のことを救ってくれたか。


「なんか、悔しいな…。お前ばっか、かっこよくてさ。」


 恨み言の一つでも言ってやらないと、気が緩んで崩れ落ちれしまいそうだった。
 だから、ここは唇を尖らせて文句を言っておくことにする。


「は? 何それ?」


 実は軽やかに笑う。
 それに、晴人も思わず笑みを零した。

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