世界の十字路

時雨青葉

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第4章 異世界の仕組み

扉をくぐったら―――

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「………っ!!」


 窓の向こうを見た実と晴人は、揃って絶句した。


 そこに広がっていたのは、一つの町だった。
 夜のとばりが落ちた闇の中に、家々の明かりがぼんやりと浮かび上がっている。


「この部屋は、へいの最上部に位置しています。今あなた方が見ているのは、塀の向こう側に広がる景色です。」


 唖然とする実たちに、ヒスイは訥々とつとつと説明を続ける。


「己の恐怖に屈して全てを放棄した人は、それまでの人生の全てを失い、ここの住人となります。」


「!?」


 実はヒスイを振り返る。


「全てを……失う?」


 かすれた呟きに、ヒスイはただ無言で頷いた。


「今はこうしてここをまとめている私たちも、元はそうして全てを放棄した人間。……ここにいる以前の自分のことは、何一つ思い出せません。」


「………」


「分かりましたか? あの扉をくぐるのか、くぐらないのか。それを決めるのは、ここに来た人自身だといった意味が。」


 言葉を失う実に、今度はシルヴィスが口を開いた。


「なんで……このことを、俺に話そうと思ったんだ?」


 実がかろうじてそうとだけ訊ねると、シルヴィスは少しだけ表情を緩めた。


「最初、あなたはすぐにあの扉をくぐるだろうと思っていました。今までの経験上、私たちに受容的な人は高確率で扉をくぐっていましたし、特にあなたには、他をりょうする壮絶な恐怖の欠片かけらが瞳に見えましたから。」


 それを聞いて、実は思わず目に手をやる。


 そんなものを見せた覚えはなかったのだけど……


 眉間にしわを寄せる実が何を思っているのか分かったのだろう。
 シルヴィスは苦笑した。


「ご安心を。そう見えたのは、おそらく私だけです。長いことこんな日々を送っているとね、だんだん分かってくるんですよ。今回はちょっと外してしまいましたがね。」


 職業病とでもいうやつでしょうか、と。
 シルヴィスは肩をすくめる。


「しかしながら、あなたは私の予想に反して夢に屈していない。現状に取り乱すようなこともなく、常に冷静でいます。この世界が見せる夢は、何よりも巨大な恐怖を生むのにもかかわらず。」


「………っ」


 否応なしに夢のことを思い出してしまい、実は奥歯を噛み締める。


 周囲の人間が全て敵に回る恐怖と、その先に待ち受ける血みどろの世界。


 確かに、あの夢が映し出す恐怖は、理性すらも簡単に打ち砕いてしまうほどの衝撃を与える。


 まだ鮮やかに肌に残るあざが、どんな時だって夢を思い起こさせる。


 それこそ、全てを投げ出したくなるくらい鮮明に。


 そんなことを考えていたら、無意識に痣が残る手首を握り締めていた。


「その上あなたは頭がよく回って、行動力も人一倍あった。ここに来て二日でへいの側まで辿り着くとは思いませんでしたし、世界を繋ぐ場所を突き止めたのはあなたが初めてです。―――だから、あなたには話しても大丈夫だと思いました。」


 最後の一言で、シルヴィスの口調が少し変わった気がした。
 それでらしていた視線を戻すと、彼はこちらに好意的な目を向けて微笑んでいる。


「きっと、あなたなら受け止められる。それに前も言ったとおり、私はあなたを気に入っています。できることなら、無事に帰ってもらいたい。余計なことだとは分かっています。ですが、十分な情報があれば、あなたの無茶も最低限で済むでしょう?」


 シルヴィスの視線が自分の背後に向かったので、実もそちらに目を向ける。


 窓の外には、夜の中に光る町。


〝あそこは、あなたが行く場所ではない。〟


 シルヴィスは言外に、そう告げているのだろう。
 同時に、絶対に行くなと警告もしているのだ。


「……扉をくぐったら、もう手遅れなのか?」


 窓の外に視線を固定したままで問うと、光の反射で鏡のように部屋の景色を映す窓の中にいるヒスイが、申し訳なさそうに目を閉じるのが見えた。


「過去に、扉をくぐってしまった人を迎えに行った人は何人もいました。ですが、一度全てを放棄した人は彼らを受け入れられない場合が多いのです。詰め寄られた瞬間に一度捨てた恐怖が爆発して、そのショックから自我が崩壊して廃人同然になったり……最悪、恐怖からのがれたくて、その場で命を絶つ人もいました。それを防ぐために、このへいができたと聞いています。」


「そう…」


 実は、晴人をちらりと盗み見る。
 晴人は、不安そうに揺れる瞳で眼下に広がる町を見つめていた。


 実は、下ろしていた手を握り締める。
 冷静な無表情とは裏腹に、強く。




 晴人……―――――ごめん。



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