世界の十字路

時雨青葉

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第5章 それぞれの選択

追いかける背中

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 オレは、実と話そうと躍起になった。
 だけど実は、そんなオレを徹底的にけた。


 オレから声をかけても、そそくさと逃げていってしまう実。
 追いかけようにも、声をかけられた瞬間の実の怯えた目を見ると、それもできなかった。


 あの時の実は、また一人になろうとしていたんだ。


 そのまま、しばらくの時が過ぎる。


「晴人ー。晴人ってば!」
「え?」


 何度もしつこく名前を呼ばれて振り返ると、数人の友達が近寄ってくるところだった。


「どうしたの? 元気ないなぁ。」
「せっかくの遠足なのに。晴人が一番楽しみにしてただろー。」


 友達は、どこか不満そうに唇を尖らせた。


 いつもなら盛り上げ役になるオレがこうなので、違和感のせいで釈然しゃくぜんとしないのかもしれない。


「うん……まあ……」


 友達を一瞥いちべつした後、視線は自然と元の場所に戻ってしまう。
 そこには、一人で広い公園を歩く実の姿が。


「もう、ほっとけば?」


 一人がうんざりしたように言った。


「あいつ、誰とも遊ばないんだもん。一人がいいんじゃないの?」
「……そんなことないよ。オレ、知ってるもん。」


 オレは、実が本当は明るくて気さくな性格だと知っている。
 あんな風に一人でいて、平気なわけがない。


 ぐっと唇を噛んで、オレは決める。


「やっぱり、行ってくる。」


 途端に友達が不満の声をあげたが、それを押し切り実を追って走った。


 実は小高い丘の木々の間に消えていく。
 そこまで行くと、半分獣道と化した細い階段状の道があった。


 実は、黙々とその道を上がっていく。


「実!!」


 呼びかけると、実がびくりと震えた。
 その後、実は静かに振り返ってくる。


「………、………。」


 遠くに見える実が、何かを言った。


 やっと呼びかけに応えてくれた。


 そう思って喜びそうになったが、実がすぐに背を向けて歩き出したので、何かが違うと足を止めた。


 少し考えて、来るなと言ったのだという結論に至る。


「言ったなー……おい、実!!」


 構うものか。
 こっちはもう我慢できないんだ。


 そんなムカつきをバネに、オレは階段を登り始めた。


「………っ、…………!!」


 驚いた実が何かを言っていたが、聞こえなかった。
 もしかしたら、聞きたくなかったのかもしれない。


 獣道は、思った以上に傾斜があった。
 実がさくさくと登っていくので大丈夫だと思ったのだが、とんだ大間違いだ。
 しかも、地面は先日の雨でぬかるんでいるときた。


 少し戻ろうかとも思ったが、そこは幼いが故の意地だ。
 オレは周りの草木に掴まり、少しずつ獣道を進む。


「あっ…」


 階段を踏み締めた瞬間、足が滑った。
 全体重がかろうじて握っていた草にかかり、その重みに負けて草が切れる。


(落ちる…っ)


 体が下に滑ったので目をつぶったが、予想に反して体はすぐに止まった。


「―――実……」


 目を開けると、実がオレの手を掴んで落ちるのを食い止めてくれていた。


 服が泥で汚れるのも構わず、全身で踏ん張っている実。
 木の枝を掴むもう片方の手は、微かに震えていた。


「実……ありがとう。」


 じんわりと、嬉しい気持ちに浸っていると……


「お……重い…っ」


 苦しそうに、実が言った。
 その場―――主にオレの中に、微妙な空気が流れる。


「早く、上がって…っ」
「あ、ごめん。」


 ようやく状況を再認識して、オレは急いで他の木に掴まって体勢を整える。
 オレが完全に立ち上がるまで、実は手を離さないでいてくれた。


「ありがとう。もう大丈夫。」


 オレがそう言うと、実がゆっくりと手を離す。
 次の瞬間、実はその場にへたり込んでしまった。


「実!?」


 心配したせいで思わず慌てたけど、実は疲れたように息をしながら、手のひらから木の欠片かけらを払っているだけだった。


「危ないから、来ない方がいいって言ったのに……」


 実は大きな溜め息をつく。
 その態度に、なんとなくむっときた。


「お前が悪いんじゃんか! オレのこと、何度も無視して…っ。オレ、ずっと心配してたのに!」


 そう言うと、実が瞠目する。
 その大きな薄茶色の瞳に、唇を噛み締めている自分の姿が見えた。


 なんでそんなに驚くんだよ。
 本当のことだぞ。


 ずっと心配だったのに、ずっとけられて。
 オレがどんなに気持ちを持て余していたか、実には分かるまい。


「でも……実がやっとしゃべってくれて、めちゃくちゃ嬉しいんだからな!」


 ずっと避けられていたからかもしれない。


 実がしゃべってくれた。
 ただそれだけのことが、とても嬉しかった。
 緊張がほぐれて、目頭が熱くなるくらいに。


 実はしばらく茫然とオレを見ていたが、黙って立ち上がると、また獣道を登り始めてしまう。


「おい! ちょっと待てよ! ……また逃げるのかよ!!」


 オレはその背中に向けて、渾身の叫びを叩きつけていた。

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