世界の十字路

時雨青葉

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第6章 悲しい別れ

前言撤回

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 突如響いた声に、実だけでなくシルヴィスの表情も凍る。
 走ってこちらに追いついてきた人物に、実は困惑せざるを得なかった。


「晴人……お前、なんで……」


 実の固い口調に、晴人は気付いていない。


「なんか、急に地震が来たと思ったら……なんなの、この蝶? ふじは急に荷物を取りに行くって言い出すし、どうしたんだって訊いたら〝帰れる〟って……」


 どうやら、少し混乱しているようだ。
 実はそんな晴人の肩を掴む。


「晴人、藤本の言ってたことは本当だよ。」
「え?」


 実の言葉に、きょとんとした顔をする晴人。


「今がちょうど、帰れるタイミングなんだってさ。だからこの蝶が、前に見た扉の所まで案内してくれるらしい。」


 この人の話だとなと言い添えると、晴人は一度シルヴィスを見て、次にゆっくりと顔を伏せた。


「そう、なんだ…。帰れるんだ……」


 晴人の声は、どことなく暗い。


 帰れるという状況を、素直に喜べない。
 そんな風に見えた。


 そして……その理由を、自分は知っている。


「―――華奈美は?」


 予想どおりの晴人の言葉に、実の手がピクリと震える。
 そんな実の反応に、晴人は答えを見出だしたようだった。


 晴人は深く、本当に深く溜め息をつく。


「薄々、分かってた…。華奈美はあの時、へいの向こうに行ったんだよな。きっと、そうなんだろ?」


 晴人の確かめるような言葉に、実は答えることができない。


「しかも……あそこを通った華奈美は、オレを受け入れられないんだよな。」


 晴人の手が、実のブレザーを掴む。


 実はやはり、何も言えない。
 言えるわけがなかった。


 あの時のヒスイとの会話を、晴人はちゃんと覚えているのだ。
 そして、完全にではないがその意味を理解している。


「オレ、馬鹿だからさ……実みたいに、全部が全部分かるってわけじゃないけど……オレはあっちには行けない。それくらいは分かるんだ。でも…っ」


 晴人の声に悲痛さが増して、実のブレザーを握る手に力がこもる。


「オレ……まだ、諦めたくないよ。だって……ここではまだ、一度も華奈美と話してないんだ……」


「………」


 蝶が舞う中に、沈黙が落ちる。


 晴人は、震える手で実のブレザーを握り締めたまま動かない。


 まるで、実に自身の願いを託すように。
 あるいは、そうすることで自分の気持ちを抑えるように。


「…………シルヴィス。」


 初めて、実がシルヴィスの名を呼んだ。


「俺、あんたは敵に回したくないって……確か、そう言ったよな?」
「……ええ、言いました。」


 シルヴィスは静かに答え、身構えた。


「だよな……じゃあ……」


 カラン、と。
 床に何かが落ちた。


 次の瞬間―――




「―――前言撤回だ!」




 実は宣言すると同時に、晴人の手を掴んで走り出した。


「………」


 瞬く間に小さくなっていく実と晴人の姿を黙って見送っていたシルヴィスは、ふいに指を唇にあてがった。


 深く息を吸い、次いで吐き出す。
 すると、屋敷の中をどこまでも通る口笛が響き渡った。


 シルヴィスは手を下ろす。


「行かせませんよ。」


 その目が、鋭く光った。

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